最も苛酷な時代に真実の報道の姿勢を貫き、散っていった勇敢なジャーナリスト、その生きざま 映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」('19) 

1  憤怒を炸裂し、ウクライナで見た現実を突きつける男

 

 

 

1933年。

 

英国のロイド・ジョージ首相の外交顧問を務めるガレス・ジョーンズ(以下、ジョーンズ)は、ヒトラー専用機に乗り込み、本人にインタビューした際に鮮烈なインプレッションを受け、「次の世界大戦は始まってます」と熱弁を振るうが、政府の閣僚たちは、国内問題だと相手にしない。

 

世界恐慌の予算削減を口実にジョーンズは解雇され、今はフリーランスの記者となっている。

 

彼の関心は、大恐慌の中で繁栄を維持するソ連スターリン体制の資金源を突き止めること。

 

ジョーンズは、スターリンへのインタビューの実現を目指してモスクワ行きを決行する。

 

出発前にモスクワにいる友人の記者、ポール・クレブ(以下、ポール)に電話をかけ、スターリンに会いたい旨を伝えると、ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長、ウォルター・デュランティ(以下、デュランティ)を紹介された。

 

「私は今、好ましくない人物でね。それより大きな情報をつかんだんだ。想像以上に厄介な状況だぞ」

 

ポールがそう話した途端、回線が切れてしまった。

 

モスクワに到着したジョーンズは、早速、デュランティに面会するが、ジョーンズの問題意識を歯牙(しが)にもかけず、スルーする。

 

そこで、ポールが強盗に襲われ、死んだことを聞かされるのだ。

 

デュランティの自宅での記者たちの乱痴気パーティーに出席したジョーンズは、アヘン窟と化した宴の退廃ぶりにウンザリし、帰宅するところで原稿を届けに来た同支局の女性記者、エイダと話し、ポールの知り合いであることを知る。

 

翌朝、二泊三日限定のモスクワ滞在の監視付きのジョーンズはエイダの家を訪ね、ポールについての重要な情報を聞き出す。

 

「ポールは恐れていたの…ウクライナ

スターリンの金脈?記者たちは行けないんじゃ」

「行こうとして撃たれたの」

 

エイダに帰国を促されたジョーンズだったが、肩書を外交顧問と偽り、ハリコフの兵器工場の見学のために、ウクライナ行きの手筈(てはず)を当局から引き出し、整えるに至る。

 

出発前に、エイダからポールから預かった、ウクライナの予定訪問先のメモを受け取った。

 

「父は外交官で、私はベルリンで育った。あの自由と文化が溢れる街をナチスが壊したの。それも一瞬でね。だから怖い…友人たちが心配で仕方ない。共産党員が逮捕されてる。やるしかない」

「まるでスターリンの手下だ」

「私は、この大きな動きに賭けたいの」

「正しいことか?」

「他に選択肢はない…今こそ世界を、再建するチャンスなの。ソ連は人々にための未来を築こうとしている」

「友達を背後から撃った国だぞ」

「それは…この運動は個人を超越する」

「ポールの死は仕方ないと?」

 

エイダは何も答えられず、項垂(うなだ)れ、押し黙るのみ。

 

身を案じるエイダの反対を押し切って、ジョーンズは、昔、母が住んでいたウクライナへ向かった。

 

知的好奇心を持ったら、止められない性向のようである。

 

ジョーンズは、列車に同行した共産党員の目を盗み、別の古寂びた列車に乗り換えた。

 

その列車には、ジョーンズが食べる果物を凝視する飢えた人々が、押し込められたように、所狭しと座っていた。

 

スターリノ(現在のドンバスの中心都市・ドネツク)で降りたジョーンズは、早々に、雪道に俯(ふ)せた死体を目撃するが、そのまま当局に穀物を運ぶ作業に追い遣られてしまう。

 

穀物の行き先がモスクワだと聞くと、外国人のスパイだと密告され、軍人に銃を撃たれながら追い駆けられるが、ジョーンズは何とか逃げ延びた。

 

辿り着いた村で、一軒の家を訪ねるが反応はなく、中に入っていくと、老夫婦がベッドで息絶えていた。

 

村を彷徨していると、子供たちが寄って来て、映画的メッセージ含みの歌を披露するが、その隙を突くや、矢庭にジョーンズのリュックを盗み、食料を奪って逃げ去っていくのだ。

 

更に歩いて行くと、馬を曳(ひ)いて、雪の道端に横たわる死体を荷車に拾い集めている現場を目撃し、それをカメラで捉えていく。

 

食料を失ったジョーンズもまた飢えに苦しみ、樹皮を剥(は)いで、一時(いっとき)、飢えを凌(しの)ぐ。

 

一晩、体を休めた納屋に、幼い二人の子供がやって来た。

 

家に行くと姉が肉を振舞ってくれたが、それは何と、餓死した兄のものだった。

 

それを知ったジョーンズは激しく嘔吐し、再び、雪の中を歩いて進んでいく。

 

街に辿り着くと、飢えた人々が、パンの配給場所に群がり、順番を争っている。

 

「この状況は、いつから続いているんだ?」

「あなたは?」

「記者だ。ここは“黒い大地”と母が言ってた。何でも育つ肥沃な土地なはず。一体、何があったんだ?」

「私たちは彼らに…殺されてるの。数百万人が死んだ」

「そんなに?どうして?」

「男たちが来て、自然の法則を変えると言い出したの」

 

順番待ちの女性に話を聞いていたジョーンズは、突然、頭から布を被され、当局に連行されてしまう。

 

逮捕されたジョーンズは、当局のトップから、ロンドンに帰還させる代わりに、同じホテルにいた6人の英国人技師たちについては、スパイなので釈放しないと脅されるのだ。

 

ロイド・ジョージに、君が見た真実を伝えれば、技師たちは助かる…誇らしげな農民を見たかね?集団農場の効率性も感じたはず。飢饉があるというのは、単なるウワサだ。どう思う?」

「ウワサです。飢饉はない…飢饉など起きてない」

 

こうして、ジョーンズは手錠を外され、解放された。

 

そこに、デュランティが現れた。

 

「私が君を釈放させた」

「知ってたんですね?スターリンに買収された?彼らのためにウソを広める理由は?」

「君は知らんのだ。今、モスクワで記者をすることの難しさを…他者を糾弾するのが記者の仕事ではない。スターリンと会えれば、状況を変えられると信じてたんだろ?」

 

そこで怒りを抑えられないジョーンズは、ポケットから樹皮を取り出し、デュランティに突き付けた。

 

「皆、これを食べてる。メダルの横に飾れ!」

 

憤怒を炸裂し、ウクライナで見た現実を突きつけるのだ。

 

連行されるジョーンズに、デュランティは言い放つ。

 

大義を選ばざるを得ないときは、誰にでも訪れるものだ。その前では1人の人間の野望など霞むのだよ」

 

この欺瞞言辞のうちに、一切が収束されてしまうのである。

 

  

人生論的映画評論・続: 最も苛酷な時代に真実の報道の姿勢を貫き、散っていった勇敢なジャーナリスト、その生きざま 映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」('19)   アグニェシュカ・ホランド より