ニトラム/NITRAM('21)   「自分が何者であるのか」という問いを立てる力

 

1  「2人で行きたい。本物の家族みたいに」

 

 

 

ロイヤル・ホバート病院、熱傷センターで入院する子供たちにテレビのレポーターがインタビューをする。

 

「君はどうして火傷を?」

「ええと、寝室に上がっていく時に、ライターで火をつけてみたくなったんだ。打ち上げ花火があったから。芯がどれだけ速く燃えるか、見たくて火をつけた。すごく速く燃えたから、消そうとして…でも消えなくて…花火を折ってみたけど、消えなくて、ジーパンに穴が開いた」

「入院して長い?」

「一週間くらい」

「もう花火では遊ばない?」

「遊ぶよ」

「懲りてないの?」

「懲りたけど、花火はやるよ」

 

テレビに映る、その少年の名はニトラム。

 

【ニトラムとは、自分の名を逆さ読みにされ、子供の頃につけられた侮蔑的な仇名】

 

オーストラリア・タスマニア島のポート・アーサーに、両親と暮らすニトラムは、自宅前の庭でロケット花火を上げ、近所から「クソ野郎!静かにしろ!毎晩うるさいんだよ!恥さらしめ!」と怒鳴られるが、意に介さず花火を続ける。

 

その様子を腕組みをして見ているニトラムの母親。

 

「取り上げて」と母親。

「害はないさ」と父親。

 

戻って来たニトラムに、母親が「花火をパパに渡して。近所の嫌われ者よ」と言うと、素直に持っていた花火を父親に渡す。

 

食事の前に汚れた服を洗濯機に入れてくるよう母親に言われたニトラムが、父親の顔を見ると、「そのままでいい」と父親。

 

母親に再度促され、ニトラムは服を洗濯機に入れ、パンツ一枚で戻り椅子に座って食事を始める。

 

母親に連れられサーフボードを買いに来たが、ニトラムは金が足りないと戻って来た。

 

「泳ぎもしないのにサーフボード?」

「ほしいんだ。スキューバはする」

「今はしてないでしょ。納屋で装具が朽ちてるわ…もうお金を無駄にしないわよ。サーフィンは向いてない」

 

ニトラムは、自在にサーフィンを楽しむウェットスーツ姿の男たちを遠くの浜から、羨望の眼差しで眺めている。

 

後ろで岩に座っている女性に声をかけるニトラム。

 

「名前は?」

「ライリーよ」

「きれいな名前だ」

「ありがとう」

 

その時、海から戻ったサーファーに近づきキスをする。

 

「彼は誰?」

「知らない人」

「やあ、ジェイミー。よくここでサーフィンを?」

 

二人はニトラムの問いを無視して去って行った。

 

ニトラムは納屋から古い芝刈り機を持ち出し、芝刈りの仕事を求めて家を訪ねるが断られる。

 

今度は、昼休みの小学生を相手に花火と爆竹で遊んで見せるニトラム。

 

生徒に花火を手渡していると、教師が慌ててやって来て、生徒たちから花火を取り上げ、「離れろ!」と命じて教室に戻らせる.

 

「どうして?」とニトラム。

「何をしてる?学校の外で花火?非常識だ」と教師。

 

車で駆けつけたニトラムの父親が、ニトラムを車に戻し、教師に謝罪する。

 

「学校の回りをうろつかさせないでくれ」

「二度とさせない。約束する」

 

今度は、車のクラクションを鳴らし続けるニトラムを止めさせると、車を蹴り続けて感情を爆発させるのだ。

 

「どうした?お前は、おかしいぞ」

「おかしいのは彼だ。僕を嫌ってる」

「嫌ってないさ。生徒たちが昼休みに花火で遊ぶのを止めただけ」

「ママが何かしろって…」

「だが、これじゃない」

「…皆、友達だ」

「ああ、分かってる」

「皆、僕が好き」

「だけど約束してくれ。四六時中、お前を見張れない。いいな?…こうしよう。ドライブに行くぞ」

 

父親が連れて行ったのは、融資の目途が立ち、B&B(民宿)として購入する予定の家がある場所だった。

 

「すてきだろ…経営を手伝ってくれ」

 

ニトラムは嬉しそうに頷く。

 

「お前が結婚したら、ここは子育てにも適してる。いずれはお前の場所だ。絶対に買いたい」

 

そんな夢を語る父親の顔を見つめるニトラム。

 

母親がニトラムを精神科へ連れて行く。

 

「大変でしょうに。よくお越しくださいました。彼がどうしているか、心配してました。薬を常用してたんでしたね?抗うつ薬を飲むと落ち着く?」

「もうないんです。飲むと落ち着くから楽になります」

「あなたにとって楽?それとも彼?」

「…誰にとっても」

「薬を止めてもいい時期かもしれません…薬に頼るだけでなく、カウンセリングを受けてみては?」

 

母親はそれを断り、給付金(障害者給付金)を受け取るため、新しい診断書を書いてもらって薬の処方箋を受け取る。

 

ニトラムは再び芝刈り機を転がして仕事先を探していると、広い屋敷から出て来た中年女性のヘレンに承諾された。

 

ところが、機械が思うように動かず、ニトラムが足で蹴飛ばしているのを見たヘレンは、それを面白がり、芝刈りができないことを謝るニトラムに、翌日からは犬の散歩の仕事を頼むのだった。

 

早速、10頭近くもの犬の散歩をし、エサを与え、ヘレンに2本指のピアノを習ったニトラムは、決して見下すことなく優しく接してくれるヘレンに心を寄せていく。

 

ヘレンは高級車の販売店にニトラムを連れて行くが、車内で燥(はしゃ)ぎ過ぎ、ヘレンが試乗するハンドルに手を出して運転を危うくする行為を制止しても止めないニトラムに対し、販売員が激怒して試乗を止めさせる。

 

ヘレンがその車の購入のサインをしている間、その販売員はニトラムの頭をハンドルに激しく打ち付けながら脅迫する。

 

「次はその脳みそを何とかしてこい。今度またやったら、タダじゃおかないぞ」

 

ショック状態のニトラムは平静を装い、ヘレンから自分が乗っているボルボのキーを渡されると、「金持ちなのか」と尋ね、ヘレンは自分がタスマニアの宝くじ会社のオーナーであると明かす。

 

ニトラムがボルボで自宅に戻り、両親に「ただいま」と挨拶をしたあと、「この家を出る」と唐突に伝える。

 

「行く所がないでしょ」

「ヘレンが誘ってくれた」

 

歌手で俳優だという初めて聞くヘレンについて、何のことか両親は理解できなかったが、荷物をまとめているうちに過呼吸となったニトラムを母親が案じるや、その荷物を壁に叩きつけてしまうのだ。

 

「いいわよ、お友達のところに行きなさい」

「ここが大嫌いだ」

「私も清々するわ。あなたが出ていくとね」

 

遠巻きに見ているだけの父親は、ニトラムが出て行ってから、「君はいつもあの子を追い詰める。連れ戻してみる」とニトラムを追いかけようとする。

 

「戻ってくるわよ。誰もあの子とは暮らせない」

 

ヘレンがオペラ歌手の衣装を纏い、かつての栄光を偲んで涙を流して歌っているところに、ニトラムが荷物を持ってやって来た。

 

「ここに住みたい」

「いいわよ」

 

ニトラムは未婚のヘレンが使っていた部屋を案内され、二人の同棲が始まった。

 

ヘレンはニトラムの誕生日を両親を共に祝うが、母親はヘレンに疑問を呈する。

 

「いったいどういう状況?芝刈りをしたら、車を与え、今度は同棲。次は結婚?」

「車が必要だった」

「免許もないのよ」

「知らなかった」

 

母親は、ヘレンが子供も夫もいないことを聞き出し、「彼はどっちなの?夫?息子?」と質問するが、ヘレンは答えなかった。

 

ニトラムと父親が庭に出て行って、母親は更にヘレンに質問していく。

 

「なぜ彼なの?息子のどこがいいの?」

「思いやりがある。頼りになる。面白い…特別な人だわ。大切なお友達」

 

腕組みをした母親は、ニトラムが子供の頃の話を始めた。

 

「彼が子供の頃、生地店でやる遊びがあった。生地に巻いた長い筒の間に息子が隠れるの。私は彼を見つける役。5歳くらいの頃よ。息子も私も大好きな遊びだったの…でもある時、彼を探したけど見つからなかった。あちこち探した…どこにもいない。見つからなかった。他の店にも行き、知らない人にも助けられ、一時間以上捜したわ。涙を流しながらね。半狂乱だった。だって一番の悪夢だわ。母親が子を失うのはね」

「どうなさったの?」

「あきらめて車に戻った。警察に行くつもりだった。でもそうしたら、誰かの笑い声がしたの。後ろを振り返ると、息子がいた。後部座席に寝そべり、笑いながら私を見上げてた。私の苦悩を笑ってた。最高に面白そうにね」 

 

父親がニトラムを連れ、資金を用意して不動産会社に行き、再び、「経営を手伝ってくれるね?」と聞くと、少し考えたニトラムは頷き父の肩を撫でる。

 

今、ニトラムにはヘレンとの関係が絶対的だったので、父への反応も弱いのだ。

 

しかし、担当者から、資金繰りを待っている間に民宿が別の夫婦に競り落とされたと聞かされた父は、「あれは私のものだと…もっと出せば?」と食い下がったが、すでに契約済みであり、別の物件を探しましょうと、断られてしまった。

 

激しく落胆した父親が車に戻って、悔し涙を流すのを見ていたニトラムは、不動産会社にあった飴をバラまく。

 

ニトラムはヘレンの家の庭で、子供の頃、父親にもらったというエアライフルを撃ちまくり、不安に思ったヘレンが、「処分して。見たくない」とニトラムに言い渡した。

 

少し考えてから、ニトラムは家に戻り、今度は本物の銃を買って欲しいとヘレンに強請(ねだ)るが頑なに拒否され、その夜、ヘレンの部屋へ来て「ごめん」と謝る。

 

「もう銃はいらないよ。僕らの好きな映画を作ってるハリウッドに行こう」

 

そう言って、パンフレットをヘレンに手渡す。

 

アメリカに行きたい?」

「2人で行きたい。本物の家族みたいに」

「いいわよ」

 

早速、旅行会社に手配して、空港へ向かう車の中で、二人はオペラを楽しく歌ってると、ここでもニトラムが燥(はしゃ)いで、またも運転するヘレンのハンドルに手を出して、今度は本当に車が横転してしまう事故を起こしてしまうのだ。

 

病院で目を覚ましたニトラムは、ヘレンが死んだことを知らされた。

 

「警察が話を聞きたいと…」と父親。

「追い払って」

「…スピードを出してた?」

「何も分からない…僕は眠ってた」

「…分かった。パパが話してくるよ。お前は休め」

 

その直後、ニトラムは激しく興奮して声を上げ、パニック状態になった。

 

「彼はいい子よ…」

 

母親は虚しく呟いた。

 

人生論的映画評論・続: ニトラム/NITRAM('21)   「自分が何者であるのか」という問いを立てる力  ジャスティン・カーゼル