1 風呂場まで這っていき、服のまま浴槽に身を投げ入れる
「今日は、ワンピース着たい」
「1人で行くんでしょ?だったら、ダメ。最近変な人、多いんだから…やっぱり、ママも一緒に行く」
「1人で行かせてくれるって、約束したじゃん」
「ママも一緒に行っていいなら、ワンピース着てもいいよ」
母と娘の会話である。
母の名は、貴田恭子(以下、恭子)。
娘の名はユマ。
23歳のユマは、脳性麻痺の障害を負っている。
結局、ユマは恭子の付き添いで、電動車椅子に乗り、売れっ子漫画家で、人気ユーチューバーのサヤカのイベント会場に向かった。
実は、ユマはサヤカのゴーストライターなのだが、アシスタントとして雇われ、稿料を受け取り、身過ぎ世過ぎ(みすぎよすぎ)の日常を繋いでいる。
そのサヤカがインタビューで、「一人で全部やっている」と答えるのを耳にしたユマの表情から、会場に入った時の笑みが消えていく。
サヤカは、編集者の池谷(いけたに)から、障害者のユマがアシスタントであると公表することを提案されても、頑として受け入れず、ユマの存在を知られないようにしているのである。
駅のホームで、沈み込んでいるユマ。
疲れ切って家に帰り、ベッドで眠っていると、突然、サヤカがイベントのお土産を持ってやって来た。
サヤカは会場でユマを無視したことを謝り、締め切り間際の原稿を催促するのだ。
どこまでも、自己基準で動く女性である。
池谷からの電話で、先日、渡した原稿が素晴らしいと賞賛され、喜びを隠し切れないユマ。
ただ、サヤカの作品に似ていて、オリジナルなものでなければと言われ、結局、採用されなかった。
ユマは自宅に戻り、他の出版社に電話をかけ、自ら売り込みをする。
アダルト漫画の会社で面接が許され、件(くだん)の出版社を訪問するユマ。
早速、原稿を見た編集長の藤本から称賛され、ユマの頬が緩む。
「あなた何で、車椅子なの?」
「脳性麻痺で。でも、絵を描くのには、全然問題ないです」
いきなり、藤本から思いがけない言葉が飛び出した。
「やったことある?セックス」
「いや、ないです」
「作家に経験がないのに、いい作品は作れないのよ。妄想だけで描いたエロ漫画なんて、読んでも面白くないでしょ…いつか、あなたがセックスしたら、また連絡しておいでよ。経験したら、きっといいもの描けると思う。頑張って」
ユマに無理難題な要求を突き付け、諦めさせる藤本。
失望しながらも、ユマの取った行動は、この無理難題に対する挑戦だった。
アダルト動画を観ながら、それを絵にしていくユマ。
自慰行為に耽(ふけ)るだけでなく、ネットの出会い系サイトにアクセスし、実際に会って男性とデートする。
「私みたいな人と、付き合うのって、抵抗ありますか?」
「ないよ」
「よかった!もしよかったら、今度、映画行きませんか?」
「うん、いいよ」
そう約束するが、その男は映画館にはやって来なかった。
オメカシしたユマは、夜の繁華街を車椅子で彷徨(さまよ)い、客引きの男に声をかけ、ホストを紹介してもらう。
ホテルで待っていたユマの部屋に、若い男がやって来た。
「因みに、途中で発作とか、ないよね?」
「多分。でも、やってみないと、分かんないかもです」
「もしそうなったら?」
「どうしたらいいですかね。119番?」
「オッケー!」
しかし、60分の本番が始まったが、ユマは緊張のあまり便を漏らしてしまい、交接にまで至らなかった。
一人残されたたユマはシャワーを浴び、ホテルから帰ろうとすると、エレベーターが壊れていた。
そこに、風俗嬢の舞(まい)と車椅子の常連客のクマがやって来て、事情が分かると、舞が介護師の俊哉(としや)を呼んで、階下に降ろしてもらうことになる。
そして、俊哉の運転するワゴン車にユマも乗り、無事、帰宅できた次第だった。
後日、ユマは舞に電話をかけ、大人の玩具を買いに付き合ってもらい、街のショッピングやメイクを愉悦する。
ユマは舞に、直截(ちょくさい)に問いかける。
「障害者とエッチするのって、普通の人とするのと、どう違いますか?」
「あんま、変わんないよ。強いて言えば、当たりがキツイって言うか。たまにね、なんか怒っているみたいにする人いるね。ストレスなのかなぁ」
「いつか、あたしも好きな人と結ばれたいなとかって、思うんですけど。そんなの、本当に叶うのかなって」
「うん、障害があろうがなかろうが、あなた次第よ」
そんな折、恭子の携帯にサヤカからユマが来ていないと連絡が入る。
家で待ち構えていた恭子は、帰って来たユマを厳しく追及するが、はぐらかされる。
「あんた、自分のこと分かってる?襲われたりしたらどうすんのよ!変な人いっぱいいるんだよ!」
「そんなこと、あるわけないじゃん。誰も私のことなんて、気にしてないよ」
その後も、ユマはサヤカの事務所で気分が悪いと嘘をつき、早退し、舞とクマと俊哉で夜の街を遊び歩く。
ドラッグクイーンやゲイたちが屯(たむろ)するパブで、ショーを見ながら飲酒するユマの表情は、笑顔で弾けていた。
恭子はサヤカに電話して、ユマが早退したと知り、不信に思ったユマの部屋で、ポルノ雑誌や大人の玩具を発見し、驚愕する。
酩酊状態のユマは、俊哉に家に送ってもらう。
家に戻ると、恭子が部屋で待ち構えていた。
「あんたに今、何が起きてるの!こんな、チャラチャラした服着て!あんた、酔っ払ってんの?お酒飲んだの?誰と飲んだの?」
「誰でもいいでしょ」
そう言うや、頬を思い切り叩かれるユマ。
「お母さんに関係ないじゃん!」
「ママがいなかったら、何もできないでしょ!」
そう言われたユマは、自分で風呂場まで這っていき、服のまま浴槽に身を投げ入れるのだ。
「もう分かった」と言って、手を差し伸べる恭子を振り払い、反抗するユマ。
「子供扱いするのやめてよ!私に命かけてるような振りしてるけど、ママが一人になるのが、嫌なだけでしょ。ママがそんなんだから、お父さん、出て行ったんでしょ!」
何も言い返せない恭子は、黙って浴室から出て行く。
一人で立ち上がろうとしてもできないユマは、そのまま、翌朝まで浴槽で寝てしまった。
恭子がユマを抱き上げ、浴槽から出させるが、あとは、一人で部屋に這っていくしかなかった。
人生論的映画評論・続: 残された機能を生かし、打って出た自立への旅 映画「37セカンズ」('19)の強さ HIKARI より