ジャッカルの日(‘73) フレッド・ジンネマン <「仕事」の頓挫が約束された疑似リアルの物語の途轍もない訴求力>

イメージ 11  完璧な映画の、完璧な構成の、完璧な構築力



完璧な映画の、完璧な構成の、完璧な構築力。

長尺なのに飽きさせないのは、殆ど無駄な描写が削り取られているからだ。

完璧なプロなのに、最も肝心なところで認知ミスを犯してしまう。

完璧なプロもまた、人間であったからだ。

そこには、迂闊にも、自分の情報ソースから抜けていたことに起因する、「文化的無知」に根差していた事実を思うとき、人為的過誤をも含む様々な認知ミスの類(たぐい)から無縁で生きられない、私たち人間の脆弱性が垣間見える。

だから、男は自壊する。

それは、最初から、「二発目は撃てまい」と言い切った男の物語の終焉を意味するが、完璧なプロの、完璧な認知ミスをも防げない人間の脆弱性

心理描写なしに、そこまで描き切った映像の完璧な構築力に言葉を失った。

更に言えば、この映画が見事なのは、「一貫性」を持っているからである。

第一に、最後まで正体不明な男の行為の総体に合わせるように、映像から情緒的濃度の温感性の一切を希釈化させてしまう「一貫性」。

第二に、このようなサスペンス映画にありがちな、ご都合主義を基本的に排除している「一貫性」。

観る者の油断をつくように、しばしば挿入される姑息なご都合主義の基本的排除が、この映画を、完璧なまでにリアリティ溢れる作品に仕上げていったのである

そこが何より、私を充分に満足させる根拠になっていた。



2  プロの殺し屋の真骨頂しての計画立案能力の高さ



「1962年8月のフランス。アルジェリアの独立を認めたド・ゴール大統領は、軍部など右翼過激派の恨みを買った。彼らの地下組織は連合して、OASと名乗った」

これが冒頭のキャプション。

ボー・グエン・ザップ率いるべトミン軍の大攻勢によってディエンビエンフーの戦いに敗北することで、ベトナム民主共和国との和平交渉を開始し、ジュネーヴ協定が締結された。
 
ここに至る第一次インドシナ戦争(1946年から1954年)の、決定的な推進力となった民族自決の大きなうねりを理解したド・ゴール大統領が、それまでのアルジェリア独立を阻止する路線を転換したことで、アルジェリア領有の継続を主張するOASのテロの標的となり、ド・ゴール大統領専用の車が機関銃で乱射されるという事件が惹起した。

これを、パリ郊外のその地の名をとって、「プティ=クラマール事件」と呼称されるが、ド・ゴール自身、九死に一生を得た最大の危機でもあった。

1962年8月のことである。

これが、映画のファーストシーンで描かれていた事件だが、以降、OASの幹部は警察にマークされるに至り、行動の自在性が奪われることになる。

遭遇した暗殺未遂事件が30件以上に及ぶとされるド・ゴール大統領の警備が、フランス警察の至上命題とされるのは必至だったという訳である。

従って、OASにとって、ド・ゴール大統領の暗殺の遂行が、組織とは無縁の、プロの殺し屋であるイギリス人に依頼される経緯も回避し得なかったのだ。

ジャッカル ―― これが、件のイギリス人のコードネーム( 暗号名)だった。

「準備に時間がかかる。彼は特別だからな。警備陣が世界一だ。それに君たちの失敗でやりにくくなった」

これジャッカルド・ゴール暗殺のスナイパーとしての仕事を引き受けたときの言葉。

条件は、50万ドルという桁外れの成功報酬の高さ

今や、ジャッカル以外に、この大仕事を遂行し切る者がいないと考えるOASにとって、ジャッカルがサジェストしたように、銀行を襲ってでも大金を手に入れる外になかった。
 
「君らの一人でも捕まったら、考え直す。終わるまで安全な場所にいてくれ。前金25万ドル手に入ったら、行動に移す」

これがジャッカルの、プロとしての堅固な意志を示す置き台詞った。

そして、本当に90万フランの銀行強盗を決行したOASのアクションを見る限り、如何に彼らが、退路を塞がれる状況に捕捉されていたかが分るだろう。

しかし、この事件は、OASに対する治安当局の緊張を煽るが、既に、OASの首謀者であるバスチャン=チリー中佐が「プティ=クラマール事件」で逮捕・処刑されることで、組織の基盤は脆弱化ていて、現在、チリー中佐に代わって、OASを率いることになったロダン大佐が、潜伏先のオーストリアからローマのホテルに移動した動向を、当局は掴んでいた。

組織の見張りを継続していた治安当局は、外部との連絡係であるOASの副官のウォレンスキーを捕捉、拷問にかけた結果、ジャッカルというコードネームを割り出すのが精一杯で、人物の特定には至らなかった。

そのジャッカル任務遂行の条件である前金をスイス銀行で確認したことで、逸早く行動にシフトていく。

「方法」、「場所」、「期日」。

目標を定めたジャッカル綿密な計画をノートに記し、精緻に練り上げていく。

計画立案能力の高さこそ、プロの殺し屋の真骨頂なのだ。

、万事において抜かりがない、彼のとった行動の手際の良さが証明てい

墓地を歩き回り、早世した幼児ポール・ダカンの出生証明書を入手して、パスポートを取得する。

更に、空港でデンマーク人のパスポートを掠め取ることで別人に成り切り、今度はプロの偽造屋を介して、件のデンマーク人名義の運転免許証やIDカードを取得するという徹底ぶり。

圧巻なのは、ポール・ダカン名義のパスポートで、イタリア北西部の港湾都市ジェノバ入りしたジャッカルが、銃の改造屋に依頼したときの会話。
 
専門的だが、あまりに面白いから再現てみ

「できるかね?」とジャッカル。
「勿論。銃の改造なら、どんな注文でも」と初老の改造屋。
「軽くて銃身は、なるべく短く」
「短くか・・・苦しいな
サイレンサーと照準鏡も」

一瞬、難しい表情を見せる改造屋。

しかし、プロの矜持を持つ改造屋は、この程度では引き下がらない。

「射撃距離は?」と改造屋。
「多分、100メートル強だろう」とジャッカル。
「動く相手か?」
「いや」
「狙うのは頭か胴か?」
「頭だな」
「2発目は?」
「多分、撃てまい。逃げるのがやっとだ」

この辺りで、改造屋プロの矜持を延長させていく。

破裂弾を使うといい。何発か作っておく
「水銀式?」
「それが良かろう。税関で見つからないようにせねばならない

ここでジャッカル銃の模擬図を見せる。

それを見て、笑みで反応する改造屋。

自分の依頼主が、並々ならぬ人物であることを見抜いているだろう。

「全部アルミ管にして、ネジでつなぐ。上に銃身を入れ、下にボルトと銃尾を入れる。肩当ては脇当てとしても使う
「名案だ」
「照準鏡とサイレンサーも」
「単純で、良くできてる」
「半月で作れるか?」
「何とかしよう」


これが会話の全容だが、まさに、一言発しただけで相手の言辞の含みを理解し得る、スナイパーと銃の改造のプロのレベルの一級の会話であった。
 
して、依頼通りの銃を作った改造屋に残りの半金を渡して、早速、モンテモーロの森で試射するスナイパー

そこでジャッカル機能的な銃の照準器(スコ―プ)を微調整しつつ、破裂弾(破片を飛散させて殺傷する)を使って、的にした西瓜を木端微塵にに砕いてみせた。

時系列は前後するがジャッカル式典が行われるモンパルナス駅前の「6月18日広場」を下見する。

銃撃スポットのアパートの最上階を特定するや、その部屋に入る合い鍵を作るのだ

ついでに、パリのマルシェでベレー帽を買うのも忘れなかった。

以上のジャッカルの行為に全て意味があることは、ド・ゴール大統領が姿を現す、8月25日パリ解放記念式典を描くラストシークエンスで明らかにされるが、このような見事な伏線の回収によって収束されるサスペンス映画の醍醐味は、絶品と言う外にない
 
 
 
(人生論的映画評論・続/ジャッカルの日(‘73) フレッド・ジンネマン  <「仕事」の頓挫が約束された疑似リアルの物語の途轍もない訴求力>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/11/73.html