アルプススタンドのはしの方('20)   迸る熱中に溶融する「しょうがない」の心理学

1  「頑張ってたんだけど、結果としてさ、上演できなければ意味ないもの。だから、そこまでのもんだったんだって。しょうがない」

 

 

 

埼玉県立東入間高校の夏の高校全国野球大会の一回戦。

 

強豪校との対戦で、夢の甲子園球場に、バスで応援に駆り出された生徒たちが、必死に声援を送っている。

 

演劇部に所属する安田あすはと田宮ひかるも、アルプススタンドの端で観戦しているが、犠牲フライの意味も分からず、頓珍漢な会話をしている。

 

そこに、元野球部の藤野が遅れてやって来て、一番端の方に座る。

 

5回裏のグランド整備の時間となり、藤野も交えて3人の会話が始まるが、そこに、今年赴任して来た英語教師の厚木が、「もっと前の方で応援しろ」と、離れ離れに座っている生徒たちに熱く呼びかけるのだ。

 

一人ポツンとアルプススタンドの後方に立っている、帰宅部の宮下恵にも声をかける厚木。

 

「皆と気持ちを一つにして、一生懸命、声を出す。そうやって友情が深まるんだよ。それがベースボールの醍醐味だよ」

 

厚木は端に座る3人のところにもやって来て、いきなり藤野を応援団長に指名する。

 

安田は、まだ一回戦にも拘らず、夏休みに応援に狩り出され、野球だけ特別扱いされていることへの不満を、田宮にぶつける。

 

「野球部の人って、何か偉そうじゃない?『俺、野球部です』けどみたいな。嫌いだわぁ。野球部ってだけで自動的に嫌い」

「藤野君、野球部だよね?」と田宮。

「え?」

「今、それ言う?」と藤野。

「いやあれよ、嫌い嫌い言っといて、内心、実は好きなんだよ」

「てか、俺もう野球部じゃないし。辞めてるし。だいぶ前に」

「そうなの?」

「偉そうにするよな、野球部の奴って」

「うん、園田君とか」

「園田君って、ピッチャーの?そうかな」

「ちょっとプロのスカウトに目つけられたくらいでな」

 

今度は演劇部の話題となり、安田が脚本を書き、関東大会まで行ったことを話すが、田宮はその話には乗らず、落ち着かない様子。

 

5回裏のグランド整備の時間で、田宮が飲み物を買いに行き、藤野と安田は受験の話となる。

 

「でもさあ、高校3年の夏って、こんななのかな」と安田。

「どんななの?」と藤野。

「もっと、何か、青春みたいなさ」

「青春って何なの?」

「何だろ。まあでも、甲子園は青春なんじゃない」

「演劇はさ、青春じゃないの?関東大会出たんでしょ?」

「厳密に言うと、出てはない。本番、部員がインフルエンザ罹(かか)っちゃってさ。出れなかったんだよね」

「それは悔しいね」

「まぁ、しょうがないよ」

「でも、脚本書いてさ、頑張ってたんでしょ?ちゃんと評価してもらいたかったんじゃないの?」

「頑張ってたんだけど、結果としてさ、上演できなければ意味ないもの。だから、そこまでのもんだったんだって。しょうがない」

 

そこに、また厚木がやって来て、応援しない二人を怒鳴りつけ、説教に及ぶのだ。

 

「まったく分かってない!いいか、人生ってのは送りバンドなんだよ。バッターは塁に出られないよね。バッターが気持ち込めてプレーすることで初めて、ランナーが走ることができるんだよ」

「でも、さっきは空振り三振って言って…」

「バカ!応援だっていっしょだぞ。お前らが腹から声を出す。それが、選手たちの力になるんだよ。なあ、宮下」

 

スタンドの後ろの宮下に向かって、言葉を放つ厚木。

 

そんな熱血教師の厚木は、「お前、演劇部だから、腹から声を出せ」と安田を促すが、逆に安田に指摘されてしまう。

 

「あの、それ、腹から出てませんよ。完全に喉から出ちゃってるんで、それずっとやってたら、喉痛めますよ」

 

案の定、「頑張れ!」と大声を出して咳き込み、喉を痛めてその場から去って行く厚木。

 

そこに戻って来た田宮が、厚木が血を吐いていたと聞き、「野球部の先生って大変だね」と言うと、安田が厚木は茶道部の顧問であることを明かす。

 

気がつくと、宮下がいなくなっていた。

 

今度は、宮下についての話題となる。

 

宮下は常に学年トップの成績だったが、最近、吹奏楽部の部長の久住智香(くすみちか)に一位の座を奪われたらしい。

 

「でも、宮下さん、どう思ってるんだろ。高校入って、初めて負けたんでしょ?」と田宮。

「気になるよね。でも宮下さん、話しかけづらいオーラ出てるから」

 

自販機でお茶を買い、独りぼっちでいる宮下に気を使って声を掛ける厚木。

 

「あの、すみません。無理させてしまって。気使ってますよね。あたしがいつも一人でいるから。友達、いないといけませんか?」

 

そこに吹奏楽部の久住たちがやって来て、立ち所に離れていく宮下。

 

再び、アルプススタンドでの安田たちの会話。

 

「外野の人って、いる必要あるの?」

「エラーしたときとか」

「最悪じゃん」

 

そこで、藤野は矢野の話を始める。    

 

「今も、ベンチに座ってると思うんだけど、試合に出ることなんて、まずないんだよ」

「なんで?」

「下手だから」

「はっきり言うね」

 

藤野は、矢野のバッティングのスイングと、本当のスイングを必死にやって見せるが、二人には違いが分からない。

 

宮下がトイレから出て来ると、久住ら吹奏楽部の3人が目の前を歩いて来た。

 

その一人が、宮下に、この前の模試の結果を残念だったと声をかける。

 

「知らなかった。順位とか、確認したことなかったから」と宮下。

 

それだけだった。

 

試合が動き、園田が連続ヒットを打たれ、スコアは3対0となった。

 

安田と田宮がゴミを捨てに行くと、宮下が野球部だった藤野に話を聞いてくる。

 

「園田君って、野球以外に何が好きなの?」

「直接聞いたらいいじゃん。よくそれ、聞かれるんだけど、ないと思うよ。野球のこと以外、考えてないヤツだから」

 

田宮が戻って来て、試合の様子を聞く。

 

ツーアウトランナーなしで、園田に打順が回ると、吹奏楽部の演奏する曲が変わり、田宮が「(園田は)この曲が好き」と吐露する。

 

藤野が園田も好きだと言うと、立ち上がって去ろうとしてた宮下が、また椅子に座った。

 

そこで、田宮が園田と久住が付き合っているという話になる。

 

「久住さん、張り切ってるな…あの二人、付き合ってんだよ」

 

驚く藤野に対し、田宮は必死で、この話を否定する。

 

それを聞いた宮下は、落胆のあまり、腰が抜けて歩けなくなり、田宮と藤野に担がれて運ばれていく。

 

宮下の感情が透けて見える。

 

その宮下に、藤野が好意を持っていることが、序盤のシーンで明らかにされている。

 

ここで、園田と久住の関係が、映像提示される。

 

園田はヒットを打つが、久住は暗い表情でLINEのやり取りを見ている。

 

久住は試合前にコメントを入れ、電話をしてもいいかと聞くが、断られ、その後のメッセージへの反応もなかった。

 

一人戻っていた安田の元に、田宮が宮下の飲み物を取りに来た。

 

宮下が体調を崩したことを聞き、安田も行こうと言うが、田宮は大丈夫だと引き止める。

 

「あのさ、そういうの、もう止めない?そういうにされたらさ、逆に申し訳ないし」

「別にそんな…」

「別にいいじゃん、もう。半年以上経ってるんだし」

「いや…」

「別にひかるのせいじゃないじゃん。インフルエンザなんかさ、罹るときは誰でも罹るもんだし」

「でも…」

「もし私が罹ってたら、ひかるは私のこと責める?」

 

横に首を振る田宮。

 

「でしょ?だからさ、しょうがないんだって」

「でも、せっかく頑張ったのに」

「人生はさ、送りバントなんだって」

「どういう意味?」

「だから、自分が活躍できなくても、諦めて、他の人の活躍を見てろってことじゃない。ひかるもさ、早く、気持ち入れ替えてやって行こうよ。受験勉強とかさ。大事なこと、もっといっぱいあるんだし。もう止めよう。そういうの引き摺んの」

 

ここで、田宮がインフルエンザに罹患したことで、関東大会に出場できなかったことが明かされ、そのことが田宮の心の傷になっているようだった。

 

そこに藤野が飲み物を取りに戻って来て、無言だった田宮は、自分が行くと言って去って行く。

 

「こんな田舎の公立高校がさ、甲子園常連校と戦うっていうのが、まず無茶だよね」

「だいぶ」

「しょうがないって思って、受け入れなきゃいけないことってあるよね」

「うん、あると思う」

「藤野君はさ、何で野球止めたの?」

「矢野って、すっげぇ下手なんだよ、野球。下手だから、試合なんか出られるわけないんだよ。でもまあ、出られるわけないのに、すっげぇ練習すんの。俺、それ見て、何でそんなに練習するんだと思って。俺はさ、ピッチャーじゃない。だから、園田がいると、試合で投げられることなんて、まずないんだよ。どんな頑張っても。でも、最初の頃はさ、頑張って、こいつに負けないように頑張ろうって思ってたんだけど、もう、全然違くて。同じ練習してても、あいつばっか上手くなるんだよ」

「ムカつくね」

「だから、俺は野球止めた。矢野は続けてるけど。俺の方が正しいよな」

「うん。正しいと思う」

「だよな。3年間練習しててもさ。試合にも出られない。誰からも褒められない。それだったらさ、別のことやって、その時間使った方が有意義じゃん」

 

二人の会話には違和感がないようである。

 

  

人生論的映画評論・続: アルプススタンドのはしの方('20)   迸る熱中に溶融する「しょうがない」の心理学 城定秀夫  より