全篇にわたって心理学の世界が広がっている 映画「空白」 ―― その半端なき映像強度

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1  何もかも空転しているようだった

 

 

 

父と別れて再婚した母・翔子(しょうこ)に買ってもらった携帯を、父・添田充(そえだみつる/以下、充)に取り上げられ、窓外に投げ捨てられてしまった娘・花音(かのん)。

 

漁労を生業(なりわい)にする充は荒っぽい性格で、仕事場でも、娘にも威圧的な態度で接している。

 

ある日、スーパーでマニュキアを見ていた花音の手を、いきなり店長・青柳直人(以下、直人)が掴み、万引きの疑いで事務所に連行したが、花音はそこから全速力で走って逃げて行った。

 

それを追い駆ける直人。

 

花音は直人に捕捉される寸前に、道路に飛び出し、停車しているトラックの陰から出て来た女性ドライバーの車に衝突してしまった。

 

血を流し、起き上がろうとした矢先だった。

 

今度は、走って来トラックに跳ねられ、圧死するに至る。

 

トラックに引き摺られたことで、損傷の激しい遺体と化した娘と対面し、号泣する充。

 

安置所に翔子が駆けつけ、花音との対面を求めるが、充に止められる。

 

「見ない方がいい。頭、潰れちまってんだ」

 

テレビでは、万引きをした少女を追い駆けた事態に行き過ぎがなかったか、店長の人物像について、「不愛想で、何考えているか、分からない人」と近隣住民のインタビューを取り上げるなどして、悪意ある報道が過熱していく。

 

閉店して自宅アパートに籠(こも)る直人だったが、花音の葬儀にやって来たところ、充に問い詰められる。

 

「うちの店は、以前から万引き被害に悩まされていまして、できるだけ万引きを減らす努力もしていたのですが…」

「うちの娘が、以前から万引きしていたって言いたいのか」

「いえ、万引き対応していれば、予防できたわけでありまして…」

「あのよ、俺は娘が万引きしたって思ってねぇんだよ。なんか、証拠あるのか」

 

弱気な直人を怒鳴り散らす充の大声に、メディアの記者たちが気付き、こぞって集音マイクを向けてくる。

 

「あんた、本当はいたずら目的で、万引き犯に仕立て上げたんじゃねぇのか!」

 

そう言って、直人の胸倉を掴む充。

 

それを止める弟子の野木(のぎ)だが、充は手を離さない。

 

その乱暴な様子を放映され、充の家には、「スーパーに謝罪しろ」・「自業自得」などの張り紙がされる。

 

一方、スーパーにも、「ロリコン野郎」・「性犯罪者」・「人殺し」などと落書きされ、それを黙々と掃除する直人。

 

充は、中学校に乗り込み、教頭と担任の今井に誰かに指示されたとか、虐めがなかったかと問い質し、詰め寄っていく。

 

充の乗り込みは、花音が化粧とは無縁であると決めつけているからだ。

 

「虐めがないって言うなら、担任のあんた、証拠出せよ。虐めがなかったっていう、証拠、証拠だよ!」

 

その後、今井は、花音について部活で一緒だった美術部の生徒に聞き込みをすると、全く目立たず、印象がない子だったと知る。

 

以下、線香を上げに来た祥子と充の会話。

 

「花音はな、死ぬ前に俺に相談しようとしてたんだよ。学校のことで、話があるって。深刻な顔して言ってたのに、俺は聞いてやれなかった。だから、せめて、せめて花音の無念を晴らしてやらなきゃいけねぇだろ」

「学校のことって?」

「虐めに決まってるだろ」

「それね、三者面談のことよ。花音、三者面談はあなたじゃなくて、私に来て欲しいって」

「そんな小さい話じゃねぇだろ。あんな深刻な顔して」

「小さい話でも、深刻になるようにしたのは、あなたのせいじゃないの?普通に話せる関係を作れなかった、あなたのせいでしょ」

「ふざけんなよ」

「やめてよ、あんたが騒げば騒ぐほど、花音まで悪く思われるんだから」

「やめねぇよ、バカ野郎、お前にはガキがいるからいいかも知れねぇけどな、俺には花音しかいねぇんだよ。喪っても生きていくしかねぇんだ、俺は」

「あんた、花音しかいないって言うほど、あの子の、何知ってるの?何かしてきた?花音が盗んだっていうマニキュア、何色か知ってる?透明だったって。気にしたことないでしょ。花音の爪に艶(つや)があるとか。あたしだって、万引きしたって思いたくないけど…」

「帰れ」

 

充が家を出て歩いていると、前方に花音を轢いてしまったドライバーの女性・中山と、その母がやって来て、泣きながら謝罪する。

 

「邪魔だよ、どけ」

 

充は女性を払い、車に乗り込んだ。

 

再び学校へ行った充は、生徒たちのアンケートを見せられるが、異口同音に印象にないと書かれているだけだった。

 

充は直接、生徒に話を聞かせろと迫るが、教頭から、3年前に生徒の姉が店長から痴漢にあったという情報を得るに至る。

 

決定的な「戦利品」を得て、充は帰って行く。

 

今井は自分が花音を何度となく、自主性がないなどと叱っていたと打ち明けるのだ。

 

「…もしかして、本人なりに努力していたんじゃないかと。いくらやる気があっても、努力しても、周りからはそう見えず、認められない子っているんじゃないでしょうか。本人的には、頑張っても、頑張っても、いつもやる気ないとか言われ続けたら、それって…」

 

言下に、美術部の顧問が反駁(はんばく)する。

 

「先生、それはズルいよ。今になって、理解者ぶるのはズルいですよ」

 

今井の行為は、限りなく自己を相対化する努力の現れだったが、それを共有する何ものもない学校サイドの隠蔽気質が露呈されるのみ。

 

一方、ワイドショー番組の取材を受け、インタビューに答えた直人だったが、それがサウドバイト(発言の恣意的切り取りで、主に政治家の言動)の餌食にされ、謝罪する前の万引きされる店側の言い分と、インタビュー後の笑い顔だけが放送され、全く反省していないと印象操作されてしまう。

 

それをテレビで見た充は、スーパーに乗り込むや、直人の見てる前でマニキュアを盗み、花音の万引き行為をトレースする。

 

「戦利品」を得た充の確信犯的行為である。

 

店から出て来た充を捉えて、テレビのレポーターが声をかけるが、振り切られると、わざとらしく転び、その姿をテレビに流し、匿名者の証言まで添えて、充の暴力性を煽るワイドショー。

 

スーパーの店員で、常々、直人の味方になり、善意の押し付けをする草加部が、今度はメディア批判のチラシを駅前で配る行動に振れていく。

 

直人が花音に悪戯しようとしたと信じる充は、常に、直人を店の近くで監視するようになっている。

 

スーパーには嫌がらせが絶えず、この日も、誰も呼んでいない救急車が到着した。

 

草加部は充の仕業と思い、近づいて抗議する。

 

「うちの店長は、誰よりも誠実で真面目な人なの。あなたが思ってるようなことは、一切ない」

「これは俺とあいつとの問題だ。部外者は口出すな」

「あなたは間違ってる。大人なら、もっと正しい行動しなさいよ」

「何言ってんだ。俺はただ、本当の話が聞きたいだけだ!」

「あなた、きっと心が腐ってる!」

「何だと、この野郎!」

 

ここで、救急車を呼んだのが、いたずら電話の主と分かり、直人が草加部を止めに入るが、二人の言い合いは止まらない。

 

「さっきから偉そうに、人のこと、どうこう言ってるけどな、あんたは、そんなに正しい人間なのか!」

「少なくとも、あなたより正しい行動をしてます。毎日、人のためを思ってボランティア活動だって、ちゃんとやってるんだから」

 

不毛な口論だった。

 

漁を続けたいと言っていた野木を辞めさせ、久々に、一人で漁に出た充だが、手に怪我をする始末。

 

何もかも空転しているようだった。

 

その野木が、テレビレポーターが充に近づくのを体を張って阻止し、怒鳴り返している。

 

それを見る充。

 

スーパーで万引きする女子中学生を直人は見逃すが、草加部が捕捉し、事務所に誘導する。

 

いよいよ、草加部の行動もヒートアップしていく。

 

直人に付きまとい続ける充は、閉店後に待ち伏せ、花音が命を落とした事故現場で、直人に轢断(れきだん)の如き状態を再現させるのだ。

 

憔悴し切った直人は、トラックに身を投げ出そうとするが、充に阻まれる。

 

「死ぬんならな、他人に迷惑かけず、一人で死ね」

 

その後も、スーパーへの嫌がらせは続き、ボヤ騒ぎにもなり、直人は警護のために店に残る。

 

直人は買ってきた「特選」のり弁当が、「普通の」のり弁当だったことで、店にクレームの電話をかけ、苛立ち、切れてしまう。

 

「てめぇ、殺すぞ!ぜってぇ、ぶっ殺すからな!」

 

そう言って、弁当をぶち撒(ま)けるのだ。

 

その後、直人は散らかった弁当を掃除し、弁当屋に電話をして、嗚咽を漏らしながら謝罪する。

 

直人は、首にタオルを巻き、自殺を図るが、未遂に終わる。

 

自殺を図った直人を、草加部が止めた。

 

直人に対し、草加部が力強く鼓舞するが、もう、限界だった。

 

直人の自我の消耗が激しく、未来に架橋する一筋のイメージをも剝奪(はくだつ)されているのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: 全篇にわたって心理学の世界が広がっている 映画「空白」 ―― その半端なき映像強度 𠮷田恵輔 より