死刑にいたる病 ('22)   叫びを捨てた怪物が放つ、人たらしの手品に呑み込まれ、同化していく

1  「…僕はね、君と話してる時間は、すごく落ち着いていられたんだ。君と話してると、僕は普通の街のパン屋さんになった気でいられたんだ」

 

 

 

筧井雅也(かけいまさや)の祖母が亡くなり、葬儀が執り行われる。

 

Fランクの大学に通う雅也は、親戚に「東京の大学で頑張ってるんだって」と言われると、父親から冷たい視線を受ける。

 

校長先生だった祖母の「お別れ会」への出席を雅也に問う父親。

 

「お前、来ないんだろう?」

「来て欲しくないんだ」

「雅也、違うから」

 

母・衿子(えりこ)が取り持つが、父親は黙って去って行く。

 

「行かないよ」

 

そんな雅也の元に、一通の手紙が届く。

 

差出人は、中学時代に通っていた「ロシェル」というパン屋の榛村大和(はいむらやまと)だった。

 

「…君に頼みたいことがあって、この手紙を書きました。よかったら、一度会いに来てもらえたら嬉しいです」

 

雅也は自転車で商店街へ行くと、「ロシェル」は売りに出されていた。

 

「彼には、自分の決まりがあった。決まった時間に家を出て、決まった時間に店を開け、決まった年代、決まったタイプの少年少女に目をつけ、決まったやり方で家に運び、決まったやり方で甚振(いたぶ)り、決まったやり方で処理した。警察は、23人の少年少女と一人の成人女性を殺害した容疑で、彼を逮捕した」(雅也のモノローグ)

 

裁判での被告人尋問。

 

「あなたは警察の捜査が迫っているのに気づき、精神的に追い詰められていたんじゃないですか?」と検事。

「追い詰められたことはありません」

「現に逮捕されてるじゃありませんか」

「逮捕されたのは、僕が慢心したからです。警察が優秀だったわけではありません…睡眠薬で眠らせたはずの女の子に逃げられたこともそうです。初めの頃なら、逃げられないように拘束していたはずです。それに、庭に遺体を埋めたりしませんでした。骨にして細かく砕いてから埋めていましたから」

「つまり、以前のように犯行を繰り返していれば、逮捕されることはなかったということですか?」

「はい。もう一度やり直せるなら、捕まらないでしょうね」

 

雅也は榛村の依頼に応じ、東京拘置所へ面会に行った。

 

「僕が通ってた頃から、やってたんですよね…僕のことも…」

「それは違う。当時の君は、まだ若すぎたんだよ。僕が惹かれる子たちは決まっててね。17歳か18歳の真面目そうな高校生で。15歳の中学生では、ダメなんだ」

「そう…なんですね」

「…僕はね、君と話してる時間は、すごく落ち着いていられたんだ。どうしてかな。君と話してると、僕は普通の街のパン屋さんになった気でいられたんだ。僕はもう死刑判決を受けた。それでいいと思ってる。当たり前だよね。でも、一つだけ納得が行かないことがあってね。僕は24件の殺人容疑で逮捕されて、その中の9件が立件されたんだけど、その9件目の事件は僕がやった事件じゃないんだ。9件目の事件は、僕以外の誰かが犯人だってことだよ…まだ本当の犯人は、あの街にいるかも知れない。今それ知ってるのは、君と僕だけだ…断ってくれてもいいし、途中で止めてもいい…もし、興味があったら、僕の弁護士の所に行ってもらえないかな」

 

時間オーバーで刑務官に捕捉されながら、榛村は一方的に伝えたいことを雅也に言い残した。

 

歩道で信号待ちをしていると、拘置所でぶつかった男に、「面会ですか」と声を掛けられ、雅也も同じ質問を返す。

 

「僕はただ来てみただけなんですよ。本気で会いたいとかじゃなくて…何か、迷ってて。自分で決めると、ろくなことないから…決めてもらえます?すいません、変なこと言って」

 

雅也は、佐村弁護士事務所を訪ね、控訴審の公判準備中の資料を、アルバイト契約をして見せてもらうことになった。

 

資料の流出の違法性を知りながら、雅也は全ての被害者の写真を撮ってアパートに戻り、自宅で、狙われた高校生が榛村にどのように信頼関係を築いて被害に遭ったかをファイリングしていく。

 

そして、榛村が殺害を否定する26歳の成人女性・根津かおるに辿り着く。

 

雅也は大学でスカッシュをしていると、サークルの学生が来たのでコートを出るが、サークルに所属する中学時代の同級生・加納灯里(あかり)に誘われ、飲み会に出席することになった。

 

しかし、他の学生たちと馴染めず、雅也はすぐ店を出るが、道で酔った客とぶつかり、倒されてしまう。

 

アパートに帰ると、弁護士事務所の自分の名刺を印刷し、根津かおるが殺された現場へと向かった。

 

事件現場の山林を所有する女性から、最近まで友人らしき髪の長い女性がやって来て、手を合わせて拝んでいたという話を聞き出す。

 

実家に寄ると、衿子は祖母の「お別れ会」へ出席を拒む夫の意向を念押しする。

 

「息子が三流大学だから、恥ずかしいんだろ」

 

「榛村大和は、典型的な秩序型殺人犯に分類される。高い知能を持ち、魅力的な人物で社会に溶け込み、犯行は計画的」(モノローグ)

 

面会。

 

「根津かおるさんの殺害方法は、計画性がなく、犯行の隠蔽もされていません。感情に任せて、相手を甚振っているように思えました。榛村さんのやり方とは、かなり違います。榛村さんは、被害者の爪は必ず剥がしていたってことでいいんですよね」

「うん。少なくとも、起訴された件に関してはそうだね」

「根津かおるさんの爪は、すべて揃ってました。それに榛村さんは、90日から100日、必ず間隔を空けてから犯行を繰り返していましたが、根津かおるさんが殺されたのは、榛村さんの最後の犯行から1か月半後です」

「僕の言ったこと、分かってもらえたみたいだね」

「まだ、調べないと」

「警察も、裁判官も、同じ時期に、同じ地域でこんな残虐な殺人鬼が二人もいる可能性はないって判断だったよ」

 

頷く雅也。

 

「僕は可能性はあると思ってます。根津かおるさんの同僚だった方に会ってきたんです」

 

その元同僚は、根津かおるが1か月前からストーカーがいて、上司が根津を気に入っていたと言う。

 

更に、根津の同級生にも会い、高校生くらいから潔癖症と偏食が目立ってきて、年々悪化し、事件当時には不潔恐怖症になっていたと言い、犯人はそれを知ってから、泥の中で甚振ったとも考えられると話すのだ。

 

「やっぱり、すごいな、君は」

 

榛村は感動した面持ちで、雅也を褒め称(たた)える。

 

「でも、雅也君、僕が言うのもおかしな話だけど、本当に気を付けてくれよ。そいつは人殺しなんだから」

 

その言葉を聞いて、雅也は軽く笑みを浮かべる。

 

「榛村大和と話していると、ロシェルに通っていた頃を思い出す」(モノローグ)

 

中学校の制服を着た雅也が、店のカウンターで榛村と歓談する回想シーン。

 

その後も雅也は、精力的に根津かおるの真犯人探しに勤しむ。

 

根津かおるを気に入っていたという上司に会い行くが、彼にはアリバイがあった。

 

実家で祖母の遺品を片付けている母親に、その処分について聞かれる雅也。

 

笑い声に反応する父親が、「喪中だぞ。燥(はしゃ)ぐな!」と声を荒げるのだ。

 

箱の中から、一枚の写真を手に取る。

 

子供たちとスタッフの集合写真で、左端に若かりし頃の衿子が写っており、その隣には、榛村が立っているのを発見し、驚く雅也。

 

その写真には、榛村を19歳に時に養子に迎えた榛村桐江(きりえ)も写っている。

 

人権活動家である桐江のファイルには、幼少期に父親から身体的および性的虐待を受けるようになり、その経験から、自分と同じように恵まれない家庭で育った青少年を保護する施設の代表を勤めるようになったと書かれている。

 

当時の桐江のことを知る滝内という男から話を聞く雅也。

 

桐江の元で、施設のボランティア活動をしていた榛村は、「一番の当り」と言われ、問題行動の多い子供もうまく操縦していたという。

 

「子供たちの中でも、一番逆らってくる奴をまず手なずけるんです。そいつが自慢したいことに、“すごいなぁ、君は!”みたいなことを言ってやったりね。それでその子をリーダーっぽく扱ってやってから、他の奴を可愛がって寂しくさせる。そういうことをね、自然にやるんです」

 

桐江のお気に入りであった榛村は、「少年院返りだからと言って、色眼鏡で見ないでください」と常に桐江に庇護を受けていた。

 

「みんな、彼を好きになる…滝内さんは、どうでしたか?」

「ええ、私も大和を庇いましたよ」

 

最後に雅也は例の集合写真を見せ、榛村と並んでいる母親を差して、覚えているかを尋ねる。

 

「…衿子ちゃんだ…この子も人づきあいがあまり上手いほうじゃなかったんですけど、大和とは仲が良かったですね。この子も、桐江さんの養子だったんですよ」

 

しかし、衿子は問題を起こし、大和らと同居していた桐江の家を追い出されたと言うのだ。

 

妊娠したと話すが、その相手を滝内は知らなかったと付け加えた。

 

激しく動揺する青年が、そこにいる。

 

 

人生論的映画評論・続: 死刑にいたる病 ('22)   叫びを捨てた怪物が放つ、人たらしの手品に呑み込まれ、同化していく   白石和彌  より