母さんがどんなに僕を嫌いでも('18)   御法川修

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<「トラウマ」を克服し、「愛情」を得て、「尊厳」を奪回していく>

 

 

 

1  「僕にした仕打ちを母さんに後悔させるまで、絶対に死なないから!」

 

 

 

「小学生の頃、僕と姉は、こっそり母の姿を観察するのが好きでした。いつも母は奇麗で、いい匂いがして、そして、ちょっとだけ、寂しそうに見えました。僕が育ったのは、東京の川向う、この町にたくさんあった小さな工場の一つが、父の経営していた工場で、その2階が僕の住まいでした。母は頭の回転が速く、おしゃべりも上手だったので、いつも取り巻きがたくさんいて、光り輝くカリスマでした。色々な大人が母を褒め称(たた)えてくれたけど、母の一番の信者は、この僕でした。その母が僕のために手間をかけて作ってくれた混ぜご飯は、世界一なのです」(主人公タイジのモノローグ/以下、モノローグ)

 

ノローグが続く。

 

「母には、もう一つの顔がありました。人目のないところでは、どこか不安定で、機嫌が悪く、いつもピリピリしていて、僕は戸惑いを覚えていました」(モノローグ)

 

「プライドの高い母は、他人から意見されることを嫌い、逆らう人を決して許しませんでした。そんな母の宿敵は父で、夜になると激しく争っていました…お互い傷つけあっているようでした。母が僕に冷たく当たることがあっても、疲れた背中を見ると、母が消えていってしまいそうで、胸が潰れそうになりました。でも、子供の僕には何もしてあげられません」(モノローグ)

 

「僕が産まれる前から、工場で働いていた女性がいて、血は繋がっていませんが、僕は“ばあちゃん”と呼んで、懐(なつ)いてました」(モノローグ)

 

母の虐待を案じるばあちゃん(以降、読みやすいように、「バアちゃん」に改める)に、いつでも、タイジは答えるのだ。

 

「僕が悪いの。僕って、何やってもブタなんだよね。ハッハハ」

「タイちゃんは、ブタじゃないよ」

 

常々、バアちゃんの、このハートフルなランゲージ(言葉)が、タイジを救う得難いメッセージになっていた。

 

「バアちゃんさえいれば、僕はどんな辛いことがあっても、平気だったのです」(モノローグ)

 

通信制の大学を出て、社会人になったタイジは、会社の昼休みに、一人で弁当を食べているところに、同僚のカナが近寄って来て、同年齢(23歳)ということもあり、会話も弾み、打ち解けていく。

 

何より、カナは「社会人劇団員求む」のチラシを拾ったことで、タイジに興味を持ったのである。

 

タイジはその劇団に入り、その中心メンバーのキミツという、金持ちで、心安く接して来る気障(きざ)な男とも親しくなっていく。

 

「羽ばたけ!」と叫びながら、舞台稽古に参加するタイジ。

 

時系列が前後する物語は、殆どネグレクトに近い母子関係を映し出していく。

 

両親の不仲が炸裂した日から、数日後のこと。

 

「幼い僕の小さな世界が、足元からガラガラ崩れていくような出来事が襲いかかってきたのです」(モノローグ)

 

あろうことか、母・光子の一存で、肥満児や喘息の子を矯正する千葉の施設に、タイジを一年間、入所させることを決めてしまったのだ。

 

タイジの異変に気づいたバアちゃんは、事情を聞き及び、光子に激しく抗議する。

 

二人の言い争いを耳に入れたタイジは、居た堪(たま)れずに、自ら施設に行くと言い出す外になかった。

 

タイジが施設に向かう日に、バアちゃんはクッキーの缶を渡した。

 

「寂しくなったら、開けてね」

 

そう言って、送り出してくれたバアちゃんから渡された缶を車内で開けると、バアちゃんの宛名を書き込んだ、沢山のハガキと手紙が入っていた。

 

「タイちゃんは、ひとりじゃないからね。いやなことやこまったことがあったら、ハガキに書いて、ポストに入れてね」

 

それを読んだタイジは、泣き崩れてしまう。

 

一年後、笑みを湛(たた)えて帰って来たタイジを待っていたのは、離婚した母が、姉を連れ、家を出ていくという唐突な事態だった。

 

タイジはバアちゃんと会うことが叶わず、タクシーに押し込められた。

 

離婚に起因する転居は、家族の風景を変えていく。

 

母・光子の虐待がエスカレートしていくのだ。

 

「父の家を出てから、母は次第に荒れていきました。母は僕を叩くことで、不安定な気持ちを取り繕(つくろ)っていたのかも知れません……17歳になった僕は、まるで主婦のように、料理や洗濯をこなす術(すべ)が身についていました。つつがなく家事を切り盛りさえしていれば、僕はこの家にいてもいいと思えたからです。僕は何年も、息が詰まるような毎日を、じっと耐えていたのです」(モノローグ)

 

仕事や男関係で上手くいかないディストレス(強度のストレス症状)を、光子はタイジに向かって炸裂させる。

 

挙げ句(あげく)の果てには、タイジに向かって包丁を持ち出して、迫って来るのだ。

 

「死んでよ!頼むから死んでよ!」

「殺せるもんなら、殺しなよ!」

「あんたなんか、産まなきゃよかった!」

 

そう言うや、包丁でタイジの腕を斬りつけてしまう母・光子に対して、毅然とプロテストする。

 

「そんなに僕が嫌い?でもね、僕は死なないから!僕にした仕打ちを母さんに後悔させるまで、絶対に死なないから!」

 

魂の絶叫だった。

 

「出てって!二度と、顔見せないで!」

 

ここまで突きつけられたタイジは、未知なる人生行程を開くべく、果敢に出立(しゅったつ)するイメージと乖離し、石もて追われるようにして、母との決定的な別離を具現化する。

 

「このままここにいたら、自分が壊れてしまう。僕は母の金を盗み、荷物をまとめ、独りで行くことを決めたのです」(モノローグ)

 

それ以外の選択肢がなかったのだ。

 

青春期の初発点にある、17歳の時だった。

 

  

人生論的映画評論・続: 母さんがどんなに僕を嫌いでも('18)   御法川修 より

人生論的映画評論・続  状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

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1  女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男

 

 

 

我が子(千尋ちひろ)をネグレクトした罪で、警察に拘留されている妹・光子に、弁護士を随伴して面会する兄・田中武志(以下、武志)。

 

「あの子、元々食が細いんだよ。普通の家庭がどうしているか、分かんないけどさ。ちょっと育て方が下手だからって、警察の人もひどいよね」

 

この光子の物言いに、弁護士の橘が制止する。

 

「あたし、秘密って、大好きだから」

 

そう言って、武志を見つめる光子。

 

警察署を出た二人

 

「保護されたとき、千尋ちゃんの体重は、一歳児並みだったそうです。今もまだ、意識が戻っていません。回復したとしても、脳に重い障害が残るだろうって、主治医の先生が…どちらにしても起訴の可能性が高いでしょうね」

 

橘は光子の精神鑑定を想定しているようだった。

 

「光子さんの感じ、ちょっと変ですよね。責任を感じていないっていうか、他人事みたいな。彼女…例えば、子供の頃、千尋ちゃんと同じような経験をしていたりとか?」

 

無言の武志。

 

雑誌記者の武志は、1年前に惹起し、迷宮入りしていた「田向家の一家惨殺事件」(以下、「事件」)の取材を申し込み、渋々、デスクに許可される。

 

「何でもいいから、何かやってないと、気持ちが持たないだろう」

 

デスクの醒(さ)めた反応である。

 

早速、現場となった空家を訪れる武志。

 

通りがかりの女が、近所の人たちは、皆、引っ越したと話すばかりの殺伐たる空気感。

 

武志は被害者・田向浩樹(たこうひろき/以下、田向)の大学時代の友人であり、同期入社の渡辺に、会社帰りに会って話を聞く。

 

新入社員の歓迎会の飲み会で、田向は隣席だった山本礼子と、その日のうちに関係を持つ。

 

しかし、田向は酔った気分だったことを渡辺に吐露する。

 

だから、バーで田向からドタキャンされた山本と、偶然出会った渡辺もまた、彼女と関係を持つが、彼の場合、最初からは遊びに過ぎなかった。

 

「既成事実を作ったところで、仕上げですわ」

 

2.3回遭ったところで、田向と付き合っていたことを持ち出し、山本を責めたてる渡辺。

 

謝る山本に対し、冷たく言い放つ。

 

「ごめん、正直、顔見るのもきついんねん」

 

山本を振った渡辺は、田向と居酒屋で最初は深刻そうに話していたが、堪(こら)え切れずに、腹を抱えて笑い出す二人の男。

 

「でも、山本さん、エロかったわぁ」と渡辺。

「なぁ?飽きちゃうの分かるだろ?」と田向。

 

女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男。

 

こんな連中なのである。

 

渡辺の話が終わり、店を出た武志は、その山本は既婚し、子供もいるらしいと聞かされる。

 

別れ際に、渡辺は号泣し、振り絞るように語った。

 

「なんで、あんなええ奴が殺されな、あかんのですかね」

 

橋の欄干で泣き続ける渡辺の傍で、佇(たたず)むだけの武志だった。

 

 

 

2  気位が高い女たちのコンフリクトの収束点

 

 

 

精神鑑定を受ける光子。

 

精神科医の杉田に子供の頃、母親に食事も作ってもらえず、兄がいなかったら生きてなかったかも知れないと話す光子。

 

「お兄ちゃんって、どんな人だったの?」

「人生やり直せるなら、生まれた時からやり直したいけど、お兄ちゃんだけはそのままがいい。私、生まれ変わっても、お兄ちゃんの妹でいたい」

 

武志が次に向かったのは宮村順子(以下、宮村)。

 

「事件」の被害者である田向の妻・旧姓・夏原友希恵(以下、夏原)の、文応大学時代の友人である。

 

以下、宮村の話。

 

文応の女子には、下から上がって来た「内部生」(ないぶせい)と「外部生」の学内カーストがあり、「外部生」は「内部生」の仲間に入ることを「昇格」と呼んでいた。

 

「私たちのクラスで、真っ先に昇格したのが夏原さんでした。華やかさでは、『内部生』に全然負けてませんでしたね」

 

夏原の取り巻きは立ち所に増え、「外部生」の拠り所になっていたと言う。

 

「なんか、聞いてると、ちょっとした救世主みたいな」

「そんな風に聞こえました?そこがズルいというか、怖いところなんですよ。夏原さん、結局、誰も救わないんです。取り巻きに対して、自分の真似は許すけれど、自分と同列になることは認めないんです」

「宮村さん、相当、夏原さんのこと、嫌いだったんですね」

「あ、いえ、嫌ってるとか、そういうことではなくて…ああ、でもまあ、あの世界知らない人にどう言っても伝わらないか…」

「すいません」

 

その夏原の方から、宮村に近づいて来たと話すのだ。

 

海外暮らしで、英語が堪能である宮村に興味を持った夏原から食事に誘われ、店に行くと、共にバイトをする恋人の尾形がいたので、驚きを隠せなかった。

 

帰路、二人になった際に、宮村は、夏原に対する尾形の態度に嫉妬し、怒りを禁じ得ない情態が露呈される。

 

宮村の話を聞いた武志は、今度は、その尾形に会いに行く。

 

「嫉妬しまくってたし、張り合う気満々でしたよ」

 

尾形の物言いである。

 

しかし、夏原は全然違っていたと言う。

 

「女って、基本、自分の話をしたがるじゃないですか。その点、夏原さんは、こっちの話を聞いてくれるんですよね。で、場の空気をちゃんと読んで、必要以上に目立たないし。でも、あれだけ美人なんで、目立っちゃうんですけどね」

 

斯(か)くして、尾形は淳子から夏原に乗り換えていくという月並みのエピソードに落着する。

 

以下、武志が聞いた宮村の話。

 

「夏原さんが、わざとバレるように仕向けたんじゃないかって、思うんです」

「それは、どういう意味で?」

「夏原さんは、あたしに憧れてるみたいなこと言いましたよね。だからなんじゃないかなって、思うんです」

 

今度は、尾形の話。

 

「それ、全く逆です。むしろ、淳子が夏原さんになりたかったんじゃないのかな…淳子には、俺から電話で伝えました。もう、ほんと大変でしたけど、まあ、おかげで罪悪感もすっとんだし、結果的には良かったですよ」

 

人は皆、自分の都合のいいように過去を想起する。

 

主観が暴走するのだ。

 

自我を守る無意識の戦略として誰でも駆使する、ごく普通の現象である。

 

心理学では、これを「記憶の再構成的想起」と言う。

 

ともあれ、尾形に振られた宮村はバイト先に乗り込んで、思い切り尾形を突き飛ばし、叩くという、ごく普通のオチになる。

 

「別れたいって、どういうことよ!あの女でしょ!」

 

それから、パーティーに集合している夏原の元に行き、頬を叩く。

 

但し、瞬時に、夏原は宮原を叩き返す。

 

プライドの防衛的反応だが、自らを憧憬するだろう女子たちの前で、弱みを露呈するわけにはいかなかった。

 

不意をつかれたのは宮原だった。

 

宮原は、夏原を囲繞する自己基準のカーストから、そそくさと逃げだすしかなかったという、これも往々にして見られるオチである。

 

気位が高い女たちのコンフリクト(確執)の収束点だった。

 

  

人生論的映画評論・続: 状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

 より

恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶

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1  「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました」

 

 

 

第10回 芳ヶ江 国際ピアノコンクール

第一次予選 11月9日~13日

 

「2週間にわたる3つの予選を経て、6名が本選へ進みます。今年は過去最多の53か国1地域から、512名の応募がありました。この後の審査で、二次に進む24名が選ばれます」

 

カメラに向かって解説する海外メディアのレポートである。

 

このコンクールで本命視されているのは、ジュリアード音楽院に通うマサル(通称「ジュリアードの王子」)。

 

コンクールに参加する一人、岩手の楽器店に勤めている高島明石(以下、明石)は、年齢制限ギリギリで、このコンクールに挑戦する一人。

 

そして、密かに注目されているのは、「消えた天才、栄伝亜夜(えいでん あや/以下、亜夜)」、20歳。

 

母親の逝去が原因で、7年前にステージをドタキャンした過去がある。

 

「一次審査は通るでしょうけど、かつてのような輝きはなかった」

 

審査委員長・嵯峨三枝子(以下、嵯峨)の亜夜への評価である。

 

彼女は、審査員の一人である元夫のシルヴァーバーグと、今回の参加者について立ち話をしていた。

 

その亜夜は、かつて近所に住み、亜夜の母親にピアノを教わっていたマサルと再会する。

 

「あーちゃんのお母さんは、僕にピアノの楽しさを教えてくれた先生だよ」

 

亜夜との再会を喜ぶマサルの言葉である。

 

また、このコンクールに16歳の天才少年・風間塵(じん/以下、塵)が参加している。

 

彼の評価を巡り、審査委員会は紛糾する。

 

「あんな弾き方は冒涜に近い」

「とてつもない才能の持ち主だ」

 

しかし、彼を推薦したのは、ピアノの神様ホフマンだった。

 

ホフマン曰く、「“彼は文字通り、天から我々へのギフトだ”」。

 

そして、第一次の予選結果が発表される。

 

そこには、上記4人の名があった。

 

第二次予選。

 

マサルは演奏に備え、朝からマラソンをして、体調管理に余念がない。

 

課題曲は「春と修羅」。

 

カデンツア」(即興的演奏)共々、自信作と言い切るマサルに対し、亜夜はまだ何も決まっていないと答える。

 

難曲を演奏し終えたマサルは、満面の笑みを湛えていた。

 

本作の中に、明石の生活風景の一端が挿入される。

 

その明石は、第二次予選で、温もりに満ちた生活風景を感じさせる「カデンツア」を披露した。

 

それを会場で聴いていた亜夜は、急に思い立ち、練習用のピアノを探すが、会場に空きはなく、明石が知り合いの工房を紹介してくれた。

 

彼女の跡をつけてきた塵と、ピアノへの思いを語り合い、窓の月を見ながら、二人でドビュッシーの「月の光」(ドビュッシー)、「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」(ハロルド・アーレン)、「月の光」(ベートーヴェン)を連弾する。

 

塵はインタビューで応募理由について聞かれ、ホフマン先生との約束について答えている。

 

「世界は音楽で溢れているから、聴きなさい、っていう意味なんだけど、そういう音楽をね、ホフマン先生は奏でなさいって言ってた。そういう音楽を奏でる人を見つけなさいって」

 

その塵の第二次予選の演奏が終わった。

 

「すっごい、気持ちよかったよ!ホールで弾くのって、こんなに楽しいんだって、思った」

 

楽屋で、次の演奏の順番を待っていた亜夜に弾んだ声で報告する塵。

 

そして、亜夜の番がやって来た。

 

「行ってらっしゃい。客席で聴いているよ」

 

母親との連弾を思い出しつつ弾くピアノは、上々の出来だった。

 

第二次予選後、インタビューに答える明石。

 

「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました。これで、ひとまず、俺の音楽人生の第一章はお終い」

 

海岸に出て、砂浜で遊ぶ亜夜とマサル、塵を見ながら、一緒にやって来た明石と、明石に帯同するカメラマンで、同級生の仁科雅美が語り合うシーンが挿入される。

 

重要なシーンなので、詳細は批評において言及する。

 

 

人生論的映画評論・続: 恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶 より

晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル

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1  「僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい」

 

 

 

「芸術家のグループ展」に出品されたフィンセント・ファン・ゴッホ(以降、ゴッホ)の絵は評価されず、すべて撤去されてしまう。

 

「こんな絵は誰も見ない。一人でも客を増やしたいのに、これじゃ客が逃げていく。全部、外に運び出せ」

 

呆気ないものだった。

 

1880年代のパリ。

 

ゴッホは、弟テオ(テオドルス)と共に、「芸術家共同体」を創設しようとする会合に出席した。

 

その名称や出資金や運営などの規則を巡る議論を聞いていた一人の男が、凛として立ち上がり、異議を唱えた。

 

「また階級制度を作るのか?命令する者と従う者」

 

そう言うや、男は会場から立ち去った。

 

男を追うゴッホ

 

「連中は芸術家気取りの官僚だ。全員が暴君だ」

 

男の名はポール・ゴーギャン(以降、ゴーギャン)。

 

ゴッホは、既に彼の作品に関心を寄せていた。

 

マダガスカルに行くというゴーギャンに、自分の思いを話す。

 

「新しい光を見つけたい。まだ見ぬ絵を描くために。明るい絵。太陽の光で塗った絵」

「南へ行け。フィンセント」

 

画商のテオから資金援助を受けていたゴーギャンの一言で、ゴッホは南仏アルルへと旅発った。

 

想像以上にアルルは寒く、暗い部屋で靴のスケッチを描くゴッホ

 

部屋を出て、枯れたヒマワリ畑を抜け、ひたすら南へと歩き進んでいくと、やがて光り輝く緑と、木々の大地へと辿り着く。

 

喜びに満ちたゴッホは、日没を過ぎた大地にキャンバスを広げ、夜を徹して絵を描く。

 

程なくして、ゴッホは下宿先(カフェ)のジヌー夫人を介して、カフェと共に、自らが経営する「黄色い家」を紹介される。

 

そこは、画家のコミュニティ構想のスポットでもあった。

 

テオの仕送りに頼るゴッホの生活は貧しく、拾った枝を筆に仕立て、広大なアルルの自然を歩き回り、光の風景をスケッチしていく。

 

「平らな風景を前にすると、永遠しか見えない。存在には理由がある」(モノローグ)

 

いつものように自然の中で、木の根っこの写生をしていると、教師が引率する子供たちの集団が近づき、ゴッホの絵を見て口々に揶揄(やゆ)する。

 

「今どきの画家は変わってる。正当な絵の時代は終わり。誰もが木の根を描いて、芸術家を気取るのよ」

 

教師までがそう言い放ち、子供たちが絵に触るので、ゴッホは必死に追い払う。

 

家に帰っていくと、子供たちに石を投げられ、怒ったゴッホは子供に掴みかかるのだ。

 

親たちがゴッホを取り押さえ、施療院に強制入院させられるに至る。

 

逸速(いちはや)く、テオが病院を訪れ、ゴッホに入院の理由を尋ねる。

 

「時々、頭がおかしくなる。意識が自分の外に流れ出していく。僕が路上で、泣き叫んだと皆は言う。顔を真っ黒に塗って、子供たちを怖がらせたとか、だけど何ひとつ覚えてない。覚えているのは、暗闇と不安。それで、ここに入れられた…時々、幻が見えるんだ…時には花だったり、それから天使だったり、人間だったり、混乱してる。話しかけてくることも…このままだと、何をするか分からない。人を殺すか、崖から身投げするか」

 

テオはゴッホを抱き締めながら、ゴーギャンに手紙を書くことを思案する。

 

一刻も早くゴッホの元に行くことを、ゴーギャンに促すテオ。

 

ゴーギャンが「黄色い家」にやって来て、二人は自然を前にして、自らが切り取った「画」に集中している。

 

「僕の描いた木は僕のもの」とゴッホ

「君の描いた顔は君のもの。その顔はずっと残る。描かれた対象じゃない。君が描いたから残るんだ。人々は美術館に君の絵を見に行く」

「だけど、皆は僕の絵を見たがらない」

「革命だよ。分かるか?僕らの世代が変える。絵画と、君のいう自然との関係を根本的に。なぜなら描かれた現実は、独自の現実だから…印象派は、論外だ。そうだろ?彼らは子供や庭を描いただけ…ルノワールドガもモネも期待できない。自己を模倣してる。」

「好きな絵には感謝すべきだ。モネはいいよ」

「今は僕らの時代だ。大きな責任がある」

 

ジヌー夫人をモデルに、二人は笑みを捨てさせた被写体に対峙している。

 

【「アルルの女」(ジヌー夫人)をモデルに、ゴッホ4点の作品を残している】

 

「君は速すぎて、何も見ずに描いていく」

「絵は素早く描くものだ…僕の好きな画家は、明確な筆運びで素早く描く。それが天才の描く線だ」

「君の描き方は違う。速くて、塗り重ねてる。表面は粘土みたいだ。絵というより彫刻だ」

 

絵の技法やモチーフの考え方が異なるゴーギャンが、すぐにアルルを発ち、「パリに戻る」と唐突に言い出した。

 

驚愕(きょうがく)するゴッホ

 

ゴーギャンの言葉を反芻(はんすう)しながら、驀進(ばくしん)するように外部世界へ駈け走っていく。

 

抑制系が切れてしまったのだ。

 

「ずっと独りで、部屋で過ごしてきた。だから自分を忘れるために、外に出て絵を描く。抑制などするものか。熱狂していたい。絵は“行為”なんだ。速く描けば描くほど、気分がいい」(モノローグ)

 

「なぜ泣く?」

「僕のどこが悪かった?」

「どこも。この決断は、君と関係ない。僕らは一緒に暮らせない。気性が合わないんだ。認めろよ。分かってくれ。僕の評価が確立された。もう田舎にはいられない。人々の中で暮らさないと。それに、ここは嫌いだ。周りは愚かで意地悪で、無知な人間ばかり。そんなに興奮するな」

 

そう言い捨てて、ゴーギャンは去って行った。

 

「行くな。頼む。君にいてほしい。そんな仕打ちをするな。頼む。やめてくれ!」

 

置き去りにされたゴッホは、ゴーギャンのヘビーな言辞をループし、叫喚(きょうかん)する。

 

「何度かケンカした。僕は、彼を傷つけたのか。だが、どうやって?覚えているのは、カミソリで自分の片耳を切ったこと…耳を彼に渡したかった。謝罪として。なぜか?神のみぞ知る。ギャビー(馴染みの女子)なら彼の居所を知ってると思い耳を渡した。彼女は怖がった。殺されると思ったのか。それで警察を呼び、僕はここに入れられた…僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい。そんな時は自分に言い聞かせる。僕に見えるものを、見えない人に見せてやろう。彼らに希望と慰めを与えよう…僕の見ているものは、世界の現実に近い。生きるとは何か、人々に感じさせられる…僕の周りには危険な霊がいる。目には見えない。だけど、存在を感じる。霊は僕を脅迫する。僕の心臓を刺したがっている。霊を僕から切り離そうとした」

 

  

人生論的映画評論・続: 晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル より

午後8時の訪問者('16)   ダルデンヌ兄弟

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<「自罰的贖罪」としての「向社会的行動」に振れる医師の「道徳的な真実」>

 

 

 

1  恐怖で呼吸が荒くなる診療所の女性医師

 

 

 

「一つだけ直す点を言うわ…診断の下し方よ。患者の痛みに反応しすぎるの」

「直りません」

「自分の感情を抑えなさい」

 

診療所の女性医師・ジェニーが、研修医のジュリアンにアドバイスした際の短い会話である。

 

診療所のインターホンが鳴ったのは、その直後だった。

 

ジュリアンが出ようとすると、ジェニーはそれを制止する。

 

「いいの。1時間も過ぎてるわ…今頃、来るほうが勝手なのよ」

「急患かも」

「それならもっと鳴らすわ…患者に振り回されちゃ、だめ」

 

ジェニーはその直後、診療所から移る医療センターのスタッフたちによる歓迎パーティーに出席した。

 

翌朝、診療所に出勤すると、昨夜、起きた事件の捜査で、「防犯カメラを預かりたい」という目的で、二人の刑事が訪ねて来た。

 

診察室にジュリアンが出勤していないので、留守電に昨日の言い過ぎを謝罪するジェニー。

 

診療を終えたジェニーは警察署に行き、先の防犯カメラの映像を見ることになる。

 

そこには、殺害された若いアフリカ系の女性の姿が映し出されていた。

 

件(くだん)の女性が診療所のインターホンを鳴らしたのは、8時5分。

 

紛れもなく、ジェニーが診療所のドアを開けなかった時刻である。

 

死因は頭蓋骨骨接。

 

衝撃を受けるジェニー。

 

診療所に来たことのある患者か否かについて刑事に聞かれたが、「アブラン先生の代診なので分からない」と答える女医。

 

ジェニーは、警察署からの帰りに遺体が発見された海岸の工事現場に立ち寄った。

 

更にジュリアンの家を訪れ、殺された女性の写真を見せるが、「知らない」と返されるのみで、意思疎通が図れない。

 

ジュリアンは医師になることを諦め、田舎へ帰る引っ越しの準備中だったのだ。

 

ジェニーは、本当は、自分もあの時ドアを開けたかったが、「力関係を見せるため」にジュリアンを制止したと告白する。

 

診療所のアブラン医師にも女性の写真を見せるが、同様に、診た記憶がないと言う。

 

「私が開けてたら助かった」

「そうだが、殺したのは君じゃない」

「診療所を継ぎます」

「いいのか?私は嬉しいが、保険診療の患者が多いぞ」

「いいんです」

 

往診に行った家の少年・ブライアンにも画像を見せると、「見たことない」と言うのみ。

 

ジェニーはブライアンのこめかみを触診すると、2倍の速さの脈が打っていた。

 

再度、ブライアンの家を訪問し、問い詰めるが、「知らない」という一点張りだった。

 

しかし、ブライアンの拒絶も、限界に達していた。

 

翌日、胃が痛むというブライアンが、高校の教師に連れられ、診療所にやって来たのだ。

 

そこで、ブライアンは両親(別居中)にも誰にも話さないと約束したうえで、ジェニーに見たことを告白する。

 

「車で老人にフェラを」

「木曜の夜だった?」

「どうやって見たの?」

「トレーラーハウスだから、窓からのぞいた」

 

ジェニーは、そのトレーラーハウスの所有者に案内してもらったが、そこで起きたことを話し、殺された女性の写真を見せると、ここでも、「知らない」と返されるのみで、腹を立てられた挙句、「出て行け」と言われ、早々に追い出される始末。

 

諦め切れないジェニーは、介護施設に入所するトレーラーハウスの所有者の父親に会いに行き、死んだ女性の名前を聞きに行く。

 

最初は話そうとしなかったが、息子が度々トレーラーハウスに娼婦を呼んでおり、息子は警察に「場所の無断使用がバレる」事態を怖れているとのこと。

 

女の子の名前は知らないが、「リエージュの聖マグリット通り」の郊外の店に電話をして呼ぶとのことだった。

 

息子が老人の部屋にやって来て、話は中断する。

 

ジェニーは早速、リェージュ(後述する)のネットカフェを訪れ、受付の店員や客に写真を見せて尋ねるが、誰も知らないと言う。

 

そのカフェから、田舎に帰ったジュリアンに電話を入れ、会いに行くことを留守録に入れた。

 

翌朝、ブライアンの父親がジェニーの診療所に訪ねて来た。

 

ジェニーの通報を怖れ、息子が目撃した際に友達が一緒だと嘘をついたが、そのことで警察を煩(わずら)わすことがないよう釘を刺しに来たのである。

 

ジェニーは、ジュリアンの田舎を訪ね、医者になることを絶念した理由を聞き出そうとする。

 

自分が批判したことに自責の念を覚え、彼の翻意を促すのである。

 

「私のせいでないなら、医者を諦める理由は?」

「いいんだ」

「でも、5年も勉強したわ。なれるわよ。試験まで時間もある。研修だって、残りは1週間だけ。研修の初日、覚えてる?医者が夢だと言ってた」

「発作で震える、あの少年は、父に殴られた僕だった。殴られてばかり…そういう人のために医者を目指した。近所の医者は、父の暴力を見抜けなかった。叱られて分かった。能力も、なる気もない。父を思い出すし…もう父を考えたくない。それが理由だ」

 

ジェニーはいつものように往診から帰る車を運転していると、黒人の男に車を寄せられ、強引にストップさせられた。

 

二人組の男(ネットカフェにいた男)が下りて来て、「話があるから窓を開けろ」と命じ、工具でフロントカバーを叩いて脅すのだ。

 

「写真を持って、うろつくな。目ざわりなんだよ。分かったか?」

 

恐怖で呼吸が荒くなるジェニー。

 

車を走らせると、前方にブライアンを乗せたスクーターが見え、ジェニーはそれを追い駆けた。

 

スクーターが停(と)められた廃屋に入り、ブライアンの名を呼ぶ。

 

その時、友達と一緒にいるブライアンが走って来た。

 

「あの友達ね。写真を見せたいの」

「僕、ひとりだった」

「街で見かけて…」

「彼はいなかった!」

 

そう叫ぶや、ブライアンはジェニーを穴に突き落としてしまう。

 

友達をバイクで逃がしたブライアンは、その場にあった階段代わりになる金網を穴倉に放り込んだ。

 

ジェニーを突き落としたのは、彼の本意でなかったのである。

 

帰宅したジェニーは、着信のあったジュリアンに留守録を入れる。

 

そして、ジュリアンから、再度、医者を目指して試験を受けるという知らせを受けた。

 

「考え直してくれたのね。うれしいわ」

 

そこに、ブライアンの両親が訪ねて来た。

 

出し抜けだった。

 

「あの女の話で、また息子を悩ませたとか。二度と近づくな…主治医を代えさせてもらう」

 

父親がそう捲(まく)し立てるや、診療所に通う母親も畳み掛けてくる。

 

「あの娘のことで、悩むのは分かるけど、息子を苦しめないで」

 

要点のみを言い放ち、両親は帰って行った。

 

その後、思いがけないことが起こる。

 

ブライアンの父親から痛みを訴える電話が入り、往診に行くことになる。

 

家に入ると、父親が床に倒れていた。

 

モルヒネは急場しのぎ。病院へ」

 

その父親は、アブラン医師の頃から、椎間板(ついかんばん/椎間板ヘルニアのこと)の痛みで注射を打ってもらっていたのである。

 

ジェニーは、父親が娘のことを知っていると推し測り、事情を聞き出そうとするが、彼は往診代を払っただけで、そこだけは頑なに応えようとしなかった。

 

【映画で紹介されるリエージュの街は、オランダ語圏の、裕福な北部・フランデレン(フランドル)地域ではなく、ベルギーの貧しい東部・ワロン地域=フランス語圏に位置する工業都市ダルデンヌ兄弟の映画製作の初発点でもある。「西欧の十字路」・ベルギーは、多文化共存の象徴とされるが、その内実は、南北の経済格差の顕著な、この国における「言語対立戦争」=「フランデレン問題」を抱え、北部の分離独立運動が根強くあり、その高まりは加速しつつあるのが現状である】

 

  

人生論的映画評論・続: 午後8時の訪問者('16)   ダルデンヌ兄弟 より

映画短評  幸福なラザロ('18)   アリーチェ・ロルヴァケル

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<不特定他者にまで「安寧」を供給する「善なるもの」は、時代を超えて希求される>

 

 

 

極端なほど善人だが、その「善人性」を認知されても、村の男たちからは尊厳を持って愛されることはない。

 

本来的な善人の使い勝手の良さは、「飛び抜けたお人好し」として利用されるだけだ。

 

カリスマ性は微塵もない。

 

欲望の欠片(かけら)も拾えず、所有する何ものもない。

 

ただ、言われるままに動く。

 

文句を垂れることもなく、求められるままに働くのだ。

 

違法な小作制度が残存する、現代の文明社会が弾かれたようなイタリアの小村で、前近代的な搾取構造が幅を利かせていた。

 

だからと言って、外部世界から隔絶されたことで、無知なる者たちが依拠したコミュニティの風景には、ディストレス状態が染み付いていない。

 

「貧困の平等性」が担保されていたからである。

 

「人間は獣と同じ。自由にすれば、苛酷な現実が待ってるのを知ることになるだけ。結局は苦しむのよ。私は小作人を、小作人は彼を搾取する。それが世の中の仕組みよ」

 

土地の所有権のない農民が、地主から土地を借りて耕作する小作制度の主である侯爵夫人が言う「彼」とは、物事を額面通りに受け取ってしまう「飛び抜けたお人好し」・ラザロのこと。

 

侯爵夫人によって小作される小作人が、血縁関係が不分明なラザロを搾取する。

 

小村では、このラザロが搾取構造の最下層にいるのだ。

 

それでもラザロには、不遇を託(かこ)っているという意識がない。

 

大体、「善人性」の自覚すらないのである。

 

だから、他者を疎(うと)むという意識など、更々ない。

 

人を信じ切る強さは並外れているから、「兄弟」(「半分・兄弟」)と言われただけで、侯爵夫人の息子タンクレディが仕掛ける、身代金目当ての狂言誘拐に加担してしまうが、疾(と)うに、母親に見透かされているから毒気を抜かれ、成就しない。

 

しかし、この未遂事件は予想だにしない事態を惹起する。

 

事件によって、タバコ農園での違法な小作制度(実話ベース)が警察に知られ、侯爵夫人は摘発され、全ての財産を失うことになるが、その事実を知ることなく、ラザロは崖から谷底に転落し、絶命する。

 

ところが、ラザロの「善人性」を嗅ぎ取る狼(イタリアオオカミ/ロムルスとレムスを育てた建国神話に由来)がラザロを蘇生させる。

 

ヨハネによる福音書」にある「ラザロの復活」である。

 

友人ラザロの死を嘆き、イエスが彼を蘇生させた奇跡譚がベースにあるが、「聖人・ラザロ」と異なり、小村のラザロには、「善人性」が認知されるだけだった。

 

「小村のラザロの復活」には、2、30年ほどの時間が経由しているが、起き上がっても、今や村は荒廃し、村民も消えていて、外部世界に流れていく外になかった。

 

且つ、「兄弟」・タンクレディを探し求めるラザロの旅。

 

それが冗談であるとは考えず、「兄弟」と呼んでくれたタンクレディへの思いは変わらないようである。

 

解放された村民たちは、街の生活に馴染めず、泥棒・詐欺稼業で糊口を凌(しの)いでいた。

 

物理的・精神的に、汚濁された日常を繋ぐ生活風景は、負債を累加させるだけの小作時代よりも惨めに見える。

 

ジェントリフィケーション(都市の高級化現象=富裕層の空間占有化)による弱者排除という、作り手のメッセージであると思えるが、ここは、小作時代のコミュニティへの過剰な馴致(じゅんち)に起因する、都市居住への適応能力の致命的欠如と、義務教育の不履行を余儀なくされたこと ―― この辺りに相関関係が読み取れるだろう。

 

すっかり老けた村民たちは、永い眠りから覚めたラザロを認知できない中で、唯一人、侯爵家のメイドだったアントニアは気づき、その相貌が全く変わらない「ラザロの復活」の前に跪(ひざまず)く。

 

映画の寓話性を、敢えて提示する決定的な描写だった。

 

そして、落ちぶれ果てた狂言男・タンクレディとの再会。

 

銀行に財産を奪われたと言うタンクレディの言辞を真に受けたラザロは、色褪せ、零落(れいらく)した「兄弟」に同情し、目を潤ませるのだ。

 

同様に、富裕層の対極にいるラザロが向かったのは、経済活動の中枢スポットである銀行だった。

 

タンクレディの財産を返して欲しいと訴えるが、ズボンのポケットに銃を隠し持っていると怖れられ、強盗に間違えられてしまう。

 

結局、銃ではなく木製パチンコであると知った客たちに痛めつけられ、抵抗せずに絶命するラザロ。

 

「善」(貧困層)と「悪」(富裕層)の対比が、シンボリックに映像提示されるのだ。

 

再び狼の出番だが、根源的にイノセントなラザロを蘇生させるイメージは、ここでは拾えない。

 

建国神話を象(かたど)って、ロムルスとレムスに乳を与えたローマに向かって走っていくのか。

 

所有する何ものもなかったラザロの魂だけは、軽々(けいけい)に死滅させるわけにはいかないのだ。

 

貧しい者たちに賛美歌を聴かせない欺瞞的な教会は不要であっても、人々を疲弊させる先の見えない不均衡な時代にあって、不特定他者にまで「安寧」を供給するラザロの魂は、引きも切らず希求されるということ。

 

ムイシュキン公爵を彷彿させるが、それ以上に無知・無垢であったが、「安寧」を供給する「善なるもの」の有意味性は、困難な時代の荒波を潜(くぐ)り抜けていく人々の内側に、何より得難い推進力と化して検証されいくだろう。

 

少なくとも、これだけは読み取れるラストだった。

 

(2021年6月)

 

 

 

人生論的映画評論・続: 映画短評  幸福なラザロ('18)   アリーチェ・ロルヴァケル より

斬、('18)   塚本晋也斬、('18)   塚本晋也

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<やられても、やり返さない「正義」の脆さ>

 

 

 

1  「私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」

 

 

 

日本刀の制作工程から開かれるオープンシーン。

 

杢之進(もくのしん)が、農民の市助に木刀で剣術を教えている。

 

市助の姉・ゆうに、昼食に呼ばれ、稽古は中断する。

 

市助は食後の稽古を杢之進に求め、家に戻っていく。

 

畑仕事に勤(いそ)しむ、ゆうと村人たち、そして杢之進。

 

「江戸に行くんですか?」

「そろそろかと思ってる」

「そんなに大変なんですか?」

「250年も太平が続いたんだからね。今こそは、本来の仕事をしに行かないと」

「市助が羨(うらや)んでました。自分も武士の家に生まれていたら、お役に立てたのに」

「死ぬんですか?」

「死にません」

「…あの子を、あんまり、その気にさせないで下さいね。いざとなったら、農家の男だって、駆り出されるんですよね」

 

そこに市助が、果し合いがあると言って、杢之進を呼びに来た。

 

まんじりともせずに、真剣勝負を見つめる3人。

 

途中で杢之進は帰り、二人もあとを追う。

 

再び、剣術の稽古を始めた杢之進と市助。

 

それに見入る一人の浪人。

 

笑みが零(こぼ)れている。

 

果し合いをしていた男だった。

 

「私と一緒に、江戸へ行きませんか?」

 

澤村と名乗るその浪人が、杢之進に声をかけた。

 

「私の組を作って、御公儀に馳せ参じようと思ってます…江戸から京都へ乗り込むつもりです。もう、一刻も猶予がありませんからね」

 

市助が口を挟んだ。

 

「もう、そんな事態になってるんですか?」

 

杢之進は自らを名乗り、同意する。

 

市助も実力本位だと誘われると、ゆうが猛烈に反対する。

 

ここで、杢之進が恐怖感に脅えているシーンが提示された。

 

そんな折、村に悪党集団がやって来た。

 

村人たちは皆、家に隠れ込む。

 

杢之進は、その悪党の頭領に挨拶する。

 

「俺たちはな、悪い奴らにしか、悪いことしねぇんだよ」

「その顔、直したら、村の人たちも歓迎してくれますよ」

 

そう言って、お互いに笑い合うのだ。

 

和平交渉が成立したのである。

 

しかし、村人たちは納得がいかない。

 

「何で、あんな奴らがのさばってるんだ」

 

市助の物言いである。

 

悪党集団が村から離れるまで、ゆうは杢之進に江戸に行かないようにと頼み込む。

 

「そこまで悪い人たちではありません。仕事を探しに来たら、話を聞いてあげて下さい」

 

そこに澤村がやって来た。

 

明朝、江戸に発つという知らせである。

 

翌朝、出立(しゅったつ)の際に杢之進はふらつき、倒れ、寝込んでしまう。

 

出立を一日延ばすことにしたが、苛立つ市助が外に飛び出すと、悪党たちに絡まれ、反撃する。

 

徹底的に叩きのめされて戻って来た市助を見て、「自分の組の者がやられて、放ってはおけぬ」と言うや、澤村は出て行った。

 

杢之進は市助に命の別状がないと知り、「よかった」と呟く。

 

「市助があんなにされて、よかったはないでしょ!」

 

杢之進の不甲斐なさに苛立つゆう。

 

暫(しばら)くして、ゆうが杢之進のもとに興奮しながら、走って来た。

 

澤村が、悪党どもを斬り捨てたと言うのだ。

 

「江戸へ行く前に、やることやってくれたんだもん!」

 

澤村を称え、嬉々として報告するゆう。

 

「何てことを…何てことを」

 

杢之進は震えが止まらなかった。

 

その夜、杢之進はうなされる。

 

夜中に起きた杢之進は、外に出ると異変を察知する。

 

悪党の残党の一人が仲間を連れ、ゆうの家族を殺害したのだ。

 

その中に、市助もいるのを確認し、杢之進は涕泣(ていきゅう)するばかりだった。

 

ゆうは泣きながら、杢之進に迫る。

 

「仇を取って!」

 

「私が行く」と澤村が言うや、ゆうは杢之進を指差して、「あなたが、やって下さい!」と叫ぶのだ。

 

しかし、杢之助は澤村に向かって頭を下げる。

 

「お願いします。これ以上は止めて下さい」

 

杢之介を問い質すゆう。

 

「なぜ、いざというとき、戦わない。人を殺すために出かけるんですよね!その刀は飾り物ですか?」

「もともと初めに手を出したのは、こちらです…こんなことを繰り返すのは、もうやめです」

 

そう反応した杢之進は、澤村と共に残党の住処(すみか)に向かっていく。

 

そこに、悪党たちが戻って来た。

 

「止めて下さい」

「抜け!お前の実力を見せてみろ」

 

澤村に煽(あお)られ、悪党たちと対峙する杢之進。

 

レイプされるゆうを視界に納めつつ、悪党たちに棍棒で大立ち回りする杢之進。

 

剣で向かってくる悪党どもを打ち砕いていくが、棍棒の威力も使い果たし、首領の剣を突き付けられ、身動きできなくなった杢之進。

 

そこに、形勢を見ていた澤村がやって来て、いとも簡単に悪党を斬り捨てていく。

 

抜け殻のようになった杢之進は、「時がない」と言う澤村の出立の告知を拒絶する。

 

「私のことは、外して下さい。私には、とても無理です」

「駄目だ。お前を連れていく。明日、朝迎えに来る。ここで起った些細なことは忘れろ。俺たちがこれからするのは、もっと大きいことだ。お前が行かないときは斬るからな」

「教えてください。澤村さんは、どうしてあんな風に人が斬れるんですか?…私も斬りたい。私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」

 

何度も繰り返し、そう叫び、頭を抱え、蹲(うずくま)る杢之進。

 

明朝、澤村が杢之進を迎えに来ると、寝床はもぬけの殻だった。

 

逃走した杢之進を追う澤村のあとを、ゆうも付いて来る。

 

山の中で澤村が、杢之進に呼び掛ける。

 

「一緒に江戸へ行くのは止めだ!今からおまえを斬る。それが嫌だったら、俺を斬れ!一人斬れば、肝も据わる。それができなければ、あいつ(刀のこと)というものに意味がない…俺に勝ったら、江戸に行け!分かったか!」

 

その声を聞きながら、山を上り続ける杢之進。

 

「何で、何でそんなに、杢之進に拘(こだわ)るんですか?」

 

ゆうが澤村に問いかける。

 

「本気のあいつに勝つ。俺自身が使い物になるかを確かめる」

 

澤村も杢之進も、悪党との戦いで傷を負っており、木の幹で休みながら、ぼんやりと、てんとう虫を眺めている。

 

「てんとう虫は、上へ上へと向かおうとする。上るところがなくなると、天に飛び立つんです」

 

そう言うや、山の奥へと上って杢之進。

 

後を追う、澤村とゆう。

 

雨が降り、止んだところで、杢之進が草むらにうつ伏していた。

 

澤村は剣を抜き、杢之進に近づく。

 

「止めて下さい。もう、止めて下さい!」

 

喚き叫ぶゆう。

 

澤村が斬りかかると、杢之進は立ち上がり、剣を振り回す。

 

膝立ちで向き合った杢之進に、澤村が刀で振りかかるや、杢之進は澤村を一刀のもとに斬り捨てた。

 

杢之進は、そのまま山の奥へと消えていく。

 

残されたゆうは、絞るように泣き叫ぶだけだった。

 

【主題の提起が明瞭で、過剰な演出があっても、映画的に面白かった。何より強い作品だった。秀作である】

 

  

人生論的映画評論・続: 斬、('18)   塚本晋也 より