2023-01-01から1年間の記事一覧

評議('06)    人が人を裁くことの重さ

1 「私たち9人が知恵を出し合い、真剣に議論を行えば、きっとみんなが納得できる結論に至るはずです」 平成21年(2009年) 裁判員の参加する刑事裁判が始まった。 被告人・中原敦志(以下、中原)の婚約者・川辺真由美(以下、川辺)の証言。 「私は…

エゴイスト('23)   そこだけは輝きを放つ〈愛〉のある風景

1 「二人でやれるところまで、やってみよう。お母さんのために」 女性雑誌の編集者である斉藤浩輔(以下、浩輔)は、仕事の後のゲイ仲間との夕餉(ゆうげ)を愉悦している。 その浩輔の帰郷の際のモノローグ。 「憎むほど嫌いだった故郷の田舎から逃げるよ…

帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく

1 「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」 キャバレーのボーイをしている作家志望の野崎辰雄(以下、辰雄)は、父・文雄の急死の電報を受け、6年ぶりに信州・飯田に帰郷することになった。 …

アマンダと僕('18)  それでも、人間は動く

1 「昨日の夜、大変なことが起きたんだ。男たちが銃を持って…ピクニックや散歩に来てた人たちを撃った。大勢が撃たれた…」 パリで短期滞在のアパートの雑用をしているダヴィッドは、案内するインド人観光客の到着が遅れたことで、姉・サンドリーヌの7歳の…

ロストケア('23)   トラウマを克服する歪んだ航跡

1 「この時、気づきました。この社会には穴が開いているって。一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない」 「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい マタイによる福音書7章12節」 「黄金律」とも言われるイ…

小林多喜二('74)   闇があるから光がある

1 「闇があるから光がある。闇から出てきた人こそ、一番本当の光のありがたさが分かるんだ。世の中は幸福ばかりで満ちているもんではないんだ」 一九三三年(昭和八年)二月二十日 東京・赤坂・福吉町 日本共産青年同盟の詩人・今村恒夫と共に、赤坂の連絡…

銀河鉄道の父('23)   魂の呻きを捩じ伏せて、なお捩じ伏せて、這い出して、熱量を噴き上げていく

1 「宮沢賢治はその程度の文士なのか?その程度で諦めんのか?トシがいねえのなら、私が全部、聞いてやる!私が宮沢賢治の一番の読者になるじゃ!」 明治29年9月 岩手県花巻で質屋を営む宮沢政次郎(まさじろう)は、妻・イチが長男を出産したという電報…

橋のない川 第二部('70)   闘い切った映画作家の本領の眩さ

スケッチブックを抱えて、川の対岸を歩いている杉本まちえ(以下、まちえ)の姿を見て、畑中孝二(以下、孝二)は、「まちえさ~ん!」と何度も呼びかけるが気づいてもらえない。 夢だった。 高等科を優等で卒業した孝二は18歳となり、ガラス工場で熱心に…

ザ・ホエール('22)  時間の傷を溶かす距離の重さ

1 「うっ血性心不全よ。ここままでは週末までに死ぬ。死んでしまう」「僕は最悪な人間だ。分かってる。すまない」 オークリー大学の遠隔始動プログラムのオンライン講師をしているチャーリーは、学生たちに向けた講義をしているが、アップされた生徒たちの…

橋のない川('69)  沸点に達した少年が状況を支配し、新たな情景を拓いていく

1 「世間の人は、わいらをエッタ、エッタ言うて、ケダモノみたいに言いまんのや。なんぼ自分で直そう思うても、エッタは直せまへん。校長先生、どげんしたらエッタが直るんか、教えてくんなはれ」 「日露戦争に勝利した日本陸軍は、その余勢を誇るかのよう…

ケイコ 目を澄ませて('22)    魂を込めたボクシング人生を再駆動していく

1 「ケイコは目がいいんですよ。じーっと見てる。多少時間はかかりますけどね。それは、苦労なんかじゃないですね」 2020年12月 東京 「小河恵子 東京都荒川区生まれ。生まれつきの感音性難聴で、両耳とも聴こえていない。2019年プロボクサーライ…

レディ・バード('17)   それでも私は東に跳んでいく

1 「稼げるようになったら、きっちり返すから。この話は終わり」 “カリフォルニア州の快楽主義を語る人は、サクラメントのクリスマスを知らない” J・ディディオン(冒頭のキャプション) 「何かを達成したい」 大学見学からの帰路、母・マリオンが運転する…

オフサイド・ガールズ('06)   「都会の女たち」の熱気は、地方から出て来た兵士の男を圧倒する

1 「わかった。こうしよう。試合さえ見せてくれたら、奴隷のように働く。お袋さんや家畜の世話もするし、放牧にも連れてく…」 「イランでは、女性が男性の競技を観戦できない。本作は2005年のワールドカップ最終予選、イラン対バーレーン戦の最中に撮影…

生きる('52)   黒澤ヒューマニズムの真骨頂

1 「わしは死ぬまでその、一日でも良い、そんなふうに生きて…死にたい」 「これは、この物語の主人公の胃袋である。噴門部に胃癌の兆候が見られるが、本人は未だそれを知らない」(ナレーション) その主人公とは、某市役所の市民課長を務める渡辺勘治(以…

わが青春に悔いなし('46)  顧みて悔いのない生活

1 「あなた、秘密があるのね。それを私にください。それが欲しいんです。私、それがとても良いものに違いないと思うから」 「満州事変をキッカケとして、軍閥・財閥・官僚は帝国主義的侵略の野望を強行するために、国内の思想統一を目論見、彼等の侵略主義…

潜水服は蝶の夢を見る('07)   「想像力」と「記憶」を駆使し、窮屈な“潜水服”の状態から抜け出ていく

1 「体が動かない。動けぬまま、僕は旅の手記を書く。孤独の彼方に、漂流する者の目で」 脳梗塞によって、ロックトイン症候群(閉じ込め症候群)になり、眼球運動以外のコミュケーション機能を失った一人の男・ジャン=ドーが、事故から3週間後に覚醒した…

ラーゲリより愛を込めて('22)   「堂々たる凡人」 ―― その生きざま

1 「“死んだ者を哀しんで、なにが悪い!人間としての権利だ!”」 1945年 満州 ハルビン 妹の結婚式で、美味しそうに料理を食べる山本幡男(はたお/以下、幡男)と妻モジミと4人の子供たち。 「素晴らしい結婚式だ」と幡男。 「ええ」とモジミ。 その…

どん底('57)  黒澤リアリズムの到達点

1 「お前さんが死んであの世へ行くと、阿弥陀様にお目にかかる。阿弥陀様は、お前さんをお慈悲深い目で見守って…だから、くよくよせずにお迎え待つんだよ」 崖の下のオンボロの棟割長屋(むねわりながや)には、どん底の人生を送る人間たちが住んでいる。 …

「戦うのは自分たちの土地を守るためです。敵への攻撃が目的になってはいけません。それが人の命に対する責任です」

NHK「クローズアップ現代」で放送された「戦争が“言葉”を変えていく ある詩人が見たウクライナ」を観て深い感慨を覚えたので、その一部を紹介したい。 以下、ウクライナ西部の都市リビウの人形劇場の演出家として働くウリャーナ・モロズさんが、侵攻後、…

PLAN 75 ('22)   復元し、明日に向かって西陽を遠望する

1 「いつも、先生とおしゃべりできるのが嬉しかった。おばあちゃんの長話に付き合ってくれて。本当にありがとうございました」 音楽番組に続いて、ラジオからニュースが流れる。 「75歳以上の高齢者に、死を選ぶ権利を認め、支援する制度、通称“プラン7…

蜘蛛巣城('57)  完璧な俳優陣による完璧な構成と完璧な構築力

1 「殿の行く道はただ二つ。じっとこのまま大殿に斬られのを待つか、大殿を殺して蜘蛛巣城の主になるか」 蜘蛛巣城の城主・都築国春(つずきくにはる/以下、国春)の臣下、北の館(きたのたち)の藤巻が、隣国の乾(いぬい)と通じて謀反を起こし、当初、…

生きものの記録('55)   「神武景気」の只中で堂々と世に放たれたエンタメ排除の反核映画

1 「死ぬのはやむを得ん。だが、殺されるのは嫌だ!」 家庭裁判所の調停委員をしている歯科医の原田が家裁に着くと、家族によって裁判所に申し立てられた中島喜一(以下、喜一)が、荒木判事に向かって怒りをぶつけていた。 「この連中が一人前の人間に見え…

天城越え('83)   「無常と祈り」の映像風景が揺蕩っている

1 「あたしはハナ」「ハナ?」「そう。咲いた咲いたのハナ。簡単な名前だわ」 現代。 静岡県警察本部刑事部嘱託の田島松之丞(以下、田島)が、刑事捜査資料の印刷の依頼で、県内にある港印刷所を訪ね、事務員に名詞と原本を置いて行った。 病院でレントゲ…

用心棒('61)   純度100%のエンタメ時代劇の決定版

1 「用心棒にも色々ある。雇った方で用心しなきゃならねぇ用心棒だってあらぁ」 風来坊の素浪人・三十郎がやって来た宿場町には、賭場の元締めの清兵衛一家と、跡目相続への不満で独立した清兵衛の弟分の丑寅一家との争いが絶えず、すっかり荒廃していた。 …

八月の狂詩曲('91)   「戦時の悲劇」と「牧歌的な平和」が架橋する

1 「戦争が終わってもう45年も経つとに、ピカはまだ戦争ば止めとらん。まだ人殺しば続けよる。ばってん、みんな戦争のせいたい」 「なんだか、おかしな夏でした。その夏休みには、奇妙な出来事ばかり起こりました」(たみのモノローグ) 長崎の山村に住む…

土喰らう十二ヵ月('22)   「今日」という一日を丁寧に生きていく

1 「ここに住まないか?毎日、うまいもの喰えるぞ」「ありがとう。ちょっと考えさせて」 信州の山奥で畑作の自給自足の生活をする作家・ツトムの元に、担当編集者の真知子が車を走らせ向かっている。 〈立春〉一年のはじまり(2月3日、2月4日頃) ツト…

ひろしま('53)   怒りを力に変え、その惨状を描き切った唯一無二の幻の名画

1 「僕は原爆の恐ろしさと、あの非人道的なことを世界の人に叫ぶ前に、まず日本人に分かってもらいたいんです」 「1945年8月6日朝、2時45分3機のB29は、テニアンの基地を出発した。指揮官ティベック(ティベッツ)大佐搭乗のエノラ・ゲイ号の爆…

ある男('22)   束の間の至福を経て昇天する男が物語を揺動させていく

1 「…私は一体、誰の人生と一緒に生きていたんでしょうね」 宮崎の実家の誠文堂文具店で店番をしている武本里枝(りえ/以下、里枝)が、ペンの色を揃えながら、抑え切れず涙を流す。 そんな時、大雨の中、スケッチブックを買いに来た男が店の停電の際にブ…

ルーム('15)   「途轍もない特異性」が抱え込む破壊力が溶けていく

1 「ママは7年間監禁されてるの…“世界”は広いのよ。信じられないくらい広い。“へや”は狭くて臭い」 「昔々、僕が下りてくる前、ママは毎日泣いて、TVばかりを見てゾンビになった。そして天国の僕が天窓から下りてきた。ママを中からドカンドカン蹴ったん…

1987、ある戦いの真実('17)   公安⇔反体制的学生・市民という激発的衝突の向こうに

1 「俺は命懸けでアカを捕まえた。俺がいなきゃ、この国は北に侵略されてた」 “大韓ニュース 大統領の動静” 「チョン・ドゥファン大統領は、北朝鮮スパイの検挙者を労(ねぎら)いました。また“急激に左傾化した一部の分子が反体制は勢力とつながることで、…