3人の男のボクシング人生の振れ具合を描き切った傑作 映画「BLUE/ブルー」('21) 

1  腹を括っていた男の中で、何かが壊れていく 

 

 

 

大牧ボクシングジムに所属する二人のボクサー。

 

一人は成果が出ずとも、ボクシングを愛する気持ちは変わらず、誰にでも優しく、面倒見が良い瓜田(うりた)。

 

もう一人は、才能があり、本気でチャンピオンを目指す、瓜田の後輩で親友の小川。

 

その小川の恋人で、瓜田の幼馴染でもあり、美容室に勤める千佳(ちか)は、小川のパンチドランカーの兆候を疑い、検査に行くことを勧めるよう瓜田に頼む。

 

MRIの結果、普通の人より脳の白い部分が多く、慢性的な場合、認知症のような症状になると医者に言われてしまう。

 

「その場合、ボクシング続けるのは、ちょっと難しいかな」と担当医

 

病院から出た小川は、千佳に「俺、辞めないよ」と一言。

 

再計量で、何とかパスした小川の試合の前座試合でリングに上がった瓜田は、呆気なく負けてしまう。

 

期待通り小川は勝つが、その映像は提示されない。

 

提示されたのは、又候(またぞろ)、惨めにリングに沈んでも明るく振舞う瓜田への、千佳の優しい励まし。

 

「私、格好悪くても好きだよ。瓜ちゃんが戦ってる姿」

 

負けても気落ちせず、練習に励む瓜田。

 

そんな瓜田は、勤務先の女の子の気を引くためだけに、「ボクシングやっている風」を目指す気弱な男・楢崎(ならざき)の相手となって指導している。

 

しかし、楢崎の〈現在性〉は極めてハード。

 

両親を喪い、認知症の初発点にある祖母を世話し、ゲーセンで働く彼の青春の景色は苛酷さを印象づける。

 

その楢崎に対して、ごく普通に、瓜田は穏健な態度で接する。

 

「だいぶ、上手くなりましたね。楢崎君、体力もあるし、練習量も多いから、伸びるの早いですよ」

「本当っすか」

 

満面の笑みを浮かべる楢崎。

 

本人が望まない初めてのスパーリングでボコボコにされ、ソファに横たわって泣きじゃくる楢崎に励ます瓜田。

 

「もう、二度とやりたくないです」

「良かったですよ。モーション少ないし、手応えあったんじゃないですか?」

 

その言葉を耳にして、満更でもない表情に変化した楢崎は、その後は練習に励み、スパーリングもこなしていく。

 

小川は少しずつ物忘れの症状が出たり、突然、頭痛に襲われたりするようになってきた。

 

プロテストに受かった楢崎は、職場で好きな女子店員にそれを誇示する。

 

一方、いつもバカにする楢崎と共にテストを受けて落ちた洞口(どうぐち)は、瓜田のスパーリング指導を途中で放棄する。

 

「基本身に付けたら、強くなるんですか?そういう瓜田さん、全然勝てないじゃないですか」

「まあ、俺は勝てないけど…」

「俺、勝てないボクシングとか、教わりたくないんすよね」

 

言葉を返せない瓜田。

 

洞口がスパーリングで、瓜田を圧倒したあとの会話が興味深い。

 

「瓜田さんて、一応プロじゃないですか。そのプロにこれだけパンチ当たるんだから、自分のスタイルって間違ってないと思わないですか」

「洞口はセンスあると思うし、実際、強いよ。でも、基本がないからプロテストに落ちたわけでしょ?」

「それ、おかしいっすよね。基本があれば弱くてもプロって。瓜田さん、基本しっかりしてるけど、めっちゃ弱いじゃないですか。それがプロっていうことですか?」

 

更に洞口は、二人の会話を聞いている楢崎へ指を差して、言い放つのだ。

 

あいつだって、テストの時、ビビりながら、ちょこちょこ手出してただけじゃないですか。あんなんでプロになれるなら、誰でもなれますよ」

 

その嫌味を耳にした楢崎は、洞口にスパーリングを求めたことで、早速、実現する。

 

楢崎は、的確なパンチを繰り出し、洞口をKO寸前まで追い詰めた。

 

ガードを下げて、振り回すだけの洞口に対し、楢崎は瓜田に教わった通り、あくまで基本に忠実なボクシングに徹した成果だった。

 

「いいじゃん。これだったら、いつでも試合できるよ。自信持っていいよ。俺なんかより、ずっとセンスあるし」

 

ここでも、嫌味にならない、楢崎を励ます瓜田の褒め言葉。

 

その直後、ソファに横たわっていた洞口の身体に異変が起き、救急搬送され、応急処置が取られた。

 

頭部にダメージを受けた洞口は、入院することになる。

 

瓜田に伴われ見舞いに行った楢崎は、ボクシングが出来なくなった洞口を前に何も言えず、逆に励まされるばかり。

 

病院から帰る楢崎は、自らが犯した行為に煩悶し、嗚咽を漏らすのだ。

 

片や、症状が悪化し、運輸会社の仕事で配送ミスをして謝罪することになっても、チャンピオンを目指す小川の意志は変わらない。

 

かくて、小川のタイトルマッチの日程が決まり、楢崎のデビュー戦も決まった。

 

小川は、勝ったら千佳と結婚すると瓜田に伝え、家主とのトラブルでアパートも引っ越すことになる。

 

しかし、またも小川の身体に異変が起きてしまう。

 

自転車で転倒し、意識が朦朧として、焦点が合わないのだ。

 

そんな渦中で迎えた、小川のタイトルマッチの当日。

 

前座戦で瓜田が戦った相手は、この試合がデビュー戦ではあるが、キックボクサーとしてのキャリアがあった。

 

その相手に苦戦する瓜田は、試合を弄(もてあそ)ばれた挙句、KOされてしまう。

 

担架を用意された瓜田だが、自分の足でリングから降り、次の試合の順番を待つ楢崎の肩に手を置き、左手を挙げながら消えて行った。

 

デビュー戦の楢崎は、呆気なくKOされて試合にならなかった。

 

そして、始まった小川のタイトルマッチ。

 

リング下から、瓜田が「アッパーを出せ!」と何度も声を掛ける。

 

その後ろ姿を見る千佳の目から涙が零れる。

 

小川は瓜田との練習の際に強調していた、左フックを決め、相手のダウンを誘った。

 

その左フックは、基本に拘泥する瓜田が異議を唱えていた戦略だった。

 

「お前、やっぱ凄いわ」

 

客席から瓜田は、そう呟いた。

 

腹を括っていた男の中で、何かが壊れていく。

 

小川のTKO勝ちだった。

 

大牧ボクシングジムで30年ぶりとなる、新チャンピオン(日本スーパーウェルター級)が誕生した瞬間である。

 

  

人生論的映画評論・続: 3人の男のボクシング人生の振れ具合を描き切った傑作 映画「BLUE/ブルー」('21)  𠮷田恵輔 より