2010-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ザ・コミットメンツ('91) アラン・パーカー <「ソウル・バンドの大騒ぎ」―― 真っ向勝負の「青春映画」の一級の「爽快篇」>

「ダブリンに本物のソウルバンドを作りたい」 これは、本作の主人公であるジミーの夢であった。 この夢を実現させるべく、本作の中で、彼だけは必死になって動いていく。 その結果、形成されたソウル・バンドの名は、「ザ・コミットメンツ」。 「ザ・コミッ…

震える舌('80)  野村芳太郎  <叫ぶ娘、走る父、離脱する母――裸形の家族の復元力>

当初、少女の両親は、娘の病気が脳に関わる重篤な疾病でないことに安堵していた。もっとも、その前は心因性の病気であると指摘されて、失笑を買う余裕すら見せていたのである。 それが、突然変化した。 少女の父が、破傷風の現実の凄惨さを知ったからだ。そ…

(ハル)('96) 森田芳光  <「異性身体」を視覚的に捕捉していく緩やかなステップの心地良さ>

共同体社会でメリットがあるとすれば、「他人の不幸」に敏感に反応することだろう。 「他人の不幸」が、「自分の不幸」に直結してしまうからだ。 都市化社会にはこの制約がないから、「他人の不幸」に敏感に反応しないで済むのである。 しかし、人間には「…

シン・レッド・ライン('98) テレンス・マリック <「一本の細く赤い線」――状況が曝け出した人間の孤独性についての哲学的考察>

「戦場」という、不安と恐怖に充ちた未知のゾーンに放り込まれた若き兵士たち。 若者たちにとって、玉砕覚悟で突撃する日本兵との肉弾戦の経験は、一応の大義名分で武装した彼らの自我を一瞬にして凍らせてしまったに違いない。そして、そこで運良く命を拾っ…

ベニスに死す('71) ルキノ・ヴィスコンティ <エロスとの睦みの内に老境を突き抜けて>

異臭の発生に疑いを深めたアッシェンバッハは、偶然貨幣の両替所で、その真相を初めて知ることになった。初めはごまかす答弁を繰り返した係員は、男の執拗な追及に対して、遂に真相を説明したのである。 「数年前から、アジア・コレラが各地で発生しています…

ボクと空と麦畑('99) リン・ラムジー <脱出の狭隘な出口が塞がれて――「ユートピアへの行進」の哀切>

一人の男の子が自分の体にカーテンをぐるぐる巻いて、その身を回転させながら遊んでいる。何か時間を持て余しているようなその子の名は、ライアン。 母に注意され、その遊びを止めるが、少年が窓ガラス越しに見えた水路には、一人の少年が同じように暇を持て…

病院で死ぬということ('93) 市川準 <「家族愛」という「究極のロマンティシズム」>

フェードインとフェードアウトを反復する本作の中で、度々、挿入されるシーンがある。 それは、病院とは無縁であると信じる世界で呼吸している人々の、ごく普通の日常性の風景である。 その中で、笑みを浮かべて街路を歩行する人、自分の仕事に専念する職人…

アドルフの画集('02) メノ・メイエス <「憎悪の共同体―その中枢に今まさに、身を埋めようとする男の残り火>

その頃、マックスは商談に入っていた。 相手は有力なコレクター。パウル・クレー(スイスの画家)の絵を勧めても反応しないそのコレクターに、マックスはヒトラーの絵を、「戦争芸術の画家」であると褒めて推薦したが、全く相手にされなかった。そのときコレ…

あの子を探して('99) チャン・イーモウ  <チョークを手に持つ生徒たちの輝き>

ホエクーを探しに行くミンジの旅が開かれた。 開かれた早々、ミンジはバス代を払えないため、バスに乗っても途中で降ろされる始末。 このリアルな描写が、観る者に、ミンジの旅の困難さを予約していた。 山道を歩き続けて、ようやく町の途中までトラクターに…

禁じられた遊び('52) ルネ・クレマン <愛情対象を喪失した幼女の悲哀の儀式>

映像の中で、ポーレットはミシェルとその家族に「両親の死」を話していた。しかしその理解は、どこまでも言葉の次元での枠を越えたものではなかった。ポーレットは5歳の幼女なのだ。5歳の幼女に、「観念としての死」の本当の意味に辿り着くことは困難であ…