2020-01-01から1年間の記事一覧

神々と男たち(’10)   グザヴィエ・ボーヴォワ

<死への恐怖、欺瞞・偽善と葛藤する時間を累加させた果てに、究極の風景を炙り出す> 1 クリスマスイブの夜、粛然と聖歌を唄う修道士たち スンニ派イスラム教の共和制国家・アルジェリア。 時代は、「暗黒の10年」と呼ばれるアルジェリア内戦の渦中にあ…

人生論的映画評論・続 ひつじ村の兄弟(‘15) 

<人間と羊の血統の絶滅が、併存する空間の渦中で同時に具現する> 1 持てる力の全てを出し切った男の震え声が、残響音となって、虚空に消えていく 「“氷河と火山の環境で生き抜いてきた羊ほど、この国で大きな役割を果たす存在はいない。何が起ころうとも、…

形容し難いほどのラストシーンの遣る瀬なさが、観る者の中枢を射抜く ―― 映画「帰れない二人」('18)  ジャ・ジャンクー

1 「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」 山西省・大同(ダートン)、2001年4月2日。 雀荘・クラブを仕切り、裏社会で生きるビンが麻雀中に、「絶対に裏切らない」忠君・ 至誠の神・関羽像を持ち出し、借金取りの立てで揉…

危機意識の共有を崩す若手官僚の正義の脆さ 映画「新聞記者」('19)  藤井道人

1 煩悶する官僚 ―― 正義に駆られる記者 2月20日 2:14-千代田区 東都新聞・社会部。 無人のオフィスに複数枚のファックスが届く。 2:16-千代田区 吉岡宅。 テレビでは有識者たちのメディア論の座談会が映し出されている。 正確に言えば、「劇中…

以下、人生論的映画評論・続 禁じられた歌声('14)  アブデラマン・シサコ

<宗教イデオロギーで「禁止・裁き」を断行する「狂気」の猛威> 1 「娘は俺のすべてだ。この世で最も大切な宝だ。娘は保護者を失う。それが一番の気がかりだ」 ニジェール川の中流域にあるティンブクトゥ(「トンブクトゥ」とも言う)。 マリ共和国(西ア…

自転車泥棒 ('48)  ヴィットリオ・デ・シーカ

<父とぴったり、ラインを同じにして> 1 家族とは「パンと心の共同体」である こんな時代があって、こんな人々がいた。 こんな風景があって、こんな家族がいた。 そして、そこに様々な人々の多様な繋がりがあって、良きにつけ悪しきにつけ、そこに一定の結…

ガーンジー島の読書会の秘密('18)  マイク・ニューウェル

<「悲嘆」を共有する女性作家の変容と覚醒の物語> 1 「読書会」という名の心の繋がりを作った女の軌跡を求めて 1941年 イギリス海峡 ガーンジー島 第二次大戦中、ドイツ軍による占領下。 冒頭のキャプションである。 外出禁止令の中、いきなりドイツ…

残像('16)   アンジェイ・ワイダ

<何ものにも妥協できない男の〈生〉の軌跡の、それ以外にない「約束された着地点」> 1 極限状態にまで追い込められて路上死する前衛芸術家 「ものを見ると目に像が映る。見るのをやめて視線をそらすと、今度は、それが残像として目の中に残る。残像は形こ…

海を駆ける('18)   深田晃司

<「さよなら。またどこかで」という理不尽な自然の挑発に、人は何ができるか> 1 「海から出て来た異体」と、若者たちとの緩やかな交流 2004年、インドネシア・スマトラ島のバンダ・アチェに大津波(注1)が襲い、そこに一人の日本人が浜辺に打ち上げ…

DVの犯罪性を構造的に提示した映画「ジュリアン」 ―― その破壊力の凄惨さ グザヴィエ・ルグラン

1 寄る辺なさ生活拠点を失った男と、男によって奪われた母子の〈生〉の現在性 「両親は離婚して、ママと姉と住んでいます。もうすぐ、姉さんの誕生パーティーです。おじいちゃんの家に住んでます。勉強は一人でちゃんとやっています。友達がいっぱいいて楽…

ロスト・イン・トランスレーション(’03)   ソフィア・コッポラ

<「時間」と「空間」が限定された、一回的に自己完結する心理的共存の切なさ> 1 東京滞在に馴致できない中年男と、年若き女の出会いと別れの物語 パークハイアット東京ホテルに、二人のアメリカ人が宿泊している。 一人は、ウィスキーのCM撮影のために…

「別離のトラウマ」の破壊力 映画「寝ても覚めても」('18) ―― その「適応・防衛戦略」の脆弱性  濱口竜介

1 震災が、うまく折り合えない二人の関係を溶かし、親愛感を強化していく 「朝ちゃん、あれはあかん。一番あかんタイプの奴や。泣かされてるのが目に見えてる」 「バクっていうの、麦って書くねん。妹さんがマイって言うねん。米って書いて、マイ。お父さん…

「バカンス」を軟着させた青春の息づかい ―― 映画「ほとりの朔子」(’13)の素晴らしさ 深田晃司

1 囲繞する大人社会のリアリティの「観察者」 8月26日 日曜日。 浪人中の朔子(さくこ)が、叔母の海希江(みきえ)と共に、外国旅行に出かける海希江の姉・水帆(みずほ)の家を訪れる。 水帆が留守の間、二人が夏の終わりを過ごすのである。 旅支度を…

SOMEWHERE ('10)  ソフィア・コッポラ

<ハリウッドスターの光と陰 ―― その特化された日々を切り取った世界を映し出す> 1 父と娘が共有する時間の濃密度の高さが、男を変えていく 男は、ロスにある観光拠点ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに近い、“シャトー・マーモント・ホテル”で暮らし…

オーバー・フェンス('16)   山下敦弘

<「普通」という心地よい観念に隠れ込む男」と「壊れた女」の檻が解き放たれ、何かが起こっていく> 1 ハクトウワシの求愛パフォーマンスに同化する女との出会い 【以下、心理分析含みの批評をインサートしながら、梗概をまとめていきたい】 函館訓練校の…

The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ('17)   ソフィア・ コッポラ

<特殊な状況が特殊な関係を生み、特殊な事件を作り出した> 1 「女の園」で起こった事態の陰惨なる顚末 1864年 バージニア州 南北戦争3年目 鼻歌を歌いながら、森の中でキノコ狩りをする少女が、大木の根元に横たわる北軍兵士に遭遇する。 少女の名は…

武装解除できない青春の壊れやすさ 映画「きみの鳥はうたえる」('18)  ―― その「予定不調和」の秀逸な収斂点  三宅唱

1 「僕にはこの夏がいつまでも続くような気がした」 函館郊外の書店で働く“僕”は、失業中の静雄とアパートで共同生活をしていた。 そんな“僕”は同じ書店で働く佐知子と、男女の関係になる。 彼女は店長の島田とも関係があるようだったが、そんなことを気に…

「俗悪なリアリズム」という、イラン映画の絶対的禁忌 ―― 映画「人生タクシー」の根源的問題提起 ジャファル・パナヒ

1 「乗合いタクシー」に乗り込む人々の多様な人生模様 イランの首都テヘラン。 黄色いタクシーを運転するのは、映画監督ジャハル・パナヒ。 そのタクシーのダッシュボードにはカメラが設置されていて、それがイランの街や通行人を映し出していく。 一人の男…

ひとよ('19)   白石和彌

<「自由の使い方」に困惑し、自尊感情の形成・強化の時間を奪われた、三兄妹の再生の可能性> 1 家族4人が久々に揃った朝餉の風景は、団欒と呼ぶには程遠かった 「皆聞いて。お母さん、話があるから…お母さん、さっき、お父さんを殺しました。車で刎ねて…

「臭気」という、階層の絶対的境界の不文律 ―― 映画「パラサイト 半地下の家族」('19)の風景の歪み  ポン・ジュノ

1 「半地下」の貧しい一家が、「高台」に住む富裕なパク家に入り込んでいく 北朝鮮による度重なるテロ攻勢によって、事態の悪化を防ぐ一つの手段として、韓国政府が構築した防空壕(避難場所)=地下室(半地下=半分地下に埋まった部屋)。 ここに住む貧し…

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書('17)   スティーヴン・スピルバーグ

<「古い時代は終わるべきだ。権力を見張らなくてはならない。我々がその任を負わなければ、誰がやる?」> 1 「これが本物なら、我々も“試合復帰”だ」 1966年、ベトナム戦争の真只中で、「大使館の関係者で、戦況を調べている」(米軍兵士の言葉)ダニ…

捩れ切った関係交叉の齟齬が生む「もどかしさ」 ―― 映画「よこがお」('19)の訴求力の高さ   深田晃司

1 クラクションを鳴らし続ける女の復讐譚 現在と過去の時間を往還する映画。 ここでは、できる限り時系列を追って書いていく。 まず、「過去のパート」から。 主人公は、訪問看護師として働く平川市子。 大石家の末期癌を患う祖母・塔子(とうこ)を担当し…

たかが世界の終わり('16)   グザヴィエ・ドラン

<家族という〈抉られた傷痕〉への帰還 ―― 恐怖突入するゲイ作家の覚悟と沈默> Ⅰ 「私たちは、あなたがくれる時間を恐れてる」 「あれから10年が過ぎた。正確には12年だ。12年の空白のあと、怖れを抱きながらも、僕はあの人たちに、再び会おうと決め…

ゼイン ―― その魂の叫び 映画「存在のない子供たち」('18)が訴えた「児童婚」・「児童売買」の陰惨な風景 ナディーン・ラバキー

<ゼイン ―― その魂の叫び> 1 「僕を産んだ罪」で両親を訴える少年 レバノンの首都ベイルート。 そこに広がるスラム街に、仲間たちと煙草を分け合い、戦争ごっこに興じるゼインが住んでいた。 本作の主人公である。 そのゼインは殺人未遂事件を起こし、5…

断片でなければ、現実は理解できない ―― 『71フラグメンツ』・映画の構造を提示するハネケ映像の圧倒的な凄み

<断片でなければ、現実は理解できない。断片からでなければ、現実は理解できない> 【震えを覚えるようなハネケ映像の大傑作。本稿では、71に断片化し、提示された映像を順繰りに追っていく】 1 無差別乱射事件を起こした大学生 ―― その収束点に集合する…

香港死す ―― 習近平政権の人権抑圧の悍ましさ

1 「消息不明」という薄気味悪さが浸潤している 「闘い続ける必要がある。一番恐ろしいのは中国政府だ。我々にとっては、生きるか死ぬかの状況だ」 匿名を条件に訴えた某教師の言葉である。 然るに、これは、実弾まで使用するに至った、香港警察の圧力によ…

グリーンブック('18)   ピーター・ファレリー

<「情動的共感」の感覚が粗野な男の人格総体を噴き上げ、全く異なる生い立ちを有する二人の心理的距離が最近接する> 1 無教養なガードマンの、間違いだらけの手紙を手解きする教養豊かな黒人ピアニスト 黒人差別真っ只中の1962年。 ディープサウスを…

シン・ゴジラ('16)   庵野秀明

<普く叡智を結集せよ ―― 人類共通の「敵」と如何に戦い、共存していくか> 1 「スクラップ&ビルドで、この国はのし上がって来た。今度も立ち直れる」 羽田沖での大量の水蒸気の噴出と、東京湾アクアラインでのトンネル崩落事故の発生によって、時の政府は…

かくも長き不在('61)   アンリ・コルピ

<「基本・メロドラマ」の、反戦名画の曲折的到達点> 1 白旗を掲げ、降参・帰順のスタイルを捨てられない悲哀が宙を舞う トラック運転手ピエールという恋人がいながら、セーヌの河岸近くに、常連客で賑わう「アルベール・ラングロワの店」という名のカフェ…

ワイルドライフ('18)   ポール・ ダノ

<14歳の少年の成長譚が、今、ここに胚胎し、時間を溶かしていく> 1 大人の世界のリアリズムの洗礼を浴び続け、指針なき時間に宙摺りにされる少年 旱魃(かんばつ)の深刻化によって、米国西部の山火事による被害が拡大している現実は、大きな社会変動(…