父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する 映画「カメラを止めるな!」 ('17)  上田慎一郎

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1  約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく

 

 

 

東京から2時間以上も離れた、とある地方の廃墟。

 

この廃墟で、ゾンビドラマの撮影が行われていた。

 

顔面蒼白で、目を見開いたゾンビが、斧を持った若い女性に近づいて来る。

 

「お願い、やめて!」

 

女性がゾンビに首を噛まれるところで、「はい、カット」の声。

 

「何テイク目?」とメイク担当の中年女性。

「今ので、42です」と助監督の男。

 

監督はゾンビ役の男優を押しのけ、若い女優に詰め寄る。

 

「君に死が迫っている。本物の恐怖、あった?」

「はい、自分では、出そうと思って…」

「だから、出したら、嘘になるでしょ。出すんじゃないの。出るの…だから、本物をくれよ!恐怖に染まった、本物の顔、顔、顔、顔!何で嘘になるか、教えてやろうか!お前の人生が、嘘ばっかりだから…嘘まみれのそのツラ、剥(は)がせよ!」

 

壁を叩きながら怒号で迫る監督を、ゾンビ役の男優が止める。

 

「ちょっと、やりすぎだよ」

 

振り返るや、その男優の頬を叩き、胸倉を掴む監督。

 

「これは、俺の作品だ!てめぇは、リハの時から、グダグダ口答えばっかりしやがって!」

 

そこにメイク担当が割って入り、休憩を宣言する。

 

「今日は、一段と荒ぶってる」

 

監督に続き、スタッフ、出演者たちがその場を離れると、残った男優が女優に声をかける。

 

「あいつ、マジやべぇって。気、狂ってるよ」

「あたしが、監督の求めるところまで、いってないのよ…頑張るから、最後さ、もっと、ガッて、強く来て」

 

「監督って、いつもあんな感じすか?」と男優。

「まあ、今回は特にね。この映画に賭けてるみたいでさ」とメイク担当。

 

続いてメイク担当が、この場所を選んだ理由を説明する。

 

「表向きは浄水場として作られたんだけど、裏では日本軍が、ある実験に使ってたんだって…人体実験。一説によると、死人を生き返らせていたとか…」

 

その瞬間、ドアが叩かれる音がし、その場が恐怖に包まれる。

 

気を和らげるために、男優がメイク担当に趣味を聞き、メイク担当は、護身術の実践を男優相手に披露するのである。

 

そこに録音担当の男が通り過ぎ、ドアの外に出ると、助監督役がやって来てタバコに火をつける。

 

その時だった。

 

背後から、ゾンビと化したカメラマン役の男が襲いかかって来るのだ。

 

ゲロを顔にかけられ、食い千切られた腕は、室内に飛び込んでいった。

 

右腕を失くした助監督役がふらふらやって来て、男優にのしかかり、そのまま倒れこんでしまう。

 

これが本物の死体と気づくや、カメラマン役のゾンビもやって来て、室内はパニック状態となる。

 

「そんなわけないわよ、あり得ないわよ、こんなこと!」

 

メイク担当が絶叫し、女優は泣き叫び、助監督役のゾンビに追い駆けられる。

 

そこに監督がやって来て、パニック状態の只中をハンディカメラがフォローし続ける。

 

「これが、映画なんだよ!嘘が一つもない!本物だよ、本物!撮影は続けるぞ。カメラは止めない!」

 

このゾンビを呼び覚ましたのが監督自身だと話し、事(こと)の次第を説明し始めると、録音マン役が、唐突に外に出ようとする。

 

必死に皆で止めるが、「ちょっと…」と言って、制止を振り切り、出て行ってしまった。

 

呆気にとられる4人の顔。

 

突然、カメラ目線になった監督が、拳を握って叫ぶのだ。

 

「撮影は続ける!カメラは止めない!」

 

残された3人が、ケガの有無を確認し、監督が話していた噂について、女優が改めてメイク担当に確認する。

 

「血の呪文を唱えると、それは甦る…」

「一体、ここで何が起きてるんですか!」

 

そこに、監督が録音マンのゾンビを建物内に放つと、メイク担当が斧で首を切り落とすのだ。

 

返り血を浴びたメイク担当の血が、カメラにもついてしまった。

 

車に追い付いた助監督のゾンビから逃げる女優を捉える手持ちカメラが、横倒しになったままで、一時(いっとき)、二人が画面から消えても固定のまま動かない。

 

再び、手持ち撮影に戻ったカメラは、ゾンビと走って逃げる女優をフォローしていく。

 

助けに来た男優と共に、メイク担当のいる元の建物に逃げ込むことになる。

 

ここで、女優の足にある傷を見つけたメイク担当が、斧を持って襲いかかってくるのだ。

 

屋上に逃げる女優。

 

追い駆けるメイク担当は、襲って来るゾンビを次々に蹴散らし、監督まで跳ね飛ばしてしまう。

 

その勢いで、女優を追い詰めたメイク担当は、男優と格闘する。

 

絶叫する女優のアップが捕捉され、メイク担当が斧で殺される音声が聞こえてくる。

 

観る者に違和感を与える絶叫する女優の表情が、執拗に映し出されている。

 

屋上の一角で、頭に斧が刺さったままのメイク担当が息絶えていた。

 

二人は抱き合うが、女優は「私に近づかないで」と言うや、階段を下りて小屋入り、傷を確認する。

 

左足の傷はゾンビに噛まれたものではなく、メイクされたものだった。

 

そこに、不審な者がやって来た。

 

驚愕する女優は、恐怖を必死で押し留め、口を塞ぐ。

 

外に出て斧を見つけた女優は、再び、屋上の男優の元に戻ると、彼もまたゾンビになって襲って来るのだ。

 

そこに唐突に、斧を頭に刺さったままのメイク担当が起き上がるが、叫びを上げるや、瞬時に倒れ込んでしまう。

 

監督がやって来て、カメラを回し続ける。

 

「この顔だよ!できるじゃねぇか!クライマックスだ。これで決めようぜ!」

 

迫ってくる男優のゾンビに追い詰められた女優は、「愛してる」と言って、首を斧で切り落とすに至る。

 

「台本通りやれ!」と怒鳴る監督を、狂乱する女優が斧を持って追い駆け、何度も振り下ろして屠(ほふ)ってしまうのだ。

 

激しい返り血を浴びた女優が、五芒星(ごぼうせい/星型正多角形のマークで、魔術の記号とされる)の模様の中央に立ち、暫時(ざんじ)、視線を上げたところで、「ONE CUT OF THE DEAD」のタイトルとエンドロールが映し出される。

 

「はい、カット!」

 

監督役の男の一言で、約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく。

 

 

人生論的映画評論・続: 父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する 映画「カメラを止めるな!」 ('17)  上田慎一郎 より