2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

空中庭園(‘05) 豊田利晃   <「逆オートロック」の「理想家族」という絶対規範の本質的矛盾>

1 「逆オートロック」の「理想家族」という絶対規範の本質的矛盾 「人類の家族は、人類特有の孤独と死の恐怖を解消できないまでも、いくらかは軽減するために発明された文化装置であると思われる。・・・依然として、孤独と死は個人の最大の恐怖であり、この恐…

父、帰る('03)  アンドレイ・スビャギンツェフ  <母性から解き放たれて>

序 謎解きの快楽にも似た知的ゲームの内的世界で シンプルな作品ほど、しばしば難解である。 娯楽作品ならともかく、その内容が厳しく含みの多い作品であれば、当然そこに何某かの形而上学的な問題提起が隠されていると見るのが自然である。観る者はそこに隠…

ブラック・スワン('10) ダーレン・アロノフスキー  <最高芸術の完成形が自死を予約させるアクチュアル・リアリティの凄み>

1 「過干渉」という名の「権力関係」の歪み かつて、バレエダンサーだった一人の女がいる。 ソリストになれず、群舞の一人でしかなかった件の女は、それに起因するストレスが昂じたためなのか、女好きの振付師(?)と肉体関係を持ち、妊娠してしまった。 …

八日目の蝉('11)  成島出  <「八日目」の黎明を抉じ開けんとする者、汝の名は秋山恵理菜なり>

1 個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した、屈折的自我の再構築の物語 本作は、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した自我を、日常的な次元の胎内の辺りにまで、深々と引き摺っているような一人の若い女性…

ピクニックatハンギング・ロック(‘75) ピーター・ウィアー <浮遊感覚で侵入してしまう人間が遭遇する「異界」の破壊力>

1 「語り過ぎない映画」の残像感覚の凄み 一度観たら一生忘れない映画というのが、稀にある。 映画の残像が脳裏に焼きついて離れないのだ。 それらの映画の特色は、「語り過ぎない映画」であるということ。 語り過ぎないから、観る者に想像力を働かせる。 …

刑事ジョン・ブック 目撃者(‘85)  ピーター・ウィアー <「文明」と「非文明」の相克の隙間に惹起した、男と女の情感の出し入れの物語>

1 非暴力主義を絶対規範にするアーミッシュの村の「掟」の中で ―― 事件の発生と遁走の行方 男と女がいる。 本来、出会うはずもない二人が、一つの忌まわしき事件を介して出会ってしまった。 男の名はジョン・ブック。 未だ独身の敏腕刑事である。 女の名は…

トゥルーマン・ショー('98)  ピーター・ウィアー <コメディラインの範疇を越える心地悪さ ―― ラストカットの決定力>

1 コメディラインの範疇を越える心地悪さ ―― ラストカットの決定力 「他の番組を。テレビガイドは?」 ラストカットにおける視聴者の、この言葉の中に収斂される文脈こそ、この映画の全てである。 テレビ好きな二人の警備員によるこの台詞は、本作がテレビ…

危険な年('82) ピーター・ウィアー <自死によって炸裂した「物語のライター」の痛ましき愛国心>

1 理想主義者の本質を隠し切れない「謎の男」の困難な闘い 本作は、社会派ムービーの取っ付きにくさをラブロマンスで希釈することで、本来的な「主題が内包する問題解決の困難さ」を提示した作品である。 この手法が成功したか否かについては、観る者によっ…

タイム・オブ・ザ・ウルフ(‘03) ミヒャエル・ハネケ <ヒューマニズムに拠って立つ映像作家であることを検証する究極の一作>

1 ヒューマニズムに拠って立つ映像作家であることを検証する究極の一作 「ピアニスト」より先に製作予定だった、この「タイム・オブ・ザ・ウルフ」という作品は、一言で説明できないほど、凄いとしか言いようのない映像である。 これほどの映像が、一般的に…

白いリボン('09) ミヒャエル・ハネケ<洗脳的に形成された自我の非抑制的な暴力的情動のチェーン現象を繋いでいく、歪んだ「負のスパイラル」>

1 「純真無垢」の記号が「抑圧」の記号に反転するとき 物語の梗概を、時系列に沿って書いておこう。 1913年の夏。 北ドイツの長閑な小村に、次々と起こる事件。 村で唯一のドクターの落馬事故が、何者かによって仕掛けられた、細くて強靭な針金網に引っ…

ピアニスト('01) ミヒャエル・ハネケ<「強いられて、仮構された〈生〉」への苛烈極まる破壊力>

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

隠された記憶('05) ミヒャエル・ハネケ <メディアが捕捉し得ない「神の視線」の投入による、内なる「疚しさ」と対峙させる映像的問題提示>

1 個人が「罪」とどう向き合っているかについての映画 「私たちはメディアによって操作されているのではないか?」 この問題意識がミヒャエル・ハネケ監督の根柢にあって、それを炙り出すために取った手法がビデオテープの利用であった。 覗き趣味に堕しか…

西部戦線異状なし(‘30) ルイス・マイルストン <塹壕戦の地獄という「戦場のリアリズム」の凄惨さ>

1 「大義なき戦争」の空白から洩れる情動にインスパイアされた若き「戦士」たち シュリーフェン・プランという、第一次世界大戦前のドイツが策定していた計画がある。 フランスとロシアから東西を挟み撃ちにされたドイツが、この状況を打開するために、フラ…

戦場にかける橋('57) デヴィッド・リーン <予測困難な事態に囲繞される人間社会の現実の怖さ>

1 本作への様々な対峙のスタンス まず、書いておきたいのは、この映画を批評する際に、史実との乖離とか、日本軍の「武士道精神」を体現したとされる斉藤大佐の描き方や、「人間らしく生きることが一番簡単なのだ」という信条を持って、収容所を脱走するア…

ハート・ロッカー('08) キャスリン・ビグロー <「戦場のリアリズム」の映像的提示のみに収斂される物語への偏頗な拘泥>

1 「ヒューマンドラマ」としての不全性を削り取った「戦争映画」のリアルな様態 テロの脅威に怯えながらも、その「非日常」の日常下に日々の呼吸を繋ぎ、なお本来の秩序が保証されない混沌のバグダッドの町の一角。 そこに、男たちがいる。 米陸軍の爆発物…