アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発(‘15)     ハンネス・ホルム

<「権力関係」・「権威と服従の関係」が自我を支配するとき、その自我の自律性はシステムが作った物語の内に従属し、融合する>

 

 

 

1  「その頃、東欧では同胞がナチスの収容所で殺されていた。私が服従実験を行うのは、そのことが頭から離れないからです」

 

 

 

1961年8月 イェール大学

 

二人の実験参加者、フレッドとジェームズが実験室に入って来た。

 

謝礼を受け取り、実験者から説明を受ける。

 

「心理学者による学習プロセスの研究で、報酬や罰の効果について調査します…今回の実験では、“学習者”は誤答すると軽い罰を受けます。罰を与えるのは“先生”です」

 

くじ引きの結果、フレッドが先生で、ジェームズは学習者の役割が与えられた。

 

その様子をマジックミラー越しに観察する人物がいる。

 

スタンレー・ミルグラム博士である。

 

フレッドが単語を言い、ペアとなる単語をジェームスが4択の中から答え、不正解の場合、フレッドが電撃発生器のスイッチを押して電気ショックを与えるという手順の実験が、これから始まろうとしている。

 

ジェームズは、重症ではないが心臓の病気を持っていることを告げ、危険性について質問した。

 

「かなり痛いでしょうが、後に残る器官損傷はない」

 

かくて、二人は相手の姿が見えない隣の部屋に別れ、実験が始まった。

 

その前に、電気ショックのサンプルとして、フレッドにも体験してもらった。

 

かなりの痛みで、それをフレッドは195ボルトだと質問に答えたが、実験者は45ボルトであると説明する。

 

フレッドの背後に座る実験者からルールを指示され、テストがスタートした。

 

「学習者が誤答するたび、電撃レベルを1つ上げます。正確に実行してください」

 

不正解で、90ボルトのスイッチが押された。

 

そこで、ジェームズの小さな呻き声が上がった。

 

それを聞いたジェームズは後ろを振り返るが、実験者は無反応だった。

 

次にまた不正解となり、120ボルトのスイッチを押すと、またジェームズの呻き声。

 

更に不正解で135ボルトのスイッチを押し、呻き声を聞くと、再び後ろを振り返るが、特に反応はない。

 

またも不正解で150ボルトを押すと、「痛い!」という声が発せられた。

 

そして、165ボルトまで上げた時、「出してくれ!心臓病なんだから。もう実験には協力しない」とジェームズが叫んだ。

 

フレッドの顔色も変わり、実験者を振り返ったが、続けるように促された。

 

「彼はイヤだと言ってる」

「それでも、すべて正解するまで続けなければなりません。続けてください」

 

戸惑いを見せたが、「落ち着いて、集中しなさい」とジェームズに声をかけ、実験を続けるフレッド。

 

「不正解です。180ボルト」

「耐えられない!」

 

ここで、観察していたミルグラムの独白。

 

「彼も最後まで続けた」

 

また別の被験者は、375ボルトのスイッチを拳で叩き、思わず笑みを零す。

 

「ここから出してくれ!」と呻き声を上げているのは、フレッドの時の学習者役だったジェームズ。

 

ここで、先生役だけが被験者であることが判然とする。

 

ジェームズはスイッチを押される度に、テープレコーダーの声を流すだけなのだった。

 

最高値の450ボルトを押した別の被検者は、「同じスイッチで続けて」と実験者に指示されるが、相手が無反応なので不安になり、死んでいるかも知れないと、隣の様子を見て来るように訴える。

 

しかし、実験者の強い指示で、再び450ボルトのスイッチを押し続ける。

 

実験が終了し、ミルグラムが部屋に入り、被験者に質問する。

 

「学習者に電撃を与えたのは、なぜですか?」

「俺は途中でやめたかった。彼が叫んでたからね」

「痛そうだった?」

「ああ」

「やめてほしいと?」

「そうだ」

「彼には中止する権利が?」

「どうかな」

「その時点で、やめなかった理由は?」

「続けろと言われたからだ」

「苦しむ人の頼みは聞かずに?」

「実験を続ける責任があるし、誰も止めなかった」

「彼は頼んでいた」

「確かにそうだが、彼は被験者だからさ」

「それでは誰が…彼が電撃を受けた責任は誰に?」

「さあね」

 

そこで、隣の部屋からジェームズがやって来た。

 

「ちょっと怖くなって、ご心配をかけた」

 

そして、実験者が説明する。

 

「この電撃発生器は、マウスやラッドなど小動物の実験用です。ボルトの数の表示は偽物です。実際には、あなたが体験した電撃より、少しだけ強い程度です」

 

ジェームズに向かって被験者が声をかけた。

 

「大丈夫か?」

「ああ、元気だよ。恨みはない。私でも同じことをする」

 

また別の被験者に、ミルグラムが説明する。

 

「他人に苦痛を与える際の反応を研究しています。命令に従う心理の実験です…どうか、ご理解ください。自然な反応を見たかったのです。報告書を受け取るまで、誰かに話さないように。その人が被験者になる可能性がある」

 

ここでミルグラムは、観る者に向かって、1933年にユダヤ人の移民の子としてブルックリンに生まれたと語りかける。

 

「その頃、東欧では同胞がナチスの収容所で殺されていた。私が服従実験を行うのは、そのことが頭から離れないからです。文明化した人間が、どうして残虐行為に走るのか。組織的な大虐殺は、どのように起きたか。加害者たちの良心は働かないのか」(独白)

 

その頃、パーティーで知り合ったサシャと結ばれ、彼女もミルグラムの実験室にやって来て、共に実験内容を観察し、生涯、彼の研究の良き理解者となっていく。

 

更に実験は続くが、一人だけ明確に拒否する被験者がいた。

 

彼はオランダ人の電気技師で、高電圧の苦痛をよく知っているからだった。

 

彼は極めて例外的だとミルグラムは言う。

 

「どの精神科医も心理学者も、最後までやる人などいないと言った…どんな職業の人も、最後まで電撃を加える」

 

その後も被検者が学習者に直接電撃を与えり、女性を被験者にしたりなどパターンを変えて実験したが、結果は殆ど同じで、被検者は最後の450ボルトまで実行した。

 

「悪意ある権力の命令に服従して、市民に残虐行為を加えるような人間性は、アメリカ社会と無縁ではないのです…最後の2日間は実験を録画した。1962年5月26日と27日です。4日後、エルサレムで、アイヒマンが絞首刑に。ホロコーストの責任者、アイヒマンは、ユダヤ人の国外追放や、大虐殺に関与。戦後、アルゼンチンに逃亡した…モサドによって、1960年に拘束された」(独白)

 

その裁判をテレビで見るミルグラムとサシャ。

 

アイヒマンは罪悪感も後悔の念も示さなかった。ユダヤ人の移送は任務で、上官の命令がなければ、何も行わなかったと述べた」(独白)

 

是を以て(これをもって)、「服従実験」は完了するに至る。

 

 

人生論的映画評論・続: アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発(‘15)     ハンネス・ホルム より