裸足の季節('15)   デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン

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<保守的な村のルールの縛りを打ち破る女子たちの闘いと屈折の物語>

 

 

 

1  イスタンブールへの脱出を敢行する二人の少女

 

 

 

「まるで瞬きする間(ま)の出来事。すべてが、一瞬で、悪夢に変った」

 

物語は、5人姉妹の末っ子・ラーレのモノローグ(以下、モノローグ)から始まる。

 

イスタンブールに転任する、尊敬するディレッキ先生との別れを惜しみ、嗚咽を漏らすラーレ。

 

それを慰める5人姉妹(長女・ソナイ、次女・セルマ、三女エジェ、四女・ヌル、五女・ラーレ)の姉たち。

 

「いい天気だし歩こう」

 

ソナイの一言で、姉妹たちはバスに乗らずに歩き、海で男子生徒たちと騎馬戦ごっこをし、畑のリンゴを食べ、楽しそうに笑いながら家に戻った。

 

一部始終を隣人から告げ口され、彼女たちの帰りを待っていた祖母は、「ふしだらなことをした」と怒り、ソナイとセルマを折檻し、他の姉妹たちも叱られ、大騒ぎになる。

 

夜になり、姉妹の祖母の息子であり、叔父のエロルがやって来て、激しく捲し立てる。

 

「母さん、聞き飽きたよ。何年言い続けるんだ。子供だから、自由にさせてやれ?」

「事実よ」

「何が事実だ?あいつらの両親が死んで、もう10年だ」

「もっと理解を」

「何をだ。あいつらは、もう大人だ。噂を知ってるか?」

「耳を貸さないで!」

「母さんが、あいつらをつけあがらせたんだ」

「母親に向かって、なんて口を」

「俺が、思い知らせてやる」

 

エロルは姉妹たちの部屋に入り、折檻し、髪を掴むのだ。

 

「売春婦のような奴はどいつだ!」

 

揉み合いになり、押し倒されたエロルの頬を、祖母が叩いた。

 

「その心配はないわ」

「なぜ断言できる?」

「私の孫だからよ」

「傷ものになっていたら?」

 

結局、エロルが車に5人姉妹を乗せ、ソナイ、セルマ、エジェの3人が処女検査を受けさせられた。

 

処女証明書を持って帰って来た3人だったが、以降、5人とも家に閉じ込められてしまうのだ。

 

「以来、扉には鍵がかけられた。“不埒”なものは禁じられた」(モノローグ)

 

祖母は化粧道具やパソコン、電話機など、全て処分してしまう。

 

「閉ざされた家は、良妻育成工場と化した」(モノローグ)

 

親戚の叔母たちに料理の作り方を習い、裁縫や掃除をする日々。

 

「とうとう、クソ色の服を着る羽目に」(モノローグ)

 

ソナイは、恋人・エキンからのメッセージを受け取ると、2階の窓から外に出て行ってしまった。

 

夜になり、再び、窓から部屋に戻って来るソナイ。

 

ある日、どうしてもサッカーの試合を見たいというラーレが、村から女子全員を乗せてバスが出ると知り、監視の目を盗んで、姉たちと共に家から抜け出した。

 

バスは行ってしまったが、見知りのヤシンが運転するトラックを止め、乗せてもらって追い駆け、何とかバスに乗り込むことができた。

 

スタジアムで歓喜に沸く女の子たち。

 

5人姉妹はラーレを胴上げして、解放感に酔い痴(し)れるのである。

 

その様子がテレビに映し出され、それを見た叔母は慌て、祖母は卒倒してしまう。

 

「エミネ叔母さんの奮闘は、あとで知った」(モノローグ)

 

エロルたちがテレビ観戦を始める前に、村中の電源を切ってラーレたちを守ったのである。

 

「この逃亡が、思わぬ事態を招いた…孫のお披露目だった。数日後、職人が来た。もはや、監獄そのものだった」(モノローグ)

 

逃亡の結果、家の監獄化が補強され、祖母は姉妹たちの結婚話を次々に進めていく。

 

突然、ソナイの結婚相手と、その家族が訪れるが、ソナイがエキンとの結婚を強く望んだため、祖母は次女のセルマを相手として、顔見知り程度のオスマンに引き合わせた結果、双方の親族の承認のもと、その日のうちに婚姻が成立するに至る。

 

「当人同士が気に入り、女性たちも合意した。神の祝福により、息子に代わり求婚します」とオスマンの父。

「お受けします」と祖母。

「成立です」

 

ソナイもまた、エキンの家族と会食し、その場で結婚を決める。

 

かくて、ソナイとセルマの合同結婚式が盛大に行われた。

 

至福に満ち溢れるソナイに対して、セルマは酒を飲み漁り、部屋に籠って泣いていた。

 

「どうしたの?結婚したくないなら逃げて」とラーレ。

「どうやって?」

「車に飛び乗る」

「どこへ?」

「普通はイスタンブールへ」

「1000キロ先よ。それに運転できない」

 

5人が集まり、別れを惜しむ。

 

「元気でね」

「やめて。泣きそう」

 

「それが、5人が揃う最後だった」(モノローグ)

 

オスマンとの初夜で出血しなかったセルマに対し、両親が処女を疑い、病院へ検査に連れていく。

 

「息子の嫁が、血が出なかったんです」

 

診察室で、医師に処女ではなかったと答えるセルマ。

 

「世界中の男と寝ました」

 

しかし担当医は、内診では処女膜があると指摘する。

 

「夫婦生活か出産で、そのうち破れるだろう。だが今は確かにある…なぜ、そんな嘘を?」

「分かりません。こうこんな時間です。疲れました。処女だと言っても、誰も信じません。もう、うんざり」

 

次は、エジェが結婚する番だった。

 

「エジェは平静に見えた。でも、やがて危うさを帯び始めた」(モノローグ)

 

ラーレは、家から脱出することばかり考えている。

 

車を動かそうとしても上手くいかない。

 

ヤシンに頼み、運転を教えてもらうのだ。

 

そんな中、エジェが拳銃自殺してしまう。

 

結婚話が進行中のエジェだったが、彼女はエロルに性的虐待を受けており、自暴自棄になって別の男性とも関係を持つようになっていたのだ。

 

エジェの葬儀のあと、ラーレはヌルをイスタンブールへ行かないかと誘う。

 

「やっぱり逃げたい!」とヌル。

 

「失敗したら、捕まって殺されるよ。細工をして、逃げ切る時間を稼ぐ」(モノローグ)

 

ラーレは自分の髪を切って人形に縫い付け、祖母の部屋に忍んで金を手に入れ、イスタンブールのディレッキ先生の住所のメモを探し出す。

 

一方、ヌルもまた、エジェと同様にエロルの性的虐待の餌食にされ、それに気づく祖母はエロルを咎(とが)め、強引にヌルの縁談話を進めていく。

 

「結婚も近いわ」

「何?」

「立派な女性よ。私もその歳で結婚したわ。そういうものよ」

「結婚って私が?」

「そうよ」

「誰と」

「あなたの心さえ決まれば、求婚者はいくらでも。私は夫を知らなかったけど、愛するようになった。あなたも恋に落ちるわよ。若いんだから、すぐに」

「冗談よね」

「違うわよ」

 

こうして、ヌルも結婚相手が決まり、同じプロセスを踏んで婚約が成立した。

 

結婚式当日、ラーレは家にやって来た花婿の家族を迎え入れず、玄関を出た祖母たちも家の外に締め出し、ヌルと二人で家に立て籠るのだ。

 

屋外でエロルが開けるように脅すが、ラーレたちは入り口を全て塞ぎ、ヤシンに電話で助けを求める。

 

窓を壊し、バーナーで鉄格子を焼き、強引に中に入ろうとするエロルから逃げるために、ラーレは車のキーを持って、ヌルと共に脱出を図る。

 

ラーレは夜道を運転するが、車をぶつけてしまい、茂みに隠れて、ヤシンがやって来るのを待つ。

 

助けに来たヤシンに、バスのターミナルまで乗せて行ってもらう。

 

二人はバスに乗り、イスタンブールのディレッキ先生の元へ向かう。

 

住所を尋ね当て、再会したディレッキ先生の胸に飛び込むラーレ。

 

「かわいいラーレ」

 

ディレッキ先生もラーレを受け止め、固く抱き締めるのだった。

 

 

人生論的映画評論・続: 裸足の季節('15)   デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン より