自己運動の底部を崩さず、迷い、煩悶し、考え抜いて掴んでいく ―― 映画「星の子」('20)の秀逸さ 大森立嗣

1 「分かってる。私は大丈夫だよ。誰にも迷惑かけないし、お金も何とか自分でできると思う」 林夫妻の間に虚弱児として産まれた、ちひろ。 「未熟児だって。ただただ健康に」(2005年2月13日) 「体温37.1度 脈拍121回 湿疹が手足顔に」 乳児…

ある少年の告白('18)   ジョエル・エドガートン

<同性愛の矯正治療の無意味さを弾劾し、克服していく> 1 「妄想が罪なら、神に赦しを求める」 「何も起きなければよかった。でも、起きたことを神に感謝する」 主人公・ジャレットのモノローグである。 「全員で、“光を輝かせろ”。ここに集う完璧でない方…

生きちゃった('20)  石井裕也

<友愛の結晶点を描き切って閉じていく> 1 「私の夢は、庭付きの家を建てることです。妻と娘のために。それと、犬も欲しい」 高校時代の友人、武田と奈津美(なつみ/登場人物名は全て公式ホームから)と3人で過ごした厚久(あつひさ)の回想シーンから、…

町田くんの世界('19)   石井裕也

<余りある利他心が、「健全な個人主義」に収斂されていく> 1 必死に走り続ける「町田くん」の青春譚 「善」の記号性を被(かぶ)せたような高校生が、スクールカーストが常態化しているスポットで、心弾む気持を捨てることなく呼吸を繋いでいる。 件(く…

blank13('17)    齊藤工

<「家族」という小宇宙の闇の呪縛を解いていく> 1 「現象としの父親」に対する否定的観念系の中で円環的に閉じている 「自分が見たものが全て」 多くの場合、人間は現象に対して、この思考回路の視界限定の狭隘さの中で円環的に閉じている。 この戦略が安…

LION/ライオン 〜25年目のただいま〜('16)    ガース・デイヴィス

<人間の性(さが)に揺さぶられ、葛藤し、突き抜けていく> 1 浮浪生活の果てに これは真実の物語(冒頭のキャプション) 【インド カンドワ 1986年】 「サルー!やったぞ。今日は、たくさん石炭を取った」 いつものように、サルーは兄グドゥのリード…

勝手にふるえてろ('17)   大九明子

<持ち前の「自己推進力」が、心の隘路を抉じ開けていく> 1 「なるほど。孤独とは、こういうことか」 ―― 冥闇の世界に放り込まれ、凹んだ女子の傷心の決定的変換点 何年もの間、憧憬し続けてきた「天然王子」イチと、「彼氏なし」の24歳のOLヨシカとの…

ビューティフル・デイ('17)    リン・ラムジー

<反復的、且つ、侵入的で、苦患の記憶が想起し続ける冥闇の世界に閉じ込められた男の悲哀が漂動する> 1 「何が起きているのか、さっぱり分からない」と漏らす男の少女救済譚 誘拐された少女を連れ戻すという闇の仕事で生計を立て、老いた母と暮らす男・ジ…

ドラマ特例篇 「この戦は、おのれ一人の戦だと思うている」 ―― 「『麒麟がくる』本能寺の変」・そのクオリティの高さ

1 寂寥感漂う悲哀を映し出す究極の「盟友殺害」の物語 「『麒麟がくる』・本能寺の変」(第59作・最終回)を観て、涙が止まらなかった。 テレビを観ない習慣が根付いていながら、「麒麟がくる」だけは別格だった。 理由は、本木雅弘が斎藤道三を演じると…

東ベルリンから来た女(‘12)  クリスティアン・ペツォールト

<凛として越境し、地域医療を繋いでいく> 1 「私が地方に飛ばされた理由も知っているのね…孤立させてもらうわ」 1980年夏 旧東ドイツ ベルリンの壁崩壊後の9年前。 「孤立しない方がいい。ここの職員は敏感だ。首都ベルリン、大病院…みんな、卑屈に…

心と体と('17)   イルディコー・エニェディ

<「個人的主観的リアリティ」を共有する男と女が、立ち塞がる障壁を乗り越えていく> 1 「それでは、今夜も夢で会いましょう」 ハンガリーのブダペスト郊外(映画では、字幕・台詞の提示なし)。 食肉加工工場で、2カ月の産休に入った食肉検査員の代理と…

夜明けの祈り('16)   アンヌ・フォンテーヌ

<「暗闇で叫んでも、誰も応えない」冥闇の世界 ―― それが十字架だった> 1 「この恐ろしい出来事と、信仰の折り合いがつきません」 修道院から戒律を破って逃げ出した一人の修道女。 フランス赤十字の病院に駆け込み、助産の助けを求めるが、ポーランド人…

獣は月夜に夢を見る('14)   ヨナス・アレクサンダー・アーンビー

<「村社会」の破壊的暴力に抗し、自らの「獣性」によって弾き返す少女の成長譚> 1 獣人化した少女が拉致した者たちを噛み殺していく 北欧のとある漁村に住み、魚の加工工場で働く少女マリーは、そこに勤める仲間たちから魚の廃棄物の水槽に落とされるとい…

きっと、いい日が待っている('16)   イェスパ・W・ネルスン

<決定的に成就する、「月面着陸」という復讐劇> 1 「幽霊になること」を強いられた少年たち 1967年 コペンハーゲン。 望遠鏡や雑誌を万引きし、店員に追いかけられ、2人の兄弟が逃走する。 エリックとエルマーである。 まもなく、“児童保護サービス”…

シングルマン('09)    トム・フォード

<「悲嘆」の日々を自己完結する男が得た、凝縮した時間の輝き> 1 「この1日を生き抜け」 ―― 「悲嘆」の日々に放つ言葉の収束点 1962年11月30日・金曜日。 その日、ジョージは16年連れ添ったゲイのパートナー・ジムを交通事故で喪った悪夢で目…

 「自分自身を信じる力」が強い男の強烈なメッセージが、風景を変えていく 映画「ノクターナル・アニマルズ」の凄み('16)   トム・フォード

1 強い衝撃を与えた小説の残像が張り付き、過去の日々が侵入的に想起していく ロサンゼルス(以下、LA)。 全裸の肥満女性たちが卑猥な相貌性を展示するオープニングシーンが、観る者の中枢を抉(えぐ)っていく。 このおぞましい展示をプロデュースした…

神々と男たち(’10)   グザヴィエ・ボーヴォワ

<死への恐怖、欺瞞・偽善と葛藤する時間を累加させた果てに、究極の風景を炙り出す> 1 クリスマスイブの夜、粛然と聖歌を唄う修道士たち スンニ派イスラム教の共和制国家・アルジェリア。 時代は、「暗黒の10年」と呼ばれるアルジェリア内戦の渦中にあ…

人生論的映画評論・続 ひつじ村の兄弟(‘15) 

<人間と羊の血統の絶滅が、併存する空間の渦中で同時に具現する> 1 持てる力の全てを出し切った男の震え声が、残響音となって、虚空に消えていく 「“氷河と火山の環境で生き抜いてきた羊ほど、この国で大きな役割を果たす存在はいない。何が起ころうとも、…

形容し難いほどのラストシーンの遣る瀬なさが、観る者の中枢を射抜く ―― 映画「帰れない二人」('18)  ジャ・ジャンクー

1 「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」 山西省・大同(ダートン)、2001年4月2日。 雀荘・クラブを仕切り、裏社会で生きるビンが麻雀中に、「絶対に裏切らない」忠君・ 至誠の神・関羽像を持ち出し、借金取りの立てで揉…

危機意識の共有を崩す若手官僚の正義の脆さ 映画「新聞記者」('19)  藤井道人

1 煩悶する官僚 ―― 正義に駆られる記者 2月20日 2:14-千代田区 東都新聞・社会部。 無人のオフィスに複数枚のファックスが届く。 2:16-千代田区 吉岡宅。 テレビでは有識者たちのメディア論の座談会が映し出されている。 正確に言えば、「劇中…

以下、人生論的映画評論・続 禁じられた歌声('14)  アブデラマン・シサコ

<宗教イデオロギーで「禁止・裁き」を断行する「狂気」の猛威> 1 「娘は俺のすべてだ。この世で最も大切な宝だ。娘は保護者を失う。それが一番の気がかりだ」 ニジェール川の中流域にあるティンブクトゥ(「トンブクトゥ」とも言う)。 マリ共和国(西ア…

自転車泥棒 ('48)  ヴィットリオ・デ・シーカ

<父とぴったり、ラインを同じにして> 1 家族とは「パンと心の共同体」である こんな時代があって、こんな人々がいた。 こんな風景があって、こんな家族がいた。 そして、そこに様々な人々の多様な繋がりがあって、良きにつけ悪しきにつけ、そこに一定の結…

ガーンジー島の読書会の秘密('18)  マイク・ニューウェル

<「悲嘆」を共有する女性作家の変容と覚醒の物語> 1 「読書会」という名の心の繋がりを作った女の軌跡を求めて 1941年 イギリス海峡 ガーンジー島 第二次大戦中、ドイツ軍による占領下。 冒頭のキャプションである。 外出禁止令の中、いきなりドイツ…

残像('16)   アンジェイ・ワイダ

<何ものにも妥協できない男の〈生〉の軌跡の、それ以外にない「約束された着地点」> 1 極限状態にまで追い込められて路上死する前衛芸術家 「ものを見ると目に像が映る。見るのをやめて視線をそらすと、今度は、それが残像として目の中に残る。残像は形こ…

海を駆ける('18)   深田晃司

<「さよなら。またどこかで」という理不尽な自然の挑発に、人は何ができるか> 1 「海から出て来た異体」と、若者たちとの緩やかな交流 2004年、インドネシア・スマトラ島のバンダ・アチェに大津波(注1)が襲い、そこに一人の日本人が浜辺に打ち上げ…

DVの犯罪性を構造的に提示した映画「ジュリアン」 ―― その破壊力の凄惨さ グザヴィエ・ルグラン

1 寄る辺なさ生活拠点を失った男と、男によって奪われた母子の〈生〉の現在性 「両親は離婚して、ママと姉と住んでいます。もうすぐ、姉さんの誕生パーティーです。おじいちゃんの家に住んでます。勉強は一人でちゃんとやっています。友達がいっぱいいて楽…

ロスト・イン・トランスレーション(’03)   ソフィア・コッポラ

<「時間」と「空間」が限定された、一回的に自己完結する心理的共存の切なさ> 1 東京滞在に馴致できない中年男と、年若き女の出会いと別れの物語 パークハイアット東京ホテルに、二人のアメリカ人が宿泊している。 一人は、ウィスキーのCM撮影のために…

「別離のトラウマ」の破壊力 映画「寝ても覚めても」('18) ―― その「適応・防衛戦略」の脆弱性  濱口竜介

1 震災が、うまく折り合えない二人の関係を溶かし、親愛感を強化していく 「朝ちゃん、あれはあかん。一番あかんタイプの奴や。泣かされてるのが目に見えてる」 「バクっていうの、麦って書くねん。妹さんがマイって言うねん。米って書いて、マイ。お父さん…

「バカンス」を軟着させた青春の息づかい ―― 映画「ほとりの朔子」(’13)の素晴らしさ 深田晃司

1 囲繞する大人社会のリアリティの「観察者」 8月26日 日曜日。 浪人中の朔子(さくこ)が、叔母の海希江(みきえ)と共に、外国旅行に出かける海希江の姉・水帆(みずほ)の家を訪れる。 水帆が留守の間、二人が夏の終わりを過ごすのである。 旅支度を…

SOMEWHERE ('10)  ソフィア・コッポラ

<ハリウッドスターの光と陰 ―― その特化された日々を切り取った世界を映し出す> 1 父と娘が共有する時間の濃密度の高さが、男を変えていく 男は、ロスにある観光拠点ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに近い、“シャトー・マーモント・ホテル”で暮らし…