<「歪んだ復讐劇」に「殺意の揺らぎ」を見せない者の意志の強靭さ>
【ほぼ映画の提示する時系列に沿って書いていきます。】
1 「俺もカンちゃんも、あんたに死なれたくないんだよ!生きてて欲しいんだよ!」
3.11から9年後、仙台市。
それは残忍さを極める事件だった。
老朽化した誰も住んでいないアパートの一室で発見された男の死体は、手足を拘束され、口に粘着テープを貼られたまま、脱水状態で餓死させられていた。
被害者の名は三雲忠勝(みくもただかつ)。
三雲は健康福祉センターに勤務し、生活保護課の課長の職務を担っていた。
早速、県警捜査一課の笘篠(とましの)と相棒の所轄署の刑事・蓮田(はすだ)が、三雲の勤務先へ聞き取りに行く。
応対した所長は、三雲は「お人好しで、誰も妬まず、恨みもせず、そんな得難い管理職だった」と言い、直属の部下である丸山幹子からも、三雲が「善人」だったとの証言を引き出した。
笘篠は3.11で妻子を喪い、「変わり者で出世できない」と噂される中年刑事である。
一方、当時、笘篠が行方不明の妻子を探しに来た避難所にいた利根泰久(とねかつひさ)という男が、その後、放火事件で服役した後、仮釈で出所したところだった。
乳児の時に親に捨てられ、施設で育った利根は、保護司の世話で鉄工所に勤め始めた。
利根は今、3.11の避難所にいた頃の出来事を回想している。
パンの配給の順番に強引に入ろうとして殴られ、水たまりに顔を押し付けられた後、濡れたまま階段に座っていると、遠島けい(とおしまけい/以下、読みやすくするため「ケイ」と表記する)がそっとタオルを渡す。
「ふてくされた顔しないで」
いつもケイの傍にいて、震災で母を亡くした黄色いジャケットを着た女の子・カンちゃんと共に、3人は寄り添うように並んで座っていた。
その遺体安置所で、妻の遺体を発見した笘篠。
「この、腕時計を握ってました。発見場所から言って、一度沖まで流され、岸に辿り着いたんだと思います」
「腕時計は、息子のです」
表に出ると、妻子の幻影を見る。
傍らにカンちゃんがいた。
現在。
生活保護に纏(まつ)わる怨恨説で事件を追う笘篠と蓮田は、その実態を知るために、幹子に頼んで、スーパーで働いて不正受給が疑われる女のアパートの訪問に同行した。
「働けるなら、病気の方、治ったって診断されたりしますよ」と幹子。
「ダメですか?うつ病で、生活保護の母親の娘は、塾に行ったら!…学校で調べたらしくて、娘は虐めに…生活保護受けたら、全部、我慢しろって言うんですか!」
次の訪問では、高級車を所持するヤクザ風の男に対し、幹子は傍らの刑事を利して、強気の態度で捲(まく)し立てていく。
「求職活動して、生活保護から一日も早く卒業できるようにしてください…はっきり言いますが、あなたのように遊んで暮らしている人に、受給していた分を、そっくり他の対象者に渡してあげたいんです」
笘篠に止められた幹子は、きっぱりと言い切った。
「震災が起こってから、仙台市には県内から多くの生活困窮者が入って来ました。不正受給を放置している場合じゃないんです。本当に困っている人たちがいるんです。あの震災が、すべてを変えてしまったんです」
「そんなことは分かってる」
「分かるはずありません」
そう言うや、足早に去って行く幹子。
二人目の被害者が発見された。
その手口は三雲と酷似していた。
被害者の名は城之内猛(じょうのうちたける)。
仙台福祉連絡会の副理事で、清廉潔白な人格者として通っていた。
そして、三雲と城之内は、かつて生活支援課で、同僚として働いていたことが判明し、明確に怨恨の線で捜査を進める方針が決定される。
かくて、二人が生活支援を担当していた期間に、生活保護申請を却下した案件を徹底的に調べ、当時の申請者の家を訪問することになった。
三雲が担当窓口だったという老人の話。
「善人なのか、悪人なのか、のらりくらり話はぐらかすんだ。親身に聞いてる振りして」
「結局、もらえなかった?」と刑事。
「ああ、だから、こんなんだ」
一方、幹子は生活困窮者の老女を訪ね、生活保護の申請の説得をする。
「でも、世間様に迷惑をかけてるようで、申し訳なかよ」
「そんなの、間違ってます…二言目には世間に迷惑って言うけど、それは違うんだからね。これは権利なんだって。健康で文化的な最低限度の生活。それを国が援助するのは当たり前の話なの。もっと、声を上げていいんです。声を上げなくちゃダメなんです」
幹子は上司に報告すると、あっさりと却下された。
「ダメだよ、勝手にこんなことしちゃ。申請はあくまでも本人の意思なんだから。こっちから勧めてどうすんだ」
利根の回想シーン。
いつしか、避難所からカンちゃんはケイの家で泊まるようになり、そこに利根も連れていく。
3人は共に親類縁者がいないので、避難所でも孤立している。
夜、眠りに就けないカンちゃんとケイの話を聞きながら、堪(たま)らなくなり外に出た利根は、咽(むせ)び泣きながら、振り絞るように漏らした。
「俺も、生きててよかったのか…」
「あったりまえじゃないか」
後ろから抱き締めるケイの優しさが、男の中枢を溶かしていく。
まもなく3人は一緒に暮らし、やがて、利根は就活のために栃木へ出て行った。
「いってらっしゃい!」
「行ってきます」
照れくさそうに、笑って応える利根。
現在。
利根がカンちゃんの里子として育った家を訪ねて行くと、そこにカンちゃんは住んでいなかった。
郵便受けから封筒を持ち出し、印刷された児童園に電話をして、カンちゃんの所在を訊ねる利根。
一方、事件の捜査は遅滞なく進行していた。
申請却下の書類の捜査から、福祉事務所長の指示で隠蔽された案件が見つかり、その書類の提出を笘篠が迫っていく。
その申請者の名前にケイがあり、一緒に付き添っていた利根の名を聞き出したのである。
ここから、本件容疑者として利根泰久を手配することが決定し、所在確認が始まった。
程なくして、通報から利根を発見した笘篠と蓮田が、弾丸の雨の中、逃走する利根を追い駆けるが、見失ってしまう。
利根は仕事を終えて、事務所から出て来た幹子を待っていた。
この幹子こそが、カンちゃんだったことが明らかになる。
「どうして?あと2年は服役しているって」
「模範囚だったんだ」
「今は、私には私の生活がある」
「何で、あんな職場入った?そこまでして」
「救いたい。今更だって、思うかもしれないけど。だから、やってる」
「無駄だ。誰も救えない」
「利根さんこそ、止めた方がいいと思います」
そう言うや、幹子は去って行った。
回想シーン。
久々に、ケイたちのいる家に戻った利根。
道すがら、自転車に制服姿の女子学生に声を掛けられた。
カンちゃんだった。
「おかえり」
「ただいま」
利根は、カンちゃんを自転車の後ろに乗せ、二人は楽しそうにケイの家へ向かった。
すると、ケイは布団を敷いたまま横たわり、反応がない。
利根は、預金通帳を調べるなどして、ろくに食事も摂れていないケイの暮らしぶりを心配し、生活保護を受けることを勧める。
「いくら自分の生活が苦しくなったからと言って、国に面倒見てもらいだくねぇ」
「何言ってんだ。飢え死にするぞ」
「そういうことは、他人が口出しすることでねぇ」
ここで、利根は声を荒げる。
「何が他人だよ。ふざけんなよ!俺もカンちゃんも、あんたに死なれたくないんだよ!生きてて欲しいんだよ!本当の母親のように思ってるから。そんなことも分かんないのかよ」
二人の顔を見つめ、ケイは意を決して言った。
「分かったよ。行ってみる」
早速、利根とカンちゃんが付き添い、福祉事務所を訊ね、交渉する。
最初に窓口で取り次いだのは上崎岳大(かみさきたけひろ)。
その次に対応したのが三雲だった。
三雲にケイとの関係を聞かれた利根は、知り合いだと答えた。
「だったら、お祖母ちゃん、助けて上げられないですか…地域や社会の助け合いっていうのは、貧困解決するには一番で、生活保護なんか、そういうのに比べたら力ないんですよ」
それでもカンちゃんは、「申請書類を下さい」と頼むと、「本人の意思じゃないといけないんです」と言われ、三雲に返される。
二人に促されたケイは、明言する。
「生活保護、申請します」
現在。
利根がケイの生活保護の申請をしたときの窓口担当が、現国会議員の上崎であることが判明した。
結局、生活保護の申請は通っていたが、支給されることなく、ケイは餓死してしまう。
それを知ったカンちゃんは、駆けつけた利根の胸に泣き崩れる。
二人は福祉事務所に走り、担当の三雲に怒りをぶつける。
三雲は、ケイが自分で取り下げたと言い張り、利根はそれを否定して、三雲の胸倉を掴むしかなかった。
「生活保護はあくまで、本人の申請です。こちらから押し売りすることはできません。対応は問題ありませんでした」
そこに、城之内所長が割って入って来た。
「平成13年、生活保護法改正案が国会を通過し、翌年から施行されました。この改正案の主な目的は、申請の厳格化と扶養義務者への支援強化です。生活保護利用率が日本では1%台なのに対し、アメリカ、ヨーロッパでは、5から10%。そうした現状に対し、国連は日本政府へ貧困問題に関して勧告まで出してきた。そういう国に住んでるんです、我々は。君に言っても分からないだろうけど…震災では多くの人が理不尽に命を奪われた。それに比べれば、君たちの境遇には理由がある。そういうことを、よく考えてみたらどうですか?他人のせいばかりにせず!」
吐き捨てるように言うや、車に乗り込む城之内。
「死ぬ時ぐらい、人間らしく死にたい。誰かに看取(みと)られて。そういうの、もう難しいんですよ。死ぬ時は独りだから」
三雲もまた、利根の目を見据えて言い放ち、車を発進させていく。
置き去りにされた利根の眼光だけが、役所の人間を炯々(けいけい)と射ていた。
人生論的映画評論・続: 護られなかった者たちへ('20) 瀬々敬久 より