Winny('22)  出る杭は打たれる文化の脆さ

 

圧巻の法廷劇のリアリティ。

 

際立つ東出昌大の表現力。

 

真っ向勝負の社会派映画の傑作である。

 

 

1  「そもそもこの裁判がおかしいのは、警察が原告になっていることですよ」

 

 

 

2002年

 

東大大学院情報理工学系研究科の特任助手をしているプログラマー金子勇(以下、金子)が、薄暗い自室で2ちゃんねる掲示板にハンドルネーム47でコメントを書き込んでいる。

 

「暇だからfreenetみたいけどP2P向きのファイル共有ソフトつーのを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少し待ちな―。」

 

【P2Pとはピアツーピアのことで、ネットワークに接続されたコンピューター同士がサーバーを介さずに直接通信する方式だが、ウイルスがネットワーク全体に拡散しやすいことや、感染源を特定するのが困難な点などが指摘されている】

 

程なくして、金子はそのソフトを2ちゃんねる掲示板に掲載した。

 

早速、テレビでは、このWinnyの問題点が報道される。

 

「今、大量の映画や音楽、ゲームなどがインターネット上で不法にやり取りされています。使われているのは、Winnyと呼ばれるファイル交換ソフトで、全国に200万人以上のユーザーがいると言われています…このソフトを使用することで通常はコンテンツの利用に必要な料金を支払うことなく、自由に映像や音楽をダウンロードすることができるため、著作権保護の観点からも規制を求める声が高まっています…」

 

2003年11月26日 大阪府大阪市

 

サイバー犯罪専門の弁護士・檀俊光(以下、檀)が他の弁護士たちを集め、ピア・ツー・ピアについて講義をするが、年配の弁護士はついていけない。

 

2003年11月27日 東京都文京区

 

金子の住むマンションの前に、物々しく数台の車が乗りつけられた。

 

その頃、群馬県高崎市では、京都府警によって、著作権法違反の疑いでWinnyユーザーの井田正弘が逮捕され、愛媛県松山市でも、同じくWinnyユーザーの南恭平が逮捕された。

 

京都府警ハイテク犯罪対策室警部補の北村文也(以下、北村)らが、金子の部屋に捜査令状を持って入り込み、金子が使っているパソコン複数台を押収した。

 

大阪府大阪市

 

Winnyユーザー逮捕のニュースを居酒屋で聞きながら、檀は、この事件を担当することになった同僚の奥田弁護士から弁護のサポートを頼まれた。

 

「もし開発者が逮捕されたら弁護しますよ。ま、逮捕は絶対ないですけど…技術に罪はない。結局、個々人の扱い方の問題やから…」

 

アメリカでも似たような事件で、いずれも開発者は逮捕されていないと断言する檀。

 

「出る杭は打たれるっちゅうことか」と奥田。

「出過ぎた杭は打たれないとも言いますけどね」と檀。

「そんなスゴイ?Winny作った人って」と浜崎弁護士。

「ネットやと、神のように崇められてる。Winnyはまさに未来を先取りした技術や。いつか、世界を変えるような」

 

一方、事情聴取された金子は警察の事情聴取に眠そうに答える。

 

「なぜ、Winnyを作ろうと思ったんですか?」

freenetっていう別のソフトウェアの技術が画期的だったので、それに感化されて作りました。あの、さっきから何回も同じこと言ってません?」

著作権侵害の蔓延が目的だったんちゃうか?」(因みに、この「蔓延」の言葉が法廷で問題になる)

「ですから…」

 

そこに北村が部屋に入って来て、Winnyのホームページの閉鎖を求めると、金子は構わないと答えたが、それだけでは根本的な解決にならないと、誓約書を書いて欲しいと手を合わせて頼んできた。

 

Winnyの開発を止めるっていう宣言をね」と北村。

「はあ…はい、分かりました。私にできることなら、なんでも協力しますので」と金子。

 

そして、金子は北村が用意した誓約書を書き写し始めたが、「著作権法違反を行う者が出てくることは明確に分かっておりました」との文言に引っかかり、それを北村に確認すると、そのまま書いてくれればいいと返答される。

 

「これ、後で訂正できるんですよね?」

「当たり前がやな」と北村。

 

かくて、金子は最後まで書き写した。

 

6ヶ月後

 

その頃、愛媛県警ではニセ領収書を作成して経費を落とす不正が常態化していた。

 

その不正を唯一人行わない巡査部長の仙波敏郎(以下、仙波=せんば)が、上司の命令でニセ領収書を書いた部下の山本巡査に説教する。

 

「ええか。ニセ領収書を書いたら私文書偽造で3カ月以上の5年以下の罪になる。それを元に公文書偽造すると、1年以上10年以下の罪や。詐欺や業務上横領は10年以下。それだけの罪を犯したもんが、1000円のものを万引きした人間を捕まえて調書取れんのか」

「自分もよくないことやと思うとります。でも、皆がやってることですし」

「そしたら、何のためにするんや」

「組織のためです」

「組織のためなら、何をしてもいいんか?」

「ほじゃけど、どうすればいいです?言いたいことあっても、辛抱して従うのが普通の人やないですか?みんな、仙波さんみたいに、強(つよ)うないんです。堪忍してください」

 

再び京都府警が、今度は逮捕令状を持って金子を捕捉した。

 

奥田からの電話でテレビを点けた檀は、ニュース映像で金子が著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪で逮捕されたことを知る。

 

開発者の弁護なら引き受けると奥田に言い切った檀は、早速、事件の検証に入った。

 

プログラマーの中島と名乗る男から檀に電話が入り、2ちゃんねるの住人が金子の力になりたいと弁護費用を集めることになり、弁護士名義で口座を開設して欲しいとの申し出を受ける。

 

檀は弁護士の林と共に、金子に接見しに行く車の中で資料に目を通し、黙読する。

 

著作権などの従来の概念が崩れ始めている。お上の圧力で規制するのも一つの手だが、技術的に可能であれば、誰かがこの壁に穴を開けてしまって、後ろに戻れなくなるはず。最終的には崩れるだけで、将来的には今とは違う著作権の概念が必要になると思う」(檀のモノローグ)

 

金子と初めて会った檀は弁護団を結成し、事件の把握を急いでいる段階であることを説明していくが、裁判で証拠となってしまうので、自分で納得しない調書には絶対に署名しないようにと警告した。

 

次に、裁判所で検事が金子に尋問する。

 

「あなたは、著作権侵害の蔓延目的でWinnyを作ったのですか?」

「そんなこと一度も言ってませんよ」

「でも、警察の取り調べの中でそう書きましたよね」

「あれは、そう書けと言われたのであって…」

 

続いて、五条警察署では何の説明もなく、京都地方検察庁刑事部検事の伊坂誠司(以下、伊坂)から調書に署名を求められた金子。

 

「ねえ、頼むわ。協力して欲しんやわ」

 

そこには、「著作権侵害の蔓延目的でWinnyを開発したわけではありませんと言いましたが、裁判所での発言は嘘です。弁護士に入れ知恵されました」と書かれていたが、金子はそのままサインしてしまう。

 

金子の弁護費用は通帳が複数冊に及ぶほど集まっていた。

 

檀は金子が検察の調書に署名したことを知らされ、警察署の留置所へ行き、金子にその理由を質した。

 

「捜査には協力した方がいいのかと思いまして…」

「協力?デタラメにサインすることが?」

「でも、それは裁判所で訂正すれば…」

「裁判所で訂正すれば、信用してもらえると?」

「はい…」

「…自白調書に署名してしまったら、全部自分が喋ったことになってしまうんですから」

「でも、サインしても訂正できるんじゃ?」

「残念ながら、できません」

 

それを聞いて、項垂(うなだ)れる金子。

 

「金子さん、闘うしかないですよ」

 

檀は、2ちゃんねるの有志が集めた支援金が記帳された通帳を取り出し、金子に見せる。

 

「みんな、金子さんの無罪を信じてますよ。読めますか?」

「はい…47シガンバレ、マケルナ、47フレーフレー、47ハムザイ、イキロ47…ガンバレ…」

 

金子は通帳に記載されたメッセージを自ら読み上げ、涙する。

 

警察署での伊坂による取り調べ。

 

「さっさと罪を認めた方がええよ。認めたらすぐ釈放されて、自由の身や。ずっと閉じ込められるんは、ややろ…お前には責任いうもんがないんか!」

 

机を叩き恫喝する伊坂に対し、金子は腕組みをして黙秘する。

 

テレビではコメンテーターがWinnyの危険性を技術テロ、情報テロと決めつけ、雑誌では金子の自宅から見つかったエロビデオを並べて、変態扱いする始末だった。

 

「そんな横暴許してたら、日本の技術者は誰も新しいことにチャレンジしなくなりますよ」と檀。

 

まもなく金子の保釈が認められ、檀が囮(おとり)となって沸き立つメディアの取材攻勢をかわし、金子はホテルへ到着したがパソコンはなく、最愛の姉など、接触できない人物のリストを渡され、不自由な状態が続くことになる。

 

一方、愛知県警の仙波は、テレビで警察に蔓延するニセ領収書の件を告発する元会計課長のインタビューを、勤務する交番で山本と共に観ていた。

 

弁護士事務所では、検察から公判請求が出されたところで依頼していた刑事事件のスペシャリスト・秋田真志(以下、秋田)弁護士を交えて、Winny弁護団による打ち合わせが行われた。

 

「幇助はただの言葉ですよ。問題は、彼らがなぜ金子さんを逮捕したかです。その裏の意図を理解しないと、結局、検察の掌(てのひら)の上で遊ばれるだけになってしまう…そもそも逮捕までの動きが性急すぎると思いませんか?」と秋田。

「…仮にその裏の意図を掴めたとして、どうすれば?」と檀。

「性急さは命取りです。待つんです。敵が尻尾(しっぽ)を見せるまで」

 

金子は求めに応じて東大に退職願を提出し、自宅へ戻って行った。

 

2か月後

 

金子が事務所に来て、近くの食堂で食事をしながら、檀が金子に今後の裁判闘争について話をする。

 

「これからの道のりは、厳しいものになると思います。私は自分の人生の5年間を金子さんのために使うので、金子さんは日本に生まれてくる技術者のために残りの人生使って欲しいです」

 

金子は、その話を噛み締めながら聞いていた。

 

初公判の日がやって来た。

 

金子の意見陳述。

 

金子は弁護団長の桂から受け取ったペーパーを、辿々(たどたど)しく読み上げていく。

 

Winnyの開発公開は技術的実験であって、著作権侵害の手助けをするといった意図ではありません。Winnyの開発は日本のためになると思ってやったことですから、社会に迷惑をかけるためにやったのではないです。私は無罪です。金子勇

 

愛媛県警のニセ領収書の裏金問題は、テレビや新聞で県警による否定のニュースが流される。

 

事件の推移がパラレルに展開する、その裏金問題の記事を話題にする事務所で、「杭を打つには杭を打つ人、支える人、指示を出す人の3人の協力が必要だ」という秋田の話を耳にした檀が閃(ひらめ)いて、林に捜査関係者の顔と名前をボードに掲示してもらい、捜査のリーダーが誰なのかを皆に問いかけた。

 

直後の公判で、捜査した京都府警ハイテク犯罪対策室の一人である畑中健一を証人として呼び、檀は捜査を指示したリーダーが誰であるかを聞き出そうと尋問する。

 

しかし、検察の異議によって、裁判長は「捜査に関する尋問は打ち切ってください」と尋問を却下してしまう。

 

「ダメだ。全部うやむやにしやがって」と檀がボヤキながら、弁護団は事務所に戻って来た。

 

「そもそもこの裁判がおかしいのは、警察が原告になっていることですよ」

 

事件の本質を衝く秋田の指摘だった。

 

 

人生論的映画評論・続: Winny('22)  出る杭は打たれる文化の脆さ  松本優作