2013-03-01から1ヶ月間の記事一覧

ヒューゴの不思議な発明(‘11) マーティン・スコセッシ <「映画好きの観客」限定の物語の訴求力の脆弱さ>

1 「世界が一つの大きな機械なら、僕は必要な人間だ」 「何にでも目的がある。機械でさえ。時計は時を知らせ、汽車は人を運ぶ。皆、果たすべき役割があるんだ。壊れた機械を見ると、悲しくなる。役目を果たせない。人も同じだ。目的を失うと、人は壊れてし…

灼熱の魂(‘10) ドゥニ・ヴィルヌーヴ <「衝撃的なラスト」に印象誘導するストーリーが失った「映像総体の強度」>

1 中東を巡る不安含みの旅が到達した悲劇の極み カナダのケベックに住む、双子の姉弟がいる。 ジャンヌとシモンである。 彼らの母親のナワルは、プールサイドで視認した「何か」によって体調を崩し、呆気なく逝去する。 しかしナワルは、謎めいた遺言を残し…

それでもボクはやってない('07)  周防正行 <警察・検察・司法の構造的瑕疵への根源的な問題提示>

1 警察・検察・司法の構造的瑕疵を根源的に問題提示した、秀逸な社会派の一篇 本作は、人に言えないほどの辛い経験の混乱の中で、相当程度、曖昧となった少女の記憶が、刑事の情報誘導によって補完されることで、矛盾なく固まったと信じる主観の稜線上に、…

ミッドナイト・イン・パリ(‘11)  ウディ・アレン <「パリ万歳」というチープな感覚を超えて、タイムトリップのゲームをファンタスティックに描いた傑作>

1 価値観の違いを顕在化させる、世俗的な現実主義と懐古主義の乖離感 次々と、美しく切り取られたパリの情景が、3分間に及んで映し出された後、ライトアップされた夜のエッフェル塔の絵柄に結ばれて、オープニング・クレジットが表示されていく。 それと同…

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(‘11) フィリダ・ロイド  <「正しいと信じ切る能力の強さ」を具現化していった代償としての、支払ったものの大きさ>

1 「差別の前線」での「たった一人の闘争」を必至にする、「鉄の女」の誕生秘話 多様な経験の累加によって、自らの感情・行動傾向が継続力を持つ、構造化された安定的な認知に関わる確信幻想 ―― これを、私は「信念」と呼ぶ。 一切が幻想であると考える私に…

パピヨン('73) フランクリン・J・シャフナー <「人生を無駄にした罪」によって裁かれる男の物語>

1 「人生を無駄にした罪」によって裁かれる男の物語 この波乱万丈に満ちた、アンリ・シャリエールの実話をベースにした映画の中で、最も重要なメッセージは、以下の言葉に尽きるだろう。 「お前は、人間が犯し得る最も恐ろしい犯罪を犯したのだ。では、改め…

ニーチェの馬(‘11)  タル・ベーラ  <内側で緩やかに、しかし確実に、〈死〉に向かって匍匐している負の鼓動の実感>

「(長回しは)私の映画の言語です。俳優が逃げることができずに状況の囚人となるのです。(略)こういう長回しの映像を見ている観客はストーリーを追うのではなく、空間、時間、人間の存在を追い、それをすべて集約してその場で起きていることを感じる。そ…

八月の鯨(‘87) リンゼイ・アンダーソン <「八月の鯨」という、解放系の空間に駆動させる老姉妹の心理的推進力>

1 「老境」に対する基本的スタンスが異なる老姉妹 これは、「約束された死」への境遇が実感的に迫る、「老境」に対する基本的スタンスが異なる老姉妹が、それによって生じる葛藤の心理的補完を、一方が他方に依存的に求める「対比効果」(対比によって、一…

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)('07) 若松孝二 <『実録』の名の下で希釈化され、削られた描写が照射した『事件』の闇の深層>

「実録」と銘打った物語の後半のクライマックスである、「あさま山荘」を描いた一連のシークエンスから掘り起こしたい。 あまりに著名な事件だから詳細な説明は省くが、そこに5人の「革命戦士」がこもっていたことは、当時を知る者には鮮明な記憶をなお残し…

隠し剣 鬼の爪(‘04)  山田洋次 <「純愛譚」のピュアな絡みをベースにした「娯楽時代劇」の逸品>

1 「暗殺剣」の行使を必要とせざるを得ない、拠って立つ立場を相対化したとき テレビ時代劇に見られるような、権力を笠に着て藩の政治を牛耳る悪徳家老と、嫁を死ぬまで酷使する商家の鬼姑という、典型的な「悪」を設定することで、さして強そうにも見えな…

反撥(‘64)  ロマン・ポランスキー <「約束された狂気」のルーツに潜む性的虐待という破壊力>

1 キャロルの内面を揺動する「男性恐怖症」 50年近くも前に、これほどの完成度の高い作品が創られていたこと自体、殆ど奇跡的である。 廊下の壁から無数の手が現れるなど、サイコサスペンスの範疇の中でシュールな画像が連射されているが、それらは全て、…

第三の男('49) キャロル・リード <「戦勝国」という記号によって相対化された者たちとの、異なる世界の対立の構図>

1 「闇の住人」の視線を相対化する映像構成 時代の大きな変遷下では、秩序が空白になる。 空白になった秩序の中に、それまで目立たなかったような「闇」が不気味な広がりを見せていく。 「闇」は不安定な秩序を食い潰して、いつしか秩序のうちに収斂し切れ…