1 「あの二人。女型で組ましたらおもろいかもしれんな」
1964年 長崎
喜久雄(きくお)少年の歌舞伎演目「関(せき)の扉(と)」の演技を見て、「いやあ、見事なもんや」と驚く上方歌舞伎の名門当主・花井半二郎。
「喜久雄、よう見とけ。しっかり、そん目で見とけ」と言って、銃丸を浴び、斃(たお)れていく権五郎。
花井半二郎によって守られた喜久雄は、幼馴染(おさななじみ)の春江と背中に彫り物をする。
二人の関係の深さを示唆する描写である。
また、父の敵(かたき)討ちを図るが、頓挫する喜久雄。
【「関の扉(せきのと)」は、逢坂山(おうさかやま)の関を舞台に小野小町(おののこまち)の伝説と大伴(おおともの)黒(くろ)主(ぬし)の陰謀を描く歌舞伎舞踊の代表的名作。ここで喜久雄が演じたのは遊女・墨染(すみぞめ)である】
1年後。
生みの母・伯父・叔母を原爆症で喪い、天涯孤独となった喜久雄を引き取ったのが先の花井半二郎。
そんな喜久雄を半二郎の妻・大垣幸子(さちこ)が迎えるが、極道の息子ということで気乗りがしない。
「いきなり困るわ。犬の子、拾うてくるみたいに」
「なんしか、あの墨染(すみぞめ)は今でも、よう覚えてんのや」
「せやかて素人やんな」
半二郎夫婦の会話である。
そこに喜久雄が入って来て、丁寧な挨拶をする。
「不束者(ふつつかもの)ですが、どうぞよろしくお願いします」
「気楽にやったらええがな」
半二郎はそう言って、実子の俊介を紹介する。
花井東一郎という歌舞伎役者の名前をもらった喜久雄に対して、「俺、半弥やで」と言って、不満を漏らす俊介。
「なんで俺が半で、こいつが一やねん」
「あんたはいずれ、三代目・半二郎。二になるやろ」と半二郎。
「せやけど、あれやわ。こんな大きい子の親代わりなんてでけへんし。ずーとうちに暮していくいうのも…なあ?」
「もう、長崎へは帰せへんで。“曽我兄弟”やで。親の仇、討ったんやってな」
「ばってん、しくじったとです」
「連獅子」を舞う半二郎を見て感動する喜久雄。
【連獅子とは、我が子を谷底に蹴落として這い上がる子を育てるという、獅子(ライオン)の教育の厳しさを描く】
連日、俊介と共に厳しい稽古に励む喜久雄には、寧ろ、その厳しさを愉悦するのだ。
極道の世界で精神的に鍛えられたのだろう。
俊介と二人でも稽古する二人。
「あの二人。女型で組ましたらおもろいかもしれんな」
「あんたも、そう思うたん?」
「うん…どっちにしても、喜久雄相手やったら、俊ぼんも稽古に身が入るやろ。なんや甘いとこあんやから、あいつ」
夫婦の会話である。
「あいつ」とは息子の俊介のこと。
その俊介と喜久雄は半二郎に随行し、人間国宝の小野川万菊を訪ね、女形である万菊の「鷺娘(さぎむすめ)」を踊る姿を見て驚く。
「化けもんや」と喜久雄。
「せやけど、美しい化けもんやで」と俊介。
【鷺娘とは、ウィキによると、鳥である鷺が娘に姿を変じて踊るというもので、歌舞伎および日本舞踊の演目の一つで、現在、3種類あると言われる。坂東玉三郎の鷺娘が有名で、YouTubeで見れる】
2 「俺な、今一番欲しいのは、俊ぼんの血やわ。守ってくれる血が俺にはないねん」
1972年。
青年になった喜久雄は化粧に余念がない。
酔っぱらって楽屋に入って来る俊介に、「遊び過ぎちゃうか。もう、幕開くで」と声をかける喜久雄。
舞台で、二人は「二人(ににん)藤娘(ふじむすめ)」を舞う。
【二人藤娘」とは、長唄舞踊「藤娘」をもとに、一人で踊る藤の精を二人の藤の精として演じる歌舞伎舞踊の形式で、藤の花の精が恋心や酒に酔う風情を華やかに踊る演目/AI回答】
それを見て、「よくやった」と言って、二人を呼ぶ三友(みつとも)の梅木社長。
歌舞伎を仕切っている人物である。
「ものは試しで、今度の京座(みやこざ)に懸けてみようじゃないか」と梅木。
「それはありがたい話でっけど、こんな半人前に大舞台、務まりますやろか」と半二郎。
梅木の話を聞いて喜ぶ喜久雄と俊介。
二人の表情を見て、梅木のブレーン・竹野が嘲笑する。
竹野に腹を立てた喜久雄が文句をつけると、竹野は言い切った。
「歌舞伎なんてただの世襲だろ。あんたは所詮よそ者。今は一緒に並べてもらってても、最後に悔しい思いして終わるのはあんただぞ」
この言葉に切れた喜久雄は熱(いき)り立つが、竹野は同じことを言い放つ。
「悔しい思いして人生終えるのは、あんただぞって言ったんだ」
その瞬間、喜久雄は「ノボすんな、わりゃ!」と怒鳴って、竹野の腹を蹴(け)り上げた。
ここで二人は取っ組み合いの喧嘩になり、周囲の者たちに止められるという顛末(てんまつ)だった。。
【「のぼすんな」とは、「のぼせるんじゃねえ」という意味の方言】
二人の念願が叶い、京座(みやこざ)での大舞台が開かれる。
演目は「二人(ににん)道(どう)成寺(じょうじ)」。
唄方(うたかた)の唄に合わせて二人で踊る趣向の「二人道成寺」。
二人の花子が舞い踊る眩いばかりの華やかな世界が披露される。
それを見守る半二郎。
観客席には、尖(とん)がった喜久雄と喧嘩した竹野もいた。
【二人道成寺は、歌舞伎舞踊「娘(むすめ)道(どう)成寺(じょうじ)」を二人の白(しら)拍子(びょうし)(リズムに合わせて歌い舞うこと)が踊る趣向にした演目で、安珍(あんちん)清(きよ)姫(ひめ)伝説を題材とし、長唄に乗せて華やかな所作と衣裳替えを見せる舞踊劇。花子とは、道成寺の鐘供養に現れる白拍子であり、その正体は安珍を追って鐘に執着する清姫の怨霊が姿を変えた存在です。二人道成寺では、この花子の役柄を二人の役者が分け合い、時に一体、時に対照的な二つの相として踊り分ける/AI回答】
大成功を収める東半コンビ(東一郎と半弥)がインタビューを受け、答える喜久雄。
「なんや。見たことがない光景でした」
その夜、俊介を中心に春江が働くキャバレーで騒ぐ役者ら。
その中に喜久雄もいる。
「喜久ちゃんは芸、見てもらえるんが一番うれしいんよ」
その夜、春江のアパートの部屋で愛し合う二人。
「結婚しよ」と喜久雄。
「あかんか?喜久ちゃんは役者。今が上り坂の大事な時。うち…うんと働いて喜久ちゃんの一番の御贔屓(ごひいき)さんになろ。楽屋にペルシャ絨毯(じゅうたん)、買(こ)うたろ。そんで、もっと働いて劇場、建てたろ。毎月、喜久ちゃんが主役や。お客さん、みんな喜久ちゃんに、うっとりしっぱなしや」と春江。
交通事故で入院することになった半二郎は、自分の代役に喜久雄を指名し、妻・幸子は猛反対をする。
「泥棒と一緒やないか。人んちに入り込んで、大事なもん盗みくさって。このこそ泥が」
俊介は喜久雄にここまで言い放ち、喜久雄の胸倉を掴むが、本音全開のジョークで済ますのだ。
「“実の息子より部屋子の方が芸は上”言うのが、天下の二代目、花井半二郎なら俺も文句ないわ」
「俺に旦那の代役、務まるんやろか」
「まあ、誰にも務まるわけないわな」
まもなく、半二郎の病室で、喜久雄は特訓を受ける。
「好きな男に一緒に死ねるかどうか聞いてんねんで!」と半二郎。
題目は「曽根崎心中」。
近松門左衛門原作の最も有名な心中物語として知られる名作である。
手代(従業員)の徳兵衛と遊女お初の究極の愛が、徳兵衛の友人・九平次の裏切りに遭(あ)って、心中に至る悲恋の物語である。
「残る一つが今生(こんじょう)の、鐘に響きの聞き納め。足で問えば、打ちうなづき、足首取って…」
半二郎の面前で自らの頬を強打して、心中に至る心境を唄う喜久雄。
そして、当日を迎える。
化粧に手が震える喜久雄がいる。
楽屋に俊介が訪ねて来た。
その様子を見た俊介は、「おう、どないした?」と尋ねる。
「幕、上がる思うたら震え止まらんねん」
代わって俊介が、喜久雄の顔の化粧をする。
「怒らんで聞いてくれるか?…俺な、今一番欲しいのは、俊ぼんの血やわ。守ってくれる血が俺にはないねん。俊ぼんの血、コップに入れてガブガブ飲みたいわ」
化粧されながら、喜久雄は本音を漏らすのだ。
いよいよ上演の時がきた。
「きつう、わしにご執心ゆえ、かねてたくんで徳さまを、深いところへはめたものなるが、証拠なければ理も立たず。この上は徳さまも、死なねばならぬ品(しな)なるが、死ぬる覚悟が…聞きたい…いつまで生きても同じこと。死んで恥をすすがいでは」
「お初は何、独り言、言わるるぞ。よし、まだ死んだら、その跡は、これ、この九平次がねんごろしてやろう。そなたも己(おれ)にほれてじゃけな」(役者)
「ハハハハッ。なんじゃ、九平次がねんごろしょう。そりゃ、かたじけなかろうわいな。さりながら、わしとねんごろさあんすとー。そなたも殺すが合点か。徳さまと離れて、片ときも生きていようか。徳さま、死ぬる覚悟、わしも一緒に死ぬるぞいの」
【九平次は徳兵衛を罪人にするという嘘をつき、極悪非道な油屋として描かれている】
ここまで観ていた俊介は居(い)た堪(たま)れず席を外し、館内の一角で塞(ふさ)ぎ込んでいた。
追って来た春江が「俊ちゃん」と声をかける。
「逃げるんとちゃう」と繰り返し答えた後、春江は「分かっとるよ」と答える。
「俺…本物の役者になりたい。なりたいねん」
徳兵衛の手を持ち、心中への道をいくお初を描くラストで閉じる「曽根崎心中」は、盛大な拍手の中で幕が下りてゆく。
片や、俊介もまた、春江の手に引かれて館外に出て行く。
幕が下りた時、周囲には誰もいない静寂の中で、孤独を極める喜久雄の表情の画(え)が鮮烈に映し出されていた。
本作を貫流する「血を持ち得ない者が負う、絶対孤独の宿命」という、そこだけは逃れられない人生の命題である。
以下、「曽根崎心中」の簡単な粗筋。
【一途な恋ゆえの葛藤から心中へ。太平の繁栄に浮かれる大坂の町で「恋の手本」と謳われた愛の物語!遊女お初と醤油問屋で働く徳兵衛は愛し合うが、徳兵衛にはお初を請け出す金はなかった。その上親友に騙されて無実の罪を着せられる。到底この世では結ばれない二人。お初は徳兵衛に愛の証しの決断を迫る…。元禄時代の大坂で実際に起きた心中事件をもとに、近松門左衛門が創作した名作/「歌舞伎演目案内 曽根崎心中」より】
人生論的映画評論・続: 国宝('25) 悪魔と取引した男の最高到達点 李相日