2019-01-01から1年間の記事一覧

永い言い訳('16)   西川美和

<男のグリーフワークが、それを必要とする時間を拾いつつ、今、自己完結する> 1 色良い記号を付与された男の商品価値が底を突いていた 「俺のメンツなんか、あなたにどうでもいいだろうけど。じゃ、連続試合出場数の世界記録作った野球選手と同じ名前で生…

PTSDの破壊力に圧し潰されつつ、人間の尊厳を死守せんと闘う伊藤詩織さん ―― その逃避拒絶の鼓動の高鳴り

1 「意識のない原告に合意なく性行為をした」ことへの当然なペナルティ 「一晩の出来事でしたが、4年近く苦しんでいます。家に例えたら、性は土台。土台を傷付け、家自体が動いてしまった。修復には時間が掛かります。これで終わりじゃありません」 ジャー…

不浄なる者 ―― 汝の名は「癩者」なり

1 私たちの「無意識の偏見」が問われている 「ハンセン病家族補償法」と「改正ハンセン病問題基本法」(「改正基本法」)。 元患者への謝罪と補償から、18年も要して、2019年11月15日、参院本会議で全会一致により可決され、患者家族の被害回復が…

遺書を残し、「前線」に出ていく若者たち ―― 未知のゾーンに入った「2019年香港民主化デモ」

1 「常在戦場」で呼吸を繋ぐ若者たちの「現在性」 香港の若者たちは、一体、何のために闘ってきたのか。 逃亡犯条例改正案に反対するデモが始まってから、半年が過ぎようとしている。 身の安全を守るため、デモ参加者はマスクで顔を隠す。 事態の本質を理解…

湯を沸かすほどの熱い愛('16) 中野量太

<「スーパーウーマン」の魔法にかかれば、すべてが変わる> 1 「極論の渦」となって、観る者に押し寄せてくる 登場人物のすべてが、相当程度の「訳ありの事情」を抱えていて、特化された彼らの「事情」が自己完結的に軟着させるエピソードを、「完成させた…

「隣人が殺人者に変わる」 ―― ルワンダで起こったこと

1 「男女平等」の社会を具現した「アフリカのシンガポール」 女性が政界に進出し、障害者への配慮も広がり、弱者に優しい社会になった。 とりわけ、議員の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」の導入によって、議席の3割以上を女性とする制度を定めた結…

覚悟の一撃 2 ―― 人生論・状況論

価値は表層にあり ―― 表層を嗅ぎ分けるアンテナだけが益々シャープになって、ステージに溢れた熱気が、文明の不滅なる神話にほんの束の間、遊ばれている。表層に滲み出てくることなく、滲み出させる能力の欠けたるものは、そこにどれほどのスキルの結晶がみ…

山河ノスタルジア('15)   ジャ・ジャンクー

<どうしても、そこだけは変わらない、「私の時間」が累加した「情感濃度」を、観る者に深く鏤刻する> 1 「幼馴染」を失い、痛惜の念に震えていた 1999年、中華圏で最も重要な祝祭日で、旧暦の旧正月に行われる中国春節。 「雲崗石窟」(うんこうせっ…

幼子われらに生まれ('17)   三島有紀子

<一切を吹っ切った男が、「血縁」という「絶対基準」の境域破壊を具現化する> 1 、「ステップファミリー」の難しさを描く物語が開かれる 完璧な映画の、完璧な主題提起力・構成力・構築力。 近年、私が観た邦画の中で、ベスト1の映画。 交叉することがな…

スリー・ビルボード('17)   マーティン・マクドナー

<「グリーフワーク」という「全身・心の仕事」を軟着させていく> 1 攻撃的言辞を止められない女と、破壊的暴力に振れる男 ―― 〈状況〉が人間を動かし、支配する ミズーリ州エビング。架空の田舎町である。 7カ月前に、10代の少女がレイプ後に、焼殺さ…

「自然災害多発国・日本」 ―― 「降伏と祈念」という、日本人の自然観の本質が揺らぎ始めている

1 「恨み」を超え、無常観に大きく振れて、諦念する 日本が「自然災害の多い国」という認識を持っていない人は、決して少なくないだろう。 台風・大雨・大雪・洪水・土砂災害・地震・津波・火山噴火などに及ぶ自然災害を、繰り返し被弾し続け、時には恨み、…

心身を腑分けされた悲哀を生きた男 ―― モーリス・ユトリロの世界

1 「私生児」という絶対記号を負って、青春期の渦中に立ち至る、母子関係の脆弱性 アンドレ・ジルという、19世紀に活躍した風刺画家がいる。 波乱の人生を生き、最後は精神病院に収容され、45歳で没したフランス人である。 似顔絵を得意にし、30代の…

わたしは、ダニエル・ブレイク('16)  ケン・ローチ

<「強者VS弱者」という類型的な「ラインの攻防」 ―― その際立つシンプリズム> 1 「俺には屈辱でしかない。ほぼ拷問だ。求職者手当はやめる」 「病気による“支援手当”の審査です。まず、誰の介助もなしに、50メートル歩けますか?」「ああ」「どちらかの…

ヒトラーの忘れもの('15)  マーチン・サントフリート

<「葛藤の行動化」 ―― デンマーク軍曹に張り付く矛盾が炸裂する> 1 空をも焦がす爆裂の恐怖の中で、地雷を除去するドイツ少年兵たちの物語 第二次世界大戦後、ナチス・ドイツが崩壊した1945年5月のこと。 「諸君の任務を説明する。諸君は、このデン…

ティエリー・トグルドーの憂鬱('15)  ステファヌ・ブリゼ

<セルフネグレクトすることで削られてしまう「自己尊厳」だけは手放せなかった男の物語> 1 物言わぬラストシーンの先に待つ、ネガティブな状況を引き受けていく覚悟 頑固だが、仕事熱心なエンジニアのティエリーが、人件費の削減のためにリストラする会社…

同性愛者を許さない ―― 究極の残酷刑・石打ち刑で罰する

1 感情が憎悪に変換され、集合化した人々の憎悪が、石を手にする者の「正義」に収斂されていく 予(あらかじ)め、身動き取れないようにされる。体中を縛られるのだ。声を出せないように、布などを口に押し込められる。猿轡(さるぐつわ)である。白い布で…

香港の若者たちを見殺しにしてはならない

1 「我々にとっては、生きるか死ぬかの状況だ」 海外での仕事を辞めて、香港に戻って来た青年がいる。 目的は、ただ一つ。 香港の抗議活動に参加するためである。 「香港の将来のための、生きるか死ぬかの闘いだ」 そう言い切ったのだ。 黄之鋒(こうしほう…

日本の年金制度をやさしく解説する

1 「人生100年時代」の中で、「人生脚本」を前向きに発想し、自律的に考えていく 【ここでは、批評含みの言及で括りつつも、基本的には批評抜きで解説している】 2019年、厚生労働省が「年金財政」の検証結果を、「社会保障審議会年金部会」(厚労相…

セールスマン(’16)  アスガー・ファルハディ

(’17) 「報復権」を解体できない男の最終的焼尽点 ―― その内的風景の痛ましさ 1 事件の破壊的トラウマが関係を食い潰していく ―― その1 「皆逃げて!」「アパートが壊れるよ!」 大声が飛んだ。 アパートの倒壊危機の状況下で、「何があったんです?」と尋…

ハッピーエンド(’17)   ミヒャエル・ハネケ

<「疑似リアル」の世界で、「生身の日常空間」を異化する少女の「見捨てられ不安」の重さ> 1 「ディスコミュニケーション」の空疎な風景が漂動する いつも書いていることだが、家族とは、分娩と育児による世代間継承という役割を除けば、「パンと心の共同…

現代社会に残存する「野生環境」の「感情システム」

1 「獲得経済」の時代から、僅か1万年のスパンでは、人間の感情は簡単に変わらない 私たちが自然を恣意的(しいてき)に加工し、破壊することで作り上げた、近代文明社会の中に呼吸を繋ぐ私たち人間が手に入れた、過剰な快楽装置と圧倒的な利便性。 そして…

香港、燃ゆ

1 「日本政府は、自分の国民の人権と身の安全、自由と命のために何か言うべきだと思います」 一人の女性がいる。 22歳の大学生である。 彼女の名は、周庭(しゅうてい/以下、全て敬称略)。 自らを「オタク」と自称し、アニメ好きで、独学で日本語を習得…

スポーツの風景 「スポーツ科学のエビデンスを根源的に失った『昭和の野球』の欺瞞性」より

1 極端な体育会系精神主義に収斂される「御意見番」張本勲 ―― 「壊れても当然」と言い放つ男の愚昧の極致 「確証バイアス」・「サンプリング バイアス」等々の複数の理由で、TBSの「サンデーモーニング」には、どうしても馴染(なじ)めないが、言論の自…

人生論的映画評論・続あの夏、いちばん静かな海。('91) 北野武 <「台詞なき世界」、「生命線としての音楽」、「死の普遍性」について>より

<「台詞なき世界」、「生命線としての音楽」、「死の普遍性」について> 1 「台詞なき世界」について この映画のキーワードは3つある。 「台詞なき世界」、「生命線としての音楽」、「死の普遍性」である。 まず、「台詞なき世界」について。 「障害者は…

「皇室草創」 ―― 両陛下が、今、思いの丈を込めて始動する

1 「人生脚本」を革命的に「再定義」した魂が打ち震えていた 有能な親から、有能な子供が生まれる。 必ずしも当たっているとは言えないが、教育熱心な分だけ、「オーバーケア」(過保護)の性向を否定できないが、子供の自立性を剝奪(はくだつ)する「過干…

心の風景「『覚悟の一撃』 ―― 人生論」より

突入するにも覚悟がいるが、突入しない人生の覚悟というのもある。覚悟なき者は、何をやってもやらなくても、既に決定的なところで負けている。その精神が必要であると括った者が、それを必要とするに足る時間の分だけ、自らを鼓舞し続けるために、「逃避拒…

「時間」の心理学

1 「内的時間」の懐の此処彼処に、「タスク」への問題意識を詰め込んでいく 「存在」とは何か。 「自由」とは何か。 「生きる」とは何か。 「人生」とは何か。 「人間」とは何か、等々。 唐突に聞かれても、軽々(けいけい)に答えられない人生の難問につい…

「川崎殺傷事件」 ―― それを囲繞する空疎な風景への苛立たしさ

1 「自分一人で死ね」派の激発的情動言辞の風景 ―― その情報爆轟の「疑似ロゴス」 「この事件を見てる日本中の子供を持った親御さんは、どうやって子供を守ったらいいと、ただただ恐怖なだけで防ぎようがない。いつどこで何が起こるかわからない。一人の頭…

私たちはいつだって愚かであり、不完全である

1 人格総体を差配する自我の資源は枯渇する 「人間の愚かさの本質」について言及する。 目覚しい学問的発展を遂げている生物学の現状だが、生命現象のメカニズムの解明については、一貫して、説明不明瞭さを克服すべき課題になっている。 数理的手法を用い…

<「我々だけが正義である」という、「絶対正義」の心地良き「物語」>

1 「絶え間ない悲鳴に、耳を貸さぬ我々がいる」 ナチスの台頭で米国に亡命し、その後、東独に生活の拠点を設け、東独の国歌をも作曲したユダヤ人、ハンス・アイスラーが作曲した、詩的でありながら、時には軽快で、淀みのないBGMに押し出されるように、…