幸せなひとりぼっち(‘15)     ハンネス・ホルム

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<グリーフは吐き出すことで癒される>

 

 

1  「死ぬのも簡単じゃない。居候まで増えた。こいつを何とかしたら、必ず、そっちへ行く」

 

 

 

「昨日、そっちへ行けなくて、すまなかった。周りが騒がしくてね。新入りが越してきたんだ。近頃の奴らには驚かされる。車でバックもできないし、自転車のパンクも直せない。簡単な頼み事なのに、ランチ中だと断る。そのうち、ランチばかり取り出すぞ。その前に死ねて幸いだ。車バカの白シャツ男(ここでは、介護職員のことを指す)も、嫌がらせをしてくる。お前がいてくれたら…急いで逝けば、今日中に会えるかもな。寂しいよ」

 

最愛の妻・ソーニャに先立たれ、そのソーニャの墓の前で独言するオーヴェの嘆息。

 

近所から変人扱いされながらも、毎朝、居住地区の見回りをし、秩序を守るオーヴェだが、43年間務めた会社を59歳にして解雇されてしまう。

 

首吊り自殺を試みようとしたが、隣に越して来たイラン人女性・パルヴァネと、その夫・パトリックと、二人の姉妹の子供の家族の出現で頓挫した。

 

再度、ロープを首に巻き、椅子を外そうとすると、玄関のチャイムが激しく鳴った。

 

仕方なく中断し、ドアを開けると、引っ越して来たばかりのパルヴァネが子供たちに食事のお裾分(すそわ)けを持たせ、訪ねて来たのである。

 

車のバックを手伝ってもらったお礼だった。

 

そして、夫・パトリックが梯子(はしご)を貸して欲しいと言うのだ。

 

お腹は空いていないと断るが、もったいないと言って受け取り、梯子については貸すことになる。

 

そこに、近隣の女性・アニタがやって来て、故障したラジエーターの修理をオーヴェに頼む。

 

オーヴェはその依頼を断るが、「空気を抜け」と指示するのみ。

 

家に戻り、再び自殺を試みるオーヴェ。

 

「最期の瞬間、脳の処理速度は上がり、現実世界がスローで見えると言う」(オーヴェのモノローグ)

 

―― オーヴェの脳裏には、子供の頃に死んだ母のことが浮かんでくる。

 

「父は静かに悲しんでいた。私も同じだ。一つ、確かなのは、誰も死から逃れられないこと。父は無口な男で、いつも家か車をいじっていた。どちらもしゃべらないからだろう」

 

そして、オーヴェの父との交流の思い出が蘇る。

 

少年の父は、財布を拾っても、それをオーヴェに渡し、拾得物室に届けた息子を見守るというほどに真正直な人物だった。

 

実直な父の姿を見て育ったオーヴェは、青年になり、優秀な成績を収め、それを喜ぶ父だったが、鉄道事故で逝去してしまうのだ。

 

―― 忘れようとしても忘れられない悲痛の過去が蘇ったところで、現実のオーヴェはロープを首に巻いたまま、床に倒れ落ちてしまう。

 

ロープが千切れたのである。

 

日々のルーティンとなっているソーニャの墓参で、新聞を敷いて横になるオーヴェ。

 

今度は、車の中にホースを引き、排気ガス自殺を図るが、青年期の出来事が脳裏に浮かんでくる。

 

―― 父と同じ鉄道会社に勤めるようになるが、自宅の解体を役所に迫られ、自ら改修工事をする。

 

その渦中だった。

 

オーヴェの隣家が火事に見舞われたのである。

 

咄嗟(とっさ)の判断で、オーヴェは家中の住人を助け出したが、その現場に役所の“白シャツ”の男がやって来て、敢えて消防隊に消化活動を行わせず、理不尽にも、オーヴェの家も消失してしまうに至る。

 

家を失ったオーヴェは、停車中の列車で寝込んでしまうが、起きると列車は走り出していた。

 

切符を持たないオーヴェだったが、目の前に座って本を読んでいた女性が払ってくれた。

 

教師志望だと言うソーニャとの運命的な出会いである。

 

オーヴェは、毎朝、6時半の電車に乗り、ソーニャを探したが、3週間後、やっとの思いで再会することができた。

 

軍人と偽り、お金を返すと言うオーヴェに、ソーニャは「食事のほうが、うれしい」と答え、二人はレストランで待ち合わせする。

 

レストランで食事をしながら、オーヴェは正直に吐露する。

 

「ウソをついてたんだ。僕は軍人ではなく、列車の清掃係だ。家は焼けた。もう行くよ。楽しかった。」

 

そう言って立ち上がると、ソーニャがオーヴェの顔を引き寄せ、キスをした。

 

その後、ソーニャに勧められ、建築関係の資格を取り、オーヴェはソーニャにプロポーズし、快諾される。

 

―― またしても、ガス自殺に失敗したオーヴェ。

 

ガレージのシャッターを激しく叩く音がして、外に出るとパルヴァネがいた。

 

夫が梯子から落ちたので、免許がないパルヴァネが病院へ運んで欲しいと言うのだ。

 

病院で二人の子供の相手をして、絵本を読むオーヴェ。

 

偏屈なオーヴェだが、子供たちはすっかり懐(なつ)いている。

 

今度は、鉄道自殺をしようとホームに立つが、その前に一人の男性が線路に転げ落ちた。

 

列車が迫る中、オーヴェは線路に降り、その男性を救い上げるのだ。

 

パルヴァネが訪ねて来て、娘がオーヴェの絵を描いたと言って、その絵を渡すのである。

 

どこまでも闊達(かったつ)で、屈託のないイラン女性である。

 

オーヴェが邪魔にしている猫がケガをしているのを見つけたパルヴァネは、オーヴェの家に無理やり入れて、結局、オーヴェが飼うことになった。

 

「死ぬのも簡単じゃない。居候まで増えた。こいつを何とかしたら、必ず、そっちへ行く」

 

いつものように、ソーニャの墓に語りかけるのだ。

 

初老の男の日常に、少しずつ、変化が見えていくようだった。

 

 

人生論的映画評論・続: 幸せなひとりぼっち(‘15)     ハンネス・ホルム より