尊厳死に向かって、「終活」という「生き方」を自己完結させていく 映画「しあわせな人生の選択」('15) 

1  「俺は1年間、考えてきたが、お前は今、考え始めた」

 

 

 

カナダから、スペイン・マドリードに住む親友の舞台俳優フリアンに会いに来たトマス。

 

フリアンのアパートを訪ね、再会を喜び合う。

 

末期癌を患うフリアンはトマスと共に、愛犬トルーマンの里親探しの相談に、動物病院へ行った。

 

「犬も喪失感を感じる?」

「誰かが亡くなった時に?」

「飼い主を亡くした犬を、癒す方法が?」

「捨てられた時と同様、犬の心は傷つく」

「具体的にどうなる?」

「飼い主が死ぬと、人を寄せ付けなくなり、心的反応を起こす可能性もあるだろうね」

「実は、愛犬に新しい家族を探している。俺と同じように独り暮らしの方がいい?それとも、子どものいる家族がいい?」

「僕には分からないな」

「あいつ、他の犬と暮らせるかな」

「慣れない環境はよそう…トルーマンが愛を感じることが大事だ」

 

「万全を尽くしたい」と言うフリアンは、事細かに担当医に質問する。

 

そんな遣り取りを、傍で聞くトマス。。

 

「深刻な要件の時は、前もって言えよ」

「人生で大事なのは、愛する相手との関係だけだ。家族、お前と俺、トルーマンと俺…こんなに長く、友達でいられるとは驚きだ」

「意外なことだ」

「お前から、大事なことを学んだ…」

「僕が教えた大事なことって?」

「見返りを望まないこと。何も要求しない。お前は寛大だ。俺は違う」

「ありがとう」

「俺は?何を教えた?」

「何も教わってない。悪いこと以外はね…勇気だ。決して逃げ出さない。今もね」

「だから北の果てから、会いに来たのか?」

 

フリアンとトマスはその足で病院に行き、主治医から治療方針の説明を受ける。

 

「化学療法を再開したい。腫瘍への効果が出やすい薬に変えよう。CTスキャンで肝臓の腫瘍を確認したい…」

「いいや、もう通院はしない」

「検査結果が出た時、君に勘違いさせたかもしれない」

「俺たちは、全力を尽くしたよな?何か月も闘ってきただろ?わずかな財産を治療に使いたくない…もう終わりだ。俺は、この1年、肺がんと闘い続けてきた。治療をひと休みしてる間に、がん細胞は全身を暴れ回った。治療の再開に意味が?つまり、治療を再開すれば治るのか?」

「いいや、難しいだろう」

「どっちみち死ぬんだろ?」

「そうだ」

「ではムダだ」

「時間が稼げる」

 

ここで、トマスが口を挟む。

 

「そうだ。当然だろ。どのくらい?」

「干渉しない約束だ」とフリアン。

「はるばる来たのに?」

「何とも言えないが、治療を止めたら、先は短い」と主治医。

「ほら、治療はムダじゃない」

「俺はもう、心を決めたんだ」

「衝動的な判断だ。落ち着いて考えれば、他の結論に至るかも」

「俺は1年間、考えてきたが、お前は今、考え始めた」

 

結局、フリアンは主治医への別れの挨拶に来たのだった。

 

その夜、トマスはフリアンの従妹のパウラと演劇を観た後、バーでフリアンの様子をパウラに聞かれた。

 

このパウラこそ、フリアンの説得に気乗りのしないトマスに対して、マドリード行きを後押しした女性である。

 

「医者に別れを告げた」

 

フリアンの言葉をパウラに伝えるトマスに、考え直すつもりがないフリアンを説得して欲しいと考えているのだ。

 

「あなたの意見なら耳を傾けるわ」

「…友人の死は初めてでね。どうしていいか…」

 

翌日、トマスとフリアンはトルーマンを連れて、里親に会いに行く。

 

息子との相性を見るため、一日預かりたいという申し出に、フリアンはその必要はないと断るが、トマスに促されトルーマンを置いて帰ることになった。

 

車の中で嗚咽を漏らすフリアン。

 

「長い付き合いだ。寝る時もシャワーも一緒だ。今夜はうちに泊まってくれ」

 

二人が次に向かったのは葬儀会社。

 

自身の埋葬方法や遺灰の壺のデザイン、追悼用のカード、供花、セレモニーでの写真やDVDなどの手配の相談をしつつも、フリアンは徐々に気持ちが希薄になり、顔を背け、遠くを見つめるばかり。

 

埋葬方法を事務的に進める葬儀会社の商業主義に、嫌気が差したのである。

 

その様子を見たトマスは、見積もりを自分に送るように依頼する。

 

その後、レストランで話をしていると、突然、フリアンは入って来た客を避け、顔を隠す。

 

件(くだん)の客は、元親友のルイスで、かつて、彼の妻と不倫して離婚の原因を作った人物。

 

ルイスがフリアンのテーブルに近づくや、口にしたのは、意外にも、彼の病気を案じる言葉だった。

 

「病気のこと、気の毒だな。少し前に聞いた。闘病は大変だろうね。それを言いたくて。心配してた」

「ありがとう、ルイス」

「頑張れよ。邪魔したね」

 

フリアンは自分を恥じ、ルイスのテーブルへ行き、深々と謝罪する。

 

「帰る前に別れを言いたくて。さっきはうれしかった…感激した。君は友達だったのに、俺は卑劣なことをした。何より申し訳ないのが、当時、謝らなかったことだ…」

 

ルイスへの謝罪も、別れの挨拶となっていく。

 

店から出ると、トマスが言った。

 

「君は絶滅種の生物みたいだな」

 

言い得て妙の表現である。

 

その後、トマスはフリアンの舞台を見る。

 

楽屋で化粧を落としていると、劇場のオーナーが来て、病気の心配をし、配慮しながらも、月末には代役を立てると話し、出て行った。

 

「今のは解雇宣告だ」とトマス。

「崖っぷちだな」とフリアン。

 

依って立つ基盤が一つまた一つ失われ、避けられない死へと誘(いざな)われ、現実を突きつけられていくのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: 尊厳死に向かって、「終活」という「生き方」を自己完結させていく 映画「しあわせな人生の選択」('15)   セスク・ゲイより