#映画レビュー

<「我々だけが正義である」という、「絶対正義」の心地良き「物語」>

1 「絶え間ない悲鳴に、耳を貸さぬ我々がいる」 ナチスの台頭で米国に亡命し、その後、東独に生活の拠点を設け、東独の国歌をも作曲したユダヤ人、ハンス・アイスラーが作曲した、詩的でありながら、時には軽快で、淀みのないBGMに押し出されるように、…

人生論的映画評論・続「ライフ・イズ・ビューティフル」ロベルト・ベニーニ <究極なる給仕の美学>より抜粋

1 「お伽の国」での軽快な映像の色調の、反転的変容 一人の陽気なユダヤ人給仕が恋をして、一人の姫を白馬に乗せて連れ去った。 映画の前半は、それ以外にない大人のお伽話だった。 お伽話だから映像の彩りは華やかであり、そこに時代の翳(かげ)りは殆ど…

二人で選ぶ外国映画96選(アメリカ篇)

アトランダムに選んだランキングなしの、主観的な「秀作」の抜粋である。 一般的に評価されている作品であっても、共に気に入った作品が前提条件なので、漏脱(ろうだつ)されている「秀作」が多くあるが、どこまでも、私たち夫婦の拘泥(こうでい)が強く反…

二人で選ぶ邦画70選

アトランダムに選んだランキングなしの、主観的な「秀作映画」の抜粋である。 一般的に評価されている作品であっても、共に気に入った作品が前提条件なので、漏脱(ろうだつ)されている「秀作映画」が多くあるが、どこまでも、私たち夫婦の拘泥(こうでい)…

キッズ・リターン('96) 北野武 <反転的なアファーメーション、或いは、若者たちへの直截なメッセージ>

1 視界の見えない未知のゾーンから生還したアファーメーション 殆どそこにしか辿り着かないと思えるような、アッパーで、脱規範的な流れ方があって、その流れを自覚的な防衛機制によって囲い込む機能を麻痺させた結果、そこにしか辿り着かない地平に最近接…

人は皆、自分自身をどこまで把握して生きているのか ―― 映画「嘆きの天使」の「予約された酷薄さ」

1 「私的自己意識」と「公的自己意識」の落差 作品の良し悪しとは無縁に、一度観たら、絶対に忘れられない映画が、稀にある。 80年前の映画が、なお、私の脳裏にこびりついて離れない。 「嘆きの天使」 ―― これが、その映画の名である。 1930年の古典…

葛城事件(’16) 赤堀雅秋 <歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点>

1 家族の漂動の中枢に、「ディスコミュニケーション」の発動点になっている男が居座っていた 「その夜の侍」に次いで、またしても、赤堀雅秋監督は凄い傑作を世に問うてくれた。 心が震えるような感動で打ちのめされ、言葉も出ない。 5人の俳優の完璧な演…

淵に立つ(’16)深田晃司 <「視界不良の冥闇の広がり」と「絶対孤独」〉

1 「彼のような人こそ、神様から愛されなければならないのに」 「視界不良の冥闇(めいあん)の広がり」と「絶対孤独」いう、人間の〈存在性〉の懐深(ふところふか)くに潜り込んでいる風景が、「異物」の侵入によって、寸断された時間の際(きわ)に押し…

グループセラピーの生命線が、「野獣」と呼ばれた「怖いもの知らず」の若者の心を掬い上げていく

1 「愛着の形成」なしに、ごく普通のサイズの自我形成は望めない 胎児は人間の全ての感覚・意識・記憶力・感情を備えていて、既に自我のルーツが、9週目以降・出生までの胎児期にあることを論証したのはトマス・バーニー(アメリカの精神分析医)である。 …

映画「ブラス!」に見る怨嗟と甘えの構造

1 音楽文化の「進歩」の一つの結晶点としての「英国式ブラスバンド」 ここまで「サッチャリズム」への怨嗟を声高に叫ぶ映画を見せられると、その露骨なプロパガンダの政治的主張に辟易するが、失業に追いやられる炭鉱労働者の憤怒の情動を理解できなくもな…

キャロル(’15) トッド・ヘインズ <「家族主義の時代」の「差別前線」の包囲網を突き抜け、抑圧からの女性の解放を描いた傑作>

1 抑圧の縛りを穿ち、新しい人生に踏み込んでいく二人の女の葛藤と再構築の物語 消費文明が一つのピークを迎えて、健全な「家族主義」を謳歌する「フィフティーズ」(50年代)の時代の渦中にあって、二人は運命的な出会いをする。 キャロルとテレーズであ…

あん(’15) 河瀬直美<抑制力を欠き、「全身自然派系」にシフトしていく物語が失ったもの>

1 子を産めなかった女と、母を喪った男との「疑似母子」の物語 前半は、文句なく素晴らしい。 自分の顔を傍に近づけながら、小豆(あずき)と対話する76歳の徳江。 手の甲に皮膚疾患(結節)の目立つ徳江の穏やかな表情が、50年間、「あん」作りに魂を…

さざなみ(’15) アンドリュー・ヘイ <「親愛・共存・共有・援助・依存」という、相互作用による関係密度の深さと修復力が、衝撃波を突き抜けていく>

1 「45年間」という時間の重みが無化されていく恐怖に捕捉された妻の、色褪せた心理的風景 「僕のカチャだ。絶対に君に話したよ。彼女は、50年以上、冷凍庫にいたのと同じだ。やっと見つかった」 英国の郊外に暮らす、結婚45周年の記念パーティーを直…

サウルの息子(’15) ネメシュ・ラースロー <「今」・「ここ」で起きている歴史の現場に立ち会わされてしまう映画の怖さ>

1 「恐怖と欠乏からの自由」を手に入れられない男の「防衛適応戦略」 被写界深度を極端に浅くし、背景をアウトフォーカスにした物語がフォローするのは、他の囚人と引き離され、数カ月間、働かされた後、殺される運命を負った、「ゾンダーコマンド」と呼ば…

ディーパンの闘い(’15) ジャック・オーディアール <一筋縄でいかない世界の現実を凝縮し、リアルを仮構した映画の完璧な「描写のリアリズム」>

1 アナーキーな 「戦争」に巻き込まれた、「疑似家族」の憂愁の時間の果てに 内戦下のスリランカで決定的に敗北した、反政府運動を展開する「タミル・イーラム解放の虎」(以下、LTTE。詳細は3で後述する)の戦士・ディーパンが、難民キャンプで、26…

ぼくらの家路(’13) エドワード・ベルガー <「母を求めて彷徨する3日間」 ―― 射程の見えにくい風景の苛酷さ>

1 「僕、帰って来たよ。鍵がないから入れない」 ―― ベルリンの夜の街を彷徨した果てに ほぼ完璧な映画。 主演の少年の圧巻の表現力に舌を巻いた。 この映画ほど、発達心理学の学習の重要性を痛感したことはない。 ―― 以下、梗概と批評。 見知らぬ男を家に泊…

草原の実験(’14) アレクサンドル・コット<「圧倒的破壊力のリアリズム」によって壊される、「約束された時間」の再構築>

1 大自然を翻弄するかのようなアイロニーを込めた、 ワンシーン・ワンカットのラストシーンへの決定的下降 冒頭に映し出されるシーンから開かれた映像は、地上を覆い、散乱する大量の鳥の羽毛の残骸だった。 このワンシーン・ワンカットはラストシークエン…

マルタのことづけ(‘13) クラウディア・セント=ルース<「『母性代行者』=マルタ」との出会いと別れの物語>

1 メキシコの海で、存分に弾け回る「5人プラス1人」の疑似家族 メキシコにある中米屈指の世界都市・グアダラハラ。 スーパーに勤務するクラウディアが、4人の子を持つマルタと運命的な出会いを果たしたのは、彼女が虫垂炎で入院するに至ったことが契機だ…

失われた週末(’45) ビリー・ワイルダー <アルコール依存症は「死に至る病」である>

1 「そばにあると思うだけで心強い。一度、回転木馬に乗ったら簡単に降りられない」 ―― アルコール依存症者の悶絶 「金曜から月曜まで、のんびり田舎暮らしだ」 「長い週末だ」 「お前の体のためだ」 10日も禁酒している33歳の売れない小説家・ドン・バ…

冬冬の夏休み(’84) ホウ・シャオシェン <児童期後期から思春期への通過儀礼を鮮やかに描いた一級の名画>

1 「毎日、色んなことがあって、思い出せません」 ―― 少年の夏が弾けていく 「残されたのは数々の思い出だけです。離れがたい思いのまま、私たちを6年間育んでくれた学校を後にします。深い悲しみに、涙がこぼれます。けれど、私たちは学業を終えたのです」…

悪魔のいけにえ(’74) トビー・フーパー <ホラー映画の王道から逸脱した不条理ホラーの独立峰>

1 チェーンソーが空を切り、一人の殺人鬼だけが置き去りにされていく 「これは 5人の若者の身に起きた悲劇の物語だ。サリーと、兄・フランクリン、友人たちの若さが、一層、哀れさを感じさせる。だが、たとえ彼らが長生きしたとしても、かくもおぞましき恐…

珈琲時光(’03) ホウ・シャオシェン <「日常性」は、ほんの少し更新されていくことで、自在に変形を遂げていく>

私の大好きな「珈琲時光」。 肩ひじ張らず、ゆったりとした時間が流れる映画が切り取った、「日常性」の静のリズムの心地良さ。 上京して来た父のために、アパートの向かいの大家さんの家に、一青窈が酒とグラスを借りに行くシーンは、ヒロインのおおらかな…

イロイロ ぬくもりの記憶 (’13) アンソニー・チェン <児童期反抗と、その思いを吸収する異国のメイドの物語 ―― その濃密さ>

1 「アジア通貨危機」の影響下にある、シンガポールを舞台にしたヒューマンドラマ 「アジア通貨危機」(1997年、 タイの通貨・バーツの暴落を契機に、アジア各国で起こった金融危機)の影響下にあるシンガポールを舞台にしたこのヒューマンドラマは、わ…

デリカテッセン(’91) ジャン=ピエール・ジュネ <ブルーオーシャンの映像の構図の輻輳的なアナーキー性、或いは、デフォルメ化された物語のセンスに満ちた異世界性>

1 チェロとノコギリのハーモニーに収斂される生存競争の着地点 近未来の荒廃したフランスの某都市の一角で、核戦争を想定させる人類の危機を経て、生き残った者たちは食糧を求めて漁(あさ)り合っていた。 「人は靴まで食っちまう。危ないぜ」 タクシード…

スモーク(’95) ウェイン・ワン <嘘の心理学 ―― 「防衛的な嘘」を溶かし、「配慮的な嘘」が心の空洞を埋めていく>

ハーヴェイ・カイテルとウィリアム・ハートが素晴らしい。 何度観ても感動する。 この映画は、私が観たアメリカ映画の中で、「スケアクロウ」、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、「カポーティ」、「クイズ・ショウ」などと並んで、最も好きな映画の一本で…

サン★ロレンツォの夜(’82) タヴィアーニ兄弟<耳を塞ぎ、呪文を唱える幼女の「再構成的想起」の痛ましさ>

1 「誰の呪い?聖ヨブの腹の虫。雌鶏のフンでお薬作ろ。犬と猫のフンも入れ、朝には元気」 イタリア共和国中部に位置するトスカーナ州は、フィレンツェ(州都)を中心に、文化遺産・自然景観に恵まれている一大観光スポットである。 1944年の夏、このト…

アリスのままで(’14) リチャード・グラツァー <「約束された喪失感」のみが加速されていく恐怖と闘い、なお保持されている機能をフル活用し、尊厳を守っていく>

1 「アリス。私はあなたよ。大事な話があるの。あなたが質問に答えられなくなったら、『蝶』というフォルダを開くこと」 「僕の人生を通じて、最も美しく、最も聡明な女性に」 コロンビア大学(ニューヨーク市 マンハッタン)で教鞭を執り、世界中でも指折…

山椒大夫(’54) 溝口健二<映像化された「語りもの」の逸品が、奇跡的な「復讐・再会譚」として炸裂する>

1 人買いに売られた貴族の悲哀 「人は慈悲の心を失っては、人ではないぞ。己を責めても、人には情けをかけ、人は均しくこの世に生まれて来たものだ。幸せに隔てがあっていいものではない」 父・平正氏(たいらのまさうじ)は息子の厨子王に、「父の心は、こ…

エデンより彼方に(’02) トッド・ヘインズ <光を失ったフィフティーズの薄暮の陰翳が、二つの「違う世界」への架橋を閉ざす>

1 「差別戦線」に呑み込まれ、翻弄されたヒロインが苦悩する基本・メロドラマ アメリカ東海岸、ニューイングランド北東部の6州の1つ・コネチカット州の中央部に位置するハートフォードは、「トムソーヤーの冒険」、「ハックルベリーフィンの冒険」を執筆…

祇園囃子(’53) 溝口健二 <「弱さの中の強さ」が際立つ女たちの応力の強さ>

1 〈状況〉を突き抜け、 ジェネレーションギャップの狭隘なスキームを超え、リセットされた芸妓と舞妓の物語 秀作揃いの溝口健二監督の作品の中で、私は「近松物語」と並んで、本作の「祇園囃子」が一番好きだ。 小品ながら、クローズアップ(大写し)を排…