2012-01-01から1年間の記事一覧

一枚のハガキ(‘10) 新藤兼人 <「声の強さ」を具現しただけの「精神の焼け野原」の風景>

1 新藤兼人監督の「最終メッセージ」を想わせる、「絶対反戦」のテーマを内包させて描き切った物語 ―― その簡単な梗概 簡単な梗概を書いておこう。 三重海軍航空隊に徴集された100名の中年兵が、内地任務として課せられていた天理教本部の掃除を完遂した…

トラフィック(‘00)  スティーヴン・ソダーバーグ <「麻薬戦争」という名を借りた、それなしに生きられない「脆弱なる人間の在りよう」>

1 欲望の稜線が限りなく伸ばされる、麻薬の需給の接合点で 「麻薬戦争」の底なしの闇の深さを描いた本作は、物語の二人の男の言葉の中に凝縮されている。 一人は、カリフォルニアの麻薬密売人のルイス。 ルイスは、国境の街、カリフォルニア州サンディエゴ…

十三人の刺客('10) 三池崇史 <てんこ盛りのメッセージを詰め込んだ娯楽活劇の「乱心模様」>

1 「戦争」の決意→「戦争」の準備→「戦争」の突沸という、風景の変容の娯楽活劇 この映画は良くも悪くも、物語をコンパクトにまとめることを嫌い、エンターテイメントの要素をてんこ盛りにすることを大いに好む映画監督による、力感溢れる大型時代劇の復権…

マネーボール(‘11) ベネット・ミラー <「人生を金で決めたことがある。だがもうしないと誓った」 ―― ビジネス戦略を駆使した男の最終到達点>

1 頑として自説を曲げない男 「野球は数字じゃない。科学なら分るが、俺たちのしていることとは違う。俺たちには経験と直感がある。君にはイエール大学卒の小僧がいる。だが、球界歴29年のスカウトもいる。聞く相手を間違えている。野球人にしか分らない…

2001年宇宙の旅(‘68)  スタンリー・キューブリック <言語表現が本質的に内包する制約性から解き放つ映像表現の決定的価値>

1 「分りにくさ」と共存しつつ、「全身感性」で受容する物語 不必要なナレーションや余分な会話を削り取ってまで構築された映像には、削り取った分だけ、観る者を置き去りにさせるリスクを免れ得なかっただろうが、そのことを覚悟してまでスタンリー・キュ…

(ハル)('96)  森田芳光 <「異性身体」を視覚的に捕捉していく緩やかなステップの心地良さ>

1 緩やかなステップを上り詰めていく男と女の物語 ―― プロット紹介 恋人を交通事故で喪ったトラウマを持つ(ほし)と、アメフトの選手としての挫折経験を引き摺る(ハル)が、パソコン通信によるメール交換を介して急速に関係を構築していく。 同時に、(ハ…

冷たい熱帯魚(‘10) 園子温 <「他者の運命を支配する『絶対者』」への「人格転換」の物語の暴れ方>

1 「全身犯罪者」という記号の破壊力が開かれたとき 富士山麓の地方都市で、小さな熱帯魚店を経営する社本信行は、後妻の妙子と、前妻の娘美津子との折り合いの悪さを嘆息する気弱な性格ゆえ、万引きの常習を重ねる娘に、「父性」を発現できず、殆ど家庭崩…

クラッシュ ('04)  ポール・ハギス <「自己正当化の圧力」と「複合学習」の困難さ>

1 「自己正当化の圧力」と「複合学習」の困難さ 「単に人種差別、人間の不寛容を扱うのであれば、ドキュメンタリーとして作る方が良いからね。人は皆、他人をあまりにも表面的に判断し、平気で厳しく批判しすぎる。その一方で自分のことは複雑な人間だと思…

カティンの森('07) アンジェイ・ワイダ <乾いた森の「大量虐殺のリアリズム」>

1 オープニングシーンンで映像提示された構図の悲劇的極点 「私はどこの国にいるの?」 これは、説明的描写を限りなくカットして構築した、この群集劇の中でで拾われている多くのエピソードを貫流する、基幹テーマと言っていい最も重要な言葉である。 この…

ゴーストライター('10)  ロマン・ポランスキー <起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性>

1 観る者の不安心理を継続的に惹起させるパワー 物語の中で展開される予測し難い状況に不安心理を継続的に惹起させるパワーを持つ映画が、サスペンス映画の王道とすれば、本作は、褒め殺し的に言えば、サスペンス映画の王道をいく作品と評価すべきなのだろ…

海を飛ぶ夢('04) アレハンドロ・アメナーバル <「生と死への旅」という欺瞞性>

1 「非日常の日常」である現存在性 私は脊髄損傷患者である。 「ブラウン‐セカール症候群」(脊髄の片側半分が損傷されて、出来する症病)という名で説明される疾病と付き合って6年。 私の場合、不全麻痺による「中枢性疼痛」に日常的に苦しめられていて、…

善き人のためのソナタ('06)  フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマル <スーパーマンもどきの密かな睦み―或いは、リアリズムとロマンチシズムの危うい均衡>

1 「善き人」に変容していく心理的プロセスの跳躍(1) 本作への私の感懐を、もう少し具体的に書いてみる。 結論から言って、作品の出来栄えは決して悪くない。充分に抑制も効いている。テンポも良い。映像の導入も見事である。 そして何より、本作の背景…

映画の中の決め台詞  その1  〈欺瞞を撃ち抜く台詞集〉

序 「“機銃を浴びせて手当てする”―― 欺瞞だ。見れば見るほど、欺瞞に胸がムカついた」 「 友愛外交というのは難しいテーマではありますが、それを現実に行ってきたのがヨーロッパ、EU(欧州連合)であることを考えたときに、敵視し合っていたフランスとド…

「強制的道徳力」から解放された「家族内扶助」の「物語」 ―- 情緒的紐帯を失った「家族」の現在

貧しくても子供を多く産むことの利益は、「養育費」というコストを上回る何か、即ち、単に「愛情」の対象を持つことの喜びのみではなく、その対象が貴重な「労働力」となり、加えて、自らの「老後の世話」を頼むに足る存在性として、その家族関係の内に、世…

「勝者」と「敗者」を作り出す飛び切りの娯楽 -------- その名は「風景としての近代スポーツ」

1 「勝利⇒興奮⇒歓喜」というラインを黄金律にする近代スポーツ 近代スポーツは大衆の熱狂を上手に仕立てて、熱狂のうちに含まれる毒性を脱色しながら、人々を健全な躁状態に誘(いざな)っていく。 この気分の流れは、「勝利⇒興奮⇒歓喜」というラインによっ…

ツリー・オブ・ライフ('11) テレンス・マリック  <生命の無限の連鎖という手品を駆使した汎神論的な世界観で綴る、「全身アート」の映像宇宙>

1 「シン・レッド・ライン」における「唯一神の沈黙」のイメージ 私が主観的にイメージするテレンス・マリック監督の世界観に必ずしも共鳴するものではないが、しかし、観る者と作り手との世界観の落差に必要以上に拘泥する狭隘な思考を拒否するが故に、私…

八日目の蝉('11)  成島出  <「八日目」の黎明を抉じ開けんとする者、汝の名は秋山恵理菜なり>

1 個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した、屈折的自我の再構築の物語 本作は、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した自我を、日常的な次元の胎内の辺りにまで、深々と引き摺っているような一人の若い女性…

まほろ駅前多田便利軒(‘11) 大森立嗣  <実存的欠損感覚を補填する心的旅程の艱難さ>

1 実存的欠損感覚を持つ二人の男 実存的欠損感覚を持つ二人の男がいる。 一方の男は、不確実性の高い、見えにくい未来に向かうことで欠損の補填をしようと、辛うじて身過ぎ世過ぎを繋いでいる。 しかし、男の心奥に潜むトラウマが、いつもどこかで、その補…

アウトレイジ('10) 北野武 <「非日常」の極点である〈死〉に最近接する「狂気」と乖離した何か>

1 「物理的・心理的境界」の担保によるリアリティの敷居の突き抜け 〈死〉と隣接する極道の情感体系で生きる男のアンニュイ感が、海辺の廃家を基地にした「遊び」の世界のうちに浄化されることで得た、ギリギリの生命の残り火の炸裂のうちに表現された「ソ…

クィーン(‘06) スティーヴン・フリアーズ<媚を売る懦弱な自己像にまで堕ちていくことを拒んだ孤高の君主の物語>

1 10人目の首相の承認を遂行した連邦王国の女王 当時、発足まもない労働党政権の若き宰相の献身的なサポートに支えられなければ、物語の構成力の由々しき防波堤を構築し得ないほど、英国王室の権威の復権の物語を製作しなければならなかったなどという下…

家族の庭(‘10) マイク・リー <今まさに、奈落の底に突き落とされた「孤独」の恐怖の崩壊感覚>

1 人間洞察威力の鋭利なマイク・リー監督の比類ない作家精神の独壇場の世界 人間洞察力の鋭利なマイク・リー監督の厳しいリアリズムが、一つの極点にまで達したことを検証する一級の名画。 主に下層階級の家族をテーマにして、そこで呼吸を繋ぐ人々の喜怒哀…

北条民雄、東條耿一、そして川端康成 ―― 深海で交叉するそれぞれの〈生〉

1 「おれは恢復する、おれは恢復する。断じて恢復する」 「人生論的映画評論」の「小島の春」の批評の中でも書いたが、北條民雄(写真)の「いのちの初夜」の中の一文をここでも抜粋したい。(なお本稿では、多くの引用文があるため、ハンセン病患者を「癩…

騙し予言のテクニック

確信の形成は、特定的なイメージが内側に束ねられることで可能となる。 それが他者の中のイメージに架橋できれば、確信はいよいよ動かないものになっていく。 他者を確信に導く仕掛けも、これと全く同じものであると言っていい。 その一つに、「騙し予言のテ…

イデオロギーは人間をダメにする

1 イデオロギーは人間を踏み台にする イム・グォンテクという、シネフィルにはよく知られた映画監督がいる(トップ画像)。 「韓国映画の良心」とも評価し得るような、一代の巨匠である。 「1936年5月2日、全羅南道長城生まれ。第二次世界大戦直後の…

映画史に残したい「名画」あれこれ  外国映画編(その5)

ゴッドファーザー(フランシス・フォード・コッポラ) 瀕死の重傷から生還した一人の男がいる。 影響力の相対的低下という、自らが置かれた厳しい状況がそうさせたのか、或いは、それ までの自分の生き方を、「愚か者」という風に相対化できるほどの年輪がそ…

映画史に残したい「名画」あれこれ  邦画編(その3)

女が階段を上る時(成瀬巳喜男) 成瀬巳喜男は、自立を目指して働く女性たちを、自らのフィルムに目立つほどに多く刻んだ映画作家だった。中でも、私にとって最も印象深いのは、「あらくれ」と、本作の「女が階段を上る時」である。共に、主演は高峰秀子。言…

セブン(‘95)  デビッド・フィンチャー <「人間の敵は人間である」という基本命題を精緻に炙り出したサイコサスペンスの到達点>

1 映像を支配する男の特化された「心の風景」 一人の男が映像を支配している。 その名はジョン・ドゥ。 無論、仮名である。 アメリカで実施されている「ジョン・ドゥ起訴」(注1)という概念によって表現されているように、「ジョン・ドゥ」とは、単に「氏…

フル・モンティ('97)   ピーター・カッタネオ <日常と非日常の危ういラインで、困難な状況を突き抜けた者たち>

1 肝心の局面で、本気の勝負に打って出た男たちの物語 かつて、淀川長治が産経新聞のコラムで書いたように、「フル・モンティ」とは「すっぽんぽん」を意味するというのが定説である。 また、「20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン株…

日の名残り('93)  ジェームス・アイボリー   <執事道に一生を捧げる思いの深さ ―- プロセスの快楽の至福>

1 長い旅に打って出て 英米の映画賞を独占した「ハワーズ・エンド」の翌年に作られた、米国人監督ジェームス・アイボリーの最高傑作。 また前作でも競演した英国出身のアンソニー・ホピキンスとエマ・トンプソンの繊細な演技が冴え渡っていて、明らかに彼らの…

虚栄の心理学

虚栄心とは、常に自己を等身大以上のものに見せようという感情ではない。自己を等身大以上のものに見せようとするほどに、自己の内側を他者に見透かされることを恐れる感情である。虚栄心とは、見透かされることへの恐れの感情なのである。 同時にそれは、自…