1 赤く染まる大海原と、地平線を昇って輝く朝日
断崖絶壁の先端に立ち、タバコを吸い、真下の海を見て、後ずさりする男の後姿。
「さらば!薫君♡」と書かれた寄せ書きが張られ、就職先の大阪へ旅立つ葛西薫(かさいかおる)の送別の飲み会に集う学生たちの様子が、スマホの動画に撮られていく。
その後、自殺した薫の一周忌の集まりに参加した大学時代の友人で、薫とルームシェアしていた村上漣(れん)は、今も薫の自死のトラウマを引き摺っている。
漣は薫の兄から、薫が最後に描き残したという絵を渡され、そこに描かれた女性が、中学時代に北陸に住んでいた時の同級生、斉木環奈(さいきかんな)であると知らされる。
留年して、大学を中退した漣は製鉄工場に勤めているが、休みを取って、斉木環奈に会いに富山へ行くことにした。
漣は、薫が大阪に行く前に別れた理沙子と会い、富山行きを誘うが断られる。
回想シーン。
二段ベッドの上段で、女性のデッサンを描く薫。
【このデッサンが薫の兄から渡された絵であることが、のちに判然とする】
帰宅した漣と飲み始めるが、二人で街に繰り出していく。
漣に「ヨリを戻せ」と言われた薫は、別れた理沙子に公衆電話で電話をかけることになるが、相手にされなかった。
ナンパした女性たちにも店で逃げられ、二人は夜の街を彷徨する。
「お前、本当に社会人になれるのかよ?」と漣。
「…その先でしょ…何するよ」と薫。
「ラジオで対談とか…あと、ベタに起業な」
「お前、商売できなさそう」
二人で笑い合った後、薫は立ち上り、ふらつく足で歩き出す。
「まあさ、絶望に追いつかれない速さで走れってことなんじゃねぇの。お互いにさ」
終電に間に合わなかった二人は、辿り着いたビルの屋上で、朝日に照らされながら語り合う。
「俺たち、もう22だぜ…」
「いつからだっけ?」
「大阪?研修は3月から」
「お前も、もう一年大学にいればいいんだよ」
「寂しいの?」
「絵とかさ、真剣にやってみりゃいいじゃん」
「一番好きなことは、仕事にすべきじゃないんだ。俺は機械みたいに働きてぇんだよ。将来、何か一緒にできたらいいな」
その時、朝日の方を差して、薫が叫ぶ。
「ムササビみたいなやつ」を見たと言う薫は、飛ぶ鳥のように両手を広げ、屋上を走り回るのだ。
現在。
理沙子が漣の家を訪ねて来た。
漣は、薫とシェアしていたアパートに未だに住んでいる。
理沙子は、薫が使っていた二段ベッドの上段に上がる。
「あたし、嫉妬してたんだよ。会ってもいつも、漣の話ばかりだから…」
結局、理沙子も一緒に富山へ行くことになった。
夜通し、レンタカーで走り抜いて、薫が自殺した日本海の断崖絶壁に二人は座り、それぞれに薫への思いを馳せていた。
その時、理沙子が突然泣き出した。
「俺はさ、むしろ理沙子に嫉妬してたよ。あいつ、お前と付き合ってから構ってくんないからさ」
「バカじゃないの」
理沙子が笑いながら答えた。
海岸を歩いていると、凧揚げをしている子供たちがいて、二人も凧揚げをしてみる。
声をかけてきた少女の家の旅館に、二人は泊ることになった。
その旅館こそ、薫が泊った旅館だった。
付き合っている彼から電話を受けた理沙子は、明日の朝の電車で帰ると言う。
「やっぱ、今更あいつの初恋の人に会ったって、しょうがないでしょ。これ以上、あいつに振り回されるの、癪(しゃく)だし」
「何で、来たの?」
「…分かんないよ。そんなこと」
「自分が別れたせいでって、思いたくないから」
「自分はどうしたいの?あんな近くにいたのに…自分こそ、会ってどうしたいの?会ったら、何か変わんの?」
「せめて憎んでいてくれたら、俺のこと。自分とはなんも関係なく死なれたって方が、しんどい…本当は、どんな奴だったんだろうな」
翌朝、理沙子は東京へ向かう駅のホームから、線路の向かい側で見送る漣に叫ぶ。
「死ぬんじゃねえぞ、バカ野郎!」
笑顔で手を振って返す漣。
漣の「斉木環奈」探しが始まった。
環奈がホステスをしている富山のクラブを訪れ、彼女を指名する。
席に着いた環奈に、薫の死を伝えた後、薫が環奈を描いた絵を見せる。
「あいつが最後に描いた絵だそうです」
「わざわざ、これを?」
「はい」
「期待はずれだったでしょ」
「いや」
「自分の問題は、自分で解決してもらってもいいかな?まあさ、絶望に追いつかれない速さで走れってことじゃないかな」
「走れ、絶望に追いつかれない速さで」
「何、知ってんの?」
「薫が自分に…あなたの言葉だったんですか?」
環奈は笑い出し、自分が中学の時にハマっていたビジュアル系バンドの歌詞だと答える。
「歌ってあげましょうか」という環奈の言葉を耳にして、無言で金を置いて店を出る漣。
漣は再び、薫が自殺した断崖を上り、海を見つめ、煩悶する。
携帯で電話を掛けるが、留守電だった。
その携帯を崖に叩き、海に投げ捨てるのだ。
背後から漣の様子を見ていた旅館の主人に、温かい食事を振舞われた漣は、黙々と食べ続けながら、涙が止まらず嗚咽する。
その傍らで、無言で茶を飲む主人。
漣は深々と頭を下げ、礼をする。
その時だった。
食堂に飾ってある一枚の絵が、漣の目に留まった。
それは、この旅館に泊まった薫が描いた「朝日」の絵だった。
薫が最後に描いたのは、この旅館に残した絵だったのだ。
東京に戻り、工場の仕事に精を出す漣には、生気が漲(みなぎ)っていた。
仕事で、山道を走るトラックの荷台に寝転んでいた漣は、鳥のように翼を広げて大空を舞う物体を目にする。
先輩に車を止めてもらい、物体を追い駆けると、そこはパラグライダーの訓練場だった。
薫もムササビのようなパラグライダーを見たに違いない。
そう思ったのだろう。
旅館の少女からもらった薫の絵を、既に送っていた美沙子に電話をした漣は、その絵を美沙子が見たことを確認する。
そして、疎遠だった父にも電話を掛けた。
漣は、薫の兄の家を訪ね、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて慈しむ。
更に、漣はパラグライダーの練習を始め、薫と暮らしていたアパートの荷物をまとめ、引き払うことにした。
再び漣は、薫との記憶と共に、彼が朝日に向かってダイブした断崖絶壁を目指すのだ。
赤く染まる大海原と、地平線を昇って輝く朝日。
理沙子もまた、大海原の地平線の上に輝く朝日に向かい、両手を広げて飛ぶ自身の姿を描いた薫の絵を見つめている。
ラスト。
漣は薫と同じように、朝日に向かってパラグライダーで飛んで行くのである。
人生論的映画評論・続: 後追い死に最近接する青春を掬い切った燃える赤 映画「走れ、絶望に追いつかれない速さで」('15) 中川龍太郎 より