英雄の証明('21)  犯しやすい人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味

 

1  「その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

 

 

イランの世界遺産ペルセポリス遺跡があるシラーズの街。

 

元妻の兄・バーラムからの借金を返済できずに告発され、刑務所に服役しているラヒム。

 

2日間の休暇で出所したラヒムは、婚約者・ファルコンデが拾った金貨を換金し、バーラムに返して自由の身になることを考えている。

 

早速、ファルコンデと貴金属店へ換金しに行くが、計算してもらうと返済額の半分にも満たず、後ろめたい気持ちもあるラヒムは、そのまま店を出る外になかった。

 

姉のマリの家に息子のシアヴァシュと共に住んでいるラヒムは、義兄のホセインに協力を求め、バーラムの店へ行く。

 

不在のバーラムにホセインが電話を掛けて、3年越しの借金の一部返済について交渉するが、「奴はペテン師だ。もう話すことはない」と相手にされない。

 

「全額返せたら、こんな屈辱も受けなかった」

「もし俺が小切手を用意できたら、750万トマンを毎月返せるか?」

「働くよ」

「どこで?」

「どこでもだ」

「その言葉を信じるよ」

「刑務所には戻りたくない」

 

しかし、バーラムが要求する借金の不足分の返済をホセインが小切手を切って肩代わりする案に、姉のマリは「先に仕事を見つけなさい」と難色を示す。

 

マリはラヒムが持っているカバンと金貨を見つけて不審に思ったのだ。

 

ラヒムはシアヴァシュを吃音矯正の教室へ連れて行き、そこに言語聴覚士として勤めるファルコンデに「後ろめたい」と告白する。

 

「神様への祈りが通じて奇跡が起きたはず」と信じるファルコンデは、今さら何を言うのかと呆れる。

 

「落とし主を探して」

 

ファルコンデはそう言い放ち、「君も来てくれよ」とラヒムの呼びかけを無視して去っていく。

 

銀行へ行くと、バッグの落とし主の申し出はなく、銀行の協力を得て、連絡先を刑務所にした張り紙を作り、随所に貼り出していく。

 

程なくして、落とし主の女性から電話が刑務所に入り、バッグの特徴などを確認したラヒムは姉の家に取りに行くように伝える。

 

マリの家に来たその女性は涙を流しながら、バッグを失くした経緯を話す。

 

「自分が外出中に夫や義兄に見つけられて、勝手に使いこまれるかと思うと怖かったんです。私が金貨を持っていたとバレないように、お金に換えるつもりでした…じゅうたん織で一生懸命に稼いで、内緒で貯めたんです。いつか困った時に使えるようにと」

 

落とし主の女性はバッグを受け取り、感謝して帰って行った。

 

ところが、この話が刑務所で美談として取り上げられ、テレビ局や新聞社から取材に来ると言うのだ。

 

「持ち主を見つけるために、君は休暇を惜しまず使った」とサレプール刑務所長。

 

困惑するラヒムは、幹部のタヘリに拾ったのは妻であることを告白するが、そのまま話せばいいと言われ、更に、まだ正式な妻ではなく、名前を出せないと事情を話す。

 

しかしタヘリは取り合わず、金貨を返したのだから問題ないと言い、早速テレビカメラが入り、取材を受けることになる。

 

「彼は真面目で正義感にあふれ、頼りがいもある実直な男です」とサレプール。

「彼は金銭的な苦労を抱えていましたが、人は欲望より善意を優先することを今回の行動で示しました」とタヘリ。

 

テレビが放送され、囚人たちに交じって、インタビュー映像を笑顔で見るタヘリ。

 

「なぜ刑務所に?」

「新しい商売を始めるために、融資を受けたんです。でも事業のパートナーにお金を持ち逃げされました。そして肩代わりした保証人に訴えられ服役したんです」

 

ラヘルがバッグを拾った場所を案内し、落とし主を探す張り紙を写し、所長たちはラヘルが如何に刑務所の文化活動に貢献しているかを称える映像が流される。

 

それを面白く思わない囚人の一人が「うまくダマしたな」と声をかけ、「奴らのケツ拭き役か…シャクリが自殺した件もお前なら暴露できたろ」と嫌味を言われるのだ。

 

その直後、タヘリが借金問題を解決するために仲介するが、一括返済を求め、今回の美談が「作り話」だと主張するバーラムと話は決裂するが、ラヒムはチャリティ協会に招待され、シアヴァシュと共に登壇する。

 

協会長のラドメヘルは、「無償の勇気に対する感謝の証しとして、彼に審議会の職を提供したい」との地方審議会からの申し出を紹介し、表彰状を渡す。

 

「私は金貨を売る誘惑に駆られました。しかし行った店がまずかったんです。店主が金貨の価格を計算しようとした時、計算機が壊れました。取り出したペンもインク切れでした。その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

会場でのラヒムのスピーチである。

 

万雷の拍手が起こった。

 

今度は息子のシアヴァシュにマイクが向けられる。

 

「僕は…お願いします。お金をたくさん借金した…お父さんが…刑務所に…戻らなくていいように、今日も持ってきました。僕の…お金…ここに」

 

吃音症の息子の父への思いが同情を誘い、多額の寄付が集まる。

 

この会場にはバーラムも来ていて、チャリティで集まった寄付金と仲間のカンパを足して返済することになった。

 

しかし、バーラムは1億5000万トマムの借金に対して「3400万じゃ話にならん」と言って席を立つ。(因みに、借金額1億5千万トマンは約400万円)

 

「女性たちだけでなく、囚人たちまで寄付してくれたんですよ。協力を」

「私をペテン師扱いか」

「彼の行いを評価してあげて」

「…過ちを犯さないことが、なぜ評価される?」

「何が不満なんです?」とラヒム。

「その恩知らずな態度だ」

 

席に戻ったバーラムは納得できない。

 

険悪なムードとなって、別室に連れ出されたバーレムは、テレビの取材で電話をかけた際に、「彼の行いに感動して釈放させたと言えば、あなたに対する視聴者の印象も良くなる」と言われたバーラムは、甥であるシアヴァシュの為だと同意する。

 

ラドメヘルから紹介された審議会の人事部長に面接すると、バッグを返した女性の電話番号や住所、バッグを返した証拠など詳しく質問されるが、ラヒムは何も情報を示すことができなかった。

 

「作り話かもしれないと…SNSなどでウワサが飛び交ってるんですよ」

「お疑いで?」

「私は信じませんが、問題はその内容です。最近刑務所で起きた自殺事件を隠ぺいするために捏造されたと…持ち主やご家族に来てもらってください。その人たちの証言と署名があれば、騒ぐ連中が来ても安心でしょう。やれますか?」

「はい」

 

かくて、「英雄の証明」への重くて艱難なラヒムの旅が開かれていく。

 

  

人生論的映画評論・続: 英雄の証明('21)  人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味  アスガー・ファルハディ より