2014-01-01から1年間の記事一覧

うなぎ(‘97) 今村昌平 <世俗世界の裸形の様態を、限りなく包括的に拾い上げる「人間賛歌」の傑作>

1 自己の分身を外在化させた「うなぎ」との不離一体の関係という防衛機制 ごく普通の真面目な印象を受けるサラリーマンの山下拓郎が、妻の不倫の現場を目の当たりにして、激しい憤怒を炸裂させ、その場で妻を刺殺する事件を起こしたのは、1988年夏のこ…

迷子の警察音楽隊(‘07)  エラン・コリリン <異文化交流の困難さを突破する非言語コミュニケーションの底力>

1 「わが楽団は、25年間、自力でやって来た。それを変えるつもりはない」 スカイブルーの制服を着た8人の男たちが、イスラエルの空港の車両乗降場で待機している。 彼らはイスラエル文化局に招かれ、ベイト・ハティクヴァのアラブ文化センターで演奏する…

黄昏(‘81) マーク・ライデル<残酷なる「老化」をいかに生きるか ―― 「統合」と「絶望」との葛藤を昇華するもの>

1 「お前は老年で、わしは化石だ」 西の地平線に赤く染まる空の黄昏の輝きが、観る者の視神経に残像を張り付けて、まるで深い睡りに誘われていく者の呼吸音の律動で、静かに消えていく。 一幅の絵画のような湖の素晴らしい光景が、全篇にわたって鮮やかに映…

残酷なる「老化」をいかに生きるか ―― 映画「黄昏」が提示したもの

老いは残酷である。 加齢(エイジング)に起因する不可逆的な全身機能の低下である「老化」にも拘らず、妻ジョウンによって加筆された、エリク・H・エリクソンのライフサイクルの第9段階のテーマとされる、長寿の渦中にあっても、主観的幸福感に包まれる「…

マグノリアの花たち(‘89) ハーバート・ロス <「対象喪失」の悲嘆を「人間の生命の連鎖という営為」に収斂させた傑作>

Ⅰ 毒舌が連射される女たちの、社交のミニスポットの長閑な風景 時は1980年代。 アメリカ南部・ルイジアナ州の、如何にも長閑(のどか)な小さな町にある美容院。 その美容院に、美容学校でヘアダイの成績が一番と言うアネルが、トゥルーヴィの店に就職し…

死の看取りの大切さ ―― 「予期悲嘆の実行」を描き切った名画「マグノリアの花たち」から

「予期悲嘆の実行」という、心理学の言葉がある。 愛する者の死をしっかり看取りをすれば、「対象喪失」の際の悲しみ・苦しみからの精神的復元が早いという意味である。 臨終に際して、悲しみの感情を無理に抑制する行為を、「美徳」と考える精神主義は葬り…

奇人たちの晩餐会(‘98) フランシス・ヴェベール <悪意なき「突き抜けた愚かさ」の餌食になったリッチな者たちの度し難き「愚かさ」

1 限度なくエスカレートする悪趣味のゲームのペナルティーを受ける男 冒頭に、ブーメラン男が広い公園の中で愉悦していた。 「アボリジニの戦士が使う原始的なブーメラン」(本人の言葉)を投げ、遠くまで飛ばした果てに、自分の額(ひたい)に当たってしま…

人間の「愚かさ」とは何か ―― 映画「奇人たちの晩餐会」が教えるもの

フランシス・ヴェベール監督の「奇人たちの晩餐会」(1998年製作)という、完璧なシチュエーション・コメディに徹したフランス映画を観て、今更ながら、人間の「愚かさ」について、深く思いを巡らせるに至った。 映画の内容は単純である。 「晩餐会」と…

共喰い(‘13) 青山真治 <「漲る殺気」にまで下降できない青春の苛立ちと、その〈生〉の鼓動の「現在性」>

1 「俺は、あの親父の息子ぞ!」 私が観た青山真治監督の作品の中でベスト。 田中裕子と光石研というプロの俳優の凄み満点の演技に喰われることなく、思春期後期の揺動感や情動の炸裂を表現し切った、主役の菅田将暉は出色の出来栄えだった。 全ての描写に…

嘆きのピエタ(‘12) キム・ギドク <「贖罪」という観念を突きつけられ、「失ってはならない絶対的な何か」を失った男の宿命的帰結点>

1 「胎内回帰」を求める男の究極なる感情の体現 電動チェーンブロックを使って、車椅子に乗った障害者が自殺する。 これが、全く台詞のない冒頭のシーン。 このシーンが意味するものは、物語の後半に説明されるが、唐突なシーンの挿入で開かれる映画の持つ…

もう一人の息子(‘12) ロレーヌ・レヴィ<「イスラエル」という正の記号を奪われた若者と、「イスラエル」という負の記号を被された若者の寓話的統合の物語>

1 嗚咽を抑え切れない妻たちと、感情の炸裂を必死に抑える二人の夫 心に沁みる良い映画だった。 現実はこんなに甘くないことを知り尽くしてもなお、次世代のアクティブな若者たちに「希望」を繋ぐ映画を作らざるを得なかったロレーヌ・レヴィ監督の真摯な思…

ブロークン・フラワーズ(‘05) ジム・ジャームッシュ <鈍足の一歩を疾走に変換させた男の一瞬の煌めき>

1 以心伝心で行動が噛み合う親和性の高さ 久し振りに観て大満足した、ジム・ジャームッシュ監督の演出が冴えまくった映画。 あまりに面白過ぎた「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年製作)のハードルが高過ぎたのか、それ以降の作品に、今一つ…

そして、私たちは愛に帰る(‘07) ファティ・アキン <水面に反射する陽光の眩い点景>

1 【イェテルの死】の章 ―― 父の子の決定的確執の果て 「あんたに求めることは二つだけ。わしと一緒に暮らし、寝るだけでいい」 この一言で全て決まった。 ハンブルクの大学で教授を務める一人息子・ネジャットの生後、半年後に逝去した妻の代わりに、同じ…

ヒッチコック(‘12) サーシャ・ガヴァシ <ヒッチコックの裸形の人間性を巧みに切り取り、紡いでいった物語の訴求力の高さ>

1 「ハリウッドは、私を受賞させないことに喜びを感じている」 「サスペンス映画の神様」と称されるアルフレッド・ヒッチコックが、次回作に選択した作品は、1957年11月に発覚した、「エド・ゲイン事件」のおぞましい犯罪を映画化することだった。 そ…

復讐するは我にあり(‘79) 今村昌平 <「犯罪映画」の最高到達点>

1 「本当に殺したい奴、殺してねぇんかね?」 一人の中年男と、一人の老婆が歩いている。 中年男と言っても、37歳の壮年である。 その名は榎津巌(えのきづいわお)。 専売公社の二人の集金員を殺害した殺人犯として、全国指名手配中の男である。 その男…

プライドと偏見(‘05) ジョー・ライト <男と女の深い心理の機微を精緻に描き切った秀作>

1 「恋愛の王道」をいく、切なくも、紆余曲折の経緯をトレースする物語 そこかしこに牧歌的風景が広がる、18世紀末のイングランドの片田舎。 その日、初老期にあるベネット夫妻と、適齢期を迎えた5人の娘たちばかりで構成されるベネット家での話題の中心…

ふがいない僕は空を見た(‘12) タナダユキ <〈生誕〉への無限抱擁=「大いなる母性」のうちに収斂させていく手品の「生命線」>

1 〈生誕〉への無限抱擁=「大いなる母性」のうちに収斂させていく手品の「生命線」 人間が普通に抱えている不幸や心の闇を大袈裟にデフォルメし、その部分だけを持つ者たちの、その部分だけをマキシマムに特化させ、些か映画的統合性が脆弱な物語のうちに…

マイライフ・アズ・ア・ドッグ(‘85)  ラッセ・ハルストレム <対象喪失の悲嘆と向き合う児童の内面的昇華を精緻に描いた一級の名画>

1 容易に癒えない対象喪失の悲嘆の風景を晒す危うさ 私が観た、この監督の作品の中で、紛れもなく最高傑作。 主題提起力・構成力、共に問題なく、何よりも優れて映画的だった。 あまりに痛々しくも、辛いテーマを感傷に流すことなく、少年の自我の形成過程…

北北西に進路を取れ(‘59) アルフレッド・ヒッチコック <「最高のマクガフィン」というエンタメサスペンスの決定版>

1 絶望的な旅に打って出た男の危機一髪 広告代理店を経営するロジャー・ソーンヒル(以下、ロジャー)が、陰謀組織・バンダム一味の二人の男によって、ニューヨークのホテルから広壮な邸宅に連れ出された。 カプランという男と勘違いされたためである。 連…

知りすぎていた男(‘56) アルフレッド・ヒッチコック <「失った家族の復元」を成就させた「善きアメリカ人夫婦」の物語>

1 政治絡みの陰謀にインボルブされた、「平凡なアメリカ人家族の生活」 「このシンバルの一打が、平凡なアメリカ人家族の生活を揺すぶった」 オーケストラの演奏が流れるオープニングシーンのキャプションである。 カサブランカ発マラケシュ行きのバスの中…

真実の行方(‘96) グレゴリー・ホブリット <決定的頓挫の敗北感を引き摺って、裏口から逃げ去る男の物語>

1 「敏腕弁護士」が搦め捕られた事件の闇 冬のシカゴで、その事件は起きた。 カトリック教会の枢要な聖職である大司教・ラシュマンが、自宅で惨殺されたのである。 まもなく、事件の容疑者は逮捕された。 その名は、アーロン・スタンプラー。 19歳のアー…

百万円と苦虫女(‘08)  タナダユキ <防衛的でありながらも、ラベリングと闘う「移動を繋ぐ旅」の物語>

1 「これからは、一人で、自分の足で生きていきます」 「青春の一人旅」には、様々な「形」があるが、少なくとも、「自己を内視する知的過程」に関わる旅の本質を、「移動を繋ぐ非日常」による「定着からの戦略的離脱」であると、私は把握している。 そして…

「人生を無駄にした罪」によって裁かれる男の物語

1 「半径2メートルの世界」 ―― 〈私の状況〉であり、〈私の時間〉の囲み方 森内俊雄の「氷河が来るまでに」(河出書房新社刊)。 かつて私は、この小説を二度読んだ。 現代文学の中で、私は、底知れぬほど苦脳する男の心の風景を描いたこの小説を、最も愛…

めまい(‘58) アルフレッド・ヒッチコック <「サプライズ」に振れずに、「サスペンス」を選択した構成力の成就>

1 恐怖のルーツを突き抜けた反転的憎悪が、倒錯的に歪んだ愛の呪縛を解き放つ男の物語 これは、反転的憎悪が恐怖のルーツを突き抜けた瞬間に、倒錯的に歪んだ愛の呪縛から解き放たれていく男の物語である。 同時にそれは、消せない愛の残り火を駆動させた挙…

亀も空を飛ぶ(‘04) バフマン・ゴバディ <「赤い金魚」と「予知夢」、米軍という「救世主」に奪われたアイデンティティ>

1 地雷回収を差配する少年 心の闇を引き摺る少女 「空まで奪われちまった。水もなければ電気もない。どれもこれも、サダムのせいだ!戦争が始まろうとしているのに、ニュースも見られない」 初老の男が、そんな愚痴を叫んでいた。 女房がトルコ側にいると言…

近代とは時間の革命だった

かつて人々は、黄昏の空に一日の活動の終焉を読み取り、暗黒に近い長い夜の時間を恐れ、為す術がなく眠りに就いた。 夜と昼は黄昏の空によって切れていて、それは決して地続きになってはならない、二つの別々の世界であった。 子供たちを畏怖させる怪談話が…

まだ壊れていない器に潜む頼りない力 ―― 「氷河が来るまでに」:その心の風景の壮絶さ」

深酒に頼らざるを得ない、不眠の日々を送る男を主人公にした小説がある。 森内俊雄の「氷河が来るまでに」(河出書房新社刊)である。 この小説を、私は二度読んだ。 現代文学の中で、私は、底知れぬほど苦脳する男の心の風景を描いた小説を、最も愛好する。…

新・心の風景 「悲嘆は悲嘆によってのみ癒される」

1 「理想家族」が受難した「対象喪失による悲嘆」 家族から愛されていた、息子の事故死によって、突然、家族成員の自我を撃ち砕くに足る衝撃が走った。 息子の名はアンドレア。 「理想家族」が受難した「対象喪失による悲嘆」は、当初、一見、冷静に受け止…

コンプライアンス 服従の心理(‘12) クレイグ・ゾベル <ダニエルズに記号化された法執行機関への「優越性の承認と適応」 ―― 「服従の心理」の本質>

1 「権力関係」の発生から、「権力関係」の強化という、徒ならぬ事態への風景の変容 「同じ過ちを、絶対に繰り返さないで。客を装って本部の人間が来るらしいから。清潔第一よ。金曜の夜は戦争になるわ」 前日に冷蔵庫を閉め忘れた者がいて、そのためベー…

もらとりあむタマ子(‘13) 山下敦弘 <山下ワールドへの「原点回帰」のミニマリズムの逸品>

1 山下ワールドへの「原点回帰」のミニマリズムの逸品 少し古いが、「大学解体」をスローガンにした全共闘時代を描いた、ユーモアの欠片も拾えない「マイ・バック・ページ」(2011製作)の映像化には、正直、驚かされたが、一貫して、「綺麗事」、「情…