気迫の映像に絶句する。
前作の「ファーザー」同様、秀逸な構成力と抜きん出た映像構築力。
人間の心の病へのケアの難しさを、ここまで精緻に描き切った傑作に言葉を紡げない。
観る者の心を抉(えぐ)ってくるのだ。
ヒュー・ジャックマン、完璧な表現力だった。
1 「…お前が傷つくと、私も傷つくんだ」「父さんは母さんを傷つけ、僕も傷つけた」
ニューヨークの一流弁護士のピーターは、妻のベスと産まれたばかりの息子セオと仲睦まじく暮らしている。
そこに突然、元妻のケイトが息子ニコラスの不登校の相談に訪れた。
「ニコラスがひと月近く登校してない…それだけじゃない。様子が変なの。ニコラスと話してあげて。父親が必要なのよ。ピーター、あの子を見捨てないで」
「見捨てるだと?またそう言うのか」
「分かった。聞いて。この前、あの子に頼んだの。確か、お皿を下げてとか。そしたら、あの子、私を見る目が…憎しみに満ちてた。まるで私を…あの子が怖いの」
「分かったよ。明日会いに行く。仕事終わりに寄ろう」
翌日、仕事を終えピーターは、ニコラスを訪ねた。
「お前がつらくて、私に怒るのは分かるが、話すくらい、いいだろう。なぜ学校に行かない?」
「分からない」
「分からない?学校に行かない選択肢はない…問題が?なぜ、溜息を?」
「理由はない」
「あるはずだ。言ってみろ」
「話したくない」
ニコラスは立ち上がり、自分の部屋へ行った。
「黙ってたら手を貸せない。毎日、何をしてどこへ行ってた?」
「歩いてた」
「歩いてた?一人でか…大学の適性試験が始まるんだぞ。退学の可能性もある」
ピーターはニコラスの横に座り、肩に手を置く。
「母さんは、もう限界だ。全寮制がいいのか?」
「嫌だ」
「何とかしろ。このままじゃダメだ」
「僕には何もできない」
学校に問題があるのかなどと問い詰めるが、ニコラスは答えられない。
「…うまく言えない」
「自分の言葉でいい」
「人生だよ。潰されそうだ…変えたいけど、何か分からない」
涙ながらに吐露するニコラス。
「だから、たまに考えるんだ。できれば…父さんといたい…母さんとうまくいかない。母さんには無理だ。ここにいると、悪いことばかり考える。弟と暮らしたい」
「それは…」
「寮なんて気が変になる…僕は本気だ。頭が爆発しそうだ…たまに頭がおかしくなりそうなんだ」
「バカな」
「本当だよ。自分でもわけが分からない」
ピーターはニコラスを抱き締めた。
「大丈夫だ。何とかしよう。任せろ」
家に帰ったピーターは、ベスにニコラスとの同居について話し合う。
ベスの反応は否定的で、ピーターはニコラスへの思いをぶつけた。
「傷痕だ。腕にあった。ショックだった。大事な息子だ。君の言うとおりだ。罪悪感がある。無関係のふりはできない。出て行ったのは私だ」
「彼の不調の責任はない。難しい時期にいるのよ」
「だが他に手はない。放っておけない」
「分かったわ。いいのよ。分かったから」
ニコラスは荷物をまとめ、ケイトに別れを告げ、ピーターの家にやって来た。
「来てくれてよかった。一緒に過ごせる」
「ベスは僕が来ても平気なの?」
「もちろん彼女も喜んでる。ここはお前の家だ」
ニコラスは新しい学校に転入したが、授業中に不安な表情に襲われる。
ピーターは上院議員の選挙活動の新たな仕事で忙しくなる中、ニコラスが心配になり電話をするが返事はない。
翌朝、ニコラスを起こそうと何度も声をかけても返事がなく、ベスは苛立つ。
突然、部屋から出て来たニコラスは、ソファで下を向いて辛そうにするので、ベスが優しく手を掛けるが、それを振り払い立ち上がる。
振り返ったニコラスがベスに質問する。
「父さんは既婚者だった。知ってた?」
「ええ。でも彼に言われたの」
「何て?」
「お父さんと話して」
「母さんは、父さんが家を出てから、ものすごく苦しんだ。父さんをののしり続けたけど、僕はずっと父さんを尊敬してた。体が2つに引き裂かれるようだった」
「分かるわ。難しい状況だった」
「やめなかったね」
「何を?」
「父さんに妻子がいても、あなたはやめなかった」
「何て言ってほしいの?」
「何も。くだらない話だね」
「いいえ」
「行かなきゃ。またね」
ニコラスはピーターが依頼したセラピストの診療を受ける。
「同世代と合わないと言ってたね」
「みんなバカみたいだ。パーティーとか遊ぶことだけ。僕は興味ない」
「何に興味が?」
ニコラスはその質問に鼻で笑う。
「今の年齢が嫌いか?」
「いや、そうじゃなくて…」
ケイトはニコラスに会いたいとメッセージを送るが返事がなく、心配になってピーターに会って様子を聞くことにになった。
「あの悲壮感は何が原因なの?」
「ティーンエージャーだぞ。幸せいっぱいだと思うか?」
「でも、あの子は、他の子たちと違う」
「何を根拠に?」
「特には…」
「愛に失望したんだろう」
ベスの様子を聞かれたピーターは、最初は戸惑ったようだが慣れてきたと答える。
「あの子は彼女を困らせてない?」
「いや、いい子だ。努力してる。弟がかわいいようだ」
「よかった」
「ああ、きっとうまくいく…君を傷つける気はなかった」
見る見るうちにケイトの表情が曇っていく。
「私は母親失格よね…息子が家を出ると思わなかった。息子まで…あなたの元へ」
「あいつに頼られるとは意外だった」
「私のせいよ…私と住みたがらないし、電話にすら出ない」
「落ち着け。時間が必要なだけだ」
ケイトはコルシカ島へ家族で行った時の、幼いニコラスの写真を見せる。
「あの子に泳ぎを教えたわね。あの子の顔…すごくおおらかで日の光のようだった。私の小さな太陽…今思うと、あの頃の私たち家族は、輝いてたわ。何が起きたの?あの子を愛してた。あなたも。あなたを愛してた。どれだけ愛してたか」
「感情的になるな。君は立派な母親だ。息子の苦しみは君のせいじゃない。きっと、すぐに元の生活に戻れる。必ず戻る。信じてくれ」
ニコラスは数学でAを取り、パーティーにも呼ばれ、少しずつ新しい生活に慣れてきたことにピーターは安堵し、ジャケットを買いに連れ出す。
試着したニコラスは笑顔を見せる。
そのジャケットを着てパーティーに行くように言うと、ニコラスは踊れないので行かないと話すので、家に帰ってピーターはニコラスにダンスを教える。
その姿が可笑しくてニコラスは大笑いし、ピーターを真似して一緒に踊り、ベスも加わって溌剌とした笑顔でダンスに興じるのだ。
しかし、最後には浮かない表情のニコラスだった。
ベスに対する違和感を感受したからである。
ジョギング中にベスから連絡を受け、家に戻ったピーターは、ニコラスがベッドの下に隠していたナイフを確認する。
それをニコラスに問い質すと、「念のために置いておいた」と返答。
ピーターは腕を見せろと命じ、嫌がるニコラスを捕まえて袖を捲(めく)る。
「なぜなんだ?自分を傷つけるのはやめろ」
詰め寄るピーター。
「逆だ。和らぐんだ…痛いと、その時は、苦痛を実感できる」
「何の苦痛だ?どんな苦痛を言ってる?…もうやらないでくれ。今後は一切禁止だぞ。いいか?」
「はい…ベスが見つけた?」
「…荒れたベッドを整えたんだ」
「…護身用のつもりだった」
「何から身を守る?まったく道理が通らない」
「父さんも銃を…洗濯機の後ろに銃がある」
ピーターはだいぶ前に、狩り好きの父から贈られたものだと説明する。
「狩りも道具も大嫌いだ…お前の気持ちが分からない」
「だよね」
「…お前が傷つくと、私も傷つくんだ」
「父さんは母さんを傷つけ、僕も傷つけた」
そう言って、ニコラスは部屋に戻った。
ピーターは会議中も全く上の空で、仕事に身が入らない。
ピーターは、DCに住む父を訪ね、予備選に立候補する議員の選挙戦の手伝いを頼まれたが、チームに参加するかどうかを迷っているという話をする。
「時期が悪い。ニコラスは難しい年頃だ。17歳になった。うちに来てマシになったが、まだ危うい。だから、あまり離れるのは…」
その話を聞いた父親は、笑い出す。
「自分はいい父親だと言いに来たか。明らかだ。私より倫理観が優れていると示したいんだろ。息子のために野心を捨てると見せつけに来た。私と逆だとな」
「違います」
「まだ固執してるのか。私を責めるが、40年も前のことだぞ…いいかげん成長したらどうだ。情けないぞ。50歳の男が、10代の過去に引きずられてる。助言してやろう、ピーター。さっさと乗り越えろ。まったく」
久々の外出でベスがドレスを着て、イヤリングを探しているがどこにも見つからず、ニコラスに見なかったかと訊ねる。
「人生を楽しみたきゃ、子供は要らない」
ベスはルージュを塗りながら思わず口にした言葉を、「冗談よ」と否定するがニコラスは真に受け止める。
そこに、ピーターがベビーシッターが来られないと連絡が入ったと言い、ベスは「やっと出かけられるのに」と嘆くのを見て、ニコラスが「僕が見ようか?」と申し出る。
「いえ、その気持ちは本当にうれしいけど…」
「いいのか?フランクにキャンセルを」
ニコラスは「じゃあいい」と部屋に戻る。
ピーターはニコラスの親切を断ったことに対し、ベスに不満をぶつけた。
「何だ?君はいつも悪いほうばかり見る」
「悪い面をまるで見ないよりマシよ」
「悪い面?言ってみろ」
「ニコラスはうつで不安定だし、悪いけど、息子をあんな…」
「何だ?セオを預けない理由を言え」
「彼は気味が悪いのよ。あの視線はゾッとする。認めてよ。彼は頭がおかしい」
そこにニコラスが立って話を聞いていた。
慌てたピーターは、お前とは関係ないと誤魔化すが、ニコラスはベスに近づき、廊下に落ちていたと、イヤリングを渡すのである。
不穏な空気が収まらないのだ。
人生論的映画評論・続: the son/息子('23) 無知と恥は痛みを引き起こす フローリアン・ゼレール