気迫の映像に絶句する。 前作の「ファーザー」同様、秀逸な構成力と抜きん出た映像構築力。 人間の心の病へのケアの難しさを、ここまで精緻に描き切った傑作に言葉を紡げない。 観る者の心を抉(えぐ)ってくるのだ。 ヒュー・ジャックマン、完璧な表現力だ…
1 「母さん、キリストに伝えて。私にも贈り物を届けてって。誰も私にプレゼントをくれないの」 1930年、ホルティ独裁政権下のハンガリー。 富農に引き取られた孤児のチェレは服も与えられず、学校へ通わせてもらうことなく、牛追いや荷役をさせられてい…
1 「ちゃんとしろよ!あのさ、皆さん、さっきから目が死んでるんですけど。私が話してるのは人間?」 夜、自宅のベランダから、雑居ビルの火事を見ている麦野早織(むぎのさおり 以下、早織)と息子の湊(みなと)。 「豚の脳を移植した人間は、人間?豚?…
中国の司法・国家安全当局は、2024年6月21日、台湾独立をめざす勢力による「国家分裂」行為を取り締まるための新たな指針を発表し、施行した。 他国と接触して独立への賛同を求める行為などに対し、最高刑として死刑を適用する。 中国の習近平指導部…
圧巻の法廷劇のリアリティ。 際立つ東出昌大の表現力。 真っ向勝負の社会派映画の傑作である。 1 「そもそもこの裁判がおかしいのは、警察が原告になっていることですよ」 2002年 東大大学院情報理工学系研究科の特任助手をしているプログラマーの金子…
1 「何て言う?“愛してる”」「“ハイスタ・ヴィットゥ(くたばれ)”」 ロシア語を学ぶためにモスクワへ留学中のラウラは、同性愛の関係にある大学教授・イリーナの仲間たちのパーティーで、恩師に紹介される。 「フィンランド人の友達よ…明日、ペトログリフ…
1 「見捨てるのか」「渡すものですか。ただ怖いだけ」 ウクライナの監督によるウクライナの文化と、他国の子供たちの命をも守らんとする必見の映画。 「映画では、現在のウクライナがソ連に占領されているときはロシア語、ナチスに占領されているときはドイ…
1 「この国を出たら、あの子はきっと必死に働くわ。家も買って、必ず家族が再会できる日が来る」 車の後部座席で父の足のギブスに落書きしたピアノの鍵盤から、幼い次男が美しい旋律(BGM)を奏でる。 その次男が隠し持っていた携帯を父が取り上げ、母は…
1 「戦争のないこの国で暮らしたい。言葉を覚え、仕事をして、妹も呼びたい。ここなら妹の未来がある」 ヘルシンキの港に着いた貨物船のコークスに紛れて密入国したシリア難民のカーリドは、街に出て駅下のシャワーを浴びてから警察へ行き、難民申請をした…
1 「いいユダヤ人もいるんでしょ?」「もし、君がいいユダヤ人に出会ったら、それこそ世界一の探検家だ」 軍人の父・ラルフの昇進で田舎へ引っ越すことになったブルーノの家族。 ベルリンを離れる前に昇進祝いのパーティーが盛大に行われた。 遊び盛りのブ…
圧巻の筒井真理子。 現時点での彼女の最高到達点ではないだろうか。 1 「あなたがしたこと、なかったことにはならないから。癌だからって何だって」 須藤依子(以下、依子・よりこ)が目を覚ますと、目の前に夫・修(おさむ)の足の裏があった。 二人はダブ…
1 「あなたは、いつも見てるだけなのね」 1923(大正12)年 千葉県 東葛飾郡 福田村 日本統治下の京城(けいじょう/現在のソウル特別市)で教師をしていた澤田智一(以下、澤田)が妻の静子と共に故郷の福田村に帰村してきた。 彼の目的は教師を辞め…
1 「ハンガリーのために黙祷しよう」 東西ベルリンの境界駅 1956年 ベルリンの壁建設の5年前 東独スターリンシュタット(現アイゼンヒュッテンシュタット)に住む高校生のテオと親友のクルトは、西ベルリン・アメリカ占領地区行きの列車に乗り、検問を…
1 自警団という絶対的加害者の悍ましさ 「橋を渡って一町ほど行くと 朝鮮人が日本人に鉄砲で撃たれた 首を切られたのも見た」 「クローズアップ現代」(「集団の“狂気”なぜ ~関東大震災100年“虐殺”の教訓~」より)で紹介された東京・本所区横川尋常小…
作り手の覚悟・胆力が映し出す、全編ワンカットの圧巻の90分間。 以下、梗概。 1 「毎日妻に軽蔑されたい?…男なら勇気を出して礼儀を教えてやるの」 幼稚園教師のエミリーは、トイレに入って妊娠テストをする。 「お願い。今度こそ…」 しかし、またも不…
1 「2人で行きたい。本物の家族みたいに」 ロイヤル・ホバート病院、熱傷センターで入院する子供たちにテレビのレポーターがインタビューをする。 「君はどうして火傷を?」 「ええと、寝室に上がっていく時に、ライターで火をつけてみたくなったんだ。打…
1 「妙な連中ばかりさ。俺以外の黒人もだ」 夜道に迷った黒人男性が、ゆっくりと歩調に合わせて走る不審な車に気づき、最初は知らん顔して歩き続けようとしたが、「襲われたら最後だ。逃げるぞ」と呟き、来た道を戻るが、何者かに襲われ車で連れ去られた。 …
1 「自分を何だと思ってる。お前は悪魔か」「そう。あんたに禍を」 1942年 ジャワ 白人と東洋人の男が後ろ手に縛られて、地面に横たわっている。 「前代未聞の不祥事が起こった。所長大尉殿に報告せず、ハラの一存で処断する」 ハラ軍曹(以下、ハラ)…
台詞を正確に起こしてみて納得尽くのワンシチュエーション映画の秀作。 伏線の全てが回収され、驚かされた。 以下、かなり長くなるが、5人の男たちの艱難(かんなん)なジグソーパズルの醍醐味をシリアス含みで描き切った本篇の要旨をまとめた投稿文です。 …
1 「母さん、見てごらん。海に来たよ」 「♪きっと いつの日にか お前も分かるだろう ならず者たちに向かって 泣きながら言ったこと ひざまずいて 命乞いをしたことを あの夜 私は叫んだ 山はこだまを返し 男たちは笑った 痛みと闘いながら やつらに言い返し…
一葉文学の結晶点。 映画史上に残る今井正の最高傑作。 以下、代表作3篇が揃ったオムニバス映画の梗概。 1 第一話 十三夜 沈鬱な表情で、嫁ぎ先の原田の家からせきが実家を訪れた。 久しぶりの訪問を歓迎する父・主計と母・もよ。 二人とも、嫁ぎ先の原田…
他国の領土を武力で奪って国境線を変えようとする。 これだけは許されないという国際社会の根本的なルールを破ったロシアによるウクライナ侵略。 確かに、ルールなしの侵略行為は過去には横行していた。 欧州では、仏独などで戦争の度に国境線が目紛(めまぐ…
1 「もしかしたら、あたしたちの考えてることって、同じなんじゃないかしら」 駆け出し女優の森崎小夜子(以下、小夜子)は、同棲中の漫画家志望でエキストラの仕事をしている三浦晋作(以下、晋作)に妊娠を告げるが、晋作は出産に反対する。 晋作が自宅ア…
1 「わがかばね(屍)は野外にすてられて、やせ犬のゑじき(餌食)に成らんを期す」 幼少期から才媛の誉 (ほま) れが高く、猛烈な読書家でもあった。 その知的欲求の高さが探求心に繋がり、物事に対する集中力を鍛え上げていく。 主体性も育てていくので…
1 「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」 1970年代。 隆吉は息子の理一の転勤に伴い、名古屋から富山に引っ越すことになった。 隆吉の妻・もと(以下、便宜的に「モト」にする)は入院中のため名古屋に残り、…
序章 江戸のうんこはいずこへ 安政五年・江戸・晩夏 寺の厠(かわや・便所)から糞尿を肥桶(こえたご)に汲み取る汚穢屋(おわいや)の矢亮(やすけ)は、相方(あいかた)が腹を下して来れなくなり、「半分しか持っていけない」と言って、寺の坊主に半分の…
1 「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」 1970年代。 隆吉は息子の理一の転勤に伴い、名古屋から富山に引っ越すことになった。 隆吉の妻・もと(以下、便宜的に「モト」にする)は入院中のため名古屋に残り、…
1 「やめて下さい。仕方ないんです。こういうことは誰のせいでもないので」 アクセサリー作家の北林三知子(以下、三知子)は、昼は喫茶店の一角で自作作品を販売し、教室を開いたりしながら、夜は居酒屋でバイトをしている。 若い女性店長の寺島千春(以下…
1 「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」「拒むと?」「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」 アイルランド 1992年 映画の撮影スタッフの若い女性が、啜(すす)り泣きしながら通りを走って行く。 ニュー…
1 「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」 深田ワールド全開の秀作。 だから、全編にわたって心理学の世界が広がり、いつものように手強い作品になっていた。 ―― 以下、梗概。 団地に住む大沢二郎は、妻・妙子、そして妙子の連れ…