2015-08-01から1ヶ月間の記事一覧

蜩ノ記(‘13) 小泉堯史 <「武士道」を貫徹し、「利他行動」の稜線を広げていった男の自己完結点>

1 一日の終わりを哀しむかのような蜩の鳴声に寄せ、一日一日を賢明に生きる男 不満の多かった「雨あがる」(1999年製作)と切れ、全く破綻のないこの映画は、取って付けたような描写も違和感もなく、私の中枢に自然に這い入ってきて、極めて美しく特化…

眺めのいい部屋(‘86)  ジェームズ・アイヴォリー  <「予定調和」のラインで成就した階級を越える愛>

1 ミドル・クラスの令嬢とワーキング・クラスの異端児の出会い フィレンツェの街の中心を流れるアルノ川。 そのアルノ川に架かるヴェッキオ橋は、フィレンツェ最古の橋として、フィレンツェの代表的な観光スポットになっている。 20世紀初頭のこと。 英国…

転々(‘07)  三木聡 <「不在」の父親と「非在」の息子が仮構した「疑似父子」の物語>

1 「寄り道」のエピソードの中で心理的近接が深まっていくヒューマンコメディの情感濃度 「大学8年の秋、俺は3色の歯磨きを買えば、この最悪の状況から逃れられるような気がしていた」 法学部に所属する大学8年生の、竹村文哉(以下、文哉=ふみや)のこ…

鉄くず拾いの物語(‘13)  ダニス・タノヴィッチ  <「忘れられた被害者」に対する「全称の誤用」のトラップの危うさ>

1 貧しい国の家族が負った状況を突破する男の物語 ボスニア=ヘルツェゴヴィナの冬。 雪の積もる中、一人の男が細い木を伐採し、多くの薪を作っている。 更に、レフケという名の弟と共にハンマーを振り上げ、廃車を解体し、それを鉄くず状の小さな物質に加…

薄氷の殺人(‘14) ディアオ・イーナン <「負け組」の男と女の、その究極の生き様を描き切った傑作>

1 「ただ、やることを探しているだけ。でなきゃ、完全な負け犬だ」 検閲とのせめぎ合いの中で、基幹メッセージを巧みに隠し込み、商業映画としての成功を収めた映像は、見事なまでのラストシーンの提示のうちに、極めて作家性の高い結晶点に収斂されていく…