硫黄島からの手紙('06)  「自決の思想」を否定する男の、途切れることのない闘争心がフル稼働する

1  「日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には、意味があるんです!」

 

 

 

硫黄島 2005

 

この日、調査隊が入り、地下壕に埋められた重大な資料を発見する。

 

硫黄島 1944

 

「花子、俺たちは掘っている。一日中、ひたすら掘り続ける。そこで戦え、そこで死ぬことになる穴。花子、俺、墓穴掘ってるのかな」

 

硫黄島守備隊に所属する西郷・陸軍一等兵のモノローグ。

 

「本日付で私は、自分の兵が待つ任地へと向かう。国の為に忠義を尽くし、この命を捧げようと決意している。家の整理は大概つけてきたことと思いますが、お勝手の下から吹き上げる風を防ぐ措置をしてこなかったのが、残念です。何とかしてやるつもりでいて、ついついそのまま出征してしまって、今もって気がかりであるから、太郎にでも早速やらせなよ」

 

硫黄島の守備隊を率いる栗林忠道・陸軍中将の機内でのモノローグ。

 

「こんな島、アメリカにくれてやろうぜ。そうすりゃ、家に帰れるぜ」

 

苛酷な環境で、海岸線の塹壕堀りをする西郷は、思わず同僚に本音を語る。

 

その話を聞きつけた谷田大尉に、「貴様、今、何と言った!」と詰問されると、西郷は「アメリカに勝てば、家に帰れる」と言い逃れる。

 

そこに、栗林中将が硫黄島に降り立ち、早速、歩いて島を一周するが、途中、西郷らが鞭で打擲(ちょうちゃく)する現場を見て、谷田を問い質す。

 

「非国民のような、暴言を吐いていました」

 

栗林は体罰を止めさせ、昼飯抜きのペナルティーに変えさせる。

 

「いい上官は鞭だけではなく、頭も使わんとな」

 

更に、米軍上陸を水際で食い止めるため、海岸沿いに塹壕を掘っていることを知り、それも止めさせ、兵士たちに十分な休息を取らせるよう指示する。

 

西郷は、同僚から栗林がメリケンに住んでいたから、メリケン好きで、塹壕を掘らせているんじゃないかと話を聞かされる。

 

メリケンの勉強をしておられるんだよ。だから、どうやって打ち負かせるのか知ってるんだ」

 

夜になり、栗林は伊藤海軍中尉に、現在、使える航空兵力の残数について質問する。

 

「戦闘機41機、爆撃機13機であります」

「それだけか」

サイパンの艦隊を援護するため、先日、66機出動しました」

 

栗林は、海軍が陸軍と情報を共有できていないことを知り、指示を出す。

 

「速やかに陸軍と連係を取りなさい。まず、摺鉢山の防御が第一です」

 

栗林が去ると、伊藤は不満を漏らす。

 

栗林は、島に残る住民たちを本土に戻すよう指示する。

 

そこに、戦車第26連隊長の西竹一(にしたけいち)陸軍中佐がやって来て、栗林と再会する。

 

西は、オリンピックの馬術競技で金メダルを獲った有名人で、「バロン西」とも言われる。

 

その夜、二人はジョニーウォーカーを飲みながら、空の皿を前に語り合う。

 

「しかし、今となっては、連合艦隊の壊滅的打撃(注)は、痛恨の極みですね。戦艦はまだあるにはありますが、もはや我が軍には、制海権、制空権ともなきに同然です」

「どういうことだ、西君」

「やはり、先日のマリアナ沖での一件は、お耳に入っていらっしゃらないんで。小沢提督の空母、艦載機は既に撃退されております」

大本営は国民だけでなく、我らも欺くつもりなのか」

「正直に申し上げてもよろしいですか、閣下。もっとも懸命な措置は、この島を海の底に沈めてしまうことだと思います」

「それでも君は、ここに来た」

 

(注)【1944年6月19日、20日におけるマリアナ沖海戦のこと。日米両海軍の空母機動部隊による戦闘で、日本の連合艦隊は、この海戦で壊滅的な敗北を喫し、この地域の制空・制海権を米軍に奪われてしまった。かくて、米軍は日本本土への B-29の空襲を激化させていくに至る】

 

―― 物語のフォローを続ける。

 

栗林は、米軍が上陸する地点を特定したあと、作戦の変更を部隊長らに言い渡す。

 

「大きく作戦を変更します。元山(もとやま)、東山、そして摺鉢山(すりばちやま)一帯にかけて洞窟を掘り、地下要塞を構築する。地下に潜って、徹底抗戦だ」

 

海岸の防衛線は必要ないと明言すると、それでは勝てる戦(いくさ)も勝てないという異論が出る。

 

「米国が一年間に生産する自動車の台数をご存じか。五百万台だよ。彼らの軍事力と技術力を過小評価したらいかん。米軍は確実に海岸を突破してくる。兵をそこで無駄に失っては勝ち目はない」

 

それでも、部下たちの反対意見が続く。

 

「兵隊が死ぬのは致し方ありません。ですが、島の防衛で海岸を放棄するなど聞いたことがない」

「閣下、今から洞窟を掘るなど、無駄な時間を費やすだけです。できる限り誘(おび)き寄せ、空と海から挟み撃ちにするべきです」

「私もその意見に賛成です。合理的だ」

 

そこで栗林は、連合艦隊が壊滅し、硫黄島が孤立したも同然であること、更に、大本営から残っている戦闘機を東京に戻し、本土防衛に就かせるよう命令されたことを話す。

 

「そんな無茶な。どうしろっちゅうんじゃ!」

「議論の余地はありませんね」

 

こんな調子だった。

 

ここで、新たに硫黄島に配属された陸軍上等兵・清水の手紙が紹介される。

 

「母上、本日か新しい舞台に配属されることになりました。この度の異動については、今はお伝えすることができません。では、お元気で」

 

憲兵の清水が部隊に入って来たことで、警戒感が漂う部隊。

 

西郷は召集前に、妻とパン屋をして、カステラやあんぱんなども作っていたが、そこに憲兵がやって来て品物を奪っていったと、清水を睨みながら親友の野崎に話す。

 

そして、道具も何もかも持っていかれた店に、召集令状が届いた日のことを回想する。

 

「あなたがいなくなったら、私、どうすればいいの?」

「おいおい、俺はまだ棺桶に入っちゃいねぇぞ」

「だって、誰も帰って来ないんだよ。一人もだよ。絶対、返してもらえないのよ」

「大丈夫だって」

「この子だって…」

 

西郷は花子のお腹に顔を寄せ、花子の手を握りながら、お腹の赤ん坊に声をかける。

 

「今から言うことは、誰にも言っちゃいけないぞ。父ちゃんは、生きて帰って来るからな」

 

ここで、硫黄島で惹起している現実に戻る。

 

洞窟戦に意味がないという海軍少将の大杉は、栗林に潔く死ぬべきだと進言するが、栗林は反論する。

 

「日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には、意味があるんです!」

 

そして、大杉に大本営に速やかに支援部隊を送るよう進言して欲しいと、頭を下げるのだ。

 

しかし、大杉は栗林に反発したまま島を離れて行った。

 

それでも意志が変わらない栗林の、厳しく精悍な表情が映し出されるのだ。

 

 

 

人生論的映画評論・続: 硫黄島からの手紙('06)  「自決の思想」を否定する男の、途切れることのない闘争心がフル稼働する クリント・イーストウッド より