だれのものでもないチェレ('76)   母の迎えを待つナラティブが壊れゆく

 

1  「母さん、キリストに伝えて。私にも贈り物を届けてって。誰も私にプレゼントをくれないの」

 

 

 

1930年、ホルティ独裁政権下のハンガリー

 

富農に引き取られた孤児のチェレは服も与えられず、学校へ通わせてもらうことなく、牛追いや荷役をさせられている。

 

いつものように牛のボリシュを追っていると、近隣に住む前線から戻ったピスタに性的な悪戯されたチェレは、泣きながら足を引きずって養家へ戻る。

 

「あの男。ピスタの奴…」

「ピスタか。あいつはケダモノだ。地獄へ落ちろってんだ」

 

養父母の会話だが、チェレを気にかけることはない。

 

ある日、川の泥で部屋の床の塗り替えをしているチェレを、子供たちが母親に言いつけると口喧嘩になるが、「いつだって悪いのはそっちなのに」と強気に反発するチェレ。

 

帰って来た母親は、それを見て「誰も頼んでいない」と言い放ち、良かれと思ってやったチェレを叱るのみ。

 

ある時は、スイカを割って食べたチェレが、スイカの半分を帽子として被っていると、子供の一人が欲しがるので、着ている服と交換する。

 

今度は服を盗んだと怒り、母親は服を脱がせて娘に着せるのだ。

 

夕食の際、母親は食事を拒むチェレが抱えているスイカの帽子を取り上げ、畑で勝手に食べたと知り、「とうとう盗みを働いたよ」と父親に訴える。

 

怒った父親は、「二度と盗みを働かんように、性根をたたき直してやる」と言うや、焼けたコークスを思い切りチェレの手に握らせた。

 

泣きながら焼け爛(ただ)れた掌を見つめるチェレ。

 

父親が出て行くと、母親は「やりすぎだよ」と言って、湿布をチェレの手に巻いて手当てをする。

 

「よくお聞き。盗みは何にも増して重い罪なんだよ。いいこと?この家には、お前の物なんてないの。この家の中にある物は、うちの子たちの物だ。私が産んだ子たちだからね。お前とは違う。この世にお前の物は何ひとつない…お前が持っている物は、ひとつだけ。その体だけなの」

 

それに対し、チェレは「シャツもよ」と答えた。

 

その瞬間、母親は狂ったように怒り出し、チェレを叩く。

 

「何て図々しい…こんな恩知らず、引き取るんじゃなかった!」

「あのシャツは私のよ。スイカと交換したの」

 

どんなに叩かれても泣きながら訴えるチェレ。

 

子供たちが通う学校について行こうとするチェレに対し、「シャツが狙いでしょ」、「また手のひらを焼かれちゃうわよ」と、意地悪く言う女児ら。

 

「母さんは私のこと愛してくれてるわ」

「バカ言わないで。母さんの子でもないくせに」

 

子供たちは、「孤児院に帰れ、チェレは親なしっ子」と声を合わせて囃し立てるのだ。

 

「うちに引き取ったのは、(政府から)お金が支給されるから。それだけよ」

 

チェレの立ち位置が判然とする嫌味だった。

 

【ホルティ政権下では孤児たちを養育費付きで養子に出し、富農たちは労働力確保のために孤児を引き取っていた/ホルティ・ミクローシュは1919年、ハンガリー革命を弾圧して独裁政治を行い、ナチスドイツと協力するが失脚し、戦後、ポルトガルに亡命した】

 

そんなチェレはボリシュを追いながら、学校へ向かう。

 

教室から九九の唱和が聞こえ、チェレはそれを遠くで眺めるだけ。

 

「みんな服を持ってる。私以外は。どうして?もうイヤ」

 

チェレは掌に巻かれた包帯を外し、ボリシュに別れを告げ、草原を歩き始めるが、ボリシュも付いてくる。

 

「来ちゃダメ!二度と戻らないんだから。私は殴られない場所へ行く…まったく…好きなようにすればいいわ。ついて来るのも帰るのも、お前の自由だよ」

 

途中、赤ん坊を抱いた女性が歩く姿に見入るチェレ。

 

暗くなるまでボリシュと歩いて行くと、牛の群れを放つ農家に辿り着く。

 

その家の夫婦がチェレを中に入れ、服と食事を与える。

 

名前は”チェレ“と言うと、「本当の名前は?」と聞かれたが答えられない。

 

チェレは母親の名前も、家がどこかも答えられないのである。

 

【”チェレ“とは、孤児に対する蔑称である】

 

「どうやって、ここまで来たんだ?」

「迷ったの」

「どこで?」

「母さんを探してるうちに」

「母さんはどこへ?」

「森へ。お家を建てに行くって、出ていったの。家ができるまでは、留守番してなさいって」

 

明日、町に出て母親を捜してもらうと言われ、小さな笑みを浮かべるチェレ。

 

役所に連れて行かれたチェレは、再び多くの孤児たちに交じり、里親を待っていると、若い夫妻が訪れ、チェレはその女性が気になり、その女性もチェレを選んで抱き上げた。

 

チェレは嬉しそうにその母親に寄り添うが、かつて孤児院に預けた6歳になる子供を探していたその夫婦は、記録からチェレが7歳になる捨て子だったと分かり、チェレを手放して去って行った。

 

それに代わって金目当ての乱暴な女がチェレを強引にジャバマーリの家へ連れて帰り、馬小屋で寝泊まりすることになった。

 

そこには、老いたヤーノシュという下男が寝泊まりしており、焼いたイモを与えようとするが、いらないと断るチェレ。

 

ヤーノシュが寝床につくと、チェレは鍋の中のイモを漁り、家を出ようとして犬が吠え、養家に見つかってしまうが、ヤーノシュが庇ってチェレを寝かしつけた。

 

翌朝早く、ジャバマーリにアヒルを追う仕事を言いつけられるが、粗相(そそう)をして厳しく折檻される。

 

ヤーノシュと一緒に庭仕事をして、ヤーノシュの昔話を聞かされた。

 

「村に二階建ての大きな家を持ってた。一回が住居で、二階は作業場だ。地域一帯の紡績糸がわしに届けられた。わしが生涯に作った服の布を合わせれば、教会一つを余裕で覆い尽くすだろう…しかし手が震えては、もう針仕事はできない」

 

チェレは楽しそうに花を摘み、歌いながら踊ってみせる。

 

「上手だ。誰に教わった?」

「母さん、いつも森から合図してくれるの。いつでも声が聞こえる。今建ててる家が完成したら、私を迎えに来てくれるのよ。私を殴った仕返しに、ジャバマーリを懲らしめてくれるって。大きなスリッパでね。母さんの特大のスリッパで、跡形も残らないくらい殴ってもらうの」

 

そのヤーノシュに連れられ、チェレは花を持って教会へ行く。

 

初めて来た教会で、真剣な眼差しで祭儀を見つめるチェレ。

 

合唱が始まると、ヤーノシュは具合悪そうに椅子にもたれるのを見て、「おじいさん、大丈夫?」とチェレは心配する。

 

「キリストはどこ?見せてくれる約束よ」

「そうだな。見せよう」

 

ヤーノシュは、聖母マリアに抱かれたキリスト像を前に祈りを捧げる。

 

「我が罪を許したまえ。私が逝っても、この子にご加護を。アーメン」

「キリストなの?」

「そうだ」

 

チェレはキリスト像に近づき、花を供えた。

 

二人が帰り道を歩いていると、馬車に乗ったジャバマーリがチェレに向かって大声で怒鳴りつける。

 

「なぜ家にいないの!家畜を餓死させる気?この役立たずが!」

 

馬車が過ぎ、ヤーノシュがチェレを励ます。

 

「なんて汚い言葉だ。だが恐れるな。若さがあれば必ず生き抜いていける。何にでも耐えられる。そして、いいことも必ず起きる」

 

憲兵がヤーノシュに声をかけ、挨拶を交わすのをジャバマーリ夫婦が見ていた。

 

憲兵だ。ウソだろ」と夫。

 

帰宅するとジャバマーリがチェレを捕まえ、憲兵と何を話していたかを詰問する。

 

「私の悪口を言ってたんだろ。正直に言わないと、この手で殺すよ」

 

何も答えないチェレを、さっさと仕事しろと突き飛ばし、その後も執拗に問い詰め、まじめに仕事していないと言って、スリッパで頭を叩き続けるのである。

 

「お前なんか地獄へ落ちればいい。いやしい捨て子め」

 

その挙句、ジャバマーリは毒入りのミルクをチェレに持たせるのだ。

 

「渡して。告げ口をしなくなる薬よ」

 

チェレは言われた通り、告げ口をしなくなる薬だと言ってヤーノシュに渡す。

 

ヤーノシュは血を流すチェレの頭を手当てし、優しく寝かしつけ、渡されたミルクを飲んで横たわった。

 

衰弱がひどくなっていたヤーノシュの、全て理解した上での死のようだった。

 

翌朝、ジャバマーリにミルクのカップを取りに行かされ、ヤーノシュが死んでいるのを発見する。

 

ジャバマーリはチェレから受け取ったカップを思い切り床に叩きつけた。

 

ヤーノシュの葬儀が行われ、涙を浮かべるチェレ。

 

程なくして、憲兵が町役場の依頼でやって来て、ジャバマーリに「この土地に関する書類」を見せるよう指示した。

 

慌てるジャバマーリは憲兵たちを家に入れ、しばらくすると憲兵らは帰って行った。

 

チェレは彼らを追い駆け、自分の母親を探して迎えに来て欲しいと伝え、懇願するのだ。

 

憲兵は分かったと言って帰って行った。

 

その様子を見ていたジャバマーリは、何を話していたかが気になり、豚の世話をしているチェレに昼食を届けて聞き出そうとする。

 

美味しそうに食べているチェレは何も答えないが、ジャバマーリは憲兵に告げ口したと邪推する内容を自ら話し始めた。

 

「私が彼の土地を奪ったと?ええ、奪ったわ。でも面倒を見て、汚れた服も洗濯してやったのに…彼は何て言ってた?彼の屋敷に私が放火したと?そう密告したの?」

 

興奮して激昂するジャバマーリは、何も話していないと言うチェレの首を絞めつけ、突き放して帰って行った。

 

暗くなって納屋に戻ると、ジャバマーリがヤーノシュの衣類や所持品を燃やしていた。

 

その恐ろしい様子を窓から覗くチェレ。

 

「母さん、迎えに来て。一緒にいたいの。母さん、怖いよ。早く来て」と暗がりの中で呟く。

 

ジャバマーリは、昼食のパンと毒入りミルクをチェレに渡し、早く食べるように言った。

 

赤ん坊が泣き出したので、チェレは自分のパンにミルクを浸して与えると、それに気づいたジャバマーリは「人殺し!」と叫ぶや、チェレを激しく突き飛ばす。

 

「殺そうとしてたわ。毒を盛ったミルクを飲ませて!この子を殺す気だったのよ」

 

半狂乱のジャバマーリは赤ん坊を抱きながらチェレを激しく蹴り続けるが、その暴行を家族が止めるに至った。

 

チェレは、「母さん!母さん!」と呼びながら走って逃げて行くと、湖の畔で、死んだ女性が運ばれるのを目撃し、「死んでる?」と恐々と尋ね、「そうだ」と言われる。

 

「母さん…」と呟いてチェレは、来た道をまた戻って行った。

 

クリスマスの日、豚を捌(さば)き、皆でお祝いする席に入れてもらえないチェレは、テーブルのパンを盗んで出て行った。

 

馬小屋に閉じ込められたチェレは、一人で蝋燭の火を枝に灯しながら、クリスマスの願い事を祈る。

 

「母さん、キリストに伝えて。私にも贈り物を届けてって。誰も私にプレゼントをくれないの。母さんが死んでから…父さん、神様、無名の兵士。どうか、あなたの国に、私を迎い入れて…」

 

いつしか、部屋は炎に包まれて、馬小屋が火の海になり、やがて全てを燃やし尽くしてしまったのだった。

 

【本作の原作は、 投身自殺をしようとした19歳の少女の話を聞いたハンガリーの作家ジグモンド・モーリツが、 その少女の話に沿って小説にしたものである】

 

 

人生論的映画評論・続: だれのものでもないチェレ('76)   母の迎えを待つナラティブが壊れゆく  ラースロー・ラノーディ