母さんがどんなに僕を嫌いでも('18)   御法川修

<「トラウマ」を克服し、「愛情」を得て、「尊厳」を奪回していく> 1 「僕にした仕打ちを母さんに後悔させるまで、絶対に死なないから!」 「小学生の頃、僕と姉は、こっそり母の姿を観察するのが好きでした。いつも母は奇麗で、いい匂いがして、そして、…

人生論的映画評論・続  状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

1 女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男 我が子(千尋=ちひろ)をネグレクトした罪で、警察に拘留されている妹・光子に、弁護士を随伴して面会する兄・田中武志(以下、武志)。 「あの子、元々食が細いんだよ。普通の家庭がどうしているか、分かんないけどさ…

恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶

1 「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました」 第10回 芳ヶ江 国際ピアノコンクール 第一次予選 11月9日~13日 「2週間にわたる3つの予選を経て、6名が本選へ進みます。今年は過去最多の53か国1地域から、512名の応募がありました。こ…

晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル

1 「僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい」 「芸術家のグループ展」に出品されたフィンセント・ファン・ゴッホ(以降、ゴッホ)の絵は評価されず、すべて撤去されてしまう。 「こんな絵は誰も見ない。一人でも客を増やしたいのに、こ…

午後8時の訪問者('16)   ダルデンヌ兄弟

<「自罰的贖罪」としての「向社会的行動」に振れる医師の「道徳的な真実」> 1 恐怖で呼吸が荒くなる診療所の女性医師 「一つだけ直す点を言うわ…診断の下し方よ。患者の痛みに反応しすぎるの」 「直りません」 「自分の感情を抑えなさい」 診療所の女性医…

映画短評  幸福なラザロ('18)   アリーチェ・ロルヴァケル

<不特定他者にまで「安寧」を供給する「善なるもの」は、時代を超えて希求される> 極端なほど善人だが、その「善人性」を認知されても、村の男たちからは尊厳を持って愛されることはない。 本来的な善人の使い勝手の良さは、「飛び抜けたお人好し」として…

斬、('18)   塚本晋也斬、('18)   塚本晋也

<やられても、やり返さない「正義」の脆さ> 1 「私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」 日本刀の制作工程から開かれるオープンシーン。 杢之進(もくのしん)が、農民の市助に木刀で剣術を教えている。 市助の姉・ゆうに、昼食…

毒気なき「絶対反戦」のメッセージを異化する映画「小さいおうち」('14) ―― その異様に放つ「切なさ」   山田洋次

<毒気なき「絶対反戦」のメッセージを異化する映画の、異様に放つ「切なさ」> 1 「坂の上の小さいおうちの恋愛事件が幕を閉じました」 いつものように、毒気のない反戦メッセージが随所にインサートされているが、思いの外、「基本・ラブストーリー」の映…

 「愛」があって「性」がある関係にのめり込んでいった少女の「愛の風景」 映画「第三夫人と髪飾り」('18)が訴える、女性差別の裸形の情態

1 「女性共同体」の中枢に吸収されていく少女の変容 * 「19世紀 ベトナム 14歳のメイは、裕福な大地主の第三夫人となる。事実に基づく物語」(冒頭のキャプション) 二艘(いっそう)の小舟。 先頭の一艘に、花嫁となる少女が乗り、渓流を上っていく。 …

「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」 ―― 映画「永遠の0」('13)という照準枠 山崎貴

1 それ以外にない孤高の生きざまの最終到達点 ―― その風景の理不尽さ 公開当時、大きな話題を呼んだ映画「永遠の0」。 正直、原作者の名で引いてしまい、観るのを控えていたが、コロナ禍(2021・5)で観て、この映画が提示した問題のシビアさがひしと…

愛する人('09)     ロドリゴ・ガルシア

<「未知なる娘」と「未知なる母」の、重くて長い時間が繋がっていく> 「産む」という、人間の根源的営為の問題をコアにして、「母と子」という、身近であるからこそ、様々に厄介なマターを抱え、それがディープで、重厚なテ-マのうちに凝縮される物語の主…

わたしは光をにぎっている('19)   中川龍太郎

<時代の変化が怒涛の勢いで押し寄せてきても、「善き文化」は受け継がれていく> 1 「目の前のできることから、一つずつ、できないことより、できそうなことから…小さなことでもいいから」 「澪と同じ、二十歳だったかな。私がここに来たのは」 「行きたく…

その手に触れるまで('19)   ダルデンヌ兄弟

<内実の乏しい観念系で武装した少年が、その曲線的展開の中で決定的に頓挫する> 1 「僕は大人だ。大人のムスリムは女性に触れない」 「さよならの握手は?」 「さよなら」 「私と握手するなと、導師(イマーム)に言われた?」 「僕は大人だ。大人のムス…

「コスモポリタン」を無化した女の情愛が、地の果てまで追い駆けていく 映画「スパイの妻」('20)の表現力の凄み  黒沢清

1 「私が怖いのは、あなたと離れることです。私の望みは、ただ、あなたといることなんです」 一九四〇年 神戸生糸検査所 英国人のドラモンドが、軍機法(軍機保護法)違反で憲兵たちに連行された。 貿易会社を経営する優作の元に、取引先の友人でもあるドラ…

自己運動の底部を崩さず、迷い、煩悶し、考え抜いて掴んでいく ―― 映画「星の子」('20)の秀逸さ 大森立嗣

1 「分かってる。私は大丈夫だよ。誰にも迷惑かけないし、お金も何とか自分でできると思う」 林夫妻の間に虚弱児として産まれた、ちひろ。 「未熟児だって。ただただ健康に」(2005年2月13日) 「体温37.1度 脈拍121回 湿疹が手足顔に」 乳児…

ある少年の告白('18)   ジョエル・エドガートン

<同性愛の矯正治療の無意味さを弾劾し、克服していく> 1 「妄想が罪なら、神に赦しを求める」 「何も起きなければよかった。でも、起きたことを神に感謝する」 主人公・ジャレットのモノローグである。 「全員で、“光を輝かせろ”。ここに集う完璧でない方…

生きちゃった('20)  石井裕也

<友愛の結晶点を描き切って閉じていく> 1 「私の夢は、庭付きの家を建てることです。妻と娘のために。それと、犬も欲しい」 高校時代の友人、武田と奈津美(なつみ/登場人物名は全て公式ホームから)と3人で過ごした厚久(あつひさ)の回想シーンから、…

町田くんの世界('19)   石井裕也

<余りある利他心が、「健全な個人主義」に収斂されていく> 1 必死に走り続ける「町田くん」の青春譚 「善」の記号性を被(かぶ)せたような高校生が、スクールカーストが常態化しているスポットで、心弾む気持を捨てることなく呼吸を繋いでいる。 件(く…

blank13('17)    齊藤工

<「家族」という小宇宙の闇の呪縛を解いていく> 1 「現象としの父親」に対する否定的観念系の中で円環的に閉じている 「自分が見たものが全て」 多くの場合、人間は現象に対して、この思考回路の視界限定の狭隘さの中で円環的に閉じている。 この戦略が安…

LION/ライオン 〜25年目のただいま〜('16)    ガース・デイヴィス

<人間の性(さが)に揺さぶられ、葛藤し、突き抜けていく> 1 浮浪生活の果てに これは真実の物語(冒頭のキャプション) 【インド カンドワ 1986年】 「サルー!やったぞ。今日は、たくさん石炭を取った」 いつものように、サルーは兄グドゥのリード…

勝手にふるえてろ('17)   大九明子

<持ち前の「自己推進力」が、心の隘路を抉じ開けていく> 1 「なるほど。孤独とは、こういうことか」 ―― 冥闇の世界に放り込まれ、凹んだ女子の傷心の決定的変換点 何年もの間、憧憬し続けてきた「天然王子」イチと、「彼氏なし」の24歳のOLヨシカとの…

ビューティフル・デイ('17)    リン・ラムジー

<反復的、且つ、侵入的で、苦患の記憶が想起し続ける冥闇の世界に閉じ込められた男の悲哀が漂動する> 1 「何が起きているのか、さっぱり分からない」と漏らす男の少女救済譚 誘拐された少女を連れ戻すという闇の仕事で生計を立て、老いた母と暮らす男・ジ…

ドラマ特例篇 「この戦は、おのれ一人の戦だと思うている」 ―― 「『麒麟がくる』本能寺の変」・そのクオリティの高さ

1 寂寥感漂う悲哀を映し出す究極の「盟友殺害」の物語 「『麒麟がくる』・本能寺の変」(第59作・最終回)を観て、涙が止まらなかった。 テレビを観ない習慣が根付いていながら、「麒麟がくる」だけは別格だった。 理由は、本木雅弘が斎藤道三を演じると…

東ベルリンから来た女(‘12)  クリスティアン・ペツォールト

<凛として越境し、地域医療を繋いでいく> 1 「私が地方に飛ばされた理由も知っているのね…孤立させてもらうわ」 1980年夏 旧東ドイツ ベルリンの壁崩壊後の9年前。 「孤立しない方がいい。ここの職員は敏感だ。首都ベルリン、大病院…みんな、卑屈に…

心と体と('17)   イルディコー・エニェディ

<「個人的主観的リアリティ」を共有する男と女が、立ち塞がる障壁を乗り越えていく> 1 「それでは、今夜も夢で会いましょう」 ハンガリーのブダペスト郊外(映画では、字幕・台詞の提示なし)。 食肉加工工場で、2カ月の産休に入った食肉検査員の代理と…

夜明けの祈り('16)   アンヌ・フォンテーヌ

<「暗闇で叫んでも、誰も応えない」冥闇の世界 ―― それが十字架だった> 1 「この恐ろしい出来事と、信仰の折り合いがつきません」 修道院から戒律を破って逃げ出した一人の修道女。 フランス赤十字の病院に駆け込み、助産の助けを求めるが、ポーランド人…

獣は月夜に夢を見る('14)   ヨナス・アレクサンダー・アーンビー

<「村社会」の破壊的暴力に抗し、自らの「獣性」によって弾き返す少女の成長譚> 1 獣人化した少女が拉致した者たちを噛み殺していく 北欧のとある漁村に住み、魚の加工工場で働く少女マリーは、そこに勤める仲間たちから魚の廃棄物の水槽に落とされるとい…

きっと、いい日が待っている('16)   イェスパ・W・ネルスン

<決定的に成就する、「月面着陸」という復讐劇> 1 「幽霊になること」を強いられた少年たち 1967年 コペンハーゲン。 望遠鏡や雑誌を万引きし、店員に追いかけられ、2人の兄弟が逃走する。 エリックとエルマーである。 まもなく、“児童保護サービス”…

シングルマン('09)    トム・フォード

<「悲嘆」の日々を自己完結する男が得た、凝縮した時間の輝き> 1 「この1日を生き抜け」 ―― 「悲嘆」の日々に放つ言葉の収束点 1962年11月30日・金曜日。 その日、ジョージは16年連れ添ったゲイのパートナー・ジムを交通事故で喪った悪夢で目…

 「自分自身を信じる力」が強い男の強烈なメッセージが、風景を変えていく 映画「ノクターナル・アニマルズ」の凄み('16)   トム・フォード

1 強い衝撃を与えた小説の残像が張り付き、過去の日々が侵入的に想起していく ロサンゼルス(以下、LA)。 全裸の肥満女性たちが卑猥な相貌性を展示するオープニングシーンが、観る者の中枢を抉(えぐ)っていく。 このおぞましい展示をプロデュースした…