1 「俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい」
2011年 中国 安橋(アンチャオ)市
“高考まで、あと60日”(高考=全国大学統一入試)
高校三年生のチェン・ニェンは、激しい受験競争の中、クラスメートのフー・シャオディエが、学校の中庭へ投身自殺したことにショックを受ける。
チェンは、一緒に牛乳を運ぶフーの異変に気づいていた。
全校生徒が見つめる中、居た堪(たま)れない思いのチェンはフーの遺体に上着をかける。
警察の聴取で職員室に呼ばれたニェンは、フーの自殺の心当たりを聞かれるが、フーがクラスの誰から虐められているのを知っていたにも拘らず、何も答えなかった。
教室に戻ると、フーが被弾した時と同様に、チェンの椅子に血のような液体が撒かれ、座ることができなかった。
それを知った担任が、誰が犯人かを問い質(ただ)すものの反応がないので、受験を前にして、「同級生とはうまくやれ」と忠告するのみ。
クラスメートの3人の女子学生が、成績優秀のチェンに絡んできた。
ウェイをリーダーとするこの3人こそ、自殺したフーを虐めていた張本人たちであり、今度はチェンをターゲットにするのだ。
そんなチェンは、学校帰りに、彼女らに思い切り背中を蹴られ、倒された。
家に帰ったチェンは、偽の化粧品を売って生計を立てている母親に相談できようもなく、その夜には、母親は借金の取り立てを避けて家を出て行ってしまった。
ウェイたちの虐めを警戒して、学校の帰り道を怯(おび)えるように歩いていると、1人の少年が他の少年たちに激しく暴行を受けている現場に遭遇し、警察に通報する。
その行為が見つかり、チェンも少年たちに抑えつけられ、金を奪われた上に、その少年にキスを強要される始末だった。
チェンがATMから出て来ると、先の少年が盗まれた金を渡すばかりか、チェンの携帯を修理してくれた。
少年は盗品を売り捌(さば)いていると言うのだ。
「トロいから狙われるんだ。こうしよう。金を払えば俺が守ってやる」
「自分さえ守れないくせに」
「殴られたら、殴り返せばいいんだ」
「勝手にして。私は大学へ行くの。あなたとは違う」
「どこが違う?人間は2種類。いじめる奴か、いじめられる奴だけ」
「あなたは、どっち?」
チェンは断るが、少年はチェンの後を追い、家まで送っていく。
家に着くと、母親の顔写真に「ペテン師」と書かれた中傷ビラが壁一面に張り巡らされていて、それに気づいたチェンは、剥(は)がして回る。
それを見る少年。
そのビラの画像が、クラスメート全員に送られてきた。
チェンは泣きながら教室を飛び出す。
そこに少年がバイクでやって来て、彼の荒屋(あばらや)へ行くが、チェンは少年に対し、礼儀がないと言って怒らせてしまう。
体育の授業で、例の3人組がチェンにバレーボールを当ててくるので、チェンは「いい加減にして!」と叫び、ボールを投げ返して抵抗した。
直後、チェンはウェイに校内の踊り場の階段から突き落とされ、怪我をしてしまう。
睨み返すチェン。
保健室で手当てを受けているところに、唯一、チェンを心配するクラスメートの男子生徒に慰められる。
「あと一か月、頑張れば北京だ」
「力尽きたら?フーみたいに…」
「彼女は弱かった。引きずられるな」
「彼女が弱い?あなたや私も同じよ」
そんな会話だったが、チェンはフーが自殺した日のことを思い起こす。
「私はいじめられてる。なぜ無関心なの?」
フーは涙を溜めた目でチェンを見つめ、そう訴えたのだった。
このフーの訴えが、フーの遺体に上着をかけるチェンの行為に繋がったのである。
保健室を出たチェンは、時を移さず、所轄署のチェン刑事に電話をかけたことで、ウェイらは警察で聴取を受けることになる。
ところが、3人は知らぬ存ぜぬで、証拠がないと開き直り、チェン刑事らが学校で聞き込みをするが、誰からの情報も得られなかった。
結局、3人は停学処分となった事実を、辞職に追い込まれた担任から知らされるチェン。
担任は責任を取らされ辞職し、新しい担任が来ることになった。
ウェイらが刑事に通報したことを恨み、チェンを自殺に追い込もうと待ち伏せしていたのである。
チェンは走って逃げ、少年の家にやって来た。
「私を守ってくれる?お金はないけど、どうしても北京へ」
その夜、少年はチェンにノートを持たせて、「“シャオベイに一つ借り”」と書かせた。
少年の名が、ここで明かされる。
爾来(じらい)、チェンはシャオベイの荒屋から学校へ通い、シャオベイはチェンの登下校のボディーガードを務めるに至る。
かくて、シャオベイは遊び帰りのウェイを捕まえ、「チェンに近づくな」と脅すのだ。
次第に、チェンとシャオベイは心を通わすようになり、身の上話をするシャオベイが、そこにいた。
「13の時からだ。親父が逃げて、お袋と俺が置き去り。お袋は生活に困り、別の男に頼った。ある朝、お袋が肉まんを買ってきた。嬉しかった。滅多に食えないから。でも食ってたら、お袋が殴るんだ。泣きながら。男に捨てられたのさ。俺がいたから」
「その後、お母さんは?」
「会いに行ったら、引っ越してた」
話を聞いたチェンの目から涙がこぼれ落ちる。
婦女暴行容疑の嫌疑で、ゲームセンター内にいた者が警察に一斉に補足され、シャオベイもその一人だったので、チェンと連絡がつかなくなった。
下校中に、チェンが3人組の一人で、虐めの対象にもなっているミャオに呼び出され、ウェイらと男たちが待ち受ける裏道で暴行されたのは、そんな折だった。
チェンは殴られ、髪を切られ、服を脱がされ、携帯でその動画を撮られる始末。
警察から解放されたシャオベイが、心配して家に戻ると、暴行された姿で、チェンがズタズタに破られたノートを継ぎ接ぎ(つぎはぎ)していた。
怒り狂うシャオベイは、金属棒を持って出ようとするのを、チェンが必死で食い止める。
悔し涙の中、二人はバリカンで頭を刈り、痛みを共有するのである。
そして、その姿を一緒に写真に収めるのだった。
受験日の前日、チェンは母親に電話をかけ、娘の学費のために必死に働く母から大いに励まされる。
大雨の渦中の「高考」の当日。
その頃、少女の変死体が工事現場で見つかった。
ウェイだった。
容疑者が取り調べを受けるが、チェンが犯人だという3人組の一人から、虐めの動画を入手したチェン刑事が、チェンの元にやって来た。
殺人容疑でチェンは取り調べを受けるが、証拠もアリバイも明らかにならなかった。
翌日、刑事らが尾行することで、チェンは予定通り2日目の受験を済ませるに至る。
無事、試験が終わり、チェンが帰路に就くや、出し抜けに、刑事らの目の前でシャオベイがチェンの手を引っ張り、共に走り出した。
シャオベイが、突如、チェンに叫ぶように指示する。
自分がウェイを殺し、証拠も残してきてあるから捕まると言うのだ。
自首すると言うチェンを押し倒し、シャオベイは言い放つ。
ここで、ウェイを殺害した犯人が、チェンである事実が判然とする。
だから、シャオベイが身代わりを引き受けたのである。
「俺を見ろ。よく聞け。俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい」
「見捨てない」
「俺は未成年だ。刑罰も軽い。大学を出る頃、出所してるよ」
「でも、私は行かない」
「君が成功すれば、負けずに済む。まず君が安全な場所へ」
「嫌よ」
「チェン・ニェン。大人になったら、また会えるから」
警察が来たところで、シャオベイはチェンの服を破り、キスをして、殴って見せた。
警察に捕らえられ、地面に抑え付けられたシャオベイは、泣きじゃくるチェンをいつまでも見つめている。
シャオベイは逮捕され、刑事の取り調べが始まった。
一貫して事実を必要以上に語らないシャオベイに対し、ラオヤン刑事は話題を切り替える。
「お袋さんが、今のお前を見たら、どう思うかな」
表情が一変するシャオベイ。
「お前の母親を迎えに行かせた。会いたいか?」
「事実を話せば会わせてやる」とチェン刑事。
項垂(うなだ)れるシャオベイは、刑事の質問に答えていく。
ウェイの写真を突き付け、追及するチェン刑事。
「検視の結果、指の爪から、お前の皮膚組織が…ウェイを殺した?」
「抵抗したからだ。蹴ったり、噛んだり、痛かったんで。軽く押したら、死にやがった」
パトカーで送られるチェンの、事件に関わる回想シーンが、ここで明かされていく。
ウェイがチェンに謝り、動画も削除したので警察に通報しないでと泣きながら懇願する。
「私の裸を撮ってもいい…私を殴って、何してもいいから…受験できなくなる」
そう言って跪(ひざまず)き、チェンに縋(すがり)つくのだ。
「何でもするから、警察には黙ってて。私たち、バカだった。本当にごめんなさい…」
「二度と会いたくない」
泣き伏すばかりのウェイ。
そのまま階段を上って去って行くチェンに、ウェイは執拗に食い下がってくる。
「お金を受け取れば、お母さんの借金だって返せるのに。こそこそ隠れなくて済むよ」
チェンが負っている最も辛い現実を衝かれたことで、チェンの感情が反転し、思い切りウェイを突き飛ばしてしまうのだ。
激しく階段を転げ落ちるウェイは、絶命する。
これが、深刻な虐めに端を発する事件の真相だった。