燃ゆる女の肖像('19)  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく

1  「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」

 

 

 

18世紀後半のフランス。

 

アトリエで生徒たちに絵画を教える女性画家・マリアンヌは、自分をモデルにデッサンを指導している。

 

「なぜ、その絵が?」

 

マリアンヌの視線の方向を一斉に振り向く生徒たち。

 

生徒の一人が「奥から出した」と答える。

 

「先生の作品?」

「ええ。ずいぶん前よ」

「タイトルは?」

「燃ゆる女の肖像」

 

以下、マリアンヌの追憶。

 

激しく揺れて海を渡る小舟から落ちてしまったカンバスを、海に飛び込み拾い上げるマリアンヌ。

 

孤島に着いて、高台にある館に重い荷物を持って上っていくと、使用人のソフィに案内され、マリアンヌは服とカンバスを乾かす。

 

マリアンヌは、伯爵夫人に肖像画を依頼された娘についてソフィに訊ねるが、最近修道院から来た彼女のことをよく知らないと話す。

 

マリアンヌは、裏返されたカンバスを凝視し、翻して息を飲む。

 

カンバスに描かれた女性の肖像画の顔の部分が消されているのだ。

 

翌朝、伯爵夫人から娘のエロイーズの話を聞かされる。

 

「前に男性画家が来たけど、娘は描かれることを拒否した。顔を隠して一度も見せなかった。一度もよ」

「何か理由が?」

「結婚を拒んでる。あなたは画家じゃなく、散歩の相手だと思わせて。喜ぶはずよ。外出を禁じてきたから」

「なぜです?」

「上の娘で失敗した」

「監視を嫌がるかも」

「散歩中に観察して、それで肖像画を描ける?」

「画家ですから」

「この肖像画だけど、私より先に館に来た。私が来た時にはこの壁にあって、私を待ってた」

 

その後、マリアンヌはソフィから、上の姉が崖から飛び降りて自殺したことを聞き出す。

 

一転して、切り立つ岩場に激しく打ち付ける荒波の音。

 

伯爵夫人の娘のエロイーズが散歩に出たのだ。

 

エロイーズを追うマリアンヌ。

 

突然、走り出したエロイーズは岸壁で止まって振り返った。

 

「夢みていました」

「死を?」

「走ることです」

 

帰館したマリアンヌは、散歩で観察したエロイーズの顔を思い出し、デッサンする。

 

再び海に出て、浜辺に座り込む二人。

 

「海に入りたい」

「今日は波が高いです」

「滞在は何日?」

「あと6日です」

 

散歩中も、エロイーズの目を盗んでデッサンするマリアンヌ。

 

「難しい…一度も笑わないの」とソフィに話すと、「お互い様では?」と返され、笑みが零れる。

 

三度、エロイーズとマリアンヌの会話。

 

唐突だった。

 

「自殺でしたの?」

「はっきり尋ねた人は初めてです」

「ご自分は?」

「口には出してない。最後の手紙に“許して”とありました」

「何を許すのです?」

「逃げること」

「結婚からですね」

「何をご存じ?」

「相手はミラノの方だと」

「私もそれだけ。だから不安なんです」

「考えようでは?」

「どう考えれと?」

修道院がお好き?」

「図書館、音楽、歌がありました。それに平等です」

「私は息苦しくて、すぐに逃げ出しました。ノートに絵を描いては怒られた」

「絵を描くの?」

「ええ、少し」

「あなた、ご結婚は?」

「一生しないかも」

「お見合いも?」

「ええ。たぶん父の仕事を継ぎます」

「選べる人には分かりません」

「分かります」

 

エロイーズが部屋を訪ね、明日一人で教会にミサを聴きに出かけると話す。

 

マリアンヌはエロイーズがオーケストラを聴いたことがないというので、チェンバロ(ピアノのルーツで、バロック音楽の時代の鍵盤楽器)でヴィヴァルディの協奏曲『四季』の「夏」を弾く。

 

「楽しい曲?」

「命を感じます」

 

二人は見つめ合い、エロイーズの表情は明るくなってきた。

 

教会から帰ったエロイーズはマリアンヌに話しかける。

 

「明日は一緒に。1人は確かに自由でした。でも寂しかった」

 

その言葉に反応するマリアンヌ。

 

伯爵夫人に絵が完成したことを報告する。

 

「完成しました」

「出来栄えは?」

「先にお嬢様に見せ、真実を告げたい」

「娘は、あなたを気に入っているものね」

 

海岸で、マリアンヌはエロイーズに訪館目的を、正直に吐露する。

 

「私はあなたを描きに来ました。ゆうべ完成した」

「ミラノを称賛したのは、罪悪感ですか?」

 

エロイーズはドレスを脱ぎ、海へ入って行った。

 

震えながら戻って来たエロイーズに、マリアンヌが訊ねる。

 

「泳げましたか?」

「分かりません。どう見えました?」

「浮いていました」

 

二人は笑顔を交わす。

 

「家へ」

 

エロイーズは顔を横に振る。

 

「だから私を見てた」

 

絵を見せて感想を求めた。

 

「これが私?こう見えるの?」

「…規律、しきたり、観念が支配しています」

「私自身は?」

「つかの間現れても、消えてしまいます」

「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」

「絵の何をご存じなの?心外です」

「画家だったなんて」

 

エロイーズが伯爵夫人を呼んで来る間に、マリアンヌは肖像画の顔を消してしまった。

 

画家のプライドに侵蝕する物言いは、詰まる所、モデルの本質を見抜けなかった画家自身の中枢を射抜いてしまうのだ。

 

「描き直します」

「ふざけないで…描けないなら出ていって」

 

ここで、エロイーズは自らモデルになると主張する。

 

「本気?どうして?」

「理由が必要?」

「いいえ。5日後に戻る。それまでに仕上げて。出来は私が判断する」

 

ここから、館に残る3人の世界、就中、画家とモデルの二人の凝縮した時間が開かれていく。

 

  

人生論的映画評論・続: 燃ゆる女の肖像('19)  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく  セリーヌ・シアマ より