2010-12-01から1ヶ月間の記事一覧

得意淡然、失意泰然 ―― 2009 松井秀喜の最高到達点

そして2009年。 新ヤンキースタジアム元年である。 より左打者に有利な球場設計として悪評も絶えないが、新スタジアム元年を祝うべく、代変わりしたスタインブレナー一族の絶対命題として、2000年以来のワールドチャンピオンの奪取が例年になく声高…

ラヴィ・ド・ボエーム('92) アキ・カウリスマキ <定着への堅固な意思を保持しない、漂流するボヘミアン性 ―― その「共有」感覚>

「冗長」、「情感過多」、「予定調和」、「物語や登場人物の美形ライン」、「華麗」、「大悲恋」「純粋無垢」、「形而上学」、「懊悩」、「自己犠牲」、「明朗闊達」、「深刻」、「英雄譚」、「喧騒」、「饒舌」等々。 同じ原作(H・ミュルジェールの「ボ…

小島の春('40)  豊田四郎  <情熱、慈悲の深さ、そして偽善 ―― 物語の心的風景として>

ここから、映画についての私の感懐を述べたい。 「ハンセン病治療に、生涯を捧げたある女医の手記」 これは、近年発刊された「小島の春 復刻版」(長崎出版 2009年5月)のサブタイトルの言葉。 「・・・に生涯を捧げた」などという表現と出会っただけで、…

イデオロギーは人間をダメにする

イム・グォンテクという、シネフィルにはよく知られた映画監督がいる(写真)。 「韓国映画の良心」とも評価し得るような、一代の巨匠である。 「1936年5月2日、全羅南道長城生まれ。第二次世界大戦直後の左右抗争の時代、イム・グォンテク一族の多く…

「脆弱性」―― 心の風景の深奥 或いは、「虚偽自白」の心理学

こんな状況を仮定してみよう。 まだ眠気が残る早朝、寝床の中に体が埋まっていて、およそ覚醒とは無縁な半睡気分下に、突然、見たこともない男たちが乱入して来て、何某かの事件の容疑事実を告げるや、殆ど着の身着のままの状態で、有無を言わさず、そのまま…

ソルジャー・ブルー('70)  ラルフ・ネルソン <「前線離脱」⇒「銃後彷徨」⇒「前線拒絶」という流れの中で破綻した「インディアン無罪論」>

この映画の狡猾なところは、「純粋」で「誠実」なキャラを持ち、「父をインディアンに殺された不幸を負う」良心的な青年兵士を主人公に設定することで、「真の良心に目覚めた青年兵士の変容」のうちに、「サンドクリークの虐殺」という歴とした由々しき史実…

ブルース・ブラザーズ('80)  ジョン・ランディス <印象濃度を決定付けた「破壊的シークエンス」の映像構成>

1 マキシマムにフル稼働させた「ナンセンス性」 私にとって、「単に面白いだけの映画」に過ぎない、この映画の異常な人気を考えてみたい。 それが本稿の目的である。 その一。 スラップスティックに内包される「ナンセンス性」を、マキシマムにフル稼働させ…

魔境に入る者

かつて私は、練馬区西大泉町の住宅街の一角で長きに及んで学習塾を運営してきたが、その時代に出来した一つの事件について書いてみる。(写真は西武鉄道池袋線・大泉学園駅) 平穏な日常性で安定的に推移していたが、一つだけ近隣に起こった事件で、今なお気…

赦しの心理学

人が人を赦そうとするとき、それは人を赦そうという過程を開くということである。(画像は、「赦し」をテーマにした映画・「息子のまなざし」より) 人を赦そうという過程を開くということは、人を赦そうという過程を開かねばならないほどの思いが、人を赦そ…

ワンダフルライフ('99) 是枝裕和 <「人と人が記憶を共有する」という、人間の固有の自我の内部世界に対する過大な幻想>

「これ以上、人から忘れられるのは恐いんだ」 これは、「人が死んでから天国へたどりつくまでの7日間というファンタジックな設定の中で、"人にとって思い出とは何か?"という普遍的なテーマを描いた作品」(公式HP)である本作において、「死んでまもない…

ファーゴ('96) コーエン兄弟 <確信的日常性によって相対化された者たちの、その大いなる愚かしさ>

稿の最後に、これまで言及した者たちの自我の崩れ方のさまとは、全く没交渉な人物のことを書いていく。 本作の主人公であるマージである。 彼女は小さな町の警察署長にして、心優しき画家である男の妻である。そしてこの妻は、あと二ヶ月足らずで出産を予定…

遅れてきた「反抗的なエロス青年」 ―― その情感系の暴走

「卒業して いったい何解ると言うのか 想い出のほかに 何が残るというのか 人は誰も縛られた かよわき子羊ならば 先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか 俺達の怒り どこへ向うべきなのか これからは 何が俺を縛りつけるだろう あと何度自分自身 卒業すれ…

大石の戦争

この国の人々の心の風景の、あまり見えにくいテーマについて簡単に言及したい。 それは、この国の人々にあって稀薄だと思える「闘争心」のこと。具体的には、「日本人の闘争心の継続力の不足」についての言及である。 四方を海に隔たれていて、そこだけは何…

ぼくの伯父さん('58) ジャック・タチ <ミニマムに嘲笑して自己完結する「緩やかな風刺」のメンタリティ>

この映画は、二つのシーンによって説明できる作品である。 その一つは、冒頭のゴミ箱を漁る野良犬、飼い犬たちのシークエンス。 散々ゴミ箱を漁った後、その犬の群れがシフトした先に、一軒の時代離れしたモダンな邸宅があった。 群れから離れた一匹の飼い犬…

舞踏会の手帖('37) ジュリアン・デュヴィヴィエ <寡婦の自我を「恐怖突入」させることで、危惧を漸減する適応戦略についての物語>

年の離れた夫との夫婦生活の中で、もしこの若妻が、「自分にとって真の幸福とは何か」などという「人生の根源的問題」に深入りしたならば、愛情が一方通行で、物質的に満たされていただけの夫婦生活に深刻な破綻を来たす危機が出来したに違いない。 「私は恋…

豊かさは共同体を破壊する

15~16世紀のヨーロッパ経済の出現は、他の文明を圧倒し、ひとり資本主義的発展のコースに踏み出してしまった。ここから、あらゆるものが変貌を遂げていく。 16世紀から18世紀にかけて展開された、手工業生産中心のプロト工業化を経て、18世紀後半…

ゲームの強迫

高度成長以降、この国は大きく変わってしまった。(写真は集団就職の風景) 固形石鹸で髪を洗っていた時代は、永遠に戻らない。あの頃私たちは、近隣から洩れ聞こえてくるピアノの音色に、何の反応も示さなかった。 思えば、終戦から間もない1949年に制…

竹山ひとり旅('77) 新藤兼人 <「目明きは、汚ねえ!」 ―― ラスト20分の爆轟の突破力>

〈生〉を絶対肯定するエピソード繋ぎだけの前半の冗長さから、ラスト20分で爆発する「反差別」へのシフトが劇的であっただけに、映像構成の些か不安定な流れ方が気になったが、〈生〉と〈性〉を包括する定蔵(後の高橋竹山)の青春の日々の彷徨に決定力を…

秘密と嘘('96)  マイク・リー <「恐怖突入」の「前線」を突き抜けて来た者たちだけが到達した、決定的な「アファーメーション」>

ロクサンヌの誕生日パーティーでのシークエンスから、ラストカットまでの緊張感溢れる映像のピークアウトを再現してみる。 固定カメラの長廻しで撮られた、パーティーでの和やかな会食風景は、隠し込まれた「秘密と嘘」と、守り抜かれた「秘密の共有」に近接…

怨みの連鎖

占領軍がやって来た。 あっという間に、空気が変色した。先遣隊(注1)を送り出して、敗戦日本の実情をリサーチするほどに入念だったマッカーサー(写真)の警戒心は、敗戦国民のあまりの従順さにあっさりと氷解したのである。 この国の人々は、要求もしない…

男の虚栄、女の虚栄

この国の男たちは、自分たちの非決断を簡単に認めないように見える。 女に渡したヘゲモニーを奪い返すつもりもない。権威に依拠する覚悟にも欠ける。権威を継続させるには相当のエネルギーがいるからだ。そこまで疲れたくないのである。 家庭は癒しの場所で…

真夜中のカーボーイ('69) ジョン・シュレシンジャー <舞い降りて、繋がって、看取った天使、そして看取られた孤独者>

犯罪を犯した若者は、その場をすぐ立ち去って、リコのもとに戻って行った。 彼をそのまま担ぎ上げるようにして表に出し、フロリダ行きの長距離バスに乗り込んだのである。 「殺しはすまいな?上着に血がついてた」 長距離バスの中で、いつもの表情より異様に…

秋立ちぬ('60) 成瀬巳喜男  <削りとられた夏休み>

まもなく秀男の母、茂子は近くの旅館に住み込みで働き始めた。 一人残された秀男は、伯父さんの家の三階に、この家の長男の昭太郎の部屋に寝起きするようになった。昭太郎は、この築地の八百屋の仕事を続ける一方、夜遊びをする普通の青年だった。秀男もまた…

規範の崩れ

規範意識の衰弱化という現象が、今、最も集中的に見られる場所は学校空間である。 常に学齢期に達したというだけで、義務教育という名の下で、地域の子供たちが地域の学校に通学するという近代公教育百年余の歴史がなお続いている。 何より、規範意識の衰弱…

神の如き親心

子供たちの外界への適応許容ラインは、身体のレベルに決してとどまるものではない。それは私が、「寒暖差5℃の世界」(注)と呼ぶところのものである 幼少時より注目され、抱えられ、様々なる抗菌グッズにより庇護されてきた、この国の子供たちの自我は、彼…

ブルー・ベルベット('86) デヴィッド・リンチ <「昼間意識」の「光」の世界と、「夜間意識」の「闇」の世界を交叉さたせ絵画的構図の表現力の達成点>

「人生には知識や経験を積む機会がある。時には、危険を冒すのもいい」 これは、野原で拾った耳をサンディの父親である刑事に届けた後、そのサンディに放った言葉。 全ては、ここから開かれたのだ。 「異界」への自己投入の結果、およそ、その長閑な町には相…

ペパーミント・キャンディー('99)  イ・チャンドン <そこにしか辿り着かないような、破滅的傾向を顕在化させた自壊への航跡>

本作の主人公であるキム・ヨンホにとって、光州事件における「女子高生誤殺事件」(以後「事件」と呼ぶ)という非日常の経験は、私が言うところの、限りなく「絶対経験」に近い何かであった。 そのキム・ヨンホは、スニムとの初恋の睦みをピークアウトにする…

現代家族の風景

物理的共存を深めるほど、関係は中性化する。これが関係の基本命題である、と私は殆ど独断的に考えている。 中性化とは、一言で要約すれば、「性の脱色化」である。 夫婦と子供二人という核家族の中で、この中性化=「性の脱色化」という現象が多元的に、部…

愛の深さ(二)

恋愛は愛の王道ではない。(写真は、イングマール・ベルイマン監督の「ある結婚の風景」) 邪道であるとは言わないが、少なくとも、それが「究極の愛」ではないことは確かである。それは単に、愛の多様な要素が濃密に集合しただけである。或いは、それがもた…

ウェディング・バンケット('93)  アン・リー <新世代の観念系の氾濫と、「異文化」を受容せざるを得ない旧世代の宿命的関係様態>

ここで、コメディラインを繋ぐ前半のプロットを簡潔に書いておく。 マンハッタンで、恋人のアメリカ人男性、サイモンと「同棲」するウェイトンは、不動産業を成功させた台湾人青年。 しかし、「適齢期」を過ぎても結婚しない一人息子の身を案じるウェイトン…