1 「異文化」からの使者の求心力、悪しき習俗の遠心力
粗い砕屑物(シルト)の土壌である黄土(こうど)が、黄河の中流域にまで広がる黄土高原の裸形の風景の中枢に、植生破壊の脅威を見せる陝西省(せんせいしょう)の一帯は、まさに中国の土手っ腹に当たる。
砂塵が舞う、黄土で覆われた広漠たる大地に、一人の男がやって来た。
第二次国共合作(中国国民党と中国共産党が締結した抗日戦線)が成立して、二年目を迎えようとしていた頃のこと。
八路軍(中国共産党軍)の根拠地である延安から、民謡採集のために「黄色い大地」にやって来た男の名は、顧青(クーチン)。
作男は辛い
正月から10月まで働き通し
映像冒頭から、耳に入った歌を熱心にメモする顧青。
顧青は、そこで、花嫁を結納金という「商品価値」にする売買婚を目撃し、14歳の少女の嫁入りを見るが、隣村の少女の不安に満ちた視線も投入されていた。
顧青が泊まった村の家も、例外に洩れず、極貧を絵に描いたような農家。
その極貧の農家には、嫁入りを覗いていた先の少女が、父を助けて暮らしを立てていた。
少女の名は、翠巧(ツイチャオ)。
以下、「異文化」からの使者である顧青と、翠巧の父の会話。
「南では、自分の相手は自分で探す」
売買婚という名の嫁入りを見た顧青の、きっぱりとした言葉。
「結納も?」と翠巧の父。
「ない」と顧青。
「何だ、それは?娘には何の値打ちもなく、男とくっついて出て行くだけか?」
「娘は売り物じゃありません。世の中は変わるんです。南は変った。北も変わる。国中が変わります」
「百姓には掟がある。変わらん掟があるんだ」
顧青と父の会話を興味深く、且つ、真摯に聞いていた翠巧の心が躍っていた。
織物をしながら、翠巧が歌う。
空の鳩は 番(つが)いで飛び
母を想うほか 私に想い人もいない
畑に瓢箪(ひょうたん) 山に瓜
嫁入り嫌がり 殴られた
殴られた
辛い目、見ても 嫁ぐよりまし
私の辛さを 誰に言おう
誰に言おう
娘の辛さ
顧青と翠巧の心理的距離を最近接させたのは、「自由恋愛」と「売買婚」に象徴される、「『異文化』からの使者の求心力、悪しき習俗の遠心力」というフレーズで把握し得る「文化」の乖離感であった。
2 使者の帰郷、高らかに歌う少女
翠巧にとって、「異文化」からの使者である、顧青の一挙手一投足は、驚嘆するばかりの風景の連射であった。
自分で針仕事をする顧青を見て、翠巧の眼が輝いた。
「舞台の女性は、男と同じに田を耕すし、日本軍とも戦う。髪も短く切って、とても活発だ」
それが当然のように言い切る顧青に、翠巧の父は、訝しがって尋ねる。
「民謡を集めてどうする?」
「民謡に新しい歌詞をつけ、八路軍の翠巧ほどの年の若者に歌わせるんです。皆に知らせるんです。なぜ、貧乏人が苦しみ、嫁が殴られるか。なぜ、革命をやるのかを。歌を聴いて皆、黄河を越え、日本軍や地主を倒しに行く。毛主席は歌だけではなく、教育も広めたいんです。延安の娘は皆、石版に字や絵を描きます。毛主席は、全国の貧しい人々が食べていけるようにするんです」
顧青を凝視する翠巧の眼が、いっそう輝きを増した。
5キロ離れた川辺まで水を汲みに行きながら、翠巧がのびのびと歌うのだ。
川面の鴨が 白鳥に出会った
私が歌えることを知らぬ お役人さま
柳の根が絡み合うように
乱れる想いを どう話そう
どう話そう
しかし、「異文化」からの使者との蜜月の時間は、呆気なく過ぎていった。
顧青の、延安への帰郷の日が近づいたのだ。
粗い砕屑物(シルト)の土壌である黄土(こうど)が、黄河の中流域にまで広がる黄土高原の裸形の風景の中枢に、植生破壊の脅威を見せる陝西省(せんせいしょう)の一帯は、まさに中国の土手っ腹に当たる。
砂塵が舞う、黄土で覆われた広漠たる大地に、一人の男がやって来た。
第二次国共合作(中国国民党と中国共産党が締結した抗日戦線)が成立して、二年目を迎えようとしていた頃のこと。
八路軍(中国共産党軍)の根拠地である延安から、民謡採集のために「黄色い大地」にやって来た男の名は、顧青(クーチン)。
作男は辛い
正月から10月まで働き通し
映像冒頭から、耳に入った歌を熱心にメモする顧青。
顧青は、そこで、花嫁を結納金という「商品価値」にする売買婚を目撃し、14歳の少女の嫁入りを見るが、隣村の少女の不安に満ちた視線も投入されていた。
顧青が泊まった村の家も、例外に洩れず、極貧を絵に描いたような農家。
その極貧の農家には、嫁入りを覗いていた先の少女が、父を助けて暮らしを立てていた。
少女の名は、翠巧(ツイチャオ)。
以下、「異文化」からの使者である顧青と、翠巧の父の会話。
「南では、自分の相手は自分で探す」
売買婚という名の嫁入りを見た顧青の、きっぱりとした言葉。
「結納も?」と翠巧の父。
「ない」と顧青。
「何だ、それは?娘には何の値打ちもなく、男とくっついて出て行くだけか?」
「娘は売り物じゃありません。世の中は変わるんです。南は変った。北も変わる。国中が変わります」
「百姓には掟がある。変わらん掟があるんだ」
顧青と父の会話を興味深く、且つ、真摯に聞いていた翠巧の心が躍っていた。
織物をしながら、翠巧が歌う。
空の鳩は 番(つが)いで飛び
母を想うほか 私に想い人もいない
畑に瓢箪(ひょうたん) 山に瓜
嫁入り嫌がり 殴られた
殴られた
辛い目、見ても 嫁ぐよりまし
私の辛さを 誰に言おう
誰に言おう
娘の辛さ
顧青と翠巧の心理的距離を最近接させたのは、「自由恋愛」と「売買婚」に象徴される、「『異文化』からの使者の求心力、悪しき習俗の遠心力」というフレーズで把握し得る「文化」の乖離感であった。
2 使者の帰郷、高らかに歌う少女
翠巧にとって、「異文化」からの使者である、顧青の一挙手一投足は、驚嘆するばかりの風景の連射であった。
自分で針仕事をする顧青を見て、翠巧の眼が輝いた。
「舞台の女性は、男と同じに田を耕すし、日本軍とも戦う。髪も短く切って、とても活発だ」
それが当然のように言い切る顧青に、翠巧の父は、訝しがって尋ねる。
「民謡を集めてどうする?」
「民謡に新しい歌詞をつけ、八路軍の翠巧ほどの年の若者に歌わせるんです。皆に知らせるんです。なぜ、貧乏人が苦しみ、嫁が殴られるか。なぜ、革命をやるのかを。歌を聴いて皆、黄河を越え、日本軍や地主を倒しに行く。毛主席は歌だけではなく、教育も広めたいんです。延安の娘は皆、石版に字や絵を描きます。毛主席は、全国の貧しい人々が食べていけるようにするんです」
顧青を凝視する翠巧の眼が、いっそう輝きを増した。
5キロ離れた川辺まで水を汲みに行きながら、翠巧がのびのびと歌うのだ。
川面の鴨が 白鳥に出会った
私が歌えることを知らぬ お役人さま
柳の根が絡み合うように
乱れる想いを どう話そう
どう話そう
しかし、「異文化」からの使者との蜜月の時間は、呆気なく過ぎていった。
顧青の、延安への帰郷の日が近づいたのだ。
(人生論的映画評論/黄色い大地('84) チェン・カイコー <道理を超えた矛盾と齟齬を描き切った、「掟」と「掟」の衝突の物語>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/04/84.html