ブータン 山の教室('19)  パオ・チョニン・ドルジ  村民への優しい眼差しをリザーブした青年教師の精神浄化の物語

1  “先生には敬意を払いなさい。未来に触れることのできる人だ”

 

 

 

ブータンの首都ティンプーで教師をしているウゲン。

 

祖母と二人暮らしで、友人たちと都会の生活を満喫するウゲンの夢は、教師を辞め、オーストラリアで歌手になること。

 

常にヘッドフォンで音楽を聴き続け、全く教師の仕事をやる気のないウゲンに、ブータンで一番の僻地・ルナナへの転属が役所から言い渡される。

 

冬まで頑張れば、教員の5年の義務期間が終わるので、それまで我慢のつもりで、ウゲンはルナナへ行くことにした。

 

友人や祖母に見送られ、標高2800メートルのガサまでバスで向かう。

 

夜にガサに到着し、ルナナの村長の代理で来たミチェンに迎えられ、一泊して朝一番で村へと出発するが、そこから7日間の険しい山登りを前にウゲンの気力が萎えてしまう。

 

幾つかの渓谷を越え、テントを張って夜を過ごし、8日目にしてやっとルナナに到着する。

 

村の入り口から2時間前の処で、村民総出がウゲンを出迎えた。

 

ルナナの村長アジャがウゲンに挨拶をする。

 

「ルナナの村民、全員を代表して、心から歓迎します」

 

村長がウゲンを案内し、お茶を振舞われた。

 

「先生、村の子供たちに教育を与えてください。村の仕事はヤク飼いや、冬虫夏草を集めることですが、学問があれば別の道もある」

 

冬虫夏草(とうちゅうかそう)とは、昆虫に寄生してキノコを作る菌のこと】

 

ルナナ村 人口:56人 標高:4800メートル

 

村民たちに随伴し、ようやく村に辿り着いたウゲン。

 

学校へ案内されると、何もない教室に動揺を隠せないウゲン。

 

次に寝泊まりする部屋に案内されると、ウゲンは思わず村長に訴えた。

 

「村長、正直に言います。僕には無理です。ここは世界一僻地にある学校だ。前の先生も、きっと苦労したと思う。僕には、できない。すぐにでも町に帰りたい…教師を辞める気だった」

「ミチェンやラバを、数日休ませたら、先生を町まで送らせます」

「でも村長、村には教員が必要です」とミチェン。

「いいさ。無理強いはできない」

 

翌朝、ドアを叩く音に目を覚ましたウゲンが出て行くと、女の子が挨拶をする。

 

「クラス委員のペムザムです。授業は8時半からで、今は9時です。先生が来ないから、様子を見にきました」

 

「分かった」と答え、ウゲンは着替えて教室へ向かう。

 

初めての授業で自己紹介することになり、それぞれの名前と将来の夢を聞いていく。

 

「ペムザムは何になりたい?」

「歌手になりたいです」

 

ウゲンに促され、歌を披露するペムザム。

 

「君の名前は?」

「サンゲです。将来は先生になりたいです」

「どうして?」

「先生は未来に触れることができるからです」

「君が先生になったら、町から先生を呼ばなくてすむね」

 

教室の外から、“ヤクに捧げる歌”が聴こえてきた。

 

村で一番の歌い手のセデュの歌声である。

 

ペムザムは、8時半と3時に鳴らす学校の鐘をウゲンに渡す。

 

翌朝、ミチェンが村人からの米とバター、チーズを届けに来た。

 

ウゲンが火を起こせずにマッチで紙につけていると知ると、ミチェンは村では紙は貴重品なので、ヤクの糞を使っていると話す。

 

その付け方を教えるために、二人はミチェンの家に向かった。

 

道すがら、仕事もせずに、酔いつぶれて横たわっていペムザムの父親に、ミチェンは声をかけるが反応はなく、言っても無駄だと置き去りにする。

 

ミチェンの家で妻を紹介され、上がり込んでヤクの乾燥した糞の火のつけ方を教わるウゲン。

 

「村長が、いつも言います。“先生には敬意を払いなさい。未来に触れることのできる人だ”」

「教職課程では教わらなかったな」

 

ウゲンが教わったヤクの糞で火を点けようとすると、外で子供たちの声が聞こえ、外に出ると、ペムザムがいた。

 

「両親は離婚して、お父さんは、ずっとお酒と賭け事です。お母さんは、ヤクを連れて遠くにいます。家には、おばあちゃんが…」

 

ウゲンは、前任者が置いていったトランクから教科書を出し、教室を掃除して机を並べた。

 

鐘を鳴らし、子供たちを整列させる。

 

ペンザムが旗を揚げ、皆で国家を歌うのである。

 

教室で紙と鉛筆を生徒に配り、黒板がない代わりに壁に炭で字を書き、授業が始まった。

 

ウゲンがヤクの糞を拾いに行くと、セデュの歌声が聞こえてきた。

 

近づいて声をかけるウゲン。

 

「いつも、ここで歌を?どうして?」

「歌を捧げてるの」

「歌を捧げてるって、どういうこと?」

「歌を万物に捧げているのよ。人、動物、神々、この谷の精霊たちにね…オグロヅルは鳴く時、誰がどう思うかなんて、考えない。だた鳴く。私も同じ」

「僕にも教えてくれないかな」

 

その直後、明日の授業の準備をしているウゲンの元に、村長とミチェンがやって来た。

 

「ガサに戻る準備ができたので、知らせに来ました。いつでも出発できます」

「しばらく、ここに残ります。子供たちを残していくのはつらい。途中で帰ったら、政府に怒られますしね」

 

喜びを隠せない二人。

 

純朴な子供たちやセデュとの触れ合いで、深く心を動かされたウゲンは、冬が来るまでこの地に留まることを決めたのである。

 

ミチェンとウゲンは黒板を作り、早速、授業に使っていく。

 

  

人生論的映画評論・続: ブータン 山の教室('19)  パオ・チョニン・ドルジ  村民への優しい眼差しをリザーブした青年教師の精神浄化の物語 より