民主主義は犯罪ではない

 

中国の司法・国家安全当局は、2024年6月21日、台湾独立をめざす勢力による「国家分裂」行為を取り締まるための新たな指針を発表し、施行した。

 

他国と接触して独立への賛同を求める行為などに対し、最高刑として死刑を適用する。

 

中国の習近平指導部は台湾が自国の一部という「一つの中国」の原則を掲げ、台湾の頼清徳(らい せいとく)総統を「独立分裂分子」と敵視している。

 

所謂、中国サイドが一方的に決めつける、中国と台湾の双方が確認したとされる「92年コンセンサス」を根拠に、このコンセンサスを認めない与党の台湾民進党を敵対視して、常に恫喝しているのは周知の事実。

 

【「92年コンセンサス」とは「九二共識」(きゅうにきょうしき)と言われ、中国国民党主席などを歴任した連戦元副総統が胡錦濤(こきんとう)総書記に伝えたとされる合意の通称】

 

思えば、2024年1月には、中国でスパイを監視・摘発する国家安全省は、「台湾独立」の活動家に対して照準を合わせていた。

 

対話アプリ「微信」(ウィーチャット)の公式アカウントに1月17日、「台湾独立分裂勢力と断固闘う」と投稿し、過去数年間で台湾によるスパイ行為を、数百件摘発したと説明した。

 

台湾総統選で勝利した与党・民主進歩党民進党)の頼清徳・副総統(当時)を牽制する狙いがあるのは明白だった。

 

「戦争メーカー」

 

頼清徳・副総統に対する習近平の独断言辞である。

 

投稿では、中国の国家安全当局が近年、台湾の工作員らを取り締まる特別作戦を展開し、「台湾による多くのスパイ情報網を壊滅させた」と明らかにした。

 

浙江省温州市(せっこうしょうおんしゅうし)の当局が2022年8月、台湾の独立活動に長年関わったとし、台湾人男性を拘束したことにも言及し、民進党政権を支えてきた米国などを念頭に「台湾海峡問題における外部勢力の干渉に断固として対抗する」と記したのである。

 

「外国情報機関の浸透と破壊工作を粉砕する」とも表明。

 

同省当局の投稿では、台湾独立阻止を目的に2005年に制定した「反国家分裂法」を取り上げ、台湾の平和統一の可能性が完全に失われた場合、武力を含む非平和的手段を行使できるようにする規定などを解説し、そして今、冒頭の2024年6月21日の「最高刑として死刑を適用する」という、中国の司法・国家安全当局による物騒な発表になったというわけだ。

 

この発表に対して、台湾当局の対中政策を担う特別行政機関「大陸委員会」は、「北京当局は台湾に対して一切の司法管轄権をもっていない。中国共産党の定める法律や規範は何の拘束力もない」というコメントを返したのは当然のこと。

 

中国サイドの指針は最高人民法院最高裁)、最高人民検察院最高検)と公安、国家安全、司法の3省が連名で発表し、台湾の独立阻止などを目的とした「反国家分裂法」や刑法に基づき、処罰する行為や量刑の内容を定めていく。

 

住民投票や法整備により、台湾の法的な地位や「一つの中国」の原則を変更しようとする行為を摘発すると明記したのである。

 

台湾独立に向けた組織の設立や計画の策定・指示・実行も処罰の対象になる。

 

主権国家で形成される国際機関への台湾の加盟を推進したり、「一つの中国」の原則に反する教育や報道をしたりした場合も罰する。

 

その対象には、「台湾を中国から分裂させようとするその他行為」という曖昧な内容も含まれるから厄介なのだ。

 

被疑者や被告人が中国外にいて不在の場合でも、起訴して裁判をできると定め、刑法に基づきこのような行為には、無期懲役または10年以上の懲役刑を科す。

 

「国家や人民に対する危害が特に重大な場合」や、「情状が特に悪質な場合」は死刑になるという相当物騒なもの。

 

台湾独立の主張や扇動に対しても、5年以下の懲役刑や刑事拘留を科す。

 

犯罪が重い場合は5年以上の懲役刑になるのだ。

 

頼清徳総統はこの指針に反発し、「中国は(中台の)境界を越えて台湾の人々を訴追する権力を持たない」と指摘した後、強い口調で言い切った。

 

「民主主義は犯罪でなく、専制主義こそ罪悪だ」

 

まさに、それ以外にない決定的な声明である。

 

これほど感銘を受けた言葉を、私は知らない。

 

台湾の与野党に向けて「共にこの問題に立ち向かい、協力するよう願っている」と結束を呼びかけたのだ。

 

中国に対しては、「中華民国(台湾)の存在を直視し、台湾の民主的に選ばれた政府と交流や対話をするよう求める」と訴えた頼清徳総統。

 

正真正銘のリアリスト、頼清徳総統は信念を曲げることなく、信義を重んじる政治家であると信じ、大いに期待したい。

 

【以上の小論は、日経新聞の「中国、台湾独立派に照準 スパイ行為『数百件摘発』」、「中国『台湾独立行為に死刑適用』 指針公表、頼政権威圧」、「台湾頼総統、中国新指針に反発『民主主義は犯罪でない』」をベースに引用・参照・付記して投稿したものです】

 

(2024年7月)

 

時代の風景: 民主主義は犯罪ではない