2021-01-01から1年間の記事一覧

幸せなひとりぼっち(‘15)     ハンネス・ホルム

<グリーフは吐き出すことで癒される> 1 「死ぬのも簡単じゃない。居候まで増えた。こいつを何とかしたら、必ず、そっちへ行く」 「昨日、そっちへ行けなくて、すまなかった。周りが騒がしくてね。新入りが越してきたんだ。近頃の奴らには驚かされる。車で…

人生論的映画評論・続 MOTHER マザー('20)   大森立嗣

<「見捨てられ不安」を膨張させてきた感情の束が累加され、強迫観念と化していく> 1 「ばあちゃんダッシュ」をさせる機能不全家族 「周平、学校は?」 それに答えない息子の足の怪我を見て、傷を舐める母・三隅秋子(みすみ/以下、秋子)。 このオープニ…

息を呑む圧巻の心理的リアリズム 映画「瞳の奥の秘密」の凄み  フアン・ホセ・カンパネラ

1 「瞳は語りかける。瞳は雄弁だ」 【現在】 「1974年6月21日 モラレスとリリアナの最後の朝食。モラレスはこの朝を生涯忘れない。休暇の計画を立て、咳に効くレモンティーを飲んだ。角砂糖は、いつも通りひとつ半。以来、ベリージャムは食べてない…

天外者('20)   田中光敏

<「資産はなく、借金だけが残されていた」男の顕彰譚> 1 括り切った男が拓く〈未来〉だけが広がっている 「1850年 東の果てのこの島国では、長きにわたる鎖国が解け、新たな風が吹き出していた。そんな時代の転換期には、必ず英雄たちが現れる。私の…

父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する 映画「カメラを止めるな!」 ('17)  上田慎一郎

1 約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく 東京から2時間以上も離れた、とある地方の廃墟。 この廃墟で、ゾンビドラマの撮影が行われていた。 顔面蒼白で、目を見開いたゾンビが、斧を持った若い女性に近づいて来る。 「お願い…

ペイン・アンド・グローリー('19)   ペドロ・アルモドバル

<冥闇なる物理的時間を穿ち、内的時間が動き出していく> 1 苦痛と恐怖の〈現在性〉に捕捉された男の時間の重さ プールに潜り、幼い頃の母との思い出を回想するスペインの映画監督・サルバドール。 プールから上がると、ホテルのラウンジで、旧友のスレマ…

「第六感」=「ヒューリスティック」が極限状態をブレークスルーする 映画「ハドソン川の奇跡」('16)  クリント・イーストウッド

1 事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々、気色ばんでいく 「カクタス1549便 滑走路4 離陸を許可」 「カクタス1549 離陸する」 離陸直後の操縦席の交信。 「メーデー(事故だ)、カクタス1549、両エンジン、推力喪失」と機長。 「再点火、不…

依存症の地獄と、その再生を描き切った逸品 映画「凪待ち」の鋭利な切れ味 ('19) 白石和彌

1 陽光が削られた鉛色の空が、男の総体を覆い尽くしていた 川崎競輪場で大負けした挙句、印刷所を解雇され、宮城で再就職することになった男・木野本郁男(きのもといくお/以下、郁男)。 「約束できる?ギャンブル厳禁。一緒に向こうで暮らすんなら、お酒…

「母」との短い共存の時間を偲び、想いを込めて世界で舞う「娘」 映画「ミッドナイトスワン」('20)  内田英治

1 「私が怖い?私、気持ち悪い?あなたなんかに、一生分からない…なんで、私だけ…」 トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)は、新宿のショーパブ「スイートピー」で、ショーガールとして働いている。 チュチュ(バレエ服)を纏(まと)い、4人組でバレエダン…

何ものにも代えがたい男の旅の収束点 映画「すばらしき世界」('20)の秀抜さ

1 「娑婆は我慢の連続ですよ。我慢の割に、大して面白ろうもなか。だけど、空が広いち言いますよ」 「平成16年収監されて、13年ぶりの社会だね。今後は、こういうところに二度と来ないように、頑張ってもらいたい。ところで、起こした事件については、…

ジョーカー('19)  トッド・フィリップス

<極限的な悲哀の様態が、階層社会のシビアなリアリティに弾かれていく> 1 「人生は悲劇だと思ってた。だが今、分かった。僕の人生は喜劇だ」 財政難に陥っているゴッサムシティ(架空の都市)。 母親ペニーの世話をしながら、荒んだ街の一角で暮らすアー…

「怒り」の閾値を超えていく少年の爆裂の行方 映画「怒り」の喚起力('16) 

1 三つのエリアで呼吸を繋ぐ人々 その1 八王子で起こった夫婦殺害事件(以降、「事件」)の現場には、「怒」という血文字が壁に残されていた。 事件から1年が経ち、逃走中の容疑者・山神一也(やまがみかずや)についての報道が、テレビの特番で取り上げ…

孤狼の血('18)  白石和彌

<「正義」とは、「公正」の観念をコアにした、「ルールに守られ、秩序を維持し得る状態」である> 1 「警察じゃけぇ。何をしてもええんじゃ」 昭和63年4月 「昭和49年、呉原(くれはら)市の暴力団・尾谷(おだに)組に対し、広島市内に拠点を置く五…

アンダードッグ('20)  武正晴

<「何者か」に化け切れなかった男の痛みだけが広がっていく> 1 布団の中で咽び泣く男の、形容しがたい悲哀が晒されて 徹底的に被弾し、タオルを投げられ、呆気なくTKO負けに屈するボクサー・末永晃(すえながあきら)。 裏寂れたジムに所属し、昼間は…

「パラスポーツが世界を変える」

【全ての医療従事者たちに深い感謝の念を抱きつつ、起筆します】 1 今、地球上で最も変革を起こす力のあるスポーツの祭典が始まる 「失ったものを数えるな。残された機能を最大限に生かそう」(It's ability, not disability, that counts) この言葉は、「…

長いお別れ('19)  中野量太

<「約束された喪失感」を突き抜く、メリーゴーランドと三角帽子> 1 「この頃ね、色んなことが、遠いんだよ」 2007年 秋 東(ひがし)家の4人家族。 中学校の国語教師から、後に校長を勤めた経歴を持つ父・昇平と、夫を献身的に支える母・曜子。 海洋…

精神障害者の社会復帰への艱難な旅  映画「閉鎖病棟 -それぞれの朝-」('19)

1 絶対ルールを自ら犯してしまった男 死刑執行の当日。 死刑囚梶木秀丸(以下、秀丸)の死刑は未遂に終わり、結果的に、脊髄損傷で外部の精神障害施設・六王子病院に送られた。 【刑の執行を行った時点で死刑は終わっているので、二回目の執行は行わないと…

瓦礫の山と化す地場で「家族写真」を撮り切った男の旅の重さ 映画「浅田家!」('20)  中野量太

1 笑いと家族愛に満ちた風景が偏流していく 三重県 津市 父・浅田章(あきら)の通夜に、次男・政志(まさし)が、消防士姿の父の遺影を持ってやって来た。 このオープニングシーンの後、長男・幸弘(ゆきひろ)のナレーションが挿入される。 「弟は、なり…

多様な関係性が思春期を育てる 映画「はちどり」('18) ―― その煌めく彩り キム・ボラ

1 凛として、一人で退院して家に帰る少女 1994年 韓国・ソウル 集合住宅に、両親、兄姉と5人家族で住む主人公ウニ。 両親は餅屋を営んでおり、忙しい時は家族総出で切り盛りしている。 中学2年生のウニは、学校生活に馴染まず、クラスでも孤立しがち…

叫びを捨てた事件記者と、事件の加害性で懊悩する仕立て職人が交叉し、化学反応を起こす 映画「罪の声」('20)   土井裕泰

1 深淵の中に消え去った事件を追う二人の男 この映画のフレームにあるのは、自らが関わった幼児の死に接して、メディアスクラム(集団的過熱取材)に嫌気が差し(注1)、「メディア・正義」を振り翳(かざ)す事件記者を辞めた男・阿久津(あくつ/大日新…

最悪の事態に対してアップデートできない我が国の脆さ 映画「Fukushima 50」 ('20) が突きつけたもの  若松節朗

1 極限状態に陥り、追い詰められた男たち 2011.3.11 PM2:46 雪が風に舞う中、緊急事態速報と同時に、激しい揺れが東電(東都電力)福島第一原子力発電所を襲う。 1・2号機 サービス建屋2階。 【サービス建屋とは、放射線管理区域への出入…

体育会系の懐深くに飛び込み、仇を討つ、醇乎たる男の物語 映画「宮本から君へ」('19)の峻烈さ 真利子哲也

1 出口の見えない時間の只中で、激しく葛藤する男と女 時系列を前後させながら構成された物語は、主人公・宮本浩(以下、宮本)が、中野靖子(以下、靖子)を連れて実家に戻り、唐突に父親に宣言するところから「現在パート」が開かれる。 「僕、この人と結…

母さんがどんなに僕を嫌いでも('18)   御法川修

<「トラウマ」を克服し、「愛情」を得て、「尊厳」を奪回していく> 1 「僕にした仕打ちを母さんに後悔させるまで、絶対に死なないから!」 「小学生の頃、僕と姉は、こっそり母の姿を観察するのが好きでした。いつも母は奇麗で、いい匂いがして、そして、…

人生論的映画評論・続  状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

1 女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男 我が子(千尋=ちひろ)をネグレクトした罪で、警察に拘留されている妹・光子に、弁護士を随伴して面会する兄・田中武志(以下、武志)。 「あの子、元々食が細いんだよ。普通の家庭がどうしているか、分かんないけどさ…

恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶

1 「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました」 第10回 芳ヶ江 国際ピアノコンクール 第一次予選 11月9日~13日 「2週間にわたる3つの予選を経て、6名が本選へ進みます。今年は過去最多の53か国1地域から、512名の応募がありました。こ…

晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル

1 「僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい」 「芸術家のグループ展」に出品されたフィンセント・ファン・ゴッホ(以降、ゴッホ)の絵は評価されず、すべて撤去されてしまう。 「こんな絵は誰も見ない。一人でも客を増やしたいのに、こ…

午後8時の訪問者('16)   ダルデンヌ兄弟

<「自罰的贖罪」としての「向社会的行動」に振れる医師の「道徳的な真実」> 1 恐怖で呼吸が荒くなる診療所の女性医師 「一つだけ直す点を言うわ…診断の下し方よ。患者の痛みに反応しすぎるの」 「直りません」 「自分の感情を抑えなさい」 診療所の女性医…

映画短評  幸福なラザロ('18)   アリーチェ・ロルヴァケル

<不特定他者にまで「安寧」を供給する「善なるもの」は、時代を超えて希求される> 極端なほど善人だが、その「善人性」を認知されても、村の男たちからは尊厳を持って愛されることはない。 本来的な善人の使い勝手の良さは、「飛び抜けたお人好し」として…

斬、('18)   塚本晋也斬、('18)   塚本晋也

<やられても、やり返さない「正義」の脆さ> 1 「私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」 日本刀の制作工程から開かれるオープンシーン。 杢之進(もくのしん)が、農民の市助に木刀で剣術を教えている。 市助の姉・ゆうに、昼食…

毒気なき「絶対反戦」のメッセージを異化する映画「小さいおうち」('14) ―― その異様に放つ「切なさ」   山田洋次

<毒気なき「絶対反戦」のメッセージを異化する映画の、異様に放つ「切なさ」> 1 「坂の上の小さいおうちの恋愛事件が幕を閉じました」 いつものように、毒気のない反戦メッセージが随所にインサートされているが、思いの外、「基本・ラブストーリー」の映…