1 銃弾に斃れた気骨のジャーナリスト
「東京2020パラリンピック」に次いで、今回(北京冬季パラリンピック)もまた、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長は吠えた。(以下、敬称略)
―― 以下、パーソンズ会長のスピーチの一文。
【今夜は、まず平和のメッセージから始めたい、いえ、始めなければなりません。
共生を中核とし、多様性を祝い、違いを受け入れることを旨とする組織のリーダーとして、私は今世界で起きていることに強い衝撃を受けています。
21世紀は、対話と外交の時代のはずです。戦争と憎しみの時代ではありません。
オリンピック、パラリンピック期間中の休戦は、国連決議として193の国連加盟国の総意で、第76回国連総会で採択されました。
それは尊重し守るべきもので、違反があってはなりません。
IPCでは、より良い皆が共生できる世界、差別や憎しみ、無知とは無縁の紛争のない世界を目指しています。
ここ北京には、パラアスリートたちが46の国や地域から集まり、互いに競い合います。闘うのではありません。
スポーツを通して、彼らは人類の最高の姿を示し、平和や皆が共生する世界の基礎となる価値観を際立たせてくれるでしょう。
パラリンピアンたちは知っています。対戦相手は敵である必要がないこと。ともに歩めば、さらにより多くのことを達成できることを。
今夜、パラリンピック・ムーブメントは世界各国の当局者に呼びかけます。アスリートたち同様一つになり、平和、理解、共生を促してください。
世界はともに生きる場であるべきです。分断されてはなりません。
変化はスポーツから始まります。それは調和をもたらし、またそれがきっかけとなって、人々の生き方、街、そして国をも変えることができます。
史上初の、夏季冬季両パラリンピックの舞台となる北京は、その証です】(Satoko Yasuda 安田聡子翻訳/ハフポスト)
「戦争と憎しみの時代」を批判し、「オリ・パラ期間中の休戦」に触れ、「紛争のない世界を目指」すことに言及したパーソンズ会長のスピーチが、ロシアのウクライナ侵略を誹議(ひぎ)する反戦メッセージだったことは明白である。
「謝々! Thank you very much! Muito obrigado!ピース!」
両手の拳を固く握り締めて「ピーーース!」と絶叫し、中国語・英語・ポルトガル語で括ったパーソンズ会長(彼は、ポルトガル語を公用語にするブラジルのジャーナリスト)のスピーチが、当然ながらと言うべきか、開催国の中国国営放送は、演説の翻訳文章を掲載せず、一部無音状態にするという恥ずべき手口を露呈した。
これが、現代世界のリアルな様態である。
そして、このスピーチを耳にしても、全く心を動かされることなく、簡単にスルーできてしまう男がいる。
言わずもがなのことだが、胸に迫るなどという感情の発現とは無縁であるばかりか、スピーチに対して腸(はらわた)が煮えくり返ることもないだろう。
人並みの「共感性」が欠如しているとしか思えないからである。
言うまでもなく、この男の名はウラジーミル・プーチン。
ロシア連邦第2・4代大統領(2000年-2008年、2012年-現在)である。
「エリツィン辞任後、プーチンは大統領代行に就任し、4カ月足らずで大統領に初当選、2004年に再選を果たした。その後、憲法上、連続2期の大統領就任が制限されていたため、2008年から2012年間でドミトリー・メドベージェフの下で再び首相を務め、2012年の大統領選挙では不正疑惑と抗議行動により大統領に復帰し、2018年に再選された。2021年4月、国民投票を経て、あと2回再選に立候補できるようにすることを含む憲法改正案に署名し、大統領の任期を2036年まで延長する可能性がある」(Wikipedia)
要するに、終身大統領を狙っているのだ。
敵は抹殺する。
これが、男の権力の維持・強化を守るための絶対ルールである。
異を唱える者は消されるのだ 。
だから、多くの犠牲者のラインが止まらない。
2006年10月7日、モスクワのアパートのエレベーター内で、一人の女性の射殺死体が発見された。
彼女の名は、今や誰もが知る気骨のジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ。
政権批判を封じられ、唯々諾々(いいだくだく)と追従し、体制に呑み込まれていくメディアの悲惨な状況は、ソ連時代の延長でしかなかった。
プーチン政権に近い新興財閥・「オリガルヒ」によって買収された放送局や、多くの御用新聞の中にあって、政権批判の旗を降ろさなかった「ノーバヤ・ガゼータ」。
「週3回の発行で、発行部数は公称27万部という小さな新聞です。
しかし、広告が激減し、苦しい経営が続いています。民間の新聞や放送局に広告を出している広告主に圧力をかけ、広告を出すのをやめさせる。気に食わないメディアを黙らせるには、これが一番有効な方法であることを、『ノーバヤ・ガゼータ』の悲劇は物語っています。ロシアから『言論の自由』の灯が消えかかっているのです」
池上彰は、そう書いたが、「言論の自由」の灯など、とうに消えているのだ。
アンナ・ポリトコフスカヤは、ゴルバチョフが株主を務めている、このタブロイド新聞で、「世界人権報道賞」(アムネスティ・インターナショナル、2001年)を受賞した気鋭のジャーナリストである。
既に5人の記者が、一般人の入手が困難な放射性タリウムなどで殺害(後述)されながらも、ウクライナ人を両親に持つ彼女が取り組んだのが、「モスクワ劇場占拠事件」(2002年)⇒「ベスラン学校占拠事件」(2004年/北オセチア共和国)⇒「2009年モスクワ・サンクトペテルブルク間列車爆破事件」(2009年)という悲惨なテロ事件を生んだ「第二次チェチェン紛争」(1999年8月- 2009年4月)。
ロシアからの分離独立を目指す過激なイスラム武装勢力が起こしたと言われるテロ事件で、配信される映像を通して世界に与えた衝撃の大きさは計り知れなかった。
その後も、「モスクワ地下鉄爆破事件」(2010年)⇒「ドモジェドヴォ空港爆破事件」(2011年)が惹起し、紛争の根深さを炙り出すのに充分過ぎた。
2度の紛争による死者が10万人を超えたチェチェン紛争だが、未だ火種が燻(くすぶ)っている。
そんな突沸(とっぷつ)した状況下で、アンナ・ポリトコフスカヤは何を見、何を知り、何を訴えたのか。
まず、ロシア連邦加盟国としての「チェチェン共和国」の初代大統領のアフマド・カディロフ。
死後、「ロシア連邦英雄」の称号をプーチンから授与され、チェチェン統治を任された男だが、第二次チェチェン戦争の渦中で暗殺され、その後、次男のラムザン・カディロフがプーチンのお墨付きで「ロシア連邦英雄」として、「チェチェン共和国」の第3代大統領(現在は「首長」に名称変更)の座に収まっている。
【因みに、軍人または統治者が授与される「英雄・名誉」とは、「敵を何人殺したか」という含みがあることを、私たちは知らねばならない】
LGBTQ(性的少数者)や言論機関への、目を覆わんばかりの弾圧(拷問・殺害)など、深刻な人権侵害で国際社会から誹議(ひぎ)されている「チェチェン共和国」は、ロシア政府からの補助金行政で辛うじて存立しているが故に、使い勝手が悪かったらプーチンから見放され、粛清される日も近いかも知れない。
ロシア当局に敢然と挑んだアンナ・ポリトコフスカヤは、ロシアによってのみ支えられる腐り切った「チェチェン共和国」の人権弾圧を告発し続けた。
犯行グループ全員が射殺され、人質129名の犠牲者を出した、先の「モスクワ劇場占拠事件」では、チェチェン武装勢力からロシア当局との仲介を依頼され、人質釈放の交渉に当たったアンナ・ポリトコフスカヤは、同様に、人質334人の犠牲者を出した、「ベスラン学校占拠事件」でも、彼女は人質釈放の交渉に当たっていた。
「私たちは、私たち自身の無知のために死をもたらし、情報が空白であったソビエト時代の地獄にどんどん回帰している。情報がまだ自由に入手できるインターネットを使おう。もしもあなたが、休息のために『報道記者』として働きたいのであれば、プーチンの完全なる奴隷となるだろう。そうでなければ、銃弾で死ぬか、毒殺されるか、裁判で死ぬか…たとえプーチンの番犬であっても」
このWikipediaの出典は、彼女の2004年9月9日の手記「Poisoned by Putin Guardian Unlimited, 9 September 2004」の一文であり、コピペできないが、その翻訳文で読むことができる。
チェチェン独立派の取材に向かう航空機内で、彼女は意識を失ったが、この一件はロシア当局による毒殺未遂の可能性が高いと言われている。
毒殺未遂に遭ってもなお、容態を回復させた彼女はベスランの取材を止めることなく、記事を執筆するのだ。
然るに、この気骨のジャーナリストもまた、銃弾に斃れた。
彼女が手記で残したように、「銃弾で死ぬか、毒殺されるか」という悍(おぞ)ましい負の連鎖。
防犯カメラで殺害の二人の実行犯が特定・逮捕されるが、その黒幕として、モスクワ警察の元警視が拘束され、実行犯(終身刑)と共に懲役刑に服することになる。
しかし、ジャーナリストの誰もが疑っている。
暗殺を命じた正真正銘の黒幕人物がいることを。
今も、遺族や支援者はロシア当局に事件の究明を求めている。
反政府のジャーナリストは殺害される。
これが、終わらないのだ。
「クレムリンの敵」が存在する限り。
【ジャーナリストの死は、正真正銘の黒幕人物の誕生日の日だった。ロシアでは、政治家や記者の殺害が「誕生日プレゼント」に合わせるケースがあるとも言われている】