マッド・シティ('97) コスタ・ガブラス  <「サムは局のものよ」― 特定他者の消費の構造>

 テレビの地方局に左遷されていた、かつての敏腕記者がいる。マックスである。
 彼は偶然取材に訪れた地元の自然博物館で、思わぬ特ダネのチャンスを手に入れようとしていた。博物館を解雇された一人の男が、女性館長に詰め寄っていたのである。彼は館長を軽く両手で突いて、抗議を重ねた。「帰って!」という館長の考えは変わらなかったため、男はバッグに忍ばせていた銃を取り出して、それを相手に向けたのである。
 
 「聞いてくれ」
 「ふざけないで」
 「ふざけてない」

 そこに、見学に来ていた小学生の集団が雪崩れ込んで来た。

 「静かに、じっとしてろ。銃は怖くない。館長と話してる」

 男は館長を威嚇するが、彼女はそれでも真剣に話を聞こうとしない。男は苛立ってきた。その二人の遣り取りを、トイレの中から窺っていたマックスは、外で待たせている局のアシスタントに無線で連絡を取った。

 「警察を呼ぶわ」とアシスタント。
 「止せ!生中継をする。警察は後だ」とマックス。
 「でも、警察に・・・」
 「こいつは大ニュースだ。バカはするな」

 マックスは、局の上司に直接連絡した。

 「男が銃を持ってる。鞄にもきっと武器が。人質は大人二人に、子供たちだ」

 上司の了解を取り、さっそくライブで「事件」が放送された。

 「マックスが博物館で、人質事件に出会(でくわ)しました。現場から中継です・・・」 

 一方、博物館では、ようやく「事件」が発生したばかりだった。

 館長を脅していた男が、誤って黒人の警備員を撃ってしまったのである。慌てる男は、撃たれて腹を押さえる警備員のもとに走り寄った。しかし男は表に出られず、館内で立て篭もろうとしていた。撃たれた警備員は街路に出て、その緊迫した状況がマックスの局の中継に利用されていく。

 館内の男は、それをテレビで観て確認することになった。マックスはトイレから館内の情報を送っていたが、それが男に知られて、トイレの外に出されてしまうのである。ここでマックスからの連絡が、一時的に中断することになった。

 男の名前はサム。
 彼は館長に再雇用を求めに来ただけなのである。しかし事態は、サムの思惑を越えて、一般的な「人質事件」として一人歩きしてしまっていた。そこに警察から電話が入った。

 その電話にサムが出て、逆に警備員の安否を心配する。

 「彼を撃つ気はなかった。事故だ」
 「それは良かった。今出てくれば、罪は軽くなる」
 「それはできない」
 「そうか。君の要求は何だ?」と警察。

 しかし要求を聞かれても、サムは人質を取った理由を自ら把握できないでいる。サムは傍らのマックスに尋ねたのだ。

 「要求は何かって?」
 「言えよ」
 「ないよ。こんなつもりでは・・・」
 「落ち着いたら話すと言え。人質も殺さないと」とマックス。

 テレビレポーターのマックスが、事件を仕切っているようでもあった。サムは警察にその通りに伝えて、電話を切った。

 「それで、次はどうする?」とサム。
 「何か要求しろ」とマックス。
 「どんな?」
 「金だ」
 「金は給料だけでいい。仕事にさえ戻れれば」
 「それじゃダメだ。高級車か飛行機でも要求しろ。つまらん要求じゃ、相手が不安になる」
 「仕事が戻ればいい」
 「なぜ銃を?」
 「話をするためだ。館長と。もう出て行けない!刑務所に入れられちまう。俺には家族がいるんだ」
 「止める方法はある」
 「どうやって?」
 「教えよう・・・」

 マックスはサムを外の見える窓に連れて行って、外の群集の人だかりを見せた後、アドバイスした。

 「・・・あの人々、あれが世論だ。世論は力だ。君のしていることは、彼らには憎むべきことだ。子供を人質にするなんて、まさに狂ってる・・・君は狂ってない。ただ頭に来ただけだ。だが、外の連中は知らない。皆、職をなくした辛さは分る。周りにもいる。それを知れば同情する。投降する前にこうすればいい。君の気持ちを訴えろ」
 「どうやって?」
 「私が君にインタビューする。そこで君が事情を説明するんだ・・・やるか?」
 「分った」
 「先に子供の解放を」
 「じゃあ、一人だけだ」

 二人の話は、このような異様なまとまり方を見せた。

 以降、マックス経由で警察との連絡を取っていくことになる。サムはマックスの指示で、ロボットのように動いていくのだ。警察は子供の全員の釈放を求めるが、マックスは自ら警察に説明した。

 「・・・だが、要求を聞かねばどうなるか分らない」
 「許せんな」と警察。
 「分るが・・・彼はとても怒ってる。事態は予断を許さない」
 「分った。でも早く済ませろ」

 こうして、マックスが仕切る「人質事件」の物語の幕が開かれていったのである。


 マックスは単身外に出て、警察署長を巧みに説き伏せ、子供の身を案じる親たちに、「夕食までに子供たちが帰れるよう努力してます」と安心させた。今や事件の主役は、一介のテレビマンであるマックス以外の何者でもなかった。局内でもマックスの評価が上りつつあった。

 サムは館内で、マックスに自分の事情を丁寧に説明した。

 「女房にも言えないし・・・」
 「クビになったことを?」 
 「毎日、制服を着て、仕事に出る振りをして、映画館に行って、一日中ボヤっと考えてた」
 「今日は、何が目的でここに?」
 「館長と話を」
 「危害を加える気は?」 
 「なかった」
 「危害を加える気がなくて、なぜ銃や爆薬を?」
 「さあ・・・クビになれば、家も手当てもなくなり、手当てがなければ子供も育てられない」 

 元気なく事件の動機を話すサムは今、自分の起した行動の行く末に面喰うばかりだった。そんなサムの不安をよそに、メディアはサムの自宅を襲い、警備員の入院する病棟にまで侵入していく。
 
 自然博物館の中に、マックスとサムがテレビカメラの前に立って、事件の経緯について語り出した。

 「サムさんは愛妻がいて、子供も二人いる。家と車のローンがあり、医療費、食料代、電気代、ガス代、衣料代もかかる。だが仕事を解雇された」

 マックスがここまで言った後、サムにマイクを向けた。

 「俺が言いたいのは、クリフを撃ったけど、あれは事故だ。それと・・・給料に不満を言っていたが、それがもらえなくなって、如何にあの小切手が・・・あの紙切れが生活を支えてたかと。俺は道端で暮らしてる人たちを見ると、いつもああいう人は、浮浪者か麻薬中毒かと思ってた。だが、ある家族が道端で、ボール箱で暮らしてた。ウチもああなると思ったら、耐えられなくなって・・・この銃のことだが、ただのライフルだ。何でもない。それでテレビなんかで、銃を見せて注意を引いてるので、俺も銃を持っていけば、館長のバンクスさんも、多分、5分くらい話を聞いてくれるかと。でも、だれも俺みたいな者は・・・ただ毎日働くだけで、話も聞いてくれない。ウチはいい家族だ。クスリもやらないし、問題もないし、教会にも行ってる・・・でも俺みたいな人間の話は、誰も聞いてくれやしない・・・警察も、皆も全部忘れてくれ。家に帰りたい・・・子供に危害は加えない。俺も子供がいる。なのに仕事がなくなった。どうすればいい・・・こんなことになって申し訳ない・・・帰りたい。それが今の望みだ。それだけだ」

 涙交じりのサムの静かな語りに、テレビ視聴者は釘付けになっていた。

 「彼が何より望んでいるのは、皆の許しです。我々にはその心がある・・・法とは違う。現場より、マックスの独占中継でした」

 最後は、例によってマックスが仕切って独占中継を括ったのである。

 
(人生論的映画評論/マッド・シティ('97) コスタ・ガブラス  <「サムは局のものよ」― 特定他者の消費の構造>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/97.html