ソフト/クワイエット('22)   レッドラインを越えていく女たち

 

作り手の覚悟・胆力が映し出す、全編ワンカットの圧巻の90分間。

 

以下、梗概。

 

 

1  「毎日妻に軽蔑されたい?…男なら勇気を出して礼儀を教えてやるの」

 

 

 

幼稚園教師のエミリーは、トイレに入って妊娠テストをする。

 

「お願い。今度こそ…」

 

しかし、またも不妊だったと分かって涙するエミリーは、外で母親が迎えに来るのを待っていた元生徒のブライアンに声をかけ、初めて書いたという絵本の最初の読者になってもらう。

 

その時、ブライアンが絵本を音読する声を掻(か)き消す、有色人種の清掃員が清掃具を転がす音に不快感を持ったエミリーはブライアンに指示する。

 

「彼女に伝えてきて。“生徒が帰るまでモップ掛けをするな”と。足を滑らせて大ケガをしたら大変よ。男の子なら、勇気を出さなきゃ。自分を守るために闘うの…さあ、行ってきて」

 

そこに迎えに来たブライアンの母親に事情を説明する。

 

「迷惑な清掃員のせいで、滑ってケガするところだった。ブライアンは優しい子よ。困ってる子がいたら、すぐに手を貸すわ。だからこそ、強さを教えたいの。自分を守るために闘えと。安全に関わることだもの」

 

事実ではないエピソードを虚言し、自分の信条を植え付けようとするエミリー。

 

ブライアンが戻り、母親に「助かったわ。いい母親になれる」とお礼を言われ、一瞬、表情が固まったエミリーは、次に自分で焼いたパイを持って林の奥の教会へ向かう。

 

途中で声をかけた初対面のレスリーと共に教会の2階へ上がると、既に参加者たちが集まっていた。

 

エミリーがパイのふたを開けると鍵十字が刻まれており、「クソヤバい」、「教会の中よ」などの声が上がるが、エミリーは「単なる、おふざけよ。あんまり真剣に取らないで」と言って皆で笑い合う。

 

エミリーのスピーチが始まった。

 

「会合を開けて本当に嬉しいわ。今日の目的は、お互いをよく知ることよ。検討すべき議題があるわけじゃない。私たちは手を取り合って、多文化主義と闘うの。これまで私は洗脳されてた。白人であることを恥じ、罪の意識さえ感じてたの。西欧諸国の繁栄は、私たちの夫や父や兄弟のおかげよ。なのに、その恩恵を他民族ばかりが享受してる」

「みんな洗脳されてた」

「私は町の学校で教員として働いてるの。私の望みは母親になること。でも、子供を授かるのに少しだけ苦労してる。きっと大事な使命があるのね。このグループよ」

「ステキな名称ね。次の世代に引き継げる」

 

ホワイトボードには、“アーリア人団結を目指す娘たち”と書かれている。

 

ここから参加者の自己紹介が始まった。

 

トップバッターはマージョリー

 

「怒らせたくないけど、私は場違いかも…職場のことに悩んでるの…実はこの町で仕事をしてて、先に言っとくけど、これは個人の悪口じゃない。私は毎日1時間かけてバスで職場に通い、2年間、がむしゃらに働いてきたの。管理職になるためにね。でも残念なことに、少しあとに雇われたコロンビア人の女性が管理職に昇進したの」

「…あなたが感じた気持ちは間違ってない」とエミリー。

「とにかく私は闘おうと思って、上司に理由を聞いたの…上司の答えは、“彼女の方が指導力がある”。それを聞いて、頭に血がのぼってキレちゃった。“逆差別よ”。なのに同僚たちは誰も味方してくれない。私が変なの?」

「違うわ」

「意味不明よね。“多様性”とか“受容”とか。暗号みたいな言葉にはウンザリ。役所や感謝の書類にも書かれてる…もう途方に暮れてるの。それが参加の理由」

 

マージョリーの発言を受けて、エミリーが主張する。

 

「不当な優遇に声を上げたのは立派よ…メキシコ人や黒人は、気軽に不満を口にするわ。“白人は本当にひどい”・“白人はクズ”とまで言ったとしても、誰にも咎められない。なのに白人が一言でも批判した途端、“人種差別だ!”」

 

マージョリーに同調する参加者たち。

 

「アジア系が企業を乗っ取っても私は黙ってる。名前も書けない黒人が一流大学に入るのも、私は非難してない。なのに、コロンビア人が同情を買って昇進し、それを責めたらレイシストなの?この国には夢も希望もない。私は善人で働き者なのに、年を取っても貧乏なまま。それでも文句を言うなって?毎日、ギリギリの生活に苦しんでるのよ」とマージョリー

 

ここで、エミリーが独身のマージョリーレスリーのために、“お見合いの仲介”とホワイトボードに書く。

 

「紹介できる男性を10人考えてくるの」

 

続いて、アリスの自己紹介。

 

「私はもう疲れた。いつも一人で考え事ばかり。そんな生活は寂しすぎる。だから、この会を育てて、新しい仲間を増やしたい。こうして、みんなの話を聞いてるだけで、自分に戻れる…」

 

アリスは渡されたペンで、“メンバー集め”とボードに書く。

 

「白人も結束すべきよ。黒人は自分たちの命が大切だと主張して、若者たちを扇動してる。私たちの命も同じ。誰の命も大切なの。白人は優秀で寿命も長い。支え合いは得意なの。それが事実よ。事実を認めるのが悪いこと?」

 

アリスをハグしたジェシカが続いて自己紹介する。

 

「私の父は、KKK(クー・クラックス・クラン)の支部長を務めてたの。私も生まれた時からメンバーよ。今は活動の場がインターネットに移ってる。普段は人にKKKだとは言わないの。風当たりが強いでしょ。マスコミにも叩かれてる。恐ろしい怪物みたいに。私が怪物に見える?4人の母親で5人目がお腹にいるのよ。この会がすごく気に入ったわ。変化は母親から始まるの。赤ちゃんを教育するから。私は暴動を起こす気はないわ。“黒人をリンチしろ”なんて言わない。常識的な話をしたいだけ。多文化主義は失敗よ。これからも有色人種は白人を嫌い続ける。お互い様よ」

 

次に二人の子供を持つキム。

 

「もっと産みたかったけどお金がなくて。融資を受けたいと思っても、ユダヤ系の銀行はまず通らない…1776年に白人がアメリカを建国したのよね?その国が目の前で奪われようとしてる。夫が経営してる店だって収支はギリギリよ」

「不法移民が万引きするから」

「有色人種の若者は、文句ばかりで礼儀知らず。店に押しかけては大騒ぎするの…イラつかせる作戦としか思えない。最も理想的なのは、単一民族の社会よ。国民が一つになり、市場も正常化するわ。ジャーナリズム専攻だった。この知識を活動に生かしたいの。マスコミをユダヤ系から取り戻さないと。その前にまず、会報を発行したいと考えてる。それを配れば、私たちの思想は広まるわ」

 

最後に、キムの店で2週間前から働き始めたレスリー

 

「正直に言うと、キムに誘われてきたの。昔の私は、ひどい友達が多かった。生まれが悪いせいでね。だけど、刑務所に入って、いい仲間に出会えたの。あの生活が懐かしい。毎日指示に従って行動するのは気持ちがよかった。それで、出所後に仲間の紹介で、キムの店へ。おかげで心が安定している。子供たちが本当に可愛くて、2人のためなら何でもできる。あんな家族を持ちたい。こんなあたしを何も言わずに受け入れてくれた。だから何かの役に立ちたいの」

 

エミリーが「この目標も加えたいの」と言って、白板に書かれた「“女性解放よりも、女性らしさを”」という文字を指差す。

 

「女性解放論者(フェミニスト)はこう言うわ。女性の権利のために闘うと。男と同じになれと言ってる。考えてみて。男性が求めるのは、どんな女性?…病気が蔓延する国から来た、ぜい肉の塊みたいな茶色い肌の女性?強くて才能のある白人男性にふさわしいのは…従順な妻よ。分かる?聖書が示す妻の役割を果たしてこそ、強い家族を築ける…なのに夫婦の在り方は、1960年代(公民権運動のこと/筆者注)に変わってしまった。伝統的な家族が崩壊したの。それが間違いよ」

 

嗚咽を漏らしながら話すエミリーに同調し、称賛する参加者たち。

 

しかし、アリスが議事録をメールで送ると言った際、「証拠を残すのはマズいわ」とマージョリーが指摘すると、エミリーは興奮して食って掛かる。

 

「何がマズいわけ?今日私たちが、1つでも法を犯した?」

「いえ、ごめんなさい」

 

そこでキムが、会報について話す。

 

「うちは自宅教育を始めるから、役に立つ教材が必要なの。学校ときたら…」

「ゆがんだ教育を教えるのね。手伝うわ」とエミリー。

 

レスリーは「いっそ、学校作ったら?」と提案し、「素晴らしいアイディアね」とエミリーは、「実は、もう絵本を描いているの」と皆に見せる。

 

会報の話に戻り、「この辺りに住む、不法移民のリストを作る?居住地を知らせるの」とマージョリーが提案する。

 

それに対しエミリーは、「創刊号は慎重にいきましょ。あくまで主流から外れず、過激な内容は避けるの。表向きはソフトに、そうすれば人々にすんなり受け入れられる。私たちは誰にも怪しまれない秘密兵器よ。ひそかに心に入り込むの」(「ソフト/クワイエット」の含意/筆者注)

 

会が盛り上がる中、エミリーは教会の神父に呼ばれた。

 

「帰ってくれ。面倒はごめんだ…帰るなら通報はしない。今すぐだ」

 

問答無用に言い渡されたエミリーはすぐに切り替え、皆に自宅でワインを飲まないかと誘う。

 

ジェシカとアリスは帰路に就き、マージョリーレスリーは、キムの店でワインを買うエミリーと共に、キムの車に乗り込んだ。

 

車の中でレスリーは、古着のネットショップを作るつもりで、その売り上げを活動に使えないかとエミリーに話しかけ、その服のモデルになってくれないかと頼むのだった。

 

エミリーは了解し、学校開設の願望を口にする。

 

店でエミリーが品物を選んでいると、「ちょっと、店に入らないで」という声が聞こえ、アジア系の女性二人が店に買い物に入って来たのを見て、咄嗟(とっさ)にエミリーは身を隠した。

 

「閉店中よ」とキム。

「すぐ済むわ。ワインを買うだけ」とリリー。

「関係ない。閉店なの」。

「私も仕事で疲れているの。一番高いワインを買うから…」とアン。

「ここは私の店よ。拒否する権利があるの」

「そうだけど、疲れたオバサンの意地悪でしょ」とリリー。

 

この言葉にキレたエミリーが前面に出て来て、アンは「帰ろう」とリリーを誘うが、リリーは「たまには言い返して」と動こうとしない。

 

「ジェフの妹よ、行こう」とアンがエミリーの方を差して、リリーが振り向いた。

 

「待って。買いなさいよ。さっき言ったわね。一番高いワインを買うと…」

 

帰ろうとした二人だったが、アンはワインを取ってレジに向かい、300ドル払った。

 

ドアに向かうと、立ちはだかっていたマージョリーが、言いがかりをつけてくる。

 

「現金で300ドルも持ってるなんて、売春婦か泥棒?」

「ウェートレスよ」

「待ちなよ。国はどこなの?」

密入国者とヤる中国人かな」とレスリー

「“見下してもいい人種”だと思ってるのね。通して…」

「ヘイ!お礼は?レズビアン」とマージョリー

「姉妹よ…バカ女」

 

ここでマージョリーが「何て言った?」とアンを突き飛ばし、それを見たリリーが「アンに触るな」とマージョリーに向かっていくと、掴み合いになる。

 

そこにキムが拳銃を持って二人に向け、「出て行って」と店から追い出す。

 

窓の外からリリーがエミリーに向かって言い放つ。

 

「刑務所の兄貴がどうなるか知ってる?レイプ犯はヤられるのよ!」

 

「あんな話、ウソでしょ?」とマージョリー

「あの子が誘ったの。レイプなんてウソよ!」とエミリー。

 

これも虚言だった。

 

そこにエミリーの夫・クレイグが迎えに店に入って来て、興奮して泣くエミリーを抱き締める。

 

「何があった?」

「脅されたの」

「ジェフを刑務所送りにした女よ」とキム。

 

アンはエミリーの同級生だったと分かったレスリーは、二人の家へ行こうと言い出す。

 

「あの女を思い知らせなきゃ。住所分かる?」

「ええ」

「今すぐ行こう。嫌がらせしてやるの。パスポートを盗むとか。バレないよ」

「もういいよ」とクレイグ。

「痛い目に遭わせなきゃ、分からない連中よ」とマージョリー

「みんながイヤなら、あたしだけでも行く。許しちゃダメ」とレスリー

 

レスリーが盛んに扇動し、マージョリーもそれに乗り、エミリーも笑顔になっていく。

 

「エミリーが行くなら…少しだけよ」とキム。

「いいわ。気を晴らしに行こう」

「高校時代みたい。盛り上がってきたわ!」

 

それに対し、クレイグは否定的な反応を示す。

 

「分かっているのか?」

「ただのイタズラよ」

「どう考えても重罪だ。いいか。不妊治療がうまくいかなくて、君も取り乱している」

「赤ちゃんのことは関係ない…腰抜けになりたいなら止めないわ。毎日妻に軽蔑されたい?…男なら勇気を出して礼儀を教えてやるの。自分の妻がバカにされたのよ…私にタマなしだと思われたいの?」

「いや…」

 

エミリーに説得されたクレイグは、位置情報でバレるからと、全員に携帯を置いて行くように指示する。

 

全員がキムの車に乗り込んで、マージョリーが音楽をかけ盛り上げるが、クレイグはそれを止めされる。

 

クレイグはあくまで冷静で、人に見つかった際の逃げ道などを確認する。

 

アンの家は高台にあり、湖が見え、持ち家だなどと知っているエミリーは、クレイグに聞かれ、「たまに来て監視してるの」と答え、「もうやめるんだ」とクレイグが諭すがエミリーは首を横に振る。

 

ここから開かれるのは、想像だにしない女たちの潜在的機能(予期せぬ結果)たる暴走の光景だった。

 

人生論的映画評論・続: ソフト/クワイエット('22)   レッドラインを越えていく女たち  ベス・デ・アラウージョ