嵐が丘('92)   憎悪の感情の束の意味が打ち抜かれゆく

1  「毎日、君が戻るのを荒れ地で待っていた」「…私を信じて。私は必ず戻ってくるわ。何があろうと」

 

 

 

荒野を散策し、廃墟となった館に辿り着くエミリー・ブロンテ

 

「荒れ果てた館。誰が住んだのか。どんな生涯か。何者かに導かれるように、私は書き始めた。ここで、実際に起きたであろう出来事。私の想像の世界。それが、この物語だ。だがどうか、微笑みは忘れてほしい。見知らぬ訪問者」(エミリー・ブロンテのモノローグ/以下、モノローグ)

 

嵐の中で道に迷ったロックウッドが、「嵐が丘」という名のヒースクリフの屋敷の戸を叩く。

 

ヒースクリフさん?」

「お待ちを」

 

使用人がいなくなり、薄暗い居間に入って行くと、正面の大きな暖炉の上には女性の肖像画がある。

 

隣のテーブルには、その女性とよく似た若い女性・キャサリンが座っている。

 

二人の男が入って来た。

 

「なぜ、こんな嵐の晩に来たのかね?」とヒースクリフ

「荒れ地で迷ったのです」

 

しかし、ロックウッドは宿泊を頼むが、「地獄へでも行け」と断られる。

 

それでも泊めてもらうしかないと椅子で横になろうとすると、キャサリンが2階の部屋を案内する。

 

ロックウッドはロウソクの灯で部屋を照らし、目についた扉の奥の箱部屋に入って行く。

 

小さなベッドがあり、出窓の埃を払うと、「“キャシー”」と彫られ、本にも「“キャシー・ヒースクリフ、キャシー・リントン、キャシー・アーンショー”」と殴り書きされている。

 

突然、木の枝が窓を割り、それを押し戻そうとすると、人の手に掴まれる。

 

女の亡霊の顔が浮かび上がり、「中に入れて」と訴え、ロックウッドは思わず叫び声を上げる。

 

「ロックウッドは、異様な物語の扉を開いた。それは30年前のある晩のこと。老人が嵐が丘に戻って来た。長旅で疲れ切った足をひきずりながら」(モノローグ)

 

主人のアーンショーが、リバプールから身寄りのない男児を連れて帰り、息子のヒンドリーが兄に、娘のキャシーが妹になると紹介する。

 

その男児ヒースクリフと名付け、アーンショーは我が子として可愛がるが、ヒンドリーは気に入らず、辛く当たる。

 

「キャシーは無口な少年に心引かれた。だが彼の沈黙は、優しさではなく、冷酷さだった…キャシーは実の兄より、彼が好きだった。2人は荒々しい大地への情熱を分かち合い、岩や重く沈んだ空を愛した。ヒースクリフは溺愛されたが、アーンショーの死で保護してくれる人を失った」(モノローグ)

 

葬儀の場でヒンドリーがヒースクリフに言い放つ。

 

「お前はこれから馬小屋で暮らすがいい」

 

以降、ヒースクリフは召使として、朝早くから仕事をさせられる。

 

成人になったヒースクリフとキャシーは、身分の違いにも拘らず、相変わらず仲良く、ヒンドリーの目を盗んで、2階の箱部屋で遊び、愛し合う。

 

荒れ地で語り合う二人。

 

「心を通じさせよう。あの木と。木の声を聞いて…君の名を呼んでる」

 

走り出したキャシーを捕まえ、耳元で囁(ささや)くヒースクリフ

 

「目を閉じて…もし目を開けた時、太陽が輝いていたら、君の未来も輝く。でも、雲がたれ込めて、嵐となったら、それが君の人生だ。さあ、目を開けて」

 

すると、にわかに雷が鳴り、黒い雲がたちこめる。

 

「何をしたの?…信じるものですか」

 

キャシーとヒースクリフは、木の上から立派な屋敷を望んでいる。

 

「木立の奥に見える、深紅のじゅうたんの館。そこはリントン家のエドガーと彼の妹イザベラの屋敷だった」(モノローグ)

 

そのリントン家の兄妹が遊んでいる様子を覗いていた二人は、家の者に見つかり、走って逃げるが捕捉されてしまう。

 

犬に嚙まれ大怪我をしたキャシーはリントン家で手厚く手当てを受け、召使のヒースクリフは屋敷から排除される。

 

ヒースクリフは、リントン家から戻って来ないキャシーのことが気になり、通っている召使のネリーに様子を尋ねる。

 

「俺への伝言はなしか」

「お嬢様は変わったわ」

 

元気になったキャシーがアーンショー家に戻り、早速、ヒースクリフの元へ行くが、その表情は硬かった。

 

「握手していい。特別に許そう」とヒンドリー。

 

キャシーが笑いながら手を取ると、「笑い物にするな」と反発する。

 

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

「俺に触るな」

 

アーンショー家のパーティーで楽しそうにエドガーと踊るキャシーを見ていたヒースクリフは、「奴を追い出せ!」とヒンドリーらに暴力的に放り出されてしまう。

 

小部屋でヒースクリフは、出窓にキャシーの名前を彫り、キャシーは彼を宥(なだ)める。

 

「あなたの欠点は、恩義を理解しないことだわ。3カ月、世話になったのよ」

「…毎日、君が戻るのを荒れ地で待っていた」

「…私を信じて。私は必ず戻ってくるわ。何があろうと」

「必ず?」

 

キャシーは笑顔で答える。

 

「ヒンドリーの妻フランセスは、出産して死んだ。ヒンドリーは泣くことも祈ることもできず、人生に対し、あらゆる興味を失った」

 

産まれた赤ん坊は、「ヘアトン」とキャシーが名付け、洗礼を受ける。

 

エドガーとイザベラが来るというので、喪中にも関わらず着飾り、鼻歌を歌うキャシーに、ヒースクリフが自分とエドガーのそれぞれに、キャシーが会っていた日に印をつけた紙を見せる。

 

「バカみたい。いつも一緒にいろと?面白い話もできないくせに」

「以前は俺を無口だとも、嫌いだとも言わなかった」

「無知で無口な人といても、楽しくないのよ」

 

嵐の夜、赤ん坊をあやすネリーに、キャシーがエドガーから求婚され、承知したことを嬉しそうに話す。

 

「彼を愛しているの?」

「もちろん。愛さずにはいられないわ」

「どうして?」

「ハンサムだし、一緒にいると楽しいもの」

「理由にならない」

「それに、若くてほがらかよ…お金持ちだから。私はこの地で一番の令夫人になれる」

 

笑いながら答えるキャシーに、ネリーは真顔で尋ねる。

 

「それが望みなの?なら結婚しなさい。なぜ悩むの?」

 

キャシーも真顔で答え始める。

 

「私の魂や、心が言うの。間違ってると。兄のせいでヒースクリフは下劣な人間に。今の私にとって、彼との結婚は不名誉よ。でも誰よりも、彼を愛してるの。私の悲しみはヒースクリフの悲しみ。私は彼を見つめ、心を痛めてきたわ。今までずっと…エドガーへの愛は、木の葉のようなもの。時と共に変わる。冬に葉が落ちるように。ヒースクリフへの愛は、違うの。まるで大地の岩のよう。人目を楽しませはしないけれど、大切なもの。ネリー、私はヒースクリフなの」

 

扉が開く音がして、一部始終を聞いていたヒースクリフが、屋敷から出ていったのだった。

 

大雨の中、泣きながら外に出るキャシー。

 

「あの人を失ってしまったんだわ」

 

「…嵐の夜を最後に、ヒースクリフは姿を消した…キャシーは心の傷も癒え、彼を待ったが戻ってこなかった。彼女の嵐が丘での思い出は遠くなっていった。エドガーとの結婚は幸福ではあった…だが残酷にも記憶は何度もよみがえり、苦しめる」(モノローグ)

 

  

人生論的映画評論・続: 嵐が丘('92)   憎悪の感情の束が打ち抜かれゆく  ピーター・コズミンスキー より