テレビの地方局に左遷されていた、かつての敏腕記者がいる。マックスである。
彼は偶然取材に訪れた地元の自然博物館で、思わぬ特ダネのチャンスを手に入れようとしていた。博物館を解雇された一人の男が、女性館長に詰め寄っていたのである。彼は館長を軽く両手で突いて、抗議を重ねた。「帰って!」という館長の考えは変わらなかったため、男はバッグに忍ばせていた銃を取り出して、それを相手に向けたのである。
「聞いてくれ」
「ふざけないで」
「ふざけてない」
そこに、見学に来ていた小学生の集団が雪崩れ込んで来た。
「静かに、じっとしてろ。銃は怖くない。館長と話してる」
男は館長を威嚇するが、彼女はそれでも真剣に話を聞こうとしない。男は苛立ってきた。その二人の遣り取りを、トイレの中から窺っていたマックスは、外で待たせている局のアシスタントに無線で連絡を取った。
「警察を呼ぶわ」とアシスタント。
「止せ!生中継をする。警察は後だ」とマックス。
「でも、警察に・・・」
「こいつは大ニュースだ。バカはするな」
マックスは、局の上司に直接連絡した。
「男が銃を持ってる。鞄にもきっと武器が。人質は大人二人に、子供たちだ」
上司の了解を取り、さっそくライブで「事件」が放送された。
「マックスが博物館で、人質事件に出会(でくわ)しました。現場から中継です・・・」
一方、博物館では、ようやく「事件」が発生したばかりだった。
館長を脅していた男が、誤って黒人の警備員を撃ってしまったのである。慌てる男は、撃たれて腹を押さえる警備員のもとに走り寄った。しかし男は表に出られず、館内で立て篭もろうとしていた。撃たれた警備員は街路に出て、その緊迫した状況がマックスの局の中継に利用されていく。
館内の男は、それをテレビで観て確認することになった。マックスはトイレから館内の情報を送っていたが、それが男に知られて、トイレの外に出されてしまうのである。ここでマックスからの連絡が、一時的に中断することになった。
男の名前はサム。
彼は館長に再雇用を求めに来ただけなのである。しかし事態は、サムの思惑を越えて、一般的な「人質事件」として一人歩きしてしまっていた。そこに警察から電話が入った。
その電話にサムが出て、逆に警備員の安否を心配する。
「彼を撃つ気はなかった。事故だ」
「それは良かった。今出てくれば、罪は軽くなる」
「それはできない」
「そうか。君の要求は何だ?」と警察。
しかし要求を聞かれても、サムは人質を取った理由を自ら把握できないでいる。サムは傍らのマックスに尋ねたのだ。
「要求は何かって?」
「言えよ」
「ないよ。こんなつもりでは・・・」
「落ち着いたら話すと言え。人質も殺さないと」とマックス。
テレビレポーターのマックスが、事件を仕切っているようでもあった。サムは警察にその通りに伝えて、電話を切った。
「それで、次はどうする?」とサム。
「何か要求しろ」とマックス。
「どんな?」
「金だ」
「金は給料だけでいい。仕事にさえ戻れれば」
「それじゃダメだ。高級車か飛行機でも要求しろ。つまらん要求じゃ、相手が不安になる」
「仕事が戻ればいい」
「なぜ銃を?」
「話をするためだ。館長と。もう出て行けない!刑務所に入れられちまう。俺には家族がいるんだ」
「止める方法はある」
「どうやって?」
「教えよう・・・」
マックスはサムを外の見える窓に連れて行って、外の群集の人だかりを見せた後、アドバイスした。
「・・・あの人々、あれが世論だ。世論は力だ。君のしていることは、彼らには憎むべきことだ。子供を人質にするなんて、まさに狂ってる・・・君は狂ってない。ただ頭に来ただけだ。だが、外の連中は知らない。皆、職をなくした辛さは分る。周りにもいる。それを知れば同情する。投降する前にこうすればいい。君の気持ちを訴えろ」
「どうやって?」
「私が君にインタビューする。そこで君が事情を説明するんだ・・・やるか?」
「分った」
「先に子供の解放を」
「じゃあ、一人だけだ」
二人の話は、このような異様なまとまり方を見せた。
以降、マックス経由で警察との連絡を取っていくことになる。サムはマックスの指示で、ロボットのように動いていくのだ。警察は子供の全員の釈放を求めるが、マックスは自ら警察に説明した。
「・・・だが、要求を聞かねばどうなるか分らない」
「許せんな」と警察。
「分るが・・・彼はとても怒ってる。事態は予断を許さない」
「分った。でも早く済ませろ」
こうして、マックスが仕切る「人質事件」の物語の幕が開かれていったのである。
マックスは単身外に出て、警察署長を巧みに説き伏せ、子供の身を案じる親たちに、「夕食までに子供たちが帰れるよう努力してます」と安心させた。今や事件の主役は、一介のテレビマンであるマックス以外の何者でもなかった。局内でもマックスの評価が上りつつあった。
サムは館内で、マックスに自分の事情を丁寧に説明した。
「女房にも言えないし・・・」
「クビになったことを?」
「毎日、制服を着て、仕事に出る振りをして、映画館に行って、一日中ボヤっと考えてた」
「今日は、何が目的でここに?」
「館長と話を」
「危害を加える気は?」
「なかった」
「危害を加える気がなくて、なぜ銃や爆薬を?」
「さあ・・・クビになれば、家も手当てもなくなり、手当てがなければ子供も育てられない」
元気なく事件の動機を話すサムは今、自分の起した行動の行く末に面喰うばかりだった。そんなサムの不安をよそに、メディアはサムの自宅を襲い、警備員の入院する病棟にまで侵入していく。
自然博物館の中に、マックスとサムがテレビカメラの前に立って、事件の経緯について語り出した。
「サムさんは愛妻がいて、子供も二人いる。家と車のローンがあり、医療費、食料代、電気代、ガス代、衣料代もかかる。だが仕事を解雇された」
マックスがここまで言った後、サムにマイクを向けた。
「俺が言いたいのは、クリフを撃ったけど、あれは事故だ。それと・・・給料に不満を言っていたが、それがもらえなくなって、如何にあの小切手が・・・あの紙切れが生活を支えてたかと。俺は道端で暮らしてる人たちを見ると、いつもああいう人は、浮浪者か麻薬中毒かと思ってた。だが、ある家族が道端で、ボール箱で暮らしてた。ウチもああなると思ったら、耐えられなくなって・・・この銃のことだが、ただのライフルだ。何でもない。それでテレビなんかで、銃を見せて注意を引いてるので、俺も銃を持っていけば、館長のバンクスさんも、多分、5分くらい話を聞いてくれるかと。でも、だれも俺みたいな者は・・・ただ毎日働くだけで、話も聞いてくれない。ウチはいい家族だ。クスリもやらないし、問題もないし、教会にも行ってる・・・でも俺みたいな人間の話は、誰も聞いてくれやしない・・・警察も、皆も全部忘れてくれ。家に帰りたい・・・子供に危害は加えない。俺も子供がいる。なのに仕事がなくなった。どうすればいい・・・こんなことになって申し訳ない・・・帰りたい。それが今の望みだ。それだけだ」
涙交じりのサムの静かな語りに、テレビ視聴者は釘付けになっていた。
「彼が何より望んでいるのは、皆の許しです。我々にはその心がある・・・法とは違う。現場より、マックスの独占中継でした」
最後は、例によってマックスが仕切って独占中継を括ったのである。
彼は偶然取材に訪れた地元の自然博物館で、思わぬ特ダネのチャンスを手に入れようとしていた。博物館を解雇された一人の男が、女性館長に詰め寄っていたのである。彼は館長を軽く両手で突いて、抗議を重ねた。「帰って!」という館長の考えは変わらなかったため、男はバッグに忍ばせていた銃を取り出して、それを相手に向けたのである。
「聞いてくれ」
「ふざけないで」
「ふざけてない」
そこに、見学に来ていた小学生の集団が雪崩れ込んで来た。
「静かに、じっとしてろ。銃は怖くない。館長と話してる」
男は館長を威嚇するが、彼女はそれでも真剣に話を聞こうとしない。男は苛立ってきた。その二人の遣り取りを、トイレの中から窺っていたマックスは、外で待たせている局のアシスタントに無線で連絡を取った。
「警察を呼ぶわ」とアシスタント。
「止せ!生中継をする。警察は後だ」とマックス。
「でも、警察に・・・」
「こいつは大ニュースだ。バカはするな」
マックスは、局の上司に直接連絡した。
「男が銃を持ってる。鞄にもきっと武器が。人質は大人二人に、子供たちだ」
上司の了解を取り、さっそくライブで「事件」が放送された。
「マックスが博物館で、人質事件に出会(でくわ)しました。現場から中継です・・・」
一方、博物館では、ようやく「事件」が発生したばかりだった。
館長を脅していた男が、誤って黒人の警備員を撃ってしまったのである。慌てる男は、撃たれて腹を押さえる警備員のもとに走り寄った。しかし男は表に出られず、館内で立て篭もろうとしていた。撃たれた警備員は街路に出て、その緊迫した状況がマックスの局の中継に利用されていく。
館内の男は、それをテレビで観て確認することになった。マックスはトイレから館内の情報を送っていたが、それが男に知られて、トイレの外に出されてしまうのである。ここでマックスからの連絡が、一時的に中断することになった。
男の名前はサム。
彼は館長に再雇用を求めに来ただけなのである。しかし事態は、サムの思惑を越えて、一般的な「人質事件」として一人歩きしてしまっていた。そこに警察から電話が入った。
その電話にサムが出て、逆に警備員の安否を心配する。
「彼を撃つ気はなかった。事故だ」
「それは良かった。今出てくれば、罪は軽くなる」
「それはできない」
「そうか。君の要求は何だ?」と警察。
しかし要求を聞かれても、サムは人質を取った理由を自ら把握できないでいる。サムは傍らのマックスに尋ねたのだ。
「要求は何かって?」
「言えよ」
「ないよ。こんなつもりでは・・・」
「落ち着いたら話すと言え。人質も殺さないと」とマックス。
テレビレポーターのマックスが、事件を仕切っているようでもあった。サムは警察にその通りに伝えて、電話を切った。
「それで、次はどうする?」とサム。
「何か要求しろ」とマックス。
「どんな?」
「金だ」
「金は給料だけでいい。仕事にさえ戻れれば」
「それじゃダメだ。高級車か飛行機でも要求しろ。つまらん要求じゃ、相手が不安になる」
「仕事が戻ればいい」
「なぜ銃を?」
「話をするためだ。館長と。もう出て行けない!刑務所に入れられちまう。俺には家族がいるんだ」
「止める方法はある」
「どうやって?」
「教えよう・・・」
マックスはサムを外の見える窓に連れて行って、外の群集の人だかりを見せた後、アドバイスした。
「・・・あの人々、あれが世論だ。世論は力だ。君のしていることは、彼らには憎むべきことだ。子供を人質にするなんて、まさに狂ってる・・・君は狂ってない。ただ頭に来ただけだ。だが、外の連中は知らない。皆、職をなくした辛さは分る。周りにもいる。それを知れば同情する。投降する前にこうすればいい。君の気持ちを訴えろ」
「どうやって?」
「私が君にインタビューする。そこで君が事情を説明するんだ・・・やるか?」
「分った」
「先に子供の解放を」
「じゃあ、一人だけだ」
二人の話は、このような異様なまとまり方を見せた。
以降、マックス経由で警察との連絡を取っていくことになる。サムはマックスの指示で、ロボットのように動いていくのだ。警察は子供の全員の釈放を求めるが、マックスは自ら警察に説明した。
「・・・だが、要求を聞かねばどうなるか分らない」
「許せんな」と警察。
「分るが・・・彼はとても怒ってる。事態は予断を許さない」
「分った。でも早く済ませろ」
こうして、マックスが仕切る「人質事件」の物語の幕が開かれていったのである。
マックスは単身外に出て、警察署長を巧みに説き伏せ、子供の身を案じる親たちに、「夕食までに子供たちが帰れるよう努力してます」と安心させた。今や事件の主役は、一介のテレビマンであるマックス以外の何者でもなかった。局内でもマックスの評価が上りつつあった。
サムは館内で、マックスに自分の事情を丁寧に説明した。
「女房にも言えないし・・・」
「クビになったことを?」
「毎日、制服を着て、仕事に出る振りをして、映画館に行って、一日中ボヤっと考えてた」
「今日は、何が目的でここに?」
「館長と話を」
「危害を加える気は?」
「なかった」
「危害を加える気がなくて、なぜ銃や爆薬を?」
「さあ・・・クビになれば、家も手当てもなくなり、手当てがなければ子供も育てられない」
元気なく事件の動機を話すサムは今、自分の起した行動の行く末に面喰うばかりだった。そんなサムの不安をよそに、メディアはサムの自宅を襲い、警備員の入院する病棟にまで侵入していく。
自然博物館の中に、マックスとサムがテレビカメラの前に立って、事件の経緯について語り出した。
「サムさんは愛妻がいて、子供も二人いる。家と車のローンがあり、医療費、食料代、電気代、ガス代、衣料代もかかる。だが仕事を解雇された」
マックスがここまで言った後、サムにマイクを向けた。
「俺が言いたいのは、クリフを撃ったけど、あれは事故だ。それと・・・給料に不満を言っていたが、それがもらえなくなって、如何にあの小切手が・・・あの紙切れが生活を支えてたかと。俺は道端で暮らしてる人たちを見ると、いつもああいう人は、浮浪者か麻薬中毒かと思ってた。だが、ある家族が道端で、ボール箱で暮らしてた。ウチもああなると思ったら、耐えられなくなって・・・この銃のことだが、ただのライフルだ。何でもない。それでテレビなんかで、銃を見せて注意を引いてるので、俺も銃を持っていけば、館長のバンクスさんも、多分、5分くらい話を聞いてくれるかと。でも、だれも俺みたいな者は・・・ただ毎日働くだけで、話も聞いてくれない。ウチはいい家族だ。クスリもやらないし、問題もないし、教会にも行ってる・・・でも俺みたいな人間の話は、誰も聞いてくれやしない・・・警察も、皆も全部忘れてくれ。家に帰りたい・・・子供に危害は加えない。俺も子供がいる。なのに仕事がなくなった。どうすればいい・・・こんなことになって申し訳ない・・・帰りたい。それが今の望みだ。それだけだ」
涙交じりのサムの静かな語りに、テレビ視聴者は釘付けになっていた。
「彼が何より望んでいるのは、皆の許しです。我々にはその心がある・・・法とは違う。現場より、マックスの独占中継でした」
最後は、例によってマックスが仕切って独占中継を括ったのである。
(人生論的映画評論/マッド・シティ('97) コスタ・ガブラス <「サムは局のものよ」― 特定他者の消費の構造>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/97.html