楢山節考(‘83) 今村昌平<「自然の摂理」によって潰された、反転的な「敬老訓話」>

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1  「楢山様に謝るぞ!」 ―― 村の掟を犯した者への苛酷な制裁
 
 
 
 
 
 
「お婆ぁ、いま幾つだったっけ?」

「69だ」
「お婆ぁの歯は丈夫だなぁ。その歯じゃ、マツカサでもヘッピリ豆でも、何でも食えるら。お婆ぁの歯は33本あるら」(注・マツカサは松の種子、ヘッピリ豆は甲州弁でソラマメのこと) 

「根っこの家」と呼ばれる民家での、この家の主・辰平の長男であるけさ吉とおりんの短い会話の中に、「楢山参り」(70歳になれば、真冬の楢山に遺棄されること)を来年に控えながら、冬の早朝から、藁(わら)打ち仕事など、農作業を惜しまず働く、信じがたいほど健康的なおりんの相貌が提示される。 
 
この朝の農作業に、いつものように、次男・利助が寝坊し、加わっていないで、甥のけさ吉から不平が出る。 
 
髪がボサボサのその利助は、「クサレヤッコ」と嫌われていた。 
 
「クサレ」とは、口臭・体臭が臭いという意味で、「ヤッコ」とは、この山中の寒村の掟として、長男以外は結婚できない次男以外の男たちのことで、いわば、飼い殺しにされる運命にある悲哀を味わっている。 
 
だから、運良く「夜這い」にありつければ儲けものというところである。 
 
その利助が、溶けた雪の水田の中から水子の死体を発見したのは、「楢山参り」の年に当たる翌春だった。 
 
自分の田んぼに遺棄されたことで、利助は欣やん・仁作兄弟の家に苦情を言いに行くが、病に伏せていたため、楢山祭りにしか食べられない「白萩様」(しらはぎさま=白飯)を食べさせようとしている母親・おかねが、自分の家の水子は、既に、墓に供養したと言うのだ。 
 
結局、欣やんからヤッコの常が水子を棄てたという話を聞き、利助は怒鳴り込むが、その事実をあっさりと認めるヤッコの常。 
 
「クサレの田んぼなら、てめぇの臭いで早く腐れると思ったから、わざわざ、持って行ってやっただぞ。ありがてぇと思え!」 
 
ヤッコの常の言い草である。 
 
一方、「根っこの家」では、女児の人身売買の仲介も兼ねる、行商の塩屋がおりんと話し込んでいた。 
 
去年、妻が栗拾いに行って崖から滑り落ち、事故死してしまい、以来、辰平は鰥夫(やもめ)暮らしを繋いでいた。
 
 塩屋の用件は、その辰平の後添いとして、向こう村の後家である玉やんが嫁いで来るという縁談であった。 
 
年は37。45歳の辰平と8歳違いの明朗な女性 ―― それが玉やんだった。 
 
一方、塩屋から、西の山で辰平を見たという話を聞き、おりんは、行方不明になっていた亭主・利平ではないかと疑い、辰平を問い詰めたが、含みのある言葉で否定される。(後半に伏線回収) 
 
ここから、母・おりんの、重くて辛い過去の話が、長男・辰平に対して語られる。 
 
それは30年前のことだった。 
 
「あん年はお前が15。ひでぇ不作でな。あん年、生まれたばかりの姫っこを塩屋に売っただ。その上、利平やのおっかぁが、おらと同じ69になっただ。楢山参りの年だ。わりいことばかり重なったで、利平やが気持ちが弱ってせ。自分のおっかぁをお山に捨っちゃいけなかったずら。決まりは決まりだ。情けばかりじゃ、やっていけねぇだ。それを自分ばかりがつれぇような顔して、逃げたずら。村中に恥さらして。おめぇだって…」 
 
いきなり、自分に問われた辰平は、「おらぁ違う!おらぁ、とっつぁんとは違うぞ」と反応し、おりんを安堵させる。
 
ここで、「楢山参り」に拘泥するおりんの覚悟が、シビアに映像提示されるのだ。 
 
辰平の反応には、明らかに矛盾が読み取れる。 
 
亭主の利平の失踪によって大恥をかかされた由々しき一件で、どうしても、その恥を拭うために、「楢山参り」に行く母の心情が分り過ぎているが故に、自分は父・利平のような「恥晒し」の行動を取らないという思いを、敢えて母に吐露する辰平だが、しかしそれは、母を喪いたくない本音を隠し込まねばならない苦渋の反応でしかなかった。 
 
だからこそ、「33本の歯」(因みに、永久歯は28本だから、「過剰歯」になってしまう)を持つ母の話を、けさ吉が喧伝した愚行によって、周り近所から揶揄され、激しく怒りまくったのである。 
 
夏の楢山祭りの日、単身、辰平のもとにやって来た玉やんは、自分が口減らしのために嫁入りした現実にも鈍感なほど、見るからに逞しい女だった。 
 
しかし、気立てが良く、食欲旺盛な逞しい女が嫁に来たことで、家族が安定する条件が整い、今、おりんは安心して、「楢山参り」に行く準備に余念がなかった。 
 
敢えて、石臼で前歯を砕き続けるおりんの覚悟は、観る者を圧倒させる。
 
 程なく、辰平と玉やんの夫婦生活がスタートする。 
 
二人が激しく睦み合う寝床を暗みから覗き、性的欲求の高まりを自制できない利助は、新屋敷(あらやしき)の家の飼い犬・シロを相手に、下半身の処理をする以外に術(すべ)がなかった。


一方、その新屋敷では、病に伏せる当主は、 娘おえいに遺言を残す。

「この新屋敷はえらい祟りがあるだ。犬小屋んとこは、元、お蔵があって、その蔵へうちの姫っこを孕ませに忍んで来たヤッコを、先代のとっつぁんが丸太で叩き殺してしただ。おらが病気になったのも楢山参りで死ねねぇのも、皆、先代が殺したヤッコの祟りだど。おらが死んだら、お前が村のヤッコたちを、一晩ずつでも花婿にさしてやるだ。そいで、ここの屋敷神様を拝むだど。ヤッコたちにもきっと屋敷神様を拝ませるだ」 
 
父の遺言に戸惑いながらも、おえいは引き受けざるを得なかった。 
 
その噂を聞いて、歓喜する利助だが、新屋敷のシロの獣姦の一件を知った辰平は、情けない弟の利助に折檻を加える。
 
 どこにいっても、「クサレヤッコ」の利助には、差別と嘲笑の格好の標的になっていたが、ただ一人、母・おりんだけは優しく接していた。 
 
それだけが利助の救いだったが、それでも、女と交接できないストレスだけが溜まっていく。 
 
不憫な利助と違って、甥であり、辰平の長男・けさ吉だけは、雨屋の松やんという恋人を作り、「根っこの家」で、唯一、青春を謳歌していた。 
 
かくて、けさ吉の子供を孕(はら)んだ松やんを加えた「根っこの家」では、一人の家族が加わって、再構成されるに至る。 
 
ところが、その松やんは、「根っこの家」の食糧を掠(かす)め取り、それを雨屋の実家に持ち込むという、明らかに、村の掟に反する「重罪」を犯していた。 
 
それを知った辰平は、今度は松やんを折檻を加えるのだ。

しかし、大家族ゆえに食糧不足を常態化していた雨屋の犯罪は、他の盗みの一件で、「楢山様に謝るぞ!」と叫ぶ村人たちの憎悪が炸裂し、襲撃され、盗んだ食糧の一切が強引に回収されてしまった。 
 
更に、雨屋の家族に対する制裁を話し合った結果、根絶やしにすることを決めた村人たちは、再度、雨屋を襲撃し、松やんを含めた家族もろとも生き埋めにしてしまうのだ。 
 
「聖婆」・おりんもまた、この制裁を承認したから、松やんを実家に戻したのである。 
 
この忌まわしい事件後、亭主の遺言通りに、おえいはヤッコたちの下半身の処理の世話を繋いでいたが、「クサレヤッコ」の利助だけは、おえいから相手にされなかった。 
 
結局、誰にも相手にされず、暴れまくる利助の相手にすることになったのは、「白萩様」を食べて元気になったおかねだった。 
 
老婆・おかねを相手に、溜(た)まりに溜まった性欲を処理する利助には、相手が「女」であれば何でもよかったのだ。
 
 自然主義リアリズムを貫徹する、今村昌平監督の重喜劇の真骨頂もまた炸裂し、独特の肉感的表現が冴え渡るシーンが連射していく。
 
 
 
 
2  「おっかぁ、雪が降ってきたよ!寒いだろうな。雪が降って、運がいいなぁ」 
 
 
 
 
辰平は、30年前に起こった出来事の一部始終を、母・おりんに告白する。 
 
自分の母を「楢山参り」に連れて行くことができないことで、当時、15歳の辰平と口論になり、思い余って、父・利平を猟銃で撃ち殺してしまったのだった。 
 
辰平の正直な告白を受容し、「殺したのはおめぇじゃねぇ。山の神さんだ」と言って、口止めするおりん。 
 
そのおりんに、「楢山参り」の日が近づいてきた。 
 
残り家族の心配を払拭するために、嫁の玉やんを沢に随行させて、ヤマメの採り方を伝授する。 
 
かくて、「楢山参り」の「作法」を説明する村の代表者たちの会合が開かれた。
 
 「お山の作法は、必ず守ってもらいやしょう。一つ、お山へ行ったら、物を言わぬこと」
 
 この、村の長(おさ)の照やんの言葉から、順繰りに、代表者たちの説明が繋がっていく。 
 
「山から帰るときはせ、決して後ろを振り向かぬこと」
 
 この言葉が最後になって、「お山の作法」の説明が閉じていく。 
 
晩秋の日、いよいよ、その日がやって来た。 
 
落葉する樹々の間を縫って、おりんを背負った辰平は壊れた橋を迂回し、道のない山を登っていく。 
 
途中で脚に怪我した辰平は、「物を言わぬこと」という「作法」を守りながら、必死に急斜面を登っていくのだ。 
 
楢山山頂に近づくほど険しくなる道を踏み入り、紅葉した葉が美しい風景の渦中を突き抜けていく。 
 
途中で疲弊し切った辰平が、ほんの少し、大地に座る姿を、無言で睨み付けるおりん。 
 
かくて、戻ることを拒絶された掟の中で、おりんを背負った辰平の運命的な時間が繋がっていく。 
 
「おっかぁ、疲れたずら」 
 
おりんに語りかけても、無言を通すおりんを小休憩させる辰平。 
 
「上に行ったらせ、山の神様が待ってるちゅうが、本当ずらか?」
 
 無言で頷(うなず)くおりん。 
 
「とっつぁん殺して、おっかぁ殺してか…」 
 
急斜面を登る辰平は、思わず弱音を吐く。 
 
険しい岩場辺りから白骨死体が転がっていて、更に、カラスが行く手を邪魔する忌まわしい光景を目視し、衝撃を受ける辰平と切れ、長男の背におぶさっているおりんの表情は、一貫して変わらない。 
 
白骨が散乱する楢山山頂に着いたのだ。 
 
  

人生論的映画評論・続楢山節考(‘83)  今村昌平<「自然の摂理」によって潰された、反転的な「敬老訓話」> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/06/83.html