1 「毎日、君が戻るのを荒れ地で待っていた」「…私を信じて。私は必ず戻ってくるわ。何があろうと」
荒野を散策し、廃墟となった館に辿り着くエミリー・ブロンテ。
「荒れ果てた館。誰が住んだのか。どんな生涯か。何者かに導かれるように、私は書き始めた。ここで、実際に起きたであろう出来事。私の想像の世界。それが、この物語だ。だがどうか、微笑みは忘れてほしい。見知らぬ訪問者」(エミリー・ブロンテのモノローグ/以下、モノローグ)
嵐の中で道に迷ったロックウッドが、「嵐が丘」という名のヒースクリフの屋敷の戸を叩く。
「ヒースクリフさん?」
「お待ちを」
使用人がいなくなり、薄暗い居間に入って行くと、正面の大きな暖炉の上には女性の肖像画がある。
隣のテーブルには、その女性とよく似た若い女性・キャサリンが座っている。
二人の男が入って来た。
「なぜ、こんな嵐の晩に来たのかね?」とヒースクリフ。
「荒れ地で迷ったのです」
しかし、ロックウッドは宿泊を頼むが、「地獄へでも行け」と断られる。
それでも泊めてもらうしかないと椅子で横になろうとすると、キャサリンが2階の部屋を案内する。
ロックウッドはロウソクの灯で部屋を照らし、目についた扉の奥の箱部屋に入って行く。
小さなベッドがあり、出窓の埃を払うと、「“キャシー”」と彫られ、本にも「“キャシー・ヒースクリフ、キャシー・リントン、キャシー・アーンショー”」と殴り書きされている。
突然、木の枝が窓を割り、それを押し戻そうとすると、人の手に掴まれる。
女の亡霊の顔が浮かび上がり、「中に入れて」と訴え、ロックウッドは思わず叫び声を上げる。
「ロックウッドは、異様な物語の扉を開いた。それは30年前のある晩のこと。老人が嵐が丘に戻って来た。長旅で疲れ切った足をひきずりながら」(モノローグ)
主人のアーンショーが、リバプールから身寄りのない男児を連れて帰り、息子のヒンドリーが兄に、娘のキャシーが妹になると紹介する。
その男児をヒースクリフと名付け、アーンショーは我が子として可愛がるが、ヒンドリーは気に入らず、辛く当たる。
「キャシーは無口な少年に心引かれた。だが彼の沈黙は、優しさではなく、冷酷さだった…キャシーは実の兄より、彼が好きだった。2人は荒々しい大地への情熱を分かち合い、岩や重く沈んだ空を愛した。ヒースクリフは溺愛されたが、アーンショーの死で保護してくれる人を失った」(モノローグ)
葬儀の場でヒンドリーがヒースクリフに言い放つ。
「お前はこれから馬小屋で暮らすがいい」
以降、ヒースクリフは召使として、朝早くから仕事をさせられる。
成人になったヒースクリフとキャシーは、身分の違いにも拘らず、相変わらず仲良く、ヒンドリーの目を盗んで、2階の箱部屋で遊び、愛し合う。
荒れ地で語り合う二人。
「心を通じさせよう。あの木と。木の声を聞いて…君の名を呼んでる」
走り出したキャシーを捕まえ、耳元で囁(ささや)くヒースクリフ。
「目を閉じて…もし目を開けた時、太陽が輝いていたら、君の未来も輝く。でも、雲がたれ込めて、嵐となったら、それが君の人生だ。さあ、目を開けて」
すると、にわかに雷が鳴り、黒い雲がたちこめる。
「何をしたの?…信じるものですか」
キャシーとヒースクリフは、木の上から立派な屋敷を望んでいる。
「木立の奥に見える、深紅のじゅうたんの館。そこはリントン家のエドガーと彼の妹イザベラの屋敷だった」(モノローグ)
そのリントン家の兄妹が遊んでいる様子を覗いていた二人は、家の者に見つかり、走って逃げるが捕捉されてしまう。
犬に嚙まれ大怪我をしたキャシーはリントン家で手厚く手当てを受け、召使のヒースクリフは屋敷から排除される。
ヒースクリフは、リントン家から戻って来ないキャシーのことが気になり、通っている召使のネリーに様子を尋ねる。
「俺への伝言はなしか」
「お嬢様は変わったわ」
元気になったキャシーがアーンショー家に戻り、早速、ヒースクリフの元へ行くが、その表情は硬かった。
「握手していい。特別に許そう」とヒンドリー。
キャシーが笑いながら手を取ると、「笑い物にするな」と反発する。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」
「俺に触るな」
アーンショー家のパーティーで楽しそうにエドガーと踊るキャシーを見ていたヒースクリフは、「奴を追い出せ!」とヒンドリーらに暴力的に放り出されてしまう。
小部屋でヒースクリフは、出窓にキャシーの名前を彫り、キャシーは彼を宥(なだ)める。
「あなたの欠点は、恩義を理解しないことだわ。3カ月、世話になったのよ」
「…毎日、君が戻るのを荒れ地で待っていた」
「…私を信じて。私は必ず戻ってくるわ。何があろうと」
「必ず?」
キャシーは笑顔で答える。
「ヒンドリーの妻フランセスは、出産して死んだ。ヒンドリーは泣くことも祈ることもできず、人生に対し、あらゆる興味を失った」
産まれた赤ん坊は、「ヘアトン」とキャシーが名付け、洗礼を受ける。
エドガーとイザベラが来るというので、喪中にも関わらず着飾り、鼻歌を歌うキャシーに、ヒースクリフが自分とエドガーのそれぞれに、キャシーが会っていた日に印をつけた紙を見せる。
「バカみたい。いつも一緒にいろと?面白い話もできないくせに」
「以前は俺を無口だとも、嫌いだとも言わなかった」
「無知で無口な人といても、楽しくないのよ」
嵐の夜、赤ん坊をあやすネリーに、キャシーがエドガーから求婚され、承知したことを嬉しそうに話す。
「彼を愛しているの?」
「もちろん。愛さずにはいられないわ」
「どうして?」
「ハンサムだし、一緒にいると楽しいもの」
「理由にならない」
「それに、若くてほがらかよ…お金持ちだから。私はこの地で一番の令夫人になれる」
笑いながら答えるキャシーに、ネリーは真顔で尋ねる。
「それが望みなの?なら結婚しなさい。なぜ悩むの?」
キャシーも真顔で答え始める。
「私の魂や、心が言うの。間違ってると。兄のせいでヒースクリフは下劣な人間に。今の私にとって、彼との結婚は不名誉よ。でも誰よりも、彼を愛してるの。私の悲しみはヒースクリフの悲しみ。私は彼を見つめ、心を痛めてきたわ。今までずっと…エドガーへの愛は、木の葉のようなもの。時と共に変わる。冬に葉が落ちるように。ヒースクリフへの愛は、違うの。まるで大地の岩のよう。人目を楽しませはしないけれど、大切なもの。ネリー、私はヒースクリフなの」
扉が開く音がして、一部始終を聞いていたヒースクリフが、屋敷から出ていったのだった。
大雨の中、泣きながら外に出るキャシー。
「あの人を失ってしまったんだわ」
「…嵐の夜を最後に、ヒースクリフは姿を消した…キャシーは心の傷も癒え、彼を待ったが戻ってこなかった。彼女の嵐が丘での思い出は遠くなっていった。エドガーとの結婚は幸福ではあった…だが残酷にも記憶は何度もよみがえり、苦しめる」(モノローグ)