チョコレート・ドーナツ('12)  魂を打ち抜く反差別映画

1  「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」

 

 

 

カリフォルニア州 ウエスト・ハリウッド 1979年

 

ショーパブで歌うゲイのルディを見つめる一人の男。

 

地方検事局に勤務するポールである。

 

ルディもポールが気に入り、ステージの後、二人はすぐに車内で行為に及ぶが、見回りの警官に同性愛の関係を疑われ、銃で脅されるが、ポールが身分を明かしたことで難を逃れた。

 

帰宅したルディは、アパートの廊下に落ちている人形を拾い、大音量を流す隣人のドアを叩いて母親のマリアンナを呼び出す。

 

「大音量は子供の耳に悪い」と告げて人形を渡すや、「オカマ野郎」と言い返される始末。

 

母親が男と出て行き、翌朝、大音量が止まないので、部屋に入りスイッチを消すと、ダウン症の少年・マルコがベッドの片隅に座っていた。

 

母親の居所が分からないので、ルディはマルコを連れ、ポールから渡された名刺に電話をかけるが、取り次いでもらえず、事務所に乗り込んでいく。

 

慌てたポールは二人を部屋に入れ、職場に訪ねて来たことを正し、言い合いになる。

 

「この子の母親が、ゆうべから帰らないの」

「僕に何を?」

「検察官でしょ。何か助言をちょうだい」

「家庭局に連絡を」

「施設に放り込めと?ひどい場所よ」

「これが助言だ」

 

ルディはマルコの手を引き、部屋から出ると、ポールが呼び止める。

 

「金でも必要なのか?」

「つまり、金をやるから、もう来るなって?恥を知ることね」

 

小気味よいルディの反駁(はんばく)だった。

 

アパートに戻ると、マルコの母親が薬物所持で逮捕され、家庭局のマルチネス保護官がマルコの帰宅を待っていた。

 

有無言わさず連れて行こうとする保護官らに、立ちはだかって抵抗するルディだが、マルコは施設に連れて行かれる。

 

しかし、夜になり、マルコは施設を抜け出し、人形を持って夜道を歩いていく。

 

ルディがパブで歌っていると、ポールが待っていた。

 

ポールは楽屋を訪ね、「悪かった」とルディに謝る。

 

二人は、パブの片隅で酒を飲みながら、身の上話をする。

 

「恋人と結婚し、何もかも完璧だったが…」とポール。

「保険のセールが死ぬほど退屈で、ドラァグクイーンに憧れ続けた」とルディ。

「ともあれ僕は離婚し、法律を学び世界を買えようと、この街へ来た」

「世界は変えられた?」

「最初は、世界を変えてやると意気込んでた。燃えてたんだ。罪のない人々を守り、悪を裁くために闘うんだとね」

 

ポールはルディの話を聞きたいと言うと、歌で応えていくルディ。

 

あたしは東の端っこ 

クィーンズの生まれ 

でも二十歳になる前 家を出た

バーで家賃を稼ぎ 家主を黙らせる 

お金がすべてじゃないけど もう少しお金が欲しい

 

車内で歌声が素晴らしいとポールが言い、ルディはベット・ミドラーに憧れていると話す。

 

すると、歩道を歩くマルコを見つけ、声をかけると家に帰ると言うので、ルディは自宅に連れて行く。

 

「君はすごいよ。君は何も恐れない」とポール。

「やめてよ。お世辞なんか」

 

翌朝、目が覚めると、マルコは既に起きていた。

 

遅刻すると慌てて、ポールが出て行くと、マルコが「すみません」とルディに声をかける。

 

「お腹すいた」と一言。

 

ルディはクラッカーとチーズを用意するが、ドーナツが好きなマルコは手を出さないので、面白おかしく勧めると、そこでマルコは笑い出す。

 

そこに管理人がやって来て、二人でいるところを見つかったルディは、ポールに電話で相談すると、家には戻らないほうがいいと、自宅での夕食に招待される。

 

ポールが食事を振舞うと、マルコはここでも食べようとしない。

 

そこで家にあったチョコレートドーナツを出されると、満面の笑みを湛え、「ありがとう」と言って、美味しそうに食べるのだ。

 

マルコを寝かしつけるルディ。

 

「ママは戻ってくる?」

「いいえ」

「一緒にいてもいい?」

「分からない」

「お話を聞かせてくれる?…ハッピーエンドね」

「もちろんよ」

 

ルディは、魔法が使えるマルコ少年について、情感たっぷりに話していく。

 

マルコへの愛しみを深めるルディに、「引き取りたいんだろう?」と訊ねるポール。

 

「そうよ」

「簡単じゃないぞ」

 

あっさりとした合理的な現役検事の反応だが、知恵では負けない。

 

ポールは合法的に引き取る方法が一つあると言い、早速、収監されているマルコの母親・マリアンナを訪ねていく。

 

服役期間中のみ、ルディがマルコを保護する「暫定的監護権」を認める書面にサインを求めるポール。

 

審査では、安全な環境とマルコの寝室が求められるので、同居していることにすると提案する。

 

ルディは当然ながら同意し、マイヤーソン判事に教育環境や、同居のルディとの関係を聞かれたポールは、従弟と偽り許可が下りた。

 

「暫定的監護権」を手に入れたのである。

 

ポールの家に自分の部屋を用意されたマルコは、二人に訊ねる。

 

「ぼくのうち?」

「そうよ。ここがおうちよ」

 

すると、マルコは顔をくしゃくしゃにして、泣き始める。

 

ルディが「大丈夫?」と肩を抱くと、「うれしくて」と答えるマルコ。

 

二人はマルコを病院に連れて、体全般の検査を受けさせると、様々な異常が見つかった。

 

「よくありませんね。ケア不足でしょう。視力に問題がありますし、あらゆる病気にかかりやすい。甲状腺疾患、腸管異常、それから特に白血病です…忘れないで下さい。ダウン症の子供を、育てるのは大変ですよ」

「それは承知の上です」

「大学進学も、独り暮らしも、就職も望めません。あの子はずっと、あのままです」

 

そのアドバイスを受容し、マルコは動く。

 

学校の特別プログラムのフレミング先生の教室に入り、家では、宿題を二人が教え、それに懸命に答えるマルコ。

 

ポールは、ルディの歌のデモテープを作るためのレコーダーをプレゼントする。

 

ルディーは、早速マルコとポールの前で歌って録音し、そのデモテープを郵送した。

 

3人がハロウィンやクリスマスのイベントや、海で遊ぶ幸せな様子を映すビデオ映像が流される。

 

マルコも学校の発表会で、ルディとポールの前で歌ってみせる。

 

至福の時間だった。

 

担任のフレミングから、マルコが描いた「“2人のパパの絵”」を渡され、二人の状況の厳しさを親切にアドバイスされる。

 

それが、日を置くことなく可視化されていく。

 

上司のウィルソンから、重大事件の担当に抜擢されたポールは、ホームパーティーに誘われ、ルディとマルコを伴って、週末にウィルソン宅を訪れた。

 

ウィルソンの妻の挨拶に反応できないマルコだったが、音楽に合わせて、巧みなダンスを披露し、周囲を沸かせる。

 

しかし、ルディは庭に出て行き、自分たちの関係を公表できないことの不満をポールに漏らすのだ。

 

「それで、どうするの?老けたオカマ2人。まだ、いとこ同士だと言い張る?」

「いいのか?マルコを失うぞ」

「これは差別なのよ」

「差別じゃない。それが現実だ」

 

その言い合いの様子を家の中から見ていたウィルソンは、二人の関係が同性愛だと確信し、家庭局と警察に通報するに至る。

 

ポールに対するウィルソンの謀(はか)りごとであった事実が明かされるエピソードだった。

 

かくて、監護権が取り消されたルディが警官に抵抗し収監される一方、マルコは保護官に連れて行かれ、ポールは、ウィルソンに解雇を言い渡されるという最悪の事態が惹起する。

 

収監されたルディを迎えに来たポールは、クビになったことを告げた。

 

「偽りの人生を捨てて、本当の自分になるチャンスよ」

「10年間、この仕事のため、必死に勉強し、夢中で働いた。くだらない理想論は結構だ」

「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。くだらない理想論を忘れた?今しかない。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」

 

ルディとポールは、再びマルコの監護権を求めて、裁判所に訴えた。

 

二人の長くて重い法廷闘争が開かれていくのだ。

 

【ヒトの場合、遺伝子を含むDNAを保管している染色体は1つの細胞に46本あり、父親から受け継いだものと、母親から受け継いだものがペアとなって23組に分かれているが、ダウン症は、21番目の染色体が3本(普通は2本)になっている染色体異常(トリソミー)の疾病である。特徴のある顔立ちをしていて、筋力や言語発達の遅れが見られる】

 

 

人生論的映画評論・続: チョコレート・ドーナツ('12)  魂を打ち抜く反差別映画  トラヴィス・ファイン より