1 「彼らは政府を恨んでる。何をするか分からない。全員逮捕して法廷で裁くべきです。扇動した者たちには厳罰を」
ソビエト連邦 ノボチェルカッスク
1962年6月1日
共産党市政委員会(生産担当)に所属するリューダは、上司のロギノフの家で朝を迎えると、すぐに食料買い出しに出かける準備をする。
物価高騰と物不足の不満をぶちまけるリューダに対し、男は反駁する。
「共産党の中央委員会の説明は、こうだ。“この変化は近い将来、生活水準の向上という結果として現れる”」
「疑問だわ。スターリン時代は、物価が下がったのに今は逆。共産主義で物価が上がるなんて。訳が分からない」
そう言うや、リューダが店に行くと、多くの市民が押し寄せ、食料を求めて群がっている。
リューダは党員特権で裏口へ廻り、必要な物資を受け取るのだ。
自宅に戻り、元コサック兵の父にタバコを与え、工場に勤める18歳の娘・スヴェッカに身だしなみについて小言するリューダ。
自宅でも物価高騰と物資不足、給料が減らされるという噂など、将来への不安の話題ばかり。
市政委員会に出席するリューダが現状報告をしていると、外でサイレンが鳴り、ロギノフが電話を取ると、市内最大の電気機関車工場の操業が止まったことを知らされる。
工場でストライキが始まったのである。
地区委員会書記のバソフが対策を練ることになるが、自分たちの責任を追及されることを恐れて、ロギノフとリューダらは不安を募らせ、責任をなすり合う始末。
「終わりだ。私は党を追われて、田舎の学校長をやらされる…厳しい処罰が下る。全部我々のせいにされるぞ。明日は君も党員資格を剥奪され、僻地の技師に左遷だな」
「犯罪よ。これは犯罪だわ。工場労働者は無知です。何も知らない彼らに、良からぬことを吹き込む輩が大勢いるのよ。我々の見落としです。確認が不十分だった」
「俺は確認した…」
「カフェでおしゃべりだけね」
不毛な議論の応酬だった。
電気機関車工場に集まった幹部たちを前に、書記のバソフは怒りまくり、罵倒する。
「あいつらは暴徒だ!国営工場の労働者がストなど。なぜ社会主義体制下でストが起こり得るのだ!」
そこで、ロギノフがバソフに進言する。
「労働者に呼びかけを。昨日、賃下げがあったんです。大幅に」
「賃下げだと?何をどう呼びかけろと言うんだ」
「落ち着かせてください…賃下げを見直すと伝えては?」
意を決して、バソフはバルコニーに出て、「増産がかなえば、まもなく商店やカフェに畜産品があふれることだろう…」
そう呼びかけるが、労働者の抗議の声に掻(か)き消され、バソフは為す術もなく退散する。
その直後だった。
会議室に石が投げ込まれ、バソフは軍隊を要請するが、更に投石が激しくなり、委員会の面々は建物の奥へ避難するが、労働者に包囲され、外には出られないと言うのだ。
一方、KGBのヴィクトル(名前は公式HP参照)は、デモ参加者の写真をチェックしながら扇情者を特定し、逮捕するように指示する。
そこに、モスクワから第一国防次官がやって来て、彼らの失態を難詰(なんきつ)する。
「ニキータ・フルシチョフの命令により、中央委員会のトップが2時間後にここに来る。派遣されるのは、同志コズロフと同志ミコヤン」
武器を持たない多数の部隊が到着するという報告を受けるや、国防次官は直ちに武装を命令する。
「プリエフ司令官が、銃器の持ち出しはならんと」とフェドレンコ。
「政府の代わりに命じる。兵に銃器を携帯させろ…フルシチョフは仰天している。バソフが向上に閉じ込められて、出られない事態にな」と第一国防次官。
閉じ込められていたバソフらは、軍隊が到着し、狭い通路を潜(くぐ)り抜け救出される。
中央委員会のトップらとの会議で、コズロフ(注)が口を開く。
「何か有益な材料はないか?事実を市外に知られたくない」
各部門の担当者が報告する。
「電波障害を発生させ、周辺を封鎖しました」
「夜間も検問を行い、ハエ一匹、通しません」
「各所を守るために、505連隊を市内に配備」
「KGBによれば、町にいる半数が服役経験者らしい。犯罪者たちを制圧する策はあるかね?」とコズロフ。
横に並ぶ第一国防次官が立ち上がる。
「地元企業における離職率は、非情に高い水準にあります。ずさんな経営が続く工場では、労働者の3分の1が、出所したての連中です」
ここで今まで黙っていたミコヤン(注)が、譲歩案を提示するが、同意を得られなかった。
ここで、中央の幹部が仕切る会議を聞く多くの党員らに埋もれていたリューダが、矢庭に発言する。参照
「全員、逮捕すべきです」
参加者すべてが、リューダを振り返る。
「今のは誰だ?」とコズロフ。
リューダは立ち上がり、名前と市政委員会の生産部門の担当であると答えた後、持論を続けた。
「第20回党大会(注)後に、政治犯が戻って来た時のことを忘れたのですか?彼らは政府を恨んでる。何をするか分からない。全員逮捕して法廷で裁くべきです。扇動した者たちには厳罰を」
「地元の意見は君と異なるようだ。同志ミコヤン」とコズロフ。
(注)ソ連共産党第20回大会(1956年2月)のこと。フルシチョフによるスターリン批判が行われ、個人崇拝・暴力革命を否定し、資本主義体制との平和共存を目指す。「雪どけ」と言われ、世界に衝撃を与えた。
リューダの提案を受け、発砲を命じるコズロフに対し、プリエフ司令官が反論する。
「私は銃器の持ち出しを禁じました。軍による市民への発砲は憲法違反です」
このソ連軍の原理原則の言辞を無視し、コズロフは改めて命令を下すのだ。
「ただちに、兵士たちに銃器を携帯させろ」
コズロフはリューダの意見が正しいと評価した後、「何より、この事実が外に漏れることがあってはならん」と、道路の封鎖を命じた。
この一言で、不毛な議論の応酬がハードランディングしていくのである。
人生論的映画評論・続: 親愛なる同志たちへ('20) 他言無用の「赤い闇」が今、暴かれていく アンドレイ・コンチャロフスキー より