ハケンアニメ!('22)   「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅

1  「今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」  

 

 

 

「どうしてアニメ業界なんですか?」

「誰かの力になる、そんなアニメを作るためです」

「国立大学を出て県庁で働いているでしょ?なんでわざわざ?」

「王子千晴(おうじちはる)。王子千晴監督を超える作品を作るためです」

 

斉藤瞳の転職先である、アニメ制作大手「トウケイ動画」の面接での会話である。

 

7年後。

 

編集スタジオ ピー・ダック。

 

チーフプロデューサーの行城理(ゆきしろおさむ)に抜擢された瞳は、初めて新人監督の作品として、『サウンドバック 奏(かなえ)の石』(以下、『サバク』)のテレビ放送に向け奮闘しているが、スタッフとの意思疎通がうまく取れず、ストレスを溜めている。

 

彼女の覇権争いの対象作品は、憧れの王子千晴監督の『運命戦線 リデルライト』(以下、『リデル』)であり、その王子を支えるプロデューサーは有科香屋子(ありしなかやこ)。

 

物語は、同じ土曜5時に放送される両者のテレビアニメの視聴率を巡る覇権争いとして展開する。

 

【「覇権」とは、アニメ業界で、1クールもしくは1年間の間で、映像ソフトを最も売り上げたとされるアニメ。 それぞれ、クール覇権と年間覇権と呼び分けられ、クール覇権は「冬」「春」「夏」「秋」の4作品のこと】

 

肝心な王子は時々行方をくらます悪癖があり、今回もまた、連絡が全く取れないで有科を悩ませている。

 

行城はアニメ雑誌の『サバク』の表紙の作画を、スタジオ「ファインガーデン」の「神作画」で有名なアニメーター並澤和奈(なみさわかずな)に強引に依頼し、引き受けてもらう。

 

「日本を代表するエンターテインメント、アニメ。その市場規模は2兆円とも言われ、毎クール50本近い新作が、今、この瞬間も生み出されている。制作現場で働く人々は、最も成功するアニメ、つまり、『覇権』を取るアニメを生み出すために日夜戦っている。彼らが目指す最高の頂。それがハケンアニメなのだ!」(ナレーション)

 

コンテ撮→作画打ち合わせ→線撮→美術・CG打ち合わせ→美術→仕上げ→撮影。

 

これがアニメ制作の行程である。

 

そのアニメ制作の監督の立場にある瞳は、スタッフに細かな指示を出すが、上手く伝わらない。

 

相手に聞く耳を持たせる力量不足もあるが、「無意識の偏見」(女性・新人監督)によって、端から相手にされていないようだった。

 

脚本会議が終わり、残って絵コンテを描きたいと言う瞳を、行城が強引にフィギアの打ち合わせとファッション誌の取材に連れ出す。

 

四季テレビの製作局長・星に、一週間音沙汰のない王子について詰問される有科。

 

「王子監督。何年か前に急に降りてるよね。戻って来なかった場合、あなたに責任取れるの?億単位の金がかかってるんだよ!」

 

何も答えられない有科は、『リデル』の監督交代候補リストを渡される。

 

一方、録音スタジオで、主役担当の声優・群野葵(むれのあおい)のセリフの音入れで、何度もダメ出しする瞳。

 

群野はついに泣き出し、スタジオを出て行ってしまった。

 

「私は反対したんです。ルックスだけで実力のないあの子入れるの」

「彼女は人気があります。客を呼べる。そうでもしないと、無名監督のあなたは、王子千晴に勝てません」と行城。

 

自宅に帰ると、アパートの隣室に住む小学生のタイヨウが、瞳の飼い猫と遊びにベランダに上がり込んでいた。

 

「好きなアニメとかある?」

「ない」

「あまり好きじゃない」

「て言うか、好きじゃない。アニメってみんなウソじゃん。現実にはヒーローとかいないし、あんなの信じて、みんなガキだよ」

 

瞳は自分が子供の頃のことを思い起こす。

 

友達の差し出す魔法のステッキを拒絶し、「この世界には魔法なんてないんだよ」と言い返す少女・瞳。

 

そして、瞳と王子の対談の当日。

 

然るに、この期に及んで姿を見せない王子に、有科は諦めの境地になっていた。

 

そこに突然現れた王子を、思い切り殴り飛ばす有科。

 

ハワイに行っていたという王子は、11話までを描き上げており、最終話はこれからだと言うや、有科に絵コンテを渡す。

 

大勢のファンたちが集合する会場の舞台に登壇するのは、圧倒的人気を誇る王子と、おまけのような無名の新人・瞳。

 

それぞれのアニメ映像が流れ、作品について自ら解説する。

 

アニメは「オタクや一部のファンのものではなく、普通の人の一般的なものへ変化しつつあります。更に、一億総オタク化という言葉すら生まれています」という司会者の物言いに異を唱える王子。

 

「ずいぶん、上からの言葉ですね。あのさ、世の中に、普通の人なんていないすよ…暗くも不幸せでもなく、まして現実逃避するでもなく、この現実を生き抜くための力の一部として俺の作品を必要としてくれるんだったら、俺はその人のことが自分の兄弟みたいに愛おしい。なぜなら俺もそうだったからね。だから、総オタク化した一部の人々なんていう抽象的な表現じゃなくて、そういう人のために仕事ができるんなら、俺は幸せです」

 

約束されたように沸き起こる万雷の拍手。

 

今度は、王子監督の『光のヨスガ』に憧れてアニメ業界に入ったという瞳に話が振られる。

 

「私、子供の頃、アニメに全然興味なくて、魔法少女に選ばれるのはいつも最初からキレイな家で、可愛い顔している一部の女の子だけだって思ってました。でも、『ヨスガ』は違った。団地に住んでる何でもない子が主人公で、私の子供の時と変わらなくて。『ヨスガ』に会って、初めて今までの自分の人生が肯定されました。魔法にかけられた。私がこの業界に入ったのは、見てくれた人に魔法をかけられるような作品を作るためです。だから、憧れの王子監督が裏の枠にいるのは光栄です」

「どうもありがとう。でも、そっちが裏ね。こっちは表」

「それは視聴者が決めることだと思います」

「確かに。じゃ、視聴者に決めてもらおう。どっちが表か」

 

ここで瞳は立ち上がり、王子に宣戦布告する。

 

「私、負けません!!」

「どうした急に」

「…今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」

 

会場を包み込むような哄笑(こうしょう)の渦。

 

その様子を真顔で見つめる行城。

 

対談が終わり、王子は有科に訴える。

 

「最終話でさ、主人公殺しちゃダメ?今度こそ、ちゃんと殺したいなって」

「夕方5時は、子供が観る枠です」

「有科さんって、枠とかで内容変える人なんだ」

 

一方、瞳は「言い過ぎた」と悔いて、悄然(しょうぜん)として俯(うつむ)くことになる。

 

放送局の幹部会議で、有科は王子の最終話の意向を、主人公の死を例えとして伺いを立てるが、呆気なく却下されるのは自明だった。

 

その直後、王子の家を訪ねた有科は、土産を買ったレシートからハワイには行かず、ホテルにいたことを知るに至り、本音を吐露する王子。

 

「描くことの壁は、描くことでしか超えられないんだ。気分転換なんて、死んでもできない。ひたすら、噛り付くようにやるしかないんだ」

 

初回放送の日の、それぞれのイベント。

 

サウンドバック』公開招待上映会は、アイドルの群野を目当てに多くのファンが集まり、登壇した瞳は、群野の音頭で万雷の拍手を浴びる。

 

初回の視聴率は同率1位。

 

しかし、2回目は早くも『リゲル』が1位となり、SNSの話題は「リゲル」を絶賛するものばかりとなり、その差はどんどん開いて『リゲル』の独走状態となる。

 

声優の群野とは相変わらずしっくり行かず、王子にも彼女のインスタやツイッターをチェックしたかと心配される始末。

 

スタッフも匙を投げ始め、「新人で、しかも女の監督」で元々反対だったと話しているのを耳にしてしまう瞳。

 

「所詮、代打か」と宣伝担当の越谷。

「次はないっすね。こんな大舞台でコケたら」と制作デスクの根岸。

 

精神的に追い詰められていく新人監督が、意地でも捨てられないスポットで辛うじて呼吸を繋いでいた。

 

  

人生論的映画評論・続: ハケンアニメ!('22)   「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅  吉野耕平 より 

 

 

ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想

1  「これで、家族だな」「親分、宜しくお願いします」

 

 

 

1999年。

 

覚醒剤の売買をシノギとしてきたヤクザの父親の葬儀に、バイクで駆けつけた山本賢治(以下、山本)。

 

顔見知りのマル暴の大迫(おおさこ)に声をかけられた。

 

「お前は、父親みたいになんじゃねぇぞ」

「おめえに関係ねぇだろ」

 

外で待っていた手下の細野と大原とを随行させ、バイクを走らせていると、車で覚醒剤を売っている男を発見する。

 

山本はその男を殴って覚醒剤の入ったバッグを奪い、現金だけ奪って海に投げ捨てる。

 

その金で、母と慕う木下愛子(以下、愛子。「オモニ」と呼ばれる)の韓国料理店で食事を摂る3人。

 

愛子の夫の木村は、以前、柴咲組(しばさきぐみ)の若頭だったが、抗争で命を落としている。

 

そこに柴咲組の組長・柴咲博が幹部の中村努らを連れ、会食のために入店して来た。

 

突然、武装した男たちが乱入して暴行し、柴咲に拳銃を向けた。

 

その様子を見ていた山本は、拳銃を向けた男の頭を鉄鍋で思い切り殴り倒す。

 

「おめえら、うるせぇんだよ!」

 

パトカーのサイレンが聞こえ、山本ら3人はそのまま逃走した。

 

翌朝、乱雑に散らかるアパートに戻った山本の元に中村が訪れ、組の事務所へ連れて行く。

 

待っていた柴咲が、昨日の礼を言うが、山本は「別にあんたら助けたわけじゃない」と素っ気ない。

 

「ヤクザにはならねぇよ」

「うちは、シャブには触らんよ」

 

山本の尖った態度にも、大らかに接する柴咲。

 

山本は柴咲の名刺を受け取り、帰途につくと、覚醒剤を奪ったことで侠葉会(きょうようかい)の組員に追い詰められ、激しい暴行を受ける。

 

若頭の加藤は覚醒剤を海に捨てたと知ると、山本ら3人を臓器売買に引き渡すため、港へ連行した。

 

そこで、山本が柴咲博の名刺を所持しているのを手下の川山が発見し、先年、手打ちにした柴咲組に疑義の念を抱く加藤は、柴咲が裏で糸を引いていると責めるのだ。

 

「柴崎組なんか、関係ねぇ。俺は、山本賢治だ!」

 

加藤は柴崎組に連絡を入れ、山本は柴崎の元に引き取られる。

 

「何か、えらく頑張ったらしいな、賢坊。行くとこあんのか、賢坊」

 

柴崎に優しく声をかけられた山本は、堰を切ったように号泣する。

 

これで腹が決まったのか、ヤクザ嫌いの山本は柴咲と「親子盃」を交わすのである。

 

「これで、家族だな」

「親分、宜しくお願いします」

 

かくて、ヤクザを拒絶してきたチンピラが、ヤクザの闇の世界に吸い込まれていくのだ。

 

【「親子盃」とは、親分と子分の関係を特定化し、親分に自分の命を預けるための儀式】

 

  

人生論的映画評論・続: ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想    藤井道人 より

TITANE/チタン('21)   ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく

1  「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」

 

 

 

少女アレクシアは、父親が運転する後部座席から運転席を蹴り続け、運転を妨害する。

 

更にシートベルトを外して立ち上がるアレクシアを制止しようと、父親が後ろを振り向いたところで車は大きくスピンし、事故を起こしてしまう。

 

損傷した頭蓋骨にチタンを埋め込む手術を施され、神経が繋がったところで退院したアレクシアは、車に対する愛情を露わに表現するのである。

 

成人したアレクシアは、右側頭部に手術痕を残しながら、今やモーターショーのショーガールとして人気を博している。

 

ショーが終わってファンたちのサインに応じ、帰宅するところを男に追いかけられた。

 

車に乗ったところで、サインが欲しいという男のキスに応じたが、アレクシアは髪をまとめた鋭い金属製のヘアピンを男の耳に刺し、殺害してしまうのだ。

 

遺体を運び、吐瀉物の汚れを落としにショールームに戻ってシャワーを浴びていると、ドアを激しく叩く音が耳に入ってきた。

 

全裸のままドアを開けると、ショールームのマッスルカーがスポットライトを点灯させ、その誘いに導かれ、アレクシアは車に乗り込み、件(くだん)のマッスルカーと激しくセックスする。

 

自宅に戻ったアレクシアは、父親と会話を交わすことなく、それぞれに朝食を摂り、テレビではニュースが流れている。

 

「南仏東部で恐ろしい事件が。木曜日に47歳に男性の遺体が見つかったのです。今年4人目の被害者であり、これ以前に男性2人女性1人が殺されています…」

 

そのニュースを聞いた父は、一瞬、アレクシアの方に視線を向ける。

 

母親に元気かと聞かれ、「お腹が痛い」と答えると、医師である父に診てもらえと言われるが、迷惑そうな表情を見せる父。

 

触診して、「何でもない」とあっさり済ませるのみ。

 

その後、同じショーガールジャスティーヌと愛し合い、身体を重ねるが、乱暴に扱うので続かず、途中で嘔吐したアレクシアは、バスルームで妊娠検査をして陽性結果が出る。

 

ヘアピンで膣を刺して手ずから中絶を図るが、黒いエンジンオイルが出てくるだけで頓挫する。

 

案じるジャスティーナと再び結ばれようとするが、またしてもヘアピンで刺殺し、ホームパーティーに集まっていた他の男女3人も次々と殺害してしまうのだ。

 

自宅に戻り、着ていた服に火を点け、燃え盛る炎に見入り、部屋にいた父親を閉じ込めて逃走する。

 

ヒッチハイクで駅に向かうが多数の警察の検問があり、既に特定され、指名手配されていたアレクシアは行方不明者の掲示板にある“アドリアン・ルグラン”に成り済ますことを企図する。

 

その直後の行動は常軌を逸していた。

 

トイレに入って髪を切り、胸と腹にテーピングした上に、自ら殴りつけ、鼻をへし折り、男に変装したのである。

 

警察に名乗り出たアレクシアは、アドリアンの父ヴァンサンの面会を受ける。

 

DNA鑑定を促されるが、ヴァンサンは「息子なら分かる」と言って一蹴する。

 

彼はアレクシアをアドリアンと認め、車で自宅へ連れ帰っていく。

 

終始無言のアドリアンの手を握り、嗚咽するヴァンサン。

 

「話す気になったら話せ」

 

突然、車から降りて逃走するアドリアンを捕捉するや、ヴァンサンは言葉を添えた。

 

「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」

 

消防隊長をしているヴァンサンは、消防署にある自宅に戻ると、出迎えた隊員のライアンに息子であるアドリアンを紹介するが、一貫して反応しない。

 

部屋に着いたアドリアンは上半身に撒いたテープを外し、ベッドに横たわる。

 

ヴァンサンが服を脱いで寝るようにと近づくと、蹴り返すアドリアン

 

そのヴァンサンは、日夜ステロイド注射をして男性性を保持し、常に体を鍛えている。

 

翌日、アドリアンの髪を切り、消防隊員の制服を着せ、隊員たちに「私は神だ。神の子はキリストだ」であると強制的に紹介し、隊員らは絶対的な権威の前に服従するのみ。

 

いつまでも無言を通すアドリアンに業を煮やしたヴァンサンは苛立ち、汚れた服の胸のあたりを見せろと言われ、極度に体に触れられることを拒絶するアドリアンは、部屋を出て行こうとするが鍵がかけられていて、もう打つ手がなかった。

 

音楽をかけ、踊りに巻き込むヴァンサンだが、アドリアンの頬を叩いて挑発するヴァンサンをアドリアンは押し倒して殴りかかり、ヘアピンを手にするが、全く相手にならなかった。

 

「なぜ出て行こうと?ここが家だ」

 

ヴァンサンが鍵を渡すと、アドリアンはそのまま出て行った。

 

感情の起伏が激しいのか、絶望したヴァンサンは薬を飲み、注射を過剰摂取して倒れてしまうのだ。

 

喪失感を埋められないようだった。

 

街に出てバスに乗ったアドリアンだったが、出発前に下りて家に戻り、バスルームで動かなくなっているヴァンサンを発見し、一旦はヘアピンで殺そうとするが何も成し得なかった。

 

アドリアンの変化が垣間見えるカットである。

 

「パパ、起きて、パパ!」

 

初めて声を出したアドリアンは、ヴァンサンを抱き寄せた。

 

そんな中、腹部が膨れてきたアドリアンは、クロゼットのワンピースを着て、鏡に映す。

 

ヴァンサンがやって来て、その姿態を視界に収めることなく、「一体、何してるんだ」と難詰(なんきつ)するが、隠せぬ思いを吐露する。

 

「…やはり、お前は俺の息子だ」

 

アドリアンが見ていた息子の幼い頃のアルバムをめくり、クッションを抱いたアドリアンを抱き締める。

 

まもなく、母親の通報で息子の薬物過剰摂取の救助に立ち会ったアドリアンは、同時に卒倒して倒れた母親の蘇生処置を任され、ヴァンサンの指示のもと実行していく。

 

母親の息が吹き返し、人命救助に携わったアドリアンを聢(しか)と抱き締めるヴァンサン。

 

ライアンがスマホでアレクシアの指名手配の画像を見て、アドリアンに疑義の念を抱く。

 

「君の正体は?」

 

その問いに笑って見せるアドリアン

 

隊員達が集まり、音楽に合わせて気持ちよさそうに踊るヴァンサン。

 

ライアンに呼ばれ、アドリアンについての話をしようとするが、「息子の話はするな」という一言で終止符。

 

ライアンは頷くしかなかったが、その足でアドリアンに言い放つ。

 

「前にいたところへ戻れ!いいな?このままだと、ただじゃすまないぞ!」

 

アドリアンはヴァンサンのもとへ行き、手を繋いで踊り、笑みを交わす。

 

抱き寄せられ、体を回転させるアドリアン

 

至福のひと時を過ごすのである。

 

  

人生論的映画評論・続: TITANE/チタン('21)   ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく  ジュリア・デュクルノー より

ベルファスト('21)   有明の月を目指す家族の障壁突破の物語

1  「この街に人生のすべてが詰まってる」

 

 

 

北アイルランドの首都ベルファストの、現代の美しい街並みのカラー映像から開かれる物語は、一転して、1969年8月15日のモノクロの世界へとタイムワープする。

 

夕食時の路地で、元気溌剌な少年バディが家に帰るところで目の当たりにしたのは、覆面をしたプロテスト系の武装集団が、カトリック系住民を襲撃するというリアルな現場だった。

 

投石を避けながら、母が「怖いよ!」と叫ぶバディを抱え、家に連れ戻し、テーブルの下に匿う。

 

更に、兄のウィルを探しに混乱する街路に出て連れ戻す。

 

「母さん、何が起きたの?」とバディ。

 

「じっとしていなさい」と答え、窓から外の様子を窺う母。

 

翌日バディは、壊れた窓を協力し合って修繕する人々や、破壊された街並みを見渡す。

 

「襲撃から一夜明けたベルファストの街です。襲われたのは、プロテスタント地区に住む少数のカトリック教徒。彼らは立ち退きを迫られています。人々の絆が強いこの地区に、再び平和は戻るのか?」

 

テレビのニュースが、襲撃の背景と街の様子の映像とを伝える。

 

「英本土からも支援部隊が到着しました。外出禁止令も検討されています」

 

ロンドンで大工の仕事をしていたバディの父が事件のことを聞き知り、慌てて家に戻って来た。

 

これで4人家族が揃うことになる。

 

彼らはプロテスタントであるが、カトリック系住民と親交を深めていた。

 

事件後、街にはバリケードが築かれ、プロテスタントの牧師は扇動的なスピーチを打(ぶ)ちまける。

 

嫌々ながら行かされた教会で、その咆哮(ほうこう)を聞かされるバディとウィル。

 

それでもバリケード内では、音楽に合わせて踊る父母や住人たちが思い思いに楽しく過ごしている。

 

仕事でロンドンへ帰る前に、訪ねて来た伯母夫婦も愉悦するのである。

 

バディは近所の年上の友人モイラに、カトリックプロテスタントの信者をどうやって見分けるかを尋ね、名前で分かると言われるが、双方に同じ名前もあるとバディに指摘され、答えに窮すモイラ。

 

バディが一人でサッカーをしていると、ビリー・クラントンとマクローリーと名乗るプロテスタント過激派の男たちがやって来て、父に対して高飛車な物言いをする。

 

「この地域を掃除したい。協力するよな?拒否すりゃ痛い目に」

「家族に手を出すな」

「俺もお前も同じプロテスタントだ」

 

背後から、伯父が大丈夫かと声を掛けてきた。

 

「この辺りは治安が悪くなっている。カネを払うか、汗をかくか。俺はグループのリーダーに選ばれた」とビリー。

 

心配そうに、その様子を見つめるバディと母。

 

「どちらを選ぶか決めておけ、また来る」と捨て台詞を残し、男たちは帰って行った。

 

そんな危うい状況でも、映画を楽しむ一家。

 

「誰かに物を運べとか、伝言とか頼まれても、必ず断れ。必ず母さんに報告しろ」

「わかった」とウィル。

「父さんは明日の朝早いから、お前たちに会えない」

 

その夜、父母が税金の延滞金の支払いの件や、ベルファストからの脱出について話し合っているのを、階段の途中で座り込んで聞くバディ。

 

「街は内戦状態。なのに俺は出稼ぎだ」

 

シドニーバンクーバーのパンフを脱出先として示す父。

 

ベルファストの治安は日増しに悪化していく。

 

「労働者階級の人々が住む地区では、脅迫事件が多発し…」

 

このラジオ放送を準(なずら)えるように、バディの目の前で金を払えない家の息子を脅し、連行するビリーは逆らう者に暴力を振るうのだ。

 

それを見ていたバディに対して、ビリーが脅しをかける。

 

「親父に言っとけ。返事しねえとこっちから行くぞ」

 

バリケードを出て学校へ向かうバディに、ビリーが執拗に返答を迫る。

 

「兄さんにも放課後、会いに来いと」

 

バディは無視して立ち去っていく。

 

そんな重苦しい状況下にあって、テレビで西部劇を見たり、クラスメートの好きな女の子キャサリンに花をプレゼントしたり、モイラに誘われて、お菓子の万引きの片棒を担がせられる羽目になったことで母に激怒されたりという、ありふれた児童期を過ごしていた。

 

「皆、故郷を捨てる」と祖父。

「時代の流れよ」と祖母。

 

時代の変化に動じることなく、普段通りに冗談を言い合う祖父母であったが、炭鉱で働いていた祖父の肺が悪化して、病院へ行くことになった。

 

上司からロンドンに留まり、正社員として家も借りられるという誘いを受けた父。

 

「腕を買われたのね。どうしたい?」

「家族と暮らしたい。お前と」

「あなたと私は、赤ん坊のころからの知り合い。この街に人生のすべてが詰まってる。ご近所の誰もが顔なじみ。それが好きなの。子供たちが遊べる庭?ここなら、街のどこでも遊べるわ。皆があの子たちを知ってて、世話を焼いてくれる。イングランドに行ったら、きっと言葉も通じない。アイルランド訛りをバカにされたり、毛嫌いされたりするわ。だって、ベルファストでは、英軍の兵士が殺されてる。渡したいが歓迎されると?“仕事を横取りしてくれてありがとう”って?」

 

涙ながらに語る母。

 

「状況は変わる」

「そうね。変わってくわ」

「クリスマスまでに決めないと。それまでに決心を」

 

その話を聞いていたバディは、父に声をかける。

 

「戻ってくるよね?父さん」

「母さんを頼むぞ」

 

父が乗ったバスが発車し、最後尾の窓から見つめ続ける母とバディ。

 

二人もまた父を見つめ、静かに見送った。

 

入院した祖父を見舞いに来たバディは、ロンドンに祖父も一緒に来て欲しいと抱きつく。

 

祖母も含めた一家全員で「チキ・チキ・バン・バン」の映画を観ている。

 

それまでもそうであったように、普通の日常を繋ぐ家族の団欒が仮構されているのである。

 

  

人生論的映画評論・続: ベルファスト('21)   有明の月を目指す家族の障壁突破の物語  ケネス・ブラナー    より

愛がなんだ('18)  後引き仕草が負の記号になってしまう女子の、終わりが見えない純愛譚 

1  「私は、マモちゃんになりたいって思う…それが無理なら、マモちゃんのお母さんでも、お姉ちゃんでもいい。何なら従兄妹でもいいよ」

 

 

 

「山田さん、もし、もしだよ。まだ会社にいて、今から帰るところだったりしたら、何か買って届けてくれないかな。俺今日、なんも食ってなくて」

「今、まさに会社ですけど…しょうがないな。頼まれてやっか」

 

会社ではなく帰宅したばかりの山田テルコは、熱を出してダウンしている田中マモルからの電話を受け、買い物をするや、嬉々としてマモルのアパートへ向かう。

 

テルコが作った味噌煮込みうどんに顔を顰(しか)めるマモルは、ゴミの片づけから風呂場の掃除までするテルコを「そろそろ帰ってくれるかな」と言って、強制的に追い出してしまう。

 

【その人格を疑うような、強制帰宅の原因が味噌煮込みうどんであることは終盤に回収される】

 

「そう言えば、マモちゃんはいつの間にか、私のことをテルちゃんて呼ばなくなっている」(テルコのモノローグ)

 

所持金も少なく、夜中の2時に街を彷徨うテルコは、友達の葉子にタクシー代を払って貰い、家に転がり込むことにした。

 

家の前には葉子の部屋に泊まっていたナカハラがテルコの到着を待ち、葉子の財布を渡して自分は帰って行く。

 

「そんな風に言いなりになっていると、関係性が決まっちゃよ。向こう、どんどんつけ上がるよ。悪いこと言わないから、やめときな。そんなオレさま男」

 

葉子に忠告を受けても、聞く耳を持たないテルコ。

 

「どうしてだろう。私は未だに、田中守の恋人ではない…」(モノローグ)

 

友人の友人として参加する結婚式で、「パーティーで馴染めない同士のちょっとした親近感」で声をかけられ、互いに“テルちゃん”、“マモちゃん”と呼び合うことになった。

 

「金曜日はほぼ90%の確率で、マモちゃんから連絡が来る。この5か月で、マモちゃんの行動パターンはほぼ完璧に把握した」(モノローグ)

 

携帯ばかりを気にしているテルコは、上司に呼ばれて仕事のミスを注意される始末。

 

「連絡が来たらいつでも対応できるよう、会社で時間を潰すのにも慣れた」(モノローグ)

 

その日は当てが外れ、残業しても連絡が入らないので、家に帰ってカップラーメンを食べ、シャワーで髪を洗っていると、携帯電話が鳴った。

 

「実はまだ食事してないんだよね」

 

マモルの誘いで居酒屋に駆けつけるテルコ。

 

出版社に勤めるマモルは、「33歳になったらプロ野球選手になる」などといった荒唐無稽な話をする。

 

朝まで飲んで、タクシーを拾い、マモルの自宅へ行って一緒に寝るという愉悦感に浸っている。

 

ブランチを食べ、午後もデートするテルコは笑みに包まれていた。

 

「20台後半の恋愛なんて、“好きです”、“付き合って下さい”なんて言葉からじゃなく、こうやって何となく、だらだらと始まる方が多いのではないだろうか。それからほぼ毎日、マモちゃんから連絡がくるようになった。連絡がきたら、100%会いに行くようになったし、終電がなければ、当たり前に泊まった」(モノローグ)

 

寝坊をして会社に行こうとするテルコを、マモルは動物園に誘う。

 

「俺やっぱ、33歳になって会社辞めたらゾウの飼育員になるわ。プロ野球選手より現実的じゃない?」

 

ゾウの檻の前でその言葉を耳にして、涙を流すテルコ。

 

「33歳でゾウの飼育員になる、と言ったマモちゃんの33歳以降の未来には私も含まれているのだと、なぜかその時強く思って、そしたら、その未来は何もかもが完璧すぎて、自然と泣いてしまった、なんて言ったら、きっとマモちゃんはもっと笑っただろう。“意味分かんねぇ”とか言って」(モノローグ)

 

会社をクビになったテルコは、荷物を片付けて帰るところ、同僚に声をかけられた。

 

「私は、どっちかになっちゃうんだよね。好きとどうでもいいのどっちか。だから、好きな人以外は、自然と全部どうでもよくなっちゃう」

「私、来月結婚するんです。でも、仕事も続けようと思ってて。別に結婚って、安定じゃないですからね。今の時代」

 

会話の要諦(ようてい)である。

 

分かりやすい関係観を繋ぐテルコの青春模様が、今やフルスロットル状態。

 

テルコは商店街で目に留まった2人用の土鍋を買い、マモルのアパートで食事の支度をし、汚れた衣類を洗濯し、引き出しに整頓して入れる。

 

マモルが風呂から出て冷蔵庫を開けて、「やっぱ多めにビール買っておきゃよかった」と呟く。

 

その言葉に反応して、すぐさま買いに行こうとするテルコ。

 

「別に買って来て欲しくて言ったわけじゃない」

 

そう言って引き留めた直後、マモルは引き出しを開けるや、整理された衣類を見て苛立ちが沸点に達する。

 

それでも買いに行こうとするテルコは、マモルの冷めた眼差しに気づく。

 

「いつでも言ってくれいいんだよ。あれこれ頼んでくれると、やることあって逆に助かるの。遠慮とか気遣いとかしなくていいから。私に関しては」

 

そう言って出て行ったテルコを見て溜息をつくマモルは、キッチンの土鍋が目に入り、力が抜けてしまう。

 

翌朝、テルコはマモルに朝早く起こされ、会議があって出勤するので一緒に出ないなら、先に帰るように言い渡される。

 

事実上、テルコはまたしても、マモルの家から追い出されたという顛末だった。

 

買って来た土鍋と荷物を抱え、先に歩いて遠ざかっていくマモルの後姿を見つめるテルコ。

 

「この日を境に、マモちゃんから一切連絡が来なくなった。33歳以降のマモちゃんの未来どころか、あれからたった1か月ちょっとのマモちゃんの未来にも私はいなかった」(モノローグ)

 

年越しを一緒に過ごす予定で葉子の家を訪れると、葉子は急に仕事関係で呼ばれて出かけて行ってしまう。

 

家には葉子の母とナカハラがいて、3人で年越しの酒を飲む。

 

母が部屋に戻り、ナカハラとテルコが言葉を交わす。

 

「夜中に酒なんか飲んでたりしてて、あ、俺なんか寂しいんだなって気づく瞬間っていうか、そういう時って何か無性に誰かにどうでもいい話、聞いて欲しくなりません?俺は、葉子さんがそういう時に、いつでも呼び出してもらえるような所にいたいんですよね…今日は、何だか他に誰もいねぇよって時に、ナカハラいんじゃんって思い出してもらえれば、それでいい」

「ナカハラ君、気持ち悪いね…私は、マモちゃんになりたいって思う…それが無理なら、マモちゃんのお母さんでも、お姉ちゃんでもいい。何なら、従兄妹でもいいよ」

「てか、俺よりキモいっす」

「何か、私たちストーカー同盟の反省会って感じ」

 

邪気なく、二人は笑い合う。

 

除夜の鐘が鳴る。

 

「幸せになりたいっすね」

「そうっすね」

 

異性意識の希薄な二人の寂しさが募っていくようだった。

 

「マモちゃんから連絡が来ないまま、春になった」(モノローグ)

 

以前に利用していたボルタリングジムに、担当者と採用後の話を進めている最中にマモルから電話が入るや否や、矢庭に「やっぱり止めます」と言って走り去り、嬉しそうに電話に出るテルコ。

 

会いに行くと、マモルは予備校の事務をしているというすみれと一緒に座って待っていた。

 

もうすぐ35歳というすみれは、飾り気なく自由に振舞う女性で、店を出た後、もう一軒別の友達と飲みに行くと言い、一人で去って行った。

 

「あの人、恋人?恋人を紹介する会だったのかな、ひょっとして。恋人できたから、もう電話してくんなって感じ?」

「そんな事、一言も言ってないじゃん。俺さ、山田さんのそういうところ、ちょっと苦手。そういう5周くらい先回りして、変に気を遣うとこって言うか。逆自意識過剰ってか」

「ごめん、ごめんってば」

「すみれさん見習いなよ。あのガサツ女、あいつ、全然気とか遣わないじゃん。俺もそっちの方が楽だよ」

 

そう言って、マモルはタクシーを止め、さっさと自宅に帰って行った。

 

一人、夜道をすみれの悪態をつきながら歩くテルコ。

 

葉子がアパートに訪ねて来た。

 

「マモルの話聞いてると、うちの父親のこと思い出してイラつくんだよね。うちのお母さんて、昔で言う所謂(いわゆる)、お妾さんってやつだったのね。父親っていうか、子供の私からしたら、たまに家に来るオジサンなんだけどさ。そいつ、お母さんに自分の子供の運動会の写真とか平気で見せたりしててさ。死ねばいいのにって思ってた。だって、お母さんのこと、完全に舐めてんじゃん。見下してるから、そういうことができるでしょ?」

 

話が続く。

 

「あんたの良いところはさ、どんなにどん底って時も、ちゃんとお腹減って、死にたいとか冗談でも言わないとこだよね」

「だって死んだら、マモちゃんに会えないじゃん」

「あんたってホント、不思議ちゃんっていうより不気味ちゃんだわ」

 

まもなく、テルコはスパで風呂場の掃除の仕事を始めた。

 

しかし、今はマモルに会える時間を優先する仕事にしか就くつもりはない。

 

すみれから電話で誘われ、中目黒のクラブに向かったのは、そんな時だった。

 

マモルは誘われておらず、テルコは電話ですみれと一緒にいると伝え、呼び出す。

 

アバウトなすみれにゾッコンなマモルは、気を引こうとするが相手にされない。

 

その場の空気で、マモルの友達の別荘に皆で行くことになり、テルコも誘われた。

 

その帰り、マモルはテルコの家に行き、セックスしようとするが不発に終わった。

 

「煮詰まった関係が嫌なんだって」

「すみれさん?」

「分かる?そういうの」

「全然分かんない。マモちゃんがそういう人なんだと思ってたよ」

「俺ってさ。俺ってあんまり格好良くないじゃん。ずば抜けてオシャレとかでもないし、体型とかもなんか貧相だし。優しいかっつったらそうでもないしさ。金持ってるわけでもないし、仕事できるかって言われれば大したことないし。そりゃ自分でずばりダサいとは思いたくないけどさ。世の中の男を格好いいと格好悪いで2つに分けたらさ、俺、絶対格好悪いほうだと思うの…そういう男にさ、なんで山田さんは親切にするわけ?」

「親切?」

「今日とかだってそうじゃん。すみれさんとこに呼んでくれたりするし」

「それはさ、好きだからとか、そういう単純な理由なんじゃないの」

「ていうかさ、好きになるようなとこなんか、ないじゃんっていう話なんですけど」

「そうだよね。私もそう思う。好きになるようなとこなんてないはずなのにね。変だよね」

「はっきり言われると腹立つな」

 

二人は足をぶつけ合いじゃれる。

 

「好かれるような所なんてない人なんだからさ。きっと無理だよ、すみれさんなんて…だから、あたしでいいじゃん。すみれさんじゃなくて、あたしで」

「だな」

 

束の間のハネムーンだった。

 

  

人生論的映画評論・続: 愛がなんだ('18)  後引き仕草が負の記号になってしまう女子の、終わりが見えない純愛譚   今泉力哉 より

大河への道 ('22)  「奇跡の旅」を受け継ぐ名もなき者たちの物語  中西健二

1  「伊能忠敬は日本の地図を完成させてない。だから、大河ドラマにはならないんだよ」

 

 

 

伊能忠敬(いのうただたか)の死から開かれる物語。

 

千葉県香取市の市役所の総務課主任の池本は、市の観光振興策を決める会議で、「大河ドラマ」で郷土の偉人・忠敬(ただたか/香取市では愛情を込めて、“ちゅうけい”と呼んでいる)を取り上げて欲しいと提案する。

 

その場では不評だったが、県知事から「香取で大河にチャレンジしてみてくれないか」と観光課に直接連絡が入り、担当の小林から池本が指揮を取るよう言い渡される。

 

早速、池本は知事が指定した脚本家の加藤浩造の自宅を訪ねたが、本人から「加藤は死んだ」と繰り返され、取りつく島がない。

 

役所に戻り、そのことを報告すると、加藤について安野がネットで調べる。

 

「2000年を最後に、もう20年、何も書かれてないみたいです」

「残念だけど、他の人に代わることも考えた方がいいかも知れないね」と課長の和田。

「ダメっすよ、そんなの。知事がその人がいいって言ってるんですから」と木下。

 

池本は再度、加藤宅を訪ねるが相手にされず、その後、何度も足を運び、諦めて帰ろうとした時、目に付いた家の前の破れているゴミのネットを直していると、加藤から声をかけられ、自宅で話をすることができた。

 

知事が加藤のファンで、どうしても書いて欲しいと、かつて加藤が手掛けたドラマの話になるが、本人はその作品を納得していなかった。

 

「ただの人情話書いてしまった」

「それが何か、とっても良かったと思います」

「あれがお好きとは馬が合うとは思いませんな。どうぞお引き取りを」

 

池本は知事の意向を必死に訴える。

 

「俺が何を書くか決めんのは俺だ」

「何を基準に先生は、書くものをお決めになるんですか?」

「鳥肌だ」

 

まもなく、伊能忠敬の出身地である小関村の九十九里の浜辺に立つ加藤に、忠敬について解説する池本。

 

「幼名は三治郎。忠敬さんの自然への興味は、この浜で生まれたのではないかと」

 

次に池本は木下を随行させ、「伊能忠敬記念館」へ加藤を案内する。

 

「忠敬さんは元は商人で、本格的に天文学を勉強し始めるのは何と50歳の時。そのために、自分よりも二回りも年下の天文学者高橋至時(よしとき)に弟子入りをするんです…初めから地図を作りたかった訳じゃないんです。そもそもは、地球の大きさを知りたかった。そのためには、まず、赤道から南北に延びる『子午線一度の距離』(後述)、この距離が分かる必要があった。それさえ分かれば、それを360倍すれば、地球の大きさが出ることが、江戸時代の彼らも知っていたんです」

 

池本は、自分で描いたノートの図を加藤に見せながら説明を続ける。

 

「…でも、当時の日本では、許可なく関所を越えて自由に歩き回ることができなかった…そんな時に、幕府が蝦夷地の正確な地図を欲しがっていたということを知って、忠敬さんが『私に作らせてくれませんか』って、作ることを願い出たんです」

 

加藤は、衛星写真を基に作成された最新の日本地図と、忠敬が1872年に作った地図が殆ど重なる掲示板を見て、鳥肌が立つ。

 

「200年前に…」

 

その後、シナハン(ロケーション・ハンティングのこと)として、「記念館」の展示を見て鳥肌が立った加藤は、池本と木下の測量の実施を見ながら、企画書の構想を練っていく。

 

旅館で加藤は、忠敬は何であんな地図と作ったのかという疑問を投げかける。

 

「忠敬は17年に亘って、都合10度測量に出かけてる。しかし、2度目の時に既に子午線一度の距離は算出できてたんだよ。つまり、忠敬は本来の目的を果たした後も、地図作りを止めなかった。それはどうしてなのかってことなんだよ」

 

想像を述べるだけで正確に答えられない池本は、逆に加藤に質問する。

 

「先生は何で20年間、脚本を書かれなかったんですか」

 

それには答えない加藤。

 

加藤を役所の会議室に招いて、「シノプス(あらすじ)を頂けますか?」と言う木下に対して、「書いていない」と答える加藤。

 

「地図を書いてないんだ、忠敬は」

 

加藤は年表を示し、伊能忠敬は1818年に没し、『大日本沿海輿地(よち)全図』が完成した1821年に、その死が公表されたと指摘する。

 

伊能忠敬は、日本の地図を完成させてない。だから、大河ドラマにはならないんだよ」

 

呆気なかった。

 

  

人生論的映画評論・続: 大河への道 ('22)  「奇跡の旅」を受け継ぐ名もなき者たちの物語  中西健二 より

峠 最後のサムライ('19)  己が〈生〉を、余すところなく生き切った男の物語 小泉堯史  

1  「武士の世は滅びる…この継之助も滅びざるを得ない。滅びた後、日本の歴史にかってなかった新しい世の中がやってくる」

  

 

 

「我らの見込みは、政権の奉還より外にない。この判断に、神君家康公の御偉業を継承する唯一の道である。幕府を倒そうと事を謀る一部の輩がおるとの噂がある。それを恐れてではない。彼らが何万あろうとも、討つに何の苦労もあるまい。現状を続けるとなれば、政権を投げ打つ以上の改革が必要である。例えば、今のような旗本、大名、全て廃さねば何もできぬ。しかしこれは、我と我が身で、骨や五臓六腑を摘出し切り刻むようなもので、到底できぬ今、天下の大名は戦国の頃のように割拠している。幕府の命令は無視され、このまま行けば、日本は三百の国に分裂し、戦乱に晒され、世は乱れ、国民は安んじ得ない。徳川家が政権を返上さえすれば、それが一つにまとまる。全ては、天下安泰の為である。このこと幸いに朝廷のお許しを頂き、王政、古(いにしえ)に服したと言えども、それにて責任を終えたるにはあらず。諸大名と共に、一大名として、朝廷の為、万民の為、この慶喜なお一層の心血を注ぐ所存。異存はあるか。あれば言え。なければよし。さらば徳川幕府の政権を朝廷に献上する」

 

諸藩重臣に対して、二条城・二の丸御殿において、「大政奉還」の意図を伝える徳川慶喜の言辞から物語は開かれていく。

 

徳川慶喜公の生まれ育った水戸徳川家には、『大日本史』の編纂(へんさん)に着手した徳川光圀水戸黄門様以来、云い伝えられた家訓があるそうです。“もし、江戸の幕府と、今日の朝廷のあいだに弓矢(戦争)のことがあらば、潔く弓矢を捨て、朝廷に奉ぜよ”。尊王の思い厚き慶喜公は、幕府の政権を放棄し、朝廷に恭順する道を選びました。1867年慶応三年、王政復古。しかし、薩摩の西郷隆盛大久保利通ら、徳川慶喜の首を見ねば、維新の大事を成し遂げることはできない、との態度を堅持し、日本中を破壊し、焦土にする覚悟で掛からねばならないと、戦乱の道へと舵を切ったのです。大政奉還は、徳川慶喜公との意思とは異なり、日本を二分し、東軍・佐幕派と西軍・勤皇派の熾烈な戦い、「戊辰戦争」の幕開けとなりました。越後、高田城下に続々と終結した西軍は、そこで二手に分かれ、長岡城下を目指しました」(河井継之助の妻・おすがのナレーション/以下、ナレーション)

 

以下、西軍との争いを危惧する川島億次郎(越後長岡藩士)に対する河井継之助の言葉。

 

「案ずることはない。戦(いくさ)はしてはならんでや。あくまで戦いは避ける。政治をもって片づけねばならん。そいは、東軍最大の佐幕派会津藩の滅亡を目標としている。わしら長岡藩は、いずれにも付かず、両者の調停役になり、会津藩を和平のうちに恭順させ、西軍に対しても、会津藩の申し分を聞き入れさせて、今日の混乱を正す」

「もし、双方が聞かなければ?」

「その時は、聞かぬ側、それが会津であれ、西軍であれ、討つ。この長岡藩は、それによって天下に何が正義であるかを知らしめる」

「ご家老、あなたはあなたのご信念を、この藩に押し付けられまするか」

「君臣一念。まずは主君と心を一つにする。武士とは身命を主君にとくと奉(たてまつ)り、この世に立つことが根源であろう」

 

継之助の信念が判然とする言辞である。

 

おすがに髭を剃ってもらう継之助。

 

夫婦の笑みが混濁した時代の空気を和ませている。

 

継之助は小山良運(りょううん)を訪ね、中立国スイスから来た貿易商の家に逗留(とうりゅう)していた際の、西洋人の語録を訳した書を見せる。

 

「民(たみ)は国の本(もと)、吏(り)は民の雇(やとい)。…役人は民の使用人か」

 

この語に含まれる継之助の理念を理解する良運は、継之助が中央に出て国の方向を示すように勧めるのである。

 

「わしはこの藩に閉じこもる。今、この河井継之助が天地に存在しているのは、兎にも角にも地球上から見れば、このちっぽけな越後長岡藩の家老としての立場だからね…わしは貿易商エドワルド・スネル(プロイセン出身の武器商人)から、西洋の列強でも持っていないガットリング機関砲(ガトリング砲)も買い入れた。アメリカ製のもので一度に360発。まるで水を撒くような勢いで弾が出る。こりゃ、驚きだぜ」

 

良運は、薩長を批判すると同時に、幕府の無力を慨嘆する。

 

「長岡藩は既に自主・独立の体制を整えた。藩自らが唱える発言権を保持し、風雲の中に独立、そう思っとる…万一の場合、お世継ぎにはフランスに亡命していただく。地球は広い。その渡航の手続きは全てスネルと良運さんでやってもらいたい」

「心得た」

 

【良運は長岡藩の藩医で、河井継之助の藩政改革のブレーンとして名を残す】

 

その足で、継之助は藩主の牧野忠恭(ただゆき)に拝謁する。

 

「策はあるか、継之助」

「策は、ございません。百の策を施し、百の論を論じても、時の勢いという魔物には勝てません」

「では、どうすればよいのだ?」

「恐れながら、大殿様。殿様が、こうとお思いあそばせ、その『こう』のために藩士に先駆けて、お死にあそばせ。その気迫だけが我が藩を一つに致しまする」

「わしの腹は決まっておる。時世や理屈はどうであれ、徳川家を疎(おろそ)かにすることはできない。もし、ここで徳川のお家を見捨てたなら、自分はこの家代々の祖霊に合わせる顔がないではないか、継之助。徳川慶喜公の大政奉還は、大いなる功績。賊名(ぞくめい)を被せるなど以ての外(もってのほか)。薩摩長州の振る舞いを見るに言語道断、腹に据えかねる。わしは徳川家の為に体制を挽回せんと欲す」

「御意にございまする…たとえ一藩たりとも、将軍家の無実の罪を晴らす藩がなければ、どうにもなりません。何の為に平安な300年があったのか。後世の者に笑われまする」

 

その帰路、良運の息子・正太郎(しょうたろう)が継之助にお礼を言いにやって来た。

 

正太郎の描く絵を褒め、医者である良運に絵を続けることを勧めたからだ。

 

「武士の世は滅びる…長岡藩の禄を食む者として、この継之助も滅びざるを得ない。滅びた後、日本の歴史にかってなかった新しい世の中がやってくる」

「それは、いつのことですか?」

「いつというものではない。正太郎の時代がそうだ。そなたには、絵の天分がある。己の好きなところを磨き、伸ばす。それが一番大切なこと。風景も美しいが、人物も描いてごらん…面でこそ、相手の心の機微が分かる」

 

小山正太郎は近代洋画家として大成する。また岡倉天心の洋画排斥論に反対し、私塾を作り、青木繁を育てた教育者として名高い】

 

その夜、芸者遊びが好きな継之助は、おすがを席に呼んで一緒に飲み、「長岡甚句踊り」を舞い、愉悦に浸る。

 

時の流れが速い。

 

継之助は城内に全ての藩士を集め、主君の前で言い渡す。

 

この時、既に鳥羽伏見の戦いが勃発し、慶喜は朝敵の汚名を受けていた。

 

一方、継之助は、「人の心を穏やかにする不思議な機具」というスイス製のオルゴールを、おすがに贈る。

 

時も時、東軍が小千谷(おぢや)にまで迫り、継之助は慈眼寺(じげんじ)での会談に向かった。

 

交渉相手は軍監・土佐藩岩村精一郎。

 

継之助は、意見が二分している藩の意見を統一し、会津、桑名、米沢の諸藩を説得して、朝廷に逆らわぬように申し聞かせ、越後奥羽に戦いが起こらぬよう努める旨を伝えた。

 

そして、藩主からの嘆願書を差し出し、大総督府への取次ぎを申し入れる。

 

岩村は継之助の顔を見ることもなく、端(はな)から聞く耳を持っていなかった。

 

「取次ぎはできぬ!嘆願書を差し出すことすら、無礼であろう。既にこれまでの間、長岡藩が一度でも朝廷の命令に応じたことがあるか!軍制を差し出せとの勅命に従わず、軍費三万両の献金に応じようともせぬ。長岡藩の誠意はどこにある!」

 

岩村は、日延べと嘆願書の取り次ぎという継之助の要請を面罵(めんば)する。

 

「戦いを避けるための嘆願書にござりますれば、是非ともお願い申し上げます…双方にとって、戦いは避けなければなりません」

「もはや、問答は無用である」

「その通りでござる」

「その通りならば、なぜ大人しく引き取らん。もはや、用はないはず」

「…ただ、せめて嘆願書だけは…」

 

権力を笠に着て、その態度は傲岸不遜(ごうがんふそん)な岩村は怒り心頭に達し、取りつく島はなかった。

 

「…一人長岡藩のために申し上げているのはなく、日本国中、相和し、協力し、和平のもと、世界に恥ざる強国になれば、天下の幸い。これに過ぎません。詳しくは書中に認(したた)めてござる。伏して嘆願書のお取次ぎを」

 

そう言うや、頭を下げる継之助。

 

「くどい…帰って戦(いくさ)の用意をしろ」

 

継之助は、一旦は引き取るが諦め切れず、岩村への面会を頼みに行かせ、門前で夜まで待ったが、戻って来た部下が「最早、万事休すでございます」と伝えることになった。

 

それでも継之助は帰ろうとせず、岩村に会おうと食い下がる。

 

その報告を聞く岩村

 

「耳なきが如く、帰れ、帰れと言っても聞こえぬ素振りで立ち尽くし、時々、じっと月を見つめたり、歩き回ったりしております」

「追い払え。不貞な奴と言う外ない。あの男の眼中には、朝廷も官軍もない。砲弾を浴びせて目を覚ましてやるしかない男だ。…銃剣で追え」

 

遂に継之助は、「己を尽くして、天命を待つ」と言葉を残し、去って行く。

 

藩に戻った継之助は、「談判は不調だった」と告げ、億次郎と語り合う。

 

「この上は、武力に訴える外、我が藩の面目、意志あるところを天下に示す方法はない」

「まだ交渉の方策はあるはずです。短気はまずい」

「残る手段が一つある。わしの首と三万両の軍資金を持って、お主がもう一度西軍の元へ行くのだ…それによって和平を買い、西軍に降伏をする。それ以外に道はない」

「待った。待ってください。西軍に降伏することの結果は、降伏するだけでなく、会津藩を攻める先兵を命じられるということですか」

「当然、そうなる。今このご時世の中、日本男子たる者が悉(ことごと)く、薩摩長州に阿(おもね)り、争って新時代の側に付き、侍の道を忘れ、行うべきことを行わなかったら後の世はどうなる。長岡藩、全ての藩士が死んでも、人の世というものは続いていく。後の世の人間に対し、侍とはどういうものか知らしめるためにも、この戦いは意義がある」

「分かりました。美しく砕け散ると。今は是非もない。私は、あなたと生死を共にします」 

 

継之助の覚悟がひしと伝わってくる会話だった。

 

【継之助の親友の億次郎は、長岡藩士・川島徳兵衛の養子となり、川島の姓を名乗るが、明治以後は三島億二郎と改名し、長岡藩知事として、疲弊した長岡の復興と近代化に尽力した】

 

その直後の映像は、全ての藩士に向かって、自らの覚悟を表明する藩主。

 

「我が命を庇うために、長岡藩の正義を曲げる必要はない。この忠恭は、既に死んだものと覚悟している。継之助の思うがごとくせよ」

 

忠恭に向かって頭を下げる継之助一同。

 

そして、継之助の父・代右衛門がおすがに告げる。

 

「戦だよ。可哀そうに、あいつの夢が破れた」

「夢が、ですか?」

「際どい夢を見ていたんだよ。日本中が京都か江戸に分かれて戦争をしようという時に、長岡藩だけはどっちにも属せず、武力を整え、独立しようと思っていたんだ」

「独立?」

「この小さな藩が独立し、自分勝手な国を作れるかどうか、その際どさに継之助は自分の夢をかけていた」

「継之助さんは常々、戦をしてはならないと」

「これも時世だ。時代の大波が猛(たけ)り狂って、国境に迫っている。時世の咆哮(ほうこう)だ」

「戦をすれば、どうなるのでしょう」

「分からん。継之助に任せるしかない」

 

かくて、自らの思惑と乖離した状況に囲繞され、本篇の主人公は未知のゾーンに踏み込んでいくのである。

 

  

人生論的映画評論・続: 峠 最後のサムライ('19)  己が〈生〉を、余すところなく生き切った男の物語 小泉堯史 より