1 「このまま、共倒れになっちゃうのかね…やっぱり、母ちゃんと一緒の方がいいよね?」
庭で母・山田珠子(たまこ)に髪を切ってもらっている、息子の忠男(愛称・チュウさん)。
ハサミを入れる度に怯(おび)えて反応する忠男だが、隣の家に荷物を運ぶ引っ越し業者に気を取られている。
その業者は、珠子の敷地から通路に伸びた梅の木の枝が邪魔で、転倒して荷物を散乱させてしまう。
「あれ、どうにかして欲しいよな」
梅の木を指差して、隣に引っ越して来た里村茂(以下、茂)が妻・英子(えいこ)に文句を言う。
目覚まし時計が鳴り、「6時45分」と言いながら飛び起きる忠男。
数分単位の時間を気にしながら、朝の支度をするのだ。
珠子に言われ、30回数えながらを朝ご飯を食べ、電動カミソリで髭を剃ってもらい、歯磨きをする。
全て決まった時刻通り、規則正しく事を運んでいく忠男は、もうすぐ50歳になる自閉症者である。
一方、隣家の茂は、登校初日の草太(そうた)と共に家を出ると、家から出て来た忠男に挨拶をするが、目を合わせることなくスルーされる。
「なんだ、あいつ」
不審がる茂だったが、英子に頼まれたゴミを出すので、草太に言われ、忠男のゴミ出しに後からついて行く。
ゴミ捨て場で、茂が捨てたゴミ袋を忠男が取り出し、中身を確かめようとする。
すると、自治会長がやって来て、中に燃えないゴミがあることを指摘された茂。
「お隣さんでしょ?うまくやっていけそう?」
自治会長に訊ねられた茂は、「特に付き合うつもりもないし」と答えるのみ。
忠男は道すがらの乗馬クラブで、いつものように「ヒヒヒヒ~ン」と声をかけ、ポニー(小形の馬)を驚かしてしまう。
そのポニーを「怖かったね」と言って撫でながら、忠男を牽制するオーナーの今井。
忠男が向かった先は福祉作業所で、そこで箱作りの作業をしているのだ。
英子が珠子に引っ越しの挨拶に訪れると、外に女性たちが順番待ちをしていた。
珠子はカリスマ占い師。
仕方なく英子も順番を待ち、初めて燐家に上がり、珠子に挨拶を終えると、帰り際に梅の木が危ないと伝え、了解する珠子。
英子は亭主関白な夫の指示に愚痴をこぼしながら、英子は燐家を訪ねたのである。
一方、作業所を訪ねた珠子は、忠男の入所先のグループホームを紹介されるが、踏ん切りがつかないでいた。
忠男の誕生日のお祝いに、福祉作業所からケーキをプレゼントされ、家でハッピーバースデーの歌を一緒に歌い、祝う。
歌の途中で、立ち上がり、ろうそくを吹き消してしまう忠男。
電気をつけると、忠男は呻き、ぎっくり腰で動けなくなってしまった。
珠子が巨体の忠男を抱えて歩こうとするが、二人で畳の上に倒れ込んでしまう。
「このまま、共倒れになっちゃうのかね…チュウさん、ここ離れて、暮らせる?…やっぱり、母ちゃんと一緒の方がいいよね?チュウさん、どうしたいの?」
「お嫁さん…」
「お嫁さん、もらう?」
「もらいます」
「チュウさん、前からお嫁さんもらうって言ってたね。母ちゃんが一緒にいたんじゃ邪魔だね」
「はい」
呆気なかった。
ぎっくり腰が治り切らない忠男と珠子は、互いに杖をついて、入所するグループホームの部屋を見にやって来た。
前の入所者は地域でのトラブルで退居したと聞いた珠子は、地域の説明会に出席することにした。
赤ん坊を叩かれたという住人は、叩いた退居者が泣き声を聞くとパニックになるからと説明を受けるが、納得できない。
その入所者が既に退去したと聞き、「当然だ」と言う乗馬クラブのオーナーの今井。
他にも、土地の価値が下がるのを心配だと言う隣人もいる。
「何も、こんな住宅街で運営しなくても。もっと離れたとこに行けば、いくらだって…」
今井の意見を聞いた珠子は、そこで口を挟む。
「あんた、通いづらいところに移転できる?あたしだってさ、通いやすいこのホームがいいわけさ」
この物言いに反発する今井は、監視を徹底するように求めただけで、何も解決し得ないまま、時を浪費するばかりだった。
珠子が帰って来ると、茂が大声で叱りつけながら、忠男を家から追い出すのだ。
「不法侵入だよ!次、入ったら警察呼ぶからな!」
ひたすら謝る珠子。
茂の怒りの矛先(ほこさき)は、忠男のみ。
英子が夫を諫(いさ)め、家に戻ると、草太は引っ越しの際に失くしたボールを見つけた。
「(隣の人=忠男が)届けてくれたのかな?」
草太の言葉である。
その草太は梅の実を拾い集め、それを珠子に届け、家に上がり込む。
ボールの一件もあって、忠男に対する草太の気持ちには、父のような拒絶的感情が入り込むことがなく、却って親近感が湧いてくるようだった。
人生論的映画評論・続: 蒼然たる暮色に閉ざされながらも、〈今〉を生きる母と子の物語 映画「梅切らぬバカ」('21) 和島香太郎 より