1 「俺はお前の肺に巣食ってる結核菌に用があるんだ。そいつを一匹でも多く殺したいんだ」
眞田病院という小さな町医者に、ドアに手を挟まれて包帯を巻いた男・松永がやって来た。
釘が刺さったと言うが、眞田(さなだ)が取り出したのは銃弾だった。
「迷惑はかけねぇ。つまらない出入(でい)りがあってね。駅前のマーケットで、松永と聞きゃぁ、誰でも知ってるぜ」
麻酔なしで手荒く手術される松永は、苦痛に悶える。
「前もって言っとくが、医療代は高いよ。無駄飯食ってるヤツからは、できるだけぼることに決めてるんだ」
治療が終わった松永は咳き込み、風邪薬を要求するが、眞田は結核の可能性を疑い、その病気の恐ろしさを話す。
「怖いのか?」
「怖い?黙ってりゃ、つけ上がりやがって」
イキがる松永は、「じゃぁ診てみろ」と啖呵を切り、眞田が聴診器を当てると、案の定、結核の兆候が見られた。
「お前、どっかでいっぺん、レントゲン撮ってみな」
「どうなんだって聞いてるんだ!」
「レントゲンで診ねぇと、はっきりしたことは言えねぇが、まず、これくらいの穴が開いてるね」
そう言って、松永は右手で穴の大きさを示す。
「このまま放っときゃ、長いことないね」
その診断に腹を立てた松永は、眞田の体を抑え込むが、そこに美代という女性が入って来て、松永は不貞腐(ふてくさ)れて帰って行った。
「あいつは気にするだけ上出来さ。まだ少しは、人間らしいところが残ってる証拠だよ」
眞田は、医院の傍らにあって、悪臭を放つ澱んだ沼地で遊ぶ子供たちに怒鳴りつける。
「こら!チフスになるぞ!」
松永のことが気になる眞田は、マーケットの飲み屋で働くぎんから、ダンスホールにいると聞きつけた。
そのホールで、愛人の奈々江と踊る松永。
「どうしたの?少し影が薄いわよ。バリバリしてないアンタなんか大嫌い」
「暑いんだ、黙ってろ!」
そこに眞田が訪ねて来た。
「何の用だ」
「人の勘定踏み倒しやがって。大きなツラすんな!」
ここでも口が悪い眞田は、松永に勘定の代わりに酒を無心をする。
「仲直りだ」と言って、極上の酒を振舞う松永。
眞田は上手そうに酒を飲み、松永が飲もうとするボトルを取り上げる。
「お前の分まで、俺が飲んでやる。肺に風穴が空いている奴が酒を飲むなんて、自殺も同然だ」
それを聞いて、深刻な表情になる松永。
再び、レントゲン撮影を勧める眞田。
「レントゲンなんて、糞くらえだ」
そう言い放って酒を飲み、咳き込む松永。
「お前なんかどうなろうと構わない。しかしな、俺はお前の肺に巣食ってる結核菌に用があるんだ。そいつを一匹でも多く殺したいんだ。お前が今すぐここでくたばって火葬にしちまえば、一番、世話ねぇんだが」
その悪態を耳にするや、松永は真田の胸倉を掴み、乱暴に店から追い出した。
病院に戻った眞田は、腕の傷を洗いながら、謗(そし)りが止まらない。
「畜生、人の気も知らないで…もう、知らねえぞ、あんな野郎」
「そんなこと言っても、ダメよ。先生はね、自分が見た患者となると、自分のことより心配なんだから。傍(はた)から見てると、バカらしいくらいだわ」
美代は、眞田が本当のことをずけずけ言い過ぎると忠告するが、「大きなお世話だ」と返して聞く耳を持たない。
ここで眞田は、刑務所から近々出所する美代の情夫・岡田のことで、美代の気持ちを確かめる。
「私がどんなにあの人のことを憎んでいるか。体が震えるくらいだわ。あたしの一生を盗んだんじゃありませんか」
「まだ、半分残ってるよ」
その夜になり、岡田と一度会ってみようかと言う美代を、眞田は叱り飛ばす。
翌日のこと。
眞田は、結核に罹患している17歳の女学生のレントゲン写真を見ながら、だいぶ良くなったと、真面目な治療への取り組みを褒める。
そして、「結核ほど、理性を必要とする病気はない」と諭(さと)そうとすると、その言葉を女学生にトレースされてしまう。
この物言いは、医師としての中年男の確たる持論である。
少女と入れ替わって、松永が病室に入って来た。
「俺に言わせれば、お前たちほど臆病者はいないよ」
相変わらず悪態をつくが、しばらくは黙って眞田の言葉を聞く松永。
「お前なんか、今出て行った小さな女の子の方が、どれだけ土性骨があるか分からねえ。あの子はな、病気と面と向かってしゃんとしてらぁ」
ここで松永は我慢の限界を超え、眞田の胸倉を掴んで押し倒そうとするが、美代がそれを阻止する。
「しかし、何だって来たんだろうな」
そう漏らし、傘も差さずに帰っていく松永を見る。
そんな折、眞田が往診に向かって歩いていると、かつての同級生で、大病院の医師の高濱(たかはま)に声をかけられ車に乗り、3日前に松永がレントゲンを撮りに来たことを知らされる。
右の肺が酷(ひど)く、そのフィルムを持って、「命を預けるつもりで頼んでみろ」と眞田のところへ行くように話したと言うのだ。
早速、眞田はダンスホールの松永を訪ね、今や対面儀式の如く、互いに悪態をつく。
「黙って、レントゲン写真を持って来て見せたらどうだ。バカ野郎!」
病院で待ってると告げ、眞田は帰っていく。
その後、泥酔した松永が、眞田の家に転がり込んで来た。
酔い潰れて畳に寝込んだところで、上着のポケットに入っていたレントゲン写真を美代が見つけて渡すと、眞田は深刻な表情に変わる。
起き上がって水を飲んだ松永は、コップを割り、「おい、本当に治るか」と眞田に肉薄するのだ。
「治る」
「今からでもか」
「治るよ」
「いい加減なこと言うと、承知しねぇぞ」
「その代わり、俺の言う通りにするんだぞ」
立ち上がった松永は、「どっちみち死ぬんだ」と言って、再び倒れて伏してしまう。
毎夜、澱んだ沼地の傍らで、男がギターを奏でる音が聴こえてくるが、その日は別のメロディーが流れてきた。
美代は岡田の出所を直感する。
かつて岡田が弾いていた曲だからである。
出所した男が弾いたのは、岡田曰く「人殺しの歌」。
ここから、風景が一変していくのだ。