1 「どうか僕に、家族な大事な時間を共有させてほしい。そうすれば、あなたたちの闘いを手伝える」
ニューヨーク 1971年
離婚した妻子に見放され、酒浸りで落ちぶれた生活を送る写真家、ユージン・スミス(以下、ジーン)。
かつて専属カメラマンをしていたライフ誌に行き、盟友であり、編集部トップのボブを相手にクダを巻くが相手にされない。
機材を売り払い、滞納した家賃や子供たちに送る金を作ると遺言を録音していた、まさにその時、富士フィルムの社員を連れ、通訳のアイリーンがCM撮影の依頼で訪れた。
彼女の本当の目的は別にあった。
後日のこと。
「日本のある企業が、何年もの間、海に有毒物質を垂れ流してる。チッソ株式会社です。大勢が病気で命を落としてます。助けが必要なの。患者たちの闘いに世界の注目を集めたい。来週の株主総会の様子を撮ってください」
「もう日本には行かないよ。沖縄戦の撮影で懲りた」
「25年前の話でしょ」
ジーンはその依頼を断ったが、アイリーンは現地の様子を伝える資料と連絡先を置いて帰って行った。
その資料を見て衝撃を受けたジーンは、ライフ誌の編集会議に乗り込んで写真を見せ、企画を持ち込んだが、ボブの明確な賛同を得られなかったものの了承される。
「絶対に失望させない」と言い切るジーンはアイリーンと共に、熊本に向かった。
途中、沖縄戦の従軍記者だった時の戦場の光景がフラッシュバックする。
ジーンとアイリーンが寄宿するのはマツムラ・タツオ、マサコ夫妻の家だった。
「脳性マヒ」と診断されている長女アキコを含む6人の子供を育てるマツムラ夫妻の家族は、アキコと共に強い絆で繋がっていると話す。
タツオはチッソで運転手をしており、生活は立ち行かないと言う。
アイリーンは夫妻にジーンの感謝の言葉と、アキコの写真を撮りたいと通訳するが、タツオは「勘弁してください」と言って断った。
翌朝、ジーンは漁村を歩き、地元の人たちの写真を撮っていく。
中には露骨にカメラを避ける人たちもいるが、自主交渉派の人たちは違うと、息子が胎児性水俣病のキヨシは、ジーンに話す。
16ミリカメラを持つキヨシの手は震え、視野狭窄で、自身も水俣病の症状が出ているが、認定されていない。
「君たちが目指すものは?」
「チッソは否定しています。我々の苦しみを。社長に直接会って、それでもまだ否定できるか問いたい」
「彼が耳を傾けると?」
「どうでしょう。注目が集まれば無視できないはずだ。あなたがいれば勝機が増す」
チッソ水俣工場の前で、座り込みの集会でスピーチする地元住民代表のヤマザキ・ミツオ。
「こん水俣病は、偶然でも遺伝でもなか。責任ば問われるべき、害悪の根元がはっきりしとる。皆さん、我々には選択肢があるとです。声ば上げて、世界中に知らすこつんできる、でん、そん声が大きくなれば、いずれ相手も聞かざるを得んだろうたい。責任ば取るまで、ここば動かん!」
そう言うや、ミツオは工場の門の鉄柵に自身を鎖で巻き付けた。
チッソの社員と揉み合いになる様子を16ミリカメラで撮るキヨシ。
ジーンはカメラを持って佇むだけだった。
その後、酒を飲みながらやって来て、ベンチに座った水俣病の障害を持つ少年・シゲルに一方的に語りかけ、持っていたカメラを首にかける。。
言葉が通じず、最初は怪訝(けげん)そうな顔をしていた少年は、カメラを受け取ると笑顔になり、反(そ)り返った手で写真を撮り始め、補助器具を付けた足で歩き、サッカーをしている少年たちにカメラを向けていく。
ジーンがマツムラ宅へ戻ると、カメラを手放したことをアイリーンに叱咤される。
程なく、キヨシがジーンのためにニューヨークの自宅の暗室を再現したという小屋に案内された。
ボブから電話が入り、ジーンの記事を大きくすると伝える。
「来月、ストックホルムで国連人間環境会議が。これに水俣問題に絡めたい…反核団体も協力してくれる。世界保健機関もだ」
締め切り厳守を指示され、プレッシャーがかかるジーン。
幸いにも、地元の人たちがカメラとフィルムを提供してくれた。
そこにシゲルもカメラを返しにやって来て、ネガを写真にする方法を聞かれたジーンは、アイリーンに促され、シゲルの手を持って現像方法を教えていく。
「僕に触るの、怖くない?」
「怖いもんか」
ジーンの手も震えている。
「おっちゃんも水俣病ね?」
アイリーンも写真撮影を手伝うと言うが、そんな簡単なことではないとジーンは語る。
「アメリカ先住民は、写真が被写体の魂を奪うと信じてた。だが秘密は他にもあるんだ。写真は、撮る者の魂の一部も奪い去る。つまり写真家は無傷ではいられない。撮るからには、本気で撮ってくれ。約束だ」
チッソ水俣工場附属病院へカメラを隠して潜入し、患者さんたちの許可を得て写真を撮り、キヨシはその様子をビデオに録る。
「撮ってもいいけど、顔は勘弁してくれと」
「瞳の奥にあるものを撮りたい。そこに真実があるんだ。共感を得るには…」
「あなたも共感を示して」
ジーンは顔を隠した患者の手を写した。
3人はチッソが隠しこんでいる地下のラボから資料を持ち出す。
アイリーンはその資料を手にジーンに訴える。
「博士が工場廃水を与えた猫は、患者と同じ症状を示してた。けい縮に、マヒ、全身けいれん、有機水銀中毒の症状そのものよ。脳組織がボロボロになる。チッソは15年前から知ってた。すべてを知りながら、毒を流し続けてたのよ!」
ジーンは、アイリーンにそのままカメラを向けることを促す。
アイリーンに現像の仕方を教えるジーン。
「現場で何を感じたか。それを思い出せ。不快感か、あるいは脅威や悪意か…」
チッソ工場前の集会で演説するヤマザキにカメラを向けるジーン。
「もし人が、今でも万物の霊長と言うとなら、こぎゃん毒だらけの世の中ば、ひっくり返さんといけません。なんが文明か。数も知れんごつ多くの命ば犠牲にして、なんが高度成長か。我々ん青く美しか海が、こん人たちによって死の海にされてしもうたとです。もし、あんた人なら、立ち上がってください。闘ってください!戦争の嫌いな我々が起こす戦争です!闘わにゃなりません!そしてこれば、人類最後の戦争にしようじゃありませんか!立ち上がってください!」
一台の車がやって来て、突然、ジーンは拘束され工場の敷地内へ連れて行かれた。
ジーンを迎えた社長は、自主交渉派と切り離すために、排水の浄化装置を設置して水が如何に安全かをアピールしたり、自ら工場内を案内し、世の中に必要な物質を作っているかを解説したりして、ジーンに理解を得ようとする。
「我が社の製品は肥料に使われ、大勢の食を支えてる。プラステックや医療品の製造にも必要です。写真の現像用薬品にも使われますし、35ミリフィルムの材料になることも。あなたも無縁ではないはずです。我々は地元住民の雇用を支えてる。抗議者たちの思惑どおり操業停止でもしたら、どうなります?」
「俺が知るもんか」
生活が困窮するジーンの足元を見て、カネで懐柔しようとする社長に言い放つ。
「友達になれるかと思ったが、悲しいかな勘違いだったらしい。あんたはウソつきのクズ野郎だ」
社長は更にジーンに対し、説得にかかる。
「私はビジネスマンだ。地元住民に対しても、1920年代から見舞金を払ってきました。社の予算に組み込まれている」
家族に迷惑をかけてきたジーンに、5万ドルが入った封筒を手渡すのである。
「ご自身の過ちを償うチャンスです。それで、失望させた人たちを養える」
マツムラの家でアキコを初めて見たジーンは、マサコが買い物をする間、1時間だけアキコを預かることになる。
アキコを抱いて海が見えるベランダに座り、優しく歌いかけるジーン。
「“君が神様に愛され願いを叶えられますように いつも誰かを助け助けられますように 星へと続くハシゴを登れますように いつまでも若々しくいられますように…”」
ジーンはヤマザキの自宅で寛いでいると、警官が家宅捜索と称して部屋を荒らして帰って行く。
写真を撮り続けるジーンは衝撃を受ける。
ここでジーンは、社長から5万ドルとネガの引き渡しを断ったことを思い起こす。
仕事場で作業に没頭するジーンだったが、その納屋が何者かによって放火され、画像は燃え尽きてしまった。
「もう終わりだ。俺は手を引く。ついてくるな。君まで身を滅ぼすぞ」
止めようとするアイリーンを振り切り、ジーンは闇に消えて行った。
ジーンは酒を浴び、寝入っているボブを電話で起こし、もう降りると泣き言を並べる。
ボブがいくら説得しても、聞こうとしないジーン。
ボートで寝ていると、シゲルがやって来て、ジーンにカメラを向ける。
暮れなずむ海の写真を二人が撮る構図が提示された。
まもなく、自主交渉派の集会に顔を出したジーンは、彼らに協力を求める。
「どうか僕に、家族な大事な時間を共有させてほしい。そうすれば、あなたたちの闘いを手伝える。だから皆さんに伺いたい。かけがえのない親密な家族の時間を僕と分かち合ってもかまわないという方は?最大限の配慮と敬意をもって撮ると約束します」
最初はジーンを黙って見つめるだけだったが、2人が手を挙げると、それに続いて全員が挙手するのだった。
「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたジーンは、患者家族や工場排水のモノクロの写真を撮っていくのだ。
人生論的映画評論・続: MINAMATA-ミナマタ-('20) 異国の地で、呼び覚まされた写真家の本能が炸裂する アンドリュー・レヴィタス より