僕たちは希望という名の列車に乗った('18)   自ら考え、行動し、飛翔する若者たち

 

1  「ハンガリーのために黙祷しよう」

 

 

 

東西ベルリンの境界駅 1956年 ベルリンの壁建設の5年前

 

東独スターリンシュタット(現アイゼンヒュッテンシュタット)に住む高校生のテオと親友のクルトは、西ベルリン・アメリカ占領地区行きの列車に乗り、検問をパスしてクルトの祖父の墓参りをしてから、二人はベルリンの街を闊歩し、映画館に紛れ込む。

 

映画ニュースで、ハンガリーの民衆蜂起を伝える映像を観た二人は衝撃を受ける。

 

「…ブタペストでは数十万のデモ隊が報道の自由を求め、ソ連の支配に抗議しました。彼らの政権の樹立を求めたのです。“従属はご免だ”と学生たちは叫び、占領軍の旗を燃やしました。デモ隊が放送局に入ろうとすると、当局が武力を行使…暴動鎮圧の命令を受けたハンガリー軍も同胞に銃を向けることなくソ連の戦車部隊を撃退しました。これは勝利の瞬間でしょうか?」

 

スターリンシュタットに戻った二人は、酒場でクラスメートのパウルとエリックに興奮しながら映画とニュースで見たハンガリーの蜂起について話す。

 

しかし、エリックは「ファシスト反革命だろ」と言って、蜂起が鎮圧されたと伝える新聞を見せた。

 

クルトは自宅での食事中、エリート階級の地位を有する父親にハンガリー蜂起について聞くと、「ハンガリー情勢は複雑だ」と答える。

 

社会主義国家に対する反革命であるのは確かだ…また西ベルリンへ?…また君の父親の墓へ」

 

父は母親の方を見る。

 

「誕生日だから花を供えた」

「私の立場を考えてくれ。市議会議長の息子がナチの墓参りで西側へ?」

「父は機甲兵よ」

武装親衛隊のな」

 

東独に住む家族の他愛ない会話の範疇を超えていなかった。

 

ハンガリー動乱ハンガリー反ソ暴動)とは、1956年、ソ連スターリン批判(ソ連共産党第20回大会における「フルシチョフ秘密報告」)を契機に、首都ブダペストの学生・労働者のデモを初発点にして起こったハンガリーで起こった自由化を求める暴動。ソ連軍によって弾圧され、指導者ナジ・イムレは処刑された。これは生活水準の改善を求めて、警察・共産党本部・放送局などが襲撃されたポーランドの「ポズナニ暴動」(反ソ暴動)と共に、東欧諸国を大きく揺るがす歴史的事件となったが、いずれもソ連軍の弾圧によって収束された】

 

一方、テオは、労働者階級の父のバイクに弟二人と乗って学校へ送られ、ガールフレンドのレナに試験のお守りと称して四葉のクローバーを渡すが、なくすからと預かる。

 

教室でもハンガリー蜂起が話題となり、RIASベルリン(アメリカ軍占領地区放送局)の放送が聴けるパウルの伯父・エドガーの家に生徒たちが押しかけた。

 

ソ連軍に対し自由を求めて蜂起した民衆は、悲惨な犠牲を払うことになりました。正確な死者の数は分かっておりません。数百名が命を落としたと推定されます。サッカーのハンガリー代表チーム主将F・プスカシュも…ソ連軍は再び戦車師団を投入し、民衆の民主化運動を制圧しました。ヨーロッパの評議会では議員たちが、犠牲者を悼み、2分間の黙祷を捧げました。彼らは英雄です」

 

皆、プスカシュの死に衝撃を受け、特にクルトは深刻に受け止めた。

 

授業が始まる前の教室で、クルトは「ハンガリーのために黙祷しよう」と生徒たち呼びかけた。

 

それに対し異を唱えるエリック。

 

「気は確かか?」

社会主義社会主義を殺した」

「西側がソ連を倒そうとしている」

「プスカシュ選手もソ連兵に殺された。反対派を率いるナジは、ファシストじゃない」

ソ連軍は撤退すべきだ」とテオ。

 

ここで、黙祷に多数決を取るクルト。

 

「犠牲者は若者だぞ」

 

12名が手を挙げ多数となるが、そこに教師が入って来て授業を始めると、質問に誰も答えず、2分間の黙祷を続ける。

 

何事かと詰め寄る教師に、エリックが「抗議の印です」と答えてしまう。

 

それ以上はテオが視線で制止し答えなかったが、教師は慌てて教室から出て行った。

 

皆は歓声を上げ、テオが団結を称えたが、エリックと数名の生徒が教室を後にする。

 

シュヴァルツ校長に相談に行った教師は「悪ふざけだ」と宥(なだ)められ、穏便に済まそうとするが、シュヴァルツ校長は同じ労働者階級出身のテオを呼び、卒業を前に寡黙であることを求め、「嵐が来る」と警告した。

 

「ブタペストの状況が次第に明らかになりました。何十万の人が報道の自由や自由選挙、ソ連による支配の廃止を訴えました。反体制派の指導者イムレ・ナジが新政権を樹立。革命を宣言しました。ソ連も軍の撤退を発表しました。首都ブタペストはソ連軍から新政権への管理下へ」

 

エドガーの家に集まり、RIASの放送を聞いて歓喜する生徒たち。

 

クルトとレナが抱き合い喜び合っているところへ、テオが家にやって来た。

 

その様子を一瞥してから、ハンガリーの民衆が勝利したことを知ったテオは、ラジオから流れるロックンロールをかけてレナと踊り、皆もそれに続いき、ハンガリーの勝利を祝った。

 

皆が帰るところをテオが引き止め、シュヴァルツ校長から「嵐が来る」と言われたことを話す。

 

「黙祷の件で、調査が入るって警告だ。地位が心配なのさ。試験で脅してきた」

「黙祷は政治的意思の表れだ。連中は嫌がる」とエドガー。

 

そこでテオは、「プスカシュに捧げる黙祷だと言えばいい…“憧れの選手への黙祷で政治的理由はない”と」と解決策を提案する。

 

しかし、クルトとレナは「ウソはよくない」と否定的だった。

 

「革命は外に示すものだ」

「革命だって?大げさすぎるよ。ごまかすことも必要さ」

「…諸君は国家の敵だ。諸君は自分で考え、その考えに沿って行動するからだ。校長の言ったことは正しいと思うよ。嵐が来るってことさ」とエドガー。

 

ここでテオが多数決にしようと提案し、「言い逃れするか、連帯を表明するか」とクルトも同意して、無記名で実施することが決まった。

 

その結果は弁解派が多数で、不満なクルトは先に帰り、それをレナも追って行き、更に、テオが追う。

 

真っ暗な湖の前で、3人はタバコを吸って回し、テオが大声で湖に向かって吠えると、それにレナとクルトが続いた。

 

その足でエリックの家を訪ね、「プスカシュに捧げる黙祷」だったと弁解することに同意を求め、何とか了承を得る。

 

翌日、授業が始まる際、レナが教師から校長室へ行くように指示された。

 

部屋に入ると、待っていた軍学務局のケスラーに黙祷の理由を聞かれた。

 

「プスカシュだ」と答えたレナは問題なく帰され、エリックに校長室へ行くように伝達する。

 

戻って来たエリックは、今度はテオを指名する。

 

テオは、ケスラーに政治的意図があったのではないかと聞かれ否定するが、首謀者はテオだとエリックが言ったと告げ、権力サイドに引き寄せていく。

 

そして、「あなたに朗報よ。プスカシュは死んでない」と、テオに新聞を見せるのだ。

 

「RIASの誤報よ。西の宣伝ね。そこで質問よ。どこで何のために敵の放送を?」

「ウワサです」

 

教室に戻ったテオは、首謀者だと陥れたとエリックに食って掛かると、エリックは「仲間割れが狙いだ」と言い、密告を否定する。

 

そこにシュヴァルツ校長が入って来て、「問題が起きた。大きな問題だ。同志が報告書を書いてる。大事(おおごと)になるぞ。試験直前に敵の放送を聴くとは」と話すや、テオが「“エリックが密告した”とリンゲル先生が」と抗議し、思わず「ゲシュタポだ」と口にしてしまう。

 

ゲシュタポだと?!ファシストと戦った我々に言う言葉か?少しは感謝しろ!進学クラスに通うのは特権だ!」

 

校庭に集められた卒業を控えたクラスの生徒たちに向かって、シュヴァルツ校長が警告を発した。

 

「テオ・ラムケを訓告処分に。特に反抗的だ。修了証書にも記入する」

 

「次は退学ですよ」と校長に警告されたテオの父親は、「二度とさせません。絶対に」と応え、テオに一日だけ休みを願い出て了承された。

 

一方、クルトの家では父親が新聞を広げ、読むことを命じていた。

 

「母さんがだ」と眼鏡を渡し、母親が読み上げる。

 

「“ハンガリー反革命分子による暴動は、先週、惨状を招いたと、オーストラリア人記者が述べた…暴徒は矢十字党が使っていた酒場に、本部を設置”」

「ストップ。矢十字党。ハンガリーに存在したファシズム政党だ…息子よ、ハンガリーは混乱している。我が国への拡大を防げるのはソ連軍だけ。西の政権にはファシストがいる。正義感に駆られて自由の闘志とやらと連帯すると?実態はファシストだ」

 

東独のエリート階級のクルトの父親の、一方的な所見が展開されていた。

 

ハンガリー王国の極右政党・矢十字党(やじゅうじとう)は1945年1月までハンガリーを統治しホロコーストに加担したが、ブダペストの戦いで赤軍に包囲され無条件降伏し、同年4月に消滅するに至る。戦後、矢十字党指導者の多くは戦犯として処刑された。その後、復活する動きが見られるものの影響力は持っていない。ハンガリー暴動を指導したのはスターリン主義者と対立し、極右とは無縁な改革派政治家ナジ・イムレであり、ハンガリーの中立を表明したが、「反革命」と断定したソ連軍に捕らえられ処刑された。現在、名誉回復されている】

 

その頃、テオは一日父親が勤める製鉄所で一緒に働いて、その厳しさを体験し、父親に一族から初めて進学クラスに通うことの意味を諭される。

 

エドガーの家で、RIASの放送を聴くのはパウルとクルトとレナのみで、そこでソ連の反撃によってハンガリー情勢が厳しくなっていることを知り、3人は焦り落胆する。

 

パウルが横になったところで、クルトとレナは外に出て暗がりで抱擁してキスをしていることろをパウルに目撃されてしまう。

 

リンゲル先生が連絡を取り、ランゲ国民教育大臣とケスラーと学校にやって来た。

 

リンゲル先生に知らされていなかった校長は慌てて迎えに出て、歓迎の準備ができなかったことを詫びると、「反革命分子の主催か?」と皮肉を言われる。

 

パウルはレナがクルトと「浮気してた」と、教室でテオに告げ口する。

 

そこにシュヴァルツ校長とランゲ国民教育大臣とケスラーが入って来た。

 

ランゲ大臣は校長を教室から出し、生徒たちに反革命の悪質さを説諭した後、訓告処分を受けたテオに対して警告する。

 

「これは反革命だ。首謀者を必ず見つける…ゲシュタポとは?」

「意味ですか?」とテオ。

 

ランゲ大臣はそれに答えず、テオの父親の名を出し、「社会主義の敵はぶちのめす」と脅し、生徒たちに質問して回りながら威嚇する。

 

「諸君はハンガリーに共感を表明したが、これは反革命である。一週間以内に首謀者を教えろ。全員を我が国の卒業試験から締め出すぞ…口を割らないならクラスは閉鎖だ」

 

ランゲ大臣はエリックだけを残し、全員を帰した。

 

聞き取りが始まり、首謀者と言われたエリックはそれを否定し、敬愛する父の名「フランツ・バビンスキー」を誇らしげに語り、社会主義に命を捧げたと主張する。

 

社会主義者の君が、なぜRIAS を?父親の名誉にかけて答えろ。そもそも君は、一体どこでRIASを聴いたんだ?」

「僕は行ってませんが、みんな、エドガーの家へ」

 

学校から出て来たエリックをクラスの皆が追走し、問い質す。

 

「吐いたのか?」とクルト。

「言ってない。今後もコソコソ隠れてろ。でも、じきに連帯責任になる」

「黙禱は僕の提案だ。自首してくる」とクルト。

 

学校へ戻ろうとしたクルトをレナとテオが引き止めた。

 

「クルトが退学になる」とレナ。

「お前が自首してもまだ終わらない。次の問題はRIASだ。どこで聴いたかと…全員でシラを切るぞ。全員を退学にはできないさ」とテオ。

「真実を言うよ」

「俺を怒らせるなよ。ウソも方便だ。やむを得ない」

 

そう言って帰ろうするテオをクルトが引き止め、パウルが告げ口したレナの件について話そうとすると、テオは「あの女(レナ)はお前にやるよ」と吐き捨てる。

 

自宅でテオが父親に、「大臣はパパを知ってた」と言うと、父親はそれに返事をせず、誰が首謀者かを厳しく問い詰め、テオは「クルトの提案を多数決で決めた」と答えた。

 

「なら、彼の責任だ…最終期限まで待てばいい。誰も言わないなら、お前が言え」

「親友なんだ」

「分かったな?」

 

状況の悪化が止まらない。

 

人生論的映画評論・続: 僕たちは希望という名の列車に乗った('18)   自ら考え、行動し、飛翔する若者たち  ラース・クラウメ