2025-01-01から1年間の記事一覧

ふつうの子ども('25)  そこだけは逃げてはならない負のスポットで言葉を絞り出す

他の追随を許さないワンランクアップの域を超えてきた。 「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で9年ぶりに復活した呉美保監督の映画構築と演出力の凄みに圧倒された。 前半は子供たちの奔放な行動を手持ちカメラが長回しで追い、大人が出てきて事態が緊迫する…

カティンの森('07)  乾いた森の虐殺のリアリズム

【1939年8月23日 ドイツとソ連は不可侵条約を結ぶ 9月1日 ドイツ軍がポーランドに侵攻 17日 ソ連軍もポーランドに侵攻する 本作品は、クラクフからソ連占領下のポーランド東部まで、将校である夫を追ってきた妻アンナの物語から始まる】 1 オー…

フロントライン('25)   未知なる敵と戦う者たちの、人道という名の静かな正義

【DMAT 災害発生時に、要請に応じて、自らの意思で現場に駆けつける医師・看護師・業務職員からなる組織。隊員の多くは、普段、全国の病院に勤務している。2020年当時、ウイルス災害は活動対象に想定されていなかった】 1 「このダイヤモンド・プリ…

ぼくが生きてる、ふたつの世界('24)   青春の余韻が騒いでいる

1 「“お母さんのこと、恥ずかしい?…お母さんは、耳がきこえないから、手話が必要なの”」 宮城県の小さな港町の造船所で働く五十嵐陽介は耳が聞こえない。 漁船の塗装作業をしている陽介に、親方が腕時計を指して、帰宅するよう促す。 「よかったな陽介。赤…

81/2(‘63)  「人生は祭りだ。共に生きよう」

1 ユング心理学を必要とした芸術家の立ち上げ ユング心理学の重要な概念の一つに、「アクティヴ・イマジネーション」、即ち、「能動的想像法」と呼ばれるものがある。 「リビドー」を「性」に還元するフロイトの思想と決別した後、カール・グスタフ・ユング…

熊は、いない(‘22)   サイドブレーキを引く映画作家の心意気

1 「何も解決しない。話し合ったらどうだ」「話し合いで解決するなら、あなたはここにいない」 「国境付近にある小さな村からリモートで 助監督レザに指示を出すパナヒ監督。偽造パスポートを使って 国外逃亡しようとしている男女の姿をドキュメンタリード…

秘密の森の、その向こう(‘21)   「異床同夢」の時間を漂流する

1 「あなたの子供なの。あなたの娘」「未来から来たの?」「後ろの道から来た」「連れてって」 大好きな祖母を亡くした8歳の少女ネリーは、祖母が入居している介護施設に人々に、次々に「さよなら」と言って、母が片づけをする部屋に戻る。 祖母を喪った母…

正体(‘24)   二つの英雄譚が溶融し、昇華された映画の面白さ

1 「お前、いい奴だしさ。俺とダチになったほうが、いろいろと楽しいと思うぜ」 「ありがとうございます」 東京拘置所に収監中の死刑囚・鏑木慶一(かぶらぎけいいち/以下、鏑木)が、自らを傷つけ血を吐き、偽装して医療刑務所へ救急搬送される途中、刑務…

友だちのうちはどこ? (‘87)   そこだけは曲げられない少年の正義

1 「友だちのノートを間違えて持ってきちゃった。ノートを返しに行かなきゃ友だちが困るんだ」 イランの村のとある小学校。ルールに厳しい先生が、宿題をノートではなく紙に書いてきたことでネマツァデは叱られている。 「何度言ったらわかる?3回注意され…

コード・アンノウン(‘00)  人間が分かり合うことの難しさ

1 特段に交叉することなくパラレルに開かれていく群像劇 冒頭のシーンは、多くの仲間の前で、ジェスチャーをしている一人の聾唖の子供の構図。 「一人ぼっち」、「隠れ家」、「ギャング」、「悲しみ」、「刑務所?」。 手話で答える子供たち。 しかし、どれ…

九十歳。何がめでたい('24)  「世の中に反応すること自体が生きる力」 

1 「うん。人とかに迷惑かけて、呆れられて、憎まれて、それでもめげずに突進する。吉川!」「はい」「まっしぐらに生きろ!」 「書けない。書かない。書きたくない」 「くそー、頑固なバアサンだな」 「くそー、頑固なオッサンだな」 差し入れを手に、繰り…

私が棄てた女('69)

【モノクロパートは「基本・現代」 「淡いグリーン」のパートはミツとの吉岡の記憶 「淡いセピア」はミツの記憶】 1 「あんた、あたしから逃げたけどさ。当たり前だよね。あんたにぶら下がる気だったんだから」 学生時代、貧乏学生だった吉岡努は、むさ苦し…

ガザという地獄

1 「オスロ合意」と第6次ネタニヤフ政権 【2007年6月、ファタハ(ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区を拠点にするPLO主流派/現・アッバス議長)を退け、ガザ地区を制圧し、実効支配するイスラム原理主義組織・ハマス軍事部門のテロを強く誹議しつ…

ドラマ特例 八月の声を運ぶ男  語り継ぐことの大切さ

文句なく素晴らしいドラマだった。 【その生涯をかけ千人を超える被爆者の「声」を録音し、未来へ遺した一人のジャーナリストがいた。長崎の放送局を退職した辻原保(本木雅弘)は、重い録音機材を携え日本全国を渡り歩いていた。活動を周囲から理解されない…

オッペンハイマー('23)  「我々は破壊した」 

1 「方法は?」「中性子を照射」「核分裂だ。原子を割った」 【本作は「カラーパート(1 核分裂)」と「モノクロパート(2 核融合)」に分かれていて、前者が、ソ連のスパイを疑われたオッペンハイマーの「聴聞会」における吐露と回想、後者が、ストローズ…

ピアニスト('01)  「強いられて、仮構された〈生〉と〈性〉」への苛烈極まる破壊力

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

CURE('97)  最強の伝道師

1 「あんたは、俺の言葉の本当の意味を理解できる人間だ」 一人の女が、精神科のカウンセリングで『青髭』という本を音読するが、結末を知っていると言って、途中で止めてしまう。 ホテルで娼婦が左右頸動脈を切断され、胸にかけてⅩ字に斬られ失血死すると…

愛を乞うひと('98)  虐待サバイバーからの生還者

1 「母さん、決めたの。あの女が捨ててったものの、一つ一つを拾っていこうって」 弾丸の雨の中、肺結核を病む陳文雄(ちんふみお)は、幼い娘・照恵(てるえ)を連れ家を出た。 置き去りにされた妻・豊子は、「台湾でもどこでも行っちまえ!くたばっちまえ…

ミッシング('24)  困難な状況を乗り越えていく「保護因子」の大きさ

1 「なんかまた滅茶苦茶ひどいこと書かれてんだけど。“ライブ狂いで育児放棄の母親、自業自得”とか…マジ絶対許さない、こいつ」 幼い少女の天真爛漫な笑顔。 3カ月前に失踪した美羽(みう)である。 その両親である沙織里(さおり)と豊は、街頭で情報提供…

青幻記 遠い日の母は美しく('73)  その旅 ―― グリーフワークの帰着点

観終わった後、瞬時、感動の大きさで動けなくなるほど後を引く映画がある。 特に若き日に観た『青幻記』はブログで書こうと思っていてもDVD化されていないので、ほぼ諦めていた。 今回、YouTubeの英語版があったので、ようやくブログを出すことができた次…

ヒロシマ 世界を動かした2人の少女

毎週のように観ている「映像の世紀バタフライエフェクト」(NHK)。 繰り返し観ていて、その度に涙が止まらない。 そして、今観たばかりの「ヒロシマ 世界を動かした2人の少女」 感極まってしまった。 意を決したかのようなNHKのリベラルな主張を、加…

最後の乗客('23)  〈生〉と〈死〉の際どい淵に立たされ、魂が虚空に彷徨う

1 「あんな辛い思い出、全部私の記憶から消したいの。私は絶対、あんな日、特別な日にしたくなかった」 海辺の町でタクシードライバーをしている遠藤は、同僚のたけちゃんから、夜、若い大学生くらいの女の子を拾うと浜町で消える、という怪談話を聞かされ…

月('23)  武装可能なゾーンを広げ、虚実の境界を破壊していく

1 「きーちゃんには何が見えてる?見えてるんだよね。私は自分の子供が死んで、何にも見えなくなったよ」 世間の目に触れないスポットと化す、深い森の奥にある重度障害者施設。 この施設で非正規の職員として働き始めた堂島洋子(以下、洋子)に惹かれ、相…

月('23)  武装可能なゾーンを広げ、虚実の境界を破壊していく

1 「きーちゃんには何が見えてる?見えてるんだよね。私は自分の子供が死んで、何にも見えなくなったよ」 世間の目に触れないスポットと化す、深い森の奥にある重度障害者施設。 この施設で非正規の職員として働き始めた堂島洋子(以下、洋子)に惹かれ、相…

月('23)  武装可能なゾーンを広げ、虚実の境界を破壊していく

1 「きーちゃんには何が見えてる?見えてるんだよね。私は自分の子供が死んで、何にも見えなくなったよ」 世間の目に触れないスポットと化す、深い森の奥にある重度障害者施設。 この施設で非正規の職員として働き始めた堂島洋子(以下、洋子)に惹かれ、相…

侍タイムスリッパー('24)  「今という時代」に適応し、精一杯生きていく

1 梗概 こんな面白い映画があったのか。 正直、度肝を抜かれた。 この映画の良さは丹念に練られた脚本の素晴らしさに尽きる。 監督がスクリプター(撮影した内容の記録係)を初め、11役を兼ねたインディーズ系全開の映画でありながら、100年近い歴史を…

PERFECT DAYS('23)  「全力で築き上げる平凡さ」

1 『朝日楼』に聴き惚れる男 明け方の木々の葉が風にそよぐ音、カラスの鳴き声、通りを箒(ほうき)で掃く音。 まだ薄暗い朝方、それらを耳にして目を覚ました平山は布団を畳み、階下に降りて歯を磨き、髭を剃って顔を洗い、2階の盆栽に水を霧吹きし、清掃…

反撥(‘64)   「約束された狂気」のルーツに潜む性的虐待という破壊力

1 キャロルの内面を揺動する「男性恐怖症」 60年前に、これほどの完成度の高い作品が創られていたこと自体、殆ど奇跡的である。 廊下の壁から無数の手が現れるなど、サイコサスペンスの範疇の中でシュールな画像が連射されているが、それらは全て、神経症…

袋小路('66)  「ふんわりとした日常」の、あまりに脆い裸形の相貌性

1 「言いなりになるだけ?情けない人」「逆らえば殺されるだけだ」 外界と遮断された城を購入し、結婚したばかりの若き妻・テレサとの理想の暮らしを楽しんでいた中年男・ジョージの元に、逃走中のギャングがやって来た。 仕事にしくじり、右手を負傷したギ…

あんのこと('24)  絶対孤独という地獄の淵で

1 「去年捕まって、多々羅さんに出会って、止めるきっかけをもらいました。私みたいなバカでも、いつも優しく迎えてもらって、本当に感謝してます」 ラブホテルで身体を売る前に、オーバードーズの男に金を要求して揉み合いになり、倒れた男を放置して逃げ…